宇部 3
ー風雨に紛れて飛来した榴弾が次々と監視塔を襲いかかったのは砲撃準備から篠田が指定したきっかり30秒だった。
「目」であり警戒担当の監視塔が先に落とされたために解放軍の初動における敵位置の把握は失敗した。
攻撃を受けてから遅れること20秒、ようやく敵襲来のサイレンがけたたましく鳴り響く。
30秒間続いた砲撃が止み、解放軍はようやく損害の確認と反撃体制の構築を作るわずかな時間が生み出される。
だが、前線でもない補給施設の襲撃に対して練度の低い将兵たちは狼狽し、反撃の準備がままならない状況だった。
あるものは銃を持つや否や窓を開けて乱射し、またある者は訳も分からず走り回るという有様だった。
その狼狽の中、10機の漆黒の巨人が基地ゲートを破壊し、彼らの眼前に飛び込んできた。
飛び出して戦車に乗り込もうとしていた眼前の兵士を篠田は戦機兵のライフルで戦車ごと蹴散らし、作戦前に定めておいた目標に対し攻撃を開始する。
第一目標は主目的である集積物資及び火器・兵器類の徹底破壊。
そしてもう一つの目標は兵舎攻撃だった。
突然の砲撃及び侵入によって完全に浮足立った宇部補給基地の兵士たちはことごとくが悲惨な末路を辿った。
集積物資を片っ端から破壊する傍ら、篠田たちは散発的な抵抗する者を排除していた。
「こうもあっけないと我々の出番でもないような気がするのですが・・・」
突入部隊の後方にて制圧支援を行っていた先日配属されたばかりの曹長が僚機の通信モニター越しにぼやく。
「それは言わない事だ、最前線から少し下がれば所詮は寄せ集めの烏合だよ」
篠田が窘めつつ、足元で健気に小重火器で応戦する兵士を踏み潰す。
「ですが隊長、この中には無理やり参加させられた日本人もいるのでは?」
潰された兵士の断末魔の悲鳴をスピーカー越しに聞きながらせせら笑う彼女の姿に、若干の嫌悪感を覚えながら曹長はなおも返す。
「いるだろうな」
彼女はにべもなく答える。
「だが、連中は畜生のやることを止めなかった」
彼らは自分の命の保全のために義勇軍や主流メンバーの虐殺や略奪に加担・あるいは黙認した。
少なくとも彼女はそう考えている。
自身の存在価値を根底から信用していない彼女からすれば理由はどうあれ、自分とその他大勢の命を天秤にかけ、あまつさえ虐殺の片棒を担ぐような人間の在り方がひどく醜く見えて仕方ないのだ。
それが直接的に手を出さなかったとしても、彼らは殺されるに十分すぎることをやっている、と。
「それにな」
彼女は口元を歪ませて微笑む。
「今ここで殺しておいた方がのちの世のため人のため、だろう?」
そう言った彼女の笑みは幼い容姿にはあまりに似つかわしくない、残酷で醜悪な笑顔だった。
仮に、彼らの全員が民間人の殺戮や略奪に加担しているわけではないとしても味方のそういった行為に対して黙認をしてきたわけだ。
傍観者として、流されるままに他人の生殺与奪権を容認するような人間は先にある日本奪還の際にも掌を返して解放軍を裏切るだろう。
簡単に裏切るという事は、当然裏切られる可能性も高い。
いとも容易く敵になり得る不穏分子の種を今潰しておいた方がよほど健全であると彼女は本気で思っている。
「・・・了解、作戦続行します」
曹長はモニター越しに見える彼女の愉しそうな顔色に不快感と、別種の生物を見たような怖気を感じながら会話を打ち切る。
彼女の理屈からしてみれば筋は通っているのだが、理解してもらうためには如何せん言葉数が足りない。
もっとも、話下手かつ苛烈な思想は言葉を尽くしても正しく理屈をできる人間は数少ない。
それは彼女自身も理解していたし、理解ってもらうつもりもなかった。
とんでもない部隊に着任したものだー。
曹長は嘆息し、嫌々ながらでも任務を全うする他なかった。
どのみちここを叩かなければ下関の戦況は変わらない。
必要悪と自分に言い聞かせながら、それでも眼下の無力な兵士はなるだけ狙わないように施設や兵器を狙うことにした。
それが篠田の言うところの「片棒を担ぐ人間」側のやる欺瞞行為と何ら変わらないことを薄々自覚をしてはいた。
だが、彼は無力な兵士に直接手を下す事の罪悪感を背負いたくはなかった。
体調不良でまたまた遅れました。
読んでくださる方々には申し訳ございませんがのんびり待っていただけたらと思います。