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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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舘山 1

ー開戦から約5年。


下関奪還以降、快進撃を続けていた統合軍は戦線が東海を前にして停滞してしまっていた。


前述した通りにはなるが、関西奪還作戦による統合軍の損害は大きい上に避難せずにそのまま生活していた住民たちの保護の観点から多くの部隊を関西に駐留させる必要性に迫られた為、今回の停滞は「余儀なく(・・・・)された」という表現が適切だろう。


加えて連戦による将兵の疲労値も看過できず、補給路も速攻をかけた代償として伸びきっており、いずれかの航宙巡洋艦が九州への関西地域への定期便を毎日のように行ってもまだ人的リソースも物資が足りない。


この状況を受けて司令部は「現状での進撃は不可」と判断し、これまでに奪還した地域の復興とローテーションによるゲリラ狩りを優先。


最前線の関西・東海方面では先日のゲリラ的な夜襲対策として防衛及び哨戒ラインを山岳部まで広げつつ、解放軍の夜襲部隊をモグラ叩き気味に対処している状況だ。


また、それとは別に先日佐世保にて発生した兵俑機及び下山少将以下のクーデター未遂における一連の戦闘が発生した件が露見した事で、ミサイル飽和攻撃の際に被害を抑えた下山のクーデターということもあって将兵たちの中で動揺が広がっている。


宮前捕縛作戦の時に偶発的に発生した埠頭での戦闘とは違い、佐世保での戦闘は人型兵器部隊同士な上に航宙巡洋艦と超大型原潜の戦闘と大規模になった結果、緘口令では追い付かずにその日の内に交戦した事実が露見する形となった。


海軍のクーデターもさることながら、そもそも九州内への侵攻を許したことで、主に陸軍で前線を張っていた将兵達の間で「海軍は主要な領土奪還作戦に参加せず、あろうことか解放軍に寝返ろうとしていた」という風評が蔓延している。


趣旨は「海軍は輸送船の拿捕程度で交戦自体はほぼしていない上、解放軍に渡る兵器や九州内への侵入を易々と見逃し、寝返ろうとしている」だったり、「これまでの戦いにおいての陸軍の死傷者は半ば海軍の無能と怠惰、そして裏切りによって齎された」というものだった。


実際、下山の呼びかけに呼応した将兵以外に罪は無い。


通常の海軍将兵からすれば、クーデター計画が出ていたなど寝耳に水もいいところだし、彼らの身勝手な振る舞いに憤る者も多い。


ただ、実態の詳細を知らない陸軍将兵はそうは思わなかった。


彼らの不満の矛先はそのまま現場にいる海軍将兵に向けられ、各拠点で海軍部隊に対してバッシングや暴行騒ぎが頻発。


風評の理屈は確かに飛躍しているものの、質が悪い事に概ね正しい内容であるが為に海軍将兵は口を紡ぎ耐え忍ぶ他なく、都度数人以上の負傷者や営倉送りが発生している事態となる。


軍司令部も事態を重く見、軍全体に対し「クーデター計画については下山少将及び呼応した一部の部隊員たちによる独断行為であり、海軍全体がクーデター計画を立てていた訳ではない。従って、海軍諸士に対して謀反の嫌疑をかけた上で乱暴狼藉にあたる行為を実施する事を固く禁ずる」と発し、混乱は一時的に鎮静化した。


ただ、前述のように主要な作戦に参加してこなかった事に対する不満は未だ大きい関係で現状ですら手一杯のシーレーン防衛について警戒範囲を拡大するとともに、大規模作戦などにおいての協力を半ば強要される形になった為、海軍内部でも陸軍に対して不信感を抱く結果となる。


他方、解放軍も安全な輸送ルート確保が困難になった事を踏まえ、この機を境に部隊運用の見直しを図った。


彼らは戦力温存及び戦力分散を避けるべく、関西の再奪還については一旦無期限延期にした上で関西から撤退した主力部隊を御殿場に集め、東海、北陸地域の部隊もある程度固めた上で御殿場の主力が来るまで堅持できるよう防衛線の引き直しを実施。


この方針変更を可能としたのは、保身に走った無能な幹部連中に関西失陥の責任を押し付け、絞首台に立たせることで成し得た。


彼らが属する古参である事の権威を笠に着るだけの派閥の切り崩しを行い、今まで各派閥によって雑軍となっていたものを軍として一本化できた事は大きい。


ただし、彼らはここまでの再編を行っても尚、「統合海軍が動かない」前提の戦力運用方針を変えなかった。


というより、海上戦力を有していない以上は「変えることが出来なかった」と言った方が正しい。


艦艇からのVLSはEPMで無効化できる上、機雷散布による足止めでも事足りると楽観視していたし、事実としてそれで無力化できてきた。


加えて、下山の計画は頓挫したものの、彼の動きによって本来想定されていない陸海の不仲を煽る効果を図らずも生んでいたことも大きい。


九州内に潜伏する諜報員の報告からも「下山の一件により、統合軍内での海軍の立場を鑑みても海軍は今後ともシーレーン防衛以外で動くとは考え難い」と上がってきている事もその方針を後押ししている。


少なくとも解放軍にとっての海軍は「輸送妨害をしてくる相手」程度として軽視され、統合軍の戦力としてはほとんど計上されていなかった。


ー「そういう状況だったか」


下山が間諜だったことが発覚してようやく営倉から解放された佐野が、夕刻に芹沢を呼び出し、自身の執務室で自身が不在だった間の特殊戦略作戦室の動向報告を聞いた第一声がそれだった。


「申し訳ございません、佐世保の一件は私の采配ミスです。処置は甘んじて受ける所存です」


真剣な面持ちで首を垂れる芹沢の前で佐野は咥えた葉巻の先端をシガーカッターで切り落とす。


「核弾頭搭載型の原潜相手であれば手段を講じていられないのはやむを得まいよ。司令部もまさか下山が内通しているとは掴めなかったようだし、お咎めが来ることはあるまい」


年季の入ったZIPPOで火を灯し深く吸ったものの、久方振りのヴァージニア葉は濃く感じたのか、やや噎せ込む。


「それに、核を撃たせずに原潜を撃沈した上で敵兵俑機部隊の殲滅を完遂しながら一般人の被害が無いのは上々だ。よくやってくれたさ」


手元の灰皿で火を揉み消して立ち上がるとなおも低頭の芹沢の傍に行き、肩を叩く。


「だが、君たちのせいではないとは言え、現状の内輪揉めについては頭の痛い問題だ。戻って早々に海兵隊から今後の特殊戦略作戦室の作戦について『助力したい』と申し出があったよ」


「確か下山少将麾下の戦機兵部隊ですか」


「ああ、何せ直接の上官の不祥事だからな。汚名返上したいと躍起になっている」


何せ、海軍戦機兵部隊は「海軍独自の作戦において自由に使える陸戦兵力」という名目の元、下山が創設したものだ。


創設に至った理由としては、当初はクーデター時に下山側の部隊として戦機兵を打倒させる意図が強くあったのだろう。


だが、下山の肝煎にも関わらず、どうやら彼らは下山から計画を知らされていなかったようだ。


恐らく初動は兵俑機部隊及び核による恫喝で充分実行可能であると判断し、漏洩リスクを考えた上でこれまでに内容を明かさず、決起後に召集するつもりだったのだろうと推測される。


「助力は非常に有難い申し出ですが・・・。失礼を承知ながら実戦経験が少ない彼らの技量は未知数です」


実際、海兵隊は海軍が大型作戦に参加できない都合上、活躍の場が与えられていない。


下山が秘密裏に使っていた可能性もあったが、記録が正しいのであれば先日の呉港が初実戦である。


少なくとも特務性が高い任務をこなしてきた特殊戦略作戦室の戦機兵部隊、特に32中隊とは歩調を合わせられるかは怪しい。


「そこは私に少し考えがあってね」


悪戯っぽく佐野が微笑む。


芹沢は佐野のこの表情が「面倒事(・・・)を押し付けてくるという時の顔」である事を経験で知っていた。


「・・・我々から彼らに訓練を付けろというのですか」


「既に篠田君には伝えている。二つ返事で了承してくれたよ」


芹沢に伝えられる時にはそれは既に外堀を埋めた上で半ば事後承諾に等しく、彼は了承する他ない。


「・・・了解しました。教導メンバーは篠田で決めてくれるでしょうからこちらはカリキュラムの準備をします」


規定事項(・・・・)に対して渋々敬礼で応えると、振り返って執務室を後にしようとする。


「それと、言いそびれていたがー」


二本目の葉巻に火を点けた佐野が思い出したように顔を上げる。


「今回の一件で特殊戦略作戦室の重要性を司令部は理解したようで前年度から比して大幅に予算がついた。『雲仙』は各武装の更新、戦機兵もアップデートが入る」


半分聞き流していた芹沢が思わず振り返り、佐野を見遣る。


「准将、そういう大事な話は私的なお願いの前にと何度もー」


「悪かった悪かった。そういう事だからどのみち一か月ほどあるからゆっくりやってくれ」


もっとも、「雲仙」も先日の戦闘による損傷でドック入りの最中で32中隊も少なくない負傷者の回復及び損傷機の修復を待つ他なく、ここ数週は実質上の休暇として各員に休養を取らせていた。


要は「休暇を増やしたから出ずっぱりだった分、この際に休暇をまとめて消化してくれ」という意図だろう。


ただ、それはそれとして装備更新となると芹沢と戦機兵部隊の各隊長は無為に休暇を過ごすことが出来ない。


更新に伴う運用の見直しや完熟訓練に始まり、整備についてなども頭に叩き込んだ上で実戦投入する必要がある。


ただ、戦っている時が一番生き生きしている戦闘狂の篠田は例外としても、芹沢とてワーカーホリック気質である為に丁度いい余暇の過ごし方であるようだ。


「それで、篠田はどうした・・・というのは聞くまでもないか」


問いに対して芹沢は渋い顔をする事で、佐野も何も言わずとも何をしているかは理解した。


「彼女も治らないものだな」


「准将から止めるように諫言されては?」


「聞くタマ(・・)でもあるまいよ」


ため息交じりに紫煙を吐く。


長く伸びた煙は少しだけ開けた窓へと夕暮れに照らされながら流れていった。


ー同じ時刻、基地内の窓のない一室では当の篠田は椅子の背もたれに肘をかけながら目の前の半裸で吊るされている男に吸っていたキャスターの煙を吐く。


吊るされている男は橋田であり、あの後捕虜となって捕縛されてからこの部屋で彼女の趣味(・・)の道具として数日に一回の頻度で甚振られていた。


「そろそろ教えろよ、解放軍幹部が出入りしている関東圏の本拠地を」


彼女の問いに俯いたまま橋田は沈黙を貫く。


「耳が無いから聞こえないってか」


実際、顔を含めた全身が捕縛して数日も経たない内に酷い打撲傷で腫れや骨折による変色で見る影もなく、手と足の指も耳や鼻と共に削ぎ落されている。


当初は多少の殴打でペラペラと喋っていたのだが、どれも有益な情報足り得ず、その度に目を覆うような苛烈な拷問が課された結果、数日前からは終始黙りこくったままだ。


反抗しているというよりは極度の苦痛によって衰弱しているのだろう。


彼女は苦しむ様を嘲笑う為に痛めつけているというのにこれでは面白くない。


「せめて何か言えよ、なぁ」


立ち上がり、短くなったタバコの火を額に押し当てる。


わずかばかり掠れたうめき声をあげるものの、やはり当初より反応が鈍い。


「そうかそうか、面白くない奴だな」


橋田の額で揉み消した吸殻をそのまま彼の耳穴に突き刺す。


「折角感動のご対面を演出してやろうとしているのにこうも反応が薄いんじゃあ殺すしかないかな」


「何を・・・」


「なんだ、ちゃんと受け答えできるじゃないか」


そう言いながら彼女は取り出した特殊警棒で脇腹を殴打しながら続ける。


「関西でわざわざお前の伴侶を連れてきてやったのにな、じゃあ殺すか」


「ハッタリだろう、ここにいる筈がない」


「そう言うならお前の目で確かめてみろよ」


部屋の扉が開き、目隠しをされた一人の女性が入ってくる。


橋田は思わず目を見開いた。


紛れもなく、彼の伴侶その人であったからだ。


あけましておめでとうございます。

今年度もゆっくり更新していくので長らくおつきあいください。

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