佐世保 9
ー「幼稚なんだよ、君と『姫』は。似た者同士すぎる、だから別れた」
篠田機は腕を掴まれたまま闇雲に腰だめのAMP-5を抜き、橋田機目掛けてゼロ距離で放つ。
「思考が読まれていることも忘れたのか。変わらないな君は」
橋田は独り言ちりながらAMP-5を掴み、射線をずらした上で空いた胴体に膝蹴りを見舞う。
AMP-5の弾丸は虚しく宙を射抜き、膝蹴りをマトモに食らった機体は思わず体を折る。
逃げ場のない衝撃がダイレクトにコックピットを襲い、「堀田」は嘔吐した。
「結局、誰かに『君を自殺させた責任』を擦り付けたいだけなんだよ。それにー」
足払いをして篠田機を転倒させると、橋田はそのまま馬乗りになって連続で殴打する。
「君は最初から『姫』から都合のいい弾除けとしてしか思われなかった」
「堀田」にとって認め難い事実を突き付けながら、先ほどの意趣返しと言わんばかりの勢いで殴っていく。
「実に哀れだな、君は。私は君のようにはなりたくないし、『姫』のような女とも付き合いたくない。もっとも、こちらでも私は得難い伴侶がいるがね。君と同類などとは非常に心外だよ」
橋田にとって、先程「堀田」から「同類である」と言われたことは何よりの屈辱だった。
故に「自分とお前は違う」と言わんばかりに面罵し、痛めつける。
「機体性能で勝るにも関わらずにこのザマか。情けない、君如きが私に勝てるなんて思わない事だよ」
すぐには殺しはしない。
何せ圧倒的に優位な自分との差だ、負ける算段が薄い。
できれば「堀田」自身が自ら自滅していく様を見るのが彼にとって得難いエンターテインメントであり、「『おもちゃ』の分際で歯向かうやつを教育してやろう」とすら考えていた。
「憎い私に生殺与奪の権を預けた気分はどうだ、ん?」
胸部を掴みあげ、睥睨する。
こうして「おもちゃ」を甚振っている時間が何よりも愉快だ。
歯向かってくる奴ほどこうして叩きのめしてやると面白い反応をしてくる。
特に「堀田」という奴は良い。
「松崎」の記憶を辿って動向を見てみても、非常に面白い反応をする。
こちらが望む以上の斜め上を行く彼を橋田はたまらなく愛おしくすら思えていた。
彼の感情は酷く捻じ曲がっている。
例えるなら、研究者が被検体のマウスに対して情を抱くような感覚だろうか。
他方、橋田の問いかけに対し、マウスからの応答はない。
失神したかと思い、何度か機体を殴りつけてみるがそれでも反応1つ返さない。
まったくなんと脆い事かー。
これでは実に面白くない、何のために生かしてやっているのかー。
「都合が悪くなったらだんまりか、相変わらず卑屈な奴だ」
更に機体を揺さぶるも、相変わらず返答が無いままだ。
いよいよ壊れたかー。
壊れたおもちゃには興味を抱かない。
彼はそうやって次々と「おもちゃ」を使い潰しては、新しい「おもちゃ」に取り換えていた。
壊れたものはちゃんと|後片付けが必要だー。
先程まで面白いと思っていたものが急につまらなくなった途端、橋田の行動は早かった。
近くに転がっていたライフルを握り、コックピットがあるであろう部位に突きつける。
「さようなら、俺の愛しかった玩具クン」
そう言うと、躊躇なくトリガーを引いた。
ー時は少し戻る。
当の「堀田」は橋田機に殴打され、おぼろげな意識のまま、「彼女」の声を聴いていた。
このままだと、死ぬよー。
「堀田」は黙っている。
下劣な奴に惨たらしく甚振られて、それがお終いでいいのー。
いいじゃないか、復讐を考えるようなロクでもない奴には相応しい。
「彼女」は顔を顰めた。
ようやく答えたと思ったらこれだ。
そういうロクでもない事と分かっていてやってきたんじゃないのー。
そうさ、そのつもりだった。
・・・でも違った。
俺はただ奴の言う通り、自分が苦しんだ原因を他人に押し付けたかっただけだった。
人間そんなものでしょう、貴方に限った話じゃないー。
「彼女」には「堀田」の精神が先程の橋田の言動で酷く憔悴しているのを感じていた。
だが、彼が橋田という男の言葉でここまで弱気になるのには理解がいかない。
負けたままでいいの、あんなのにー。
またしても「堀田」は黙り込むが、彼から憎悪と諦観の入り混じった複雑な感情は流れ込んできた。
憎い。
殺してやりたい。
でも自分ではどうにもならない。
アイツの言い分は正しい。
・・・そっか。じゃあ今度は私が貴方を助ける番。ただ、私と貴方は運命共同体。たまには私のわがままを通しても、いいよねー。
それはどういうー。
「堀田」が聞こうとした時は既に「彼女」は動いていた。
ーライフルを構えた橋田機に対し、先ほどまで無抵抗に殴られていた22型は使える左腕でライフルを掴み、力任せに横へ引き倒す。
先程まで読めていた思考が急にシャットアウトされたことで行動が読めず、思わぬ反撃を食らった橋田機はたまらず横に倒れこむ。
その反動を利用し今度は22型が上になる形となり、ライフルにAMP-5を叩きつけて払い飛ばしてから銃口を橋田機に向き直す。
「思考が読めただけで優位を保っておいて、これじゃあね」
もがこうとした橋田機の腕は両腕とも関節部を射抜かれ、オイルが噴き出しながら地に沈む。
「お前、『堀田』じゃないな・・・、誰なんだ」
「わざわざ丁寧に答える義理があるか?」
篠田がそう言いながら、橋田機の頭部にAMP-5をフルオートで叩き込み、視界を奪う。
胸部にあるコックピット正面のモニターも同時に潰され、何も見えないコックピットの中で必死に操縦幹を操作するが、機体は弱弱しく足をばたつかせるだけで篠田機の拘束をほどけない。
「下らない事をペラペラ喋る暇があったらさっさと殺せばよかったのにな」
「勝った気で慢心しているのは君だよ。そうやって暴力でしか解決しえない野蛮な奴だ」
「ははぁ、ともすれば味方を盾にするような自己保身の塊みたいな奴から聞けるとは思わなんだ。存外なお褒めの言葉だ。恐悦至極だね」
血の混じった口で面罵するも篠田にとっては意に介するほどでもない戯言だ。
「隊長、残りの機体も全機、行動不能ないし投降しました」
曹長からの通信が篠田に入る。
付近の敵も中隊の面々によって既に制圧を完了していて、斃れた巨人から紅天部隊の搭乗員たちが両手を挙げながら出てきているところだ。
「了解、ご苦労だった。相手の生きている奴は全員捕虜にする。色々と使えそうだからな」
この隊長の「色々」にはよからぬ意味が含まれていることを中隊の面々は知っている。
だが、それについては例によって考えないことにした。
「さて、驕りと上に立ったという薄っぺらな優越感の上でしか他人を見下せない短小男だけが残ったわけだ」
「どいつもこいつも使えない・・・、これだから私は正当に評価されない」
「死力を尽くした部下にそういう事を言うかな、普通」
あまりの言い草に篠田は少々苛立ち、胸部を力任せに蹴り上げる。
「それで、この後何か手立てはあるのかな他責的で短小な軍師殿」
「・・・切り札はもう切られたさ」
橋田が切れて血が止まらない唇を歪ませる。
そのタイミングでその場にいる全機にミサイル警報のアラートが鳴る。
「『青龍』から放たれた3発のミサイルがこちらに接近、数は3」
「フレシェット弾頭か?」
軍曹の報告に対して篠田は確認する。
「いえ、これはー」
軍曹は識別を確認し、ミサイルの積載物について把握できた。
「ー君たちはよくやってくれたよ。だが、終わりだ。あのミサイルは私以外を全て標的としている。もっとも、あの鉄の雨からは逃れられまい」
橋田は笑いが止まらない。
フレシェット弾頭のミサイルが3発もあれば、彼らはおろか、この付近一帯を針山のようにしてしまうだろう。
そうでなくても核であれば九州のどこにあたってもとてつもない惨状になるのは見えている。
何故か迎撃や回避行動を取らない篠田達を「諦観した」と思い込んでいる。
最後だけ潔いのは不愉快だが、まあいいー。
最後に勝つのは「正しい人間」だとー。
「成程、結局他人任せな切り札か」
篠田は軍曹の報告を聞くまでも、自身のレーダーに映る識別を確認するまでもない。
中隊の面々が誰一人として動かない事が積載量がどんなものか理解した。
ミサイルは彼らの数百メートル手前の洋上で全て炸裂、弾頭からは通常炸薬とは異なる眩い光が迸る。
「・・・何だあれは」
「『何だ』って・・・。あれは統合軍の信号弾だな。それも戦闘停止を合図するものだ」
「はー」
篠田の呟きを通信越しで聞いた橋田は絶句した。
まさかこの場において彼らは戦闘を放棄するという事か。
「『青龍』、どういうことだこれは。何の冗談だ」
思わず「青龍」の通信チャンネルに怒鳴りつけるが、例によって応答はない。
それから数秒後、十数キロは離れている沖合の洋上で赤い光が2つ灯る。
その場にいた一同がそちらを振り返る。
十数秒後、「雲仙」からの通信が届く。
「こちら『雲仙』、『青龍』を撃沈。なるも、抵抗を受け本艦も通常ミサイルが被弾、小破。航行は可能」
「ー結局、核は撃たずじまいか」
芹沢が問いかける。
「肯定、射出したのは通常弾頭及びそちらに飛んだ信号弾だけです」
「ー了解、ご苦労だった。応急修理後は上空に待機。こちらの処理が終わったら私と32中隊を収容してくれ」
どっと疲れた芹沢は椅子に深くもたれようとして洋上に向き直り、静かに敬礼する。
最も懸念していた事項を乗り越えた安心はあった。
だが、それとは別に方向こそ異なれど、自らの信念の為に全力で戦った「青龍」クルーへの健闘を称える意味でも黙祷を捧げる事をしなければならないー、そう思った。
「・・・一応もう一度聞いてやる。『それで、何か手立てがあるのかな』」
芹沢と同じく「青龍」クルーに数秒黙祷した後、再度橋田機に向き直った篠田が訪ねる。
「たまたま勝っただけで調子に乗るな、私とて戦機兵と優秀な搭乗員があればー」
「性能が劣る兵俑機で防御陣を作って戦った迄は悪くはなかったんだがな。結局アンタはその陣を自分の肉壁としてしか使うつもりがなかった事で陣形が密集しすぎて白兵戦の対応が遅れた。兵器とパイロットの質は関係ない」
自身の戦術についての穴を図星と共に突かれた橋田は聞くに堪えない罵倒の言葉を被せてきた。
「そうだな、私はアンタがどういう人間だったかは知らないが、今の戦いで何となくわかったよ」
正面のハッチを強引に引き剥がすと、頭を抑えながらコックピットに蹲る橋田が現れた。
漆黒の巨人は至るところを損傷していたが、片目だけで橋田を見下ろす。
「常に自己の利益だけを追求し他人の犠牲も顧みない、表面上は魅力的だが本質は情動と共感能力が欠如した反社会性パーソナリティ障害なんだろうよ」
「サイコパス」ー、そう言われた彼は先程以上に体を反らせて更に罵声を続けるが、AMP-5の銃口が自身にピタリと向けられた途端、静かになる。
「・・・投降する。私は兵俑機部隊を任されるほどの立場にあるから、解放軍の情報には詳しい。悪いようにはしない。解放軍の重要拠点についてもアテがある」
自身の形勢不利と見るや否や態度が変わるのには篠田ならずその場にいた32中隊の面々は当然、信奉していた紅天部隊の連中ですら茫然としていた。
「ー正直、生かす価値がないように思うんだが、どうかな」
「はぁ・・・」
尋ねられた曹長とて、流石にこの豹変ぶりには彼の部下たちの為にもここで始末した方がいいのではないかー、と思いかけていた。
「聞かせてくれ、君たちの戦いぶりは見事だった。見下していたことは謝る。血が上っていた」
「口の減らない野郎だ」
飽きたー、と言わんばかりに銃口を橋田の胴体に押し付ける。
「君は逆上して自殺するような奴の酔狂に何故付き合うんだ。そんなことをしてもー」
激痛に悶えながら叫ぶ橋田だったが、言い終わらない内にAMP-5の柄を使った殴打を機体側面に受け、その衝撃で失神した。
「それについては聞こえていないだろうが答えてやるよ。私もその酔狂の一人だからな」
動きを止めた橋田機の胴体に足を置き、篠田はせせら笑う。
今度は彼女と「堀田」が睥睨する番だった。
・解放軍との戦いについての定義
他国からは「内戦」と見られている状態ではあるが、日本臨時政府は当初より「紛争」という表現でもって通している。
厳密に「紛争」とは「戦争」、「内戦」を包括した定義ではあるが、しばしば「国家」VS「武装勢力」としての意味合いで使われる。
日本臨時政府としては「国共開放戦線」については、現行の日本臨時政府に比肩する「政権」に値しない、「テロ組織」であるという認識を崩していない。
その為、下山のクーデター計画は「国共開放戦線」が「政権」に値する組織単位として認められた場合に初めて成立し得るものであり、彼らを「テロ組織」として認識している臨時政府が承認することは皆無。
つまり計画は前提の段階で破綻していたと言える。
・中国が直接侵攻しない理由
数年前まで続いていたウクライナ戦争によって、グローバル化した国際社会の中で起こす国家間戦争は「大国側が必ずしも優位ではない」という事を証明した結果、中国は台湾侵攻を目標としながらも派兵に至れずにいた。
その中で南海トラフ地震による日本の疲弊、そして隆起した大量のトラフダイトが現行の兵器概念を一新するような素材である事が判明、その持て余し気味だった振り上げた拳をを日本に向けて降ろす事となる。
日本国内の「国共解放戦線」を利用し、軍事クーデターを起こす事で「隣国の情勢は我が国の重大な懸念事項」という名目でもって派兵を進める算段であった。
だが、この目論見は早期に瓦解することになる。
そもそも「国共解放戦線」の出所が人民解放軍主導で日本の共産主義各派を集め、組織として成立したものと結論付けられ、米国CIAよりマッチポンプである事を看破される。
また、ウクライナ戦争がようやく終結し、世界経済がようやく回復しようとしていた矢先の出来事であり、反戦機運が各国で高まってきていた事も含め、近年苛烈だった中国の覇権主義に対して強い懸念を抱いていた各国が日本派兵というあからさまな侵略行為は許容すべき事案ではなかった。
その後の核ミサイル攻撃も含めた日本への攻撃についても国連採決では「他国に対する重大な内政干渉」として経済制裁を含むペナルティを受け、厳しく糾弾を受けた。
とはいえ、中国による諸外国への経済効果及び首脳部への工作活動によって解放軍への支援を行う事については半ば黙認されることとなる。
日本にとって幸いだった事は、経済制裁によって中国本国内では貧困に喘ぐ層からの暴動が頻発したことで軍の治安維持出動が激増。
文化大革命以来の動乱と各国の監視によって日本への派兵を行う余裕も隙もなく、以降はねずみ輸送紛いで解放軍の支援に回っていく事になった。
・ウクライナ侵攻
直接の要因としては、ウクライナが隣国にも関わらず西側諸国側に加入しようとしたという、国家の安全保障上の懸念を解消する目論見があったと言われているが、実態は時の露大統領の個人的な野望の為だったと噂される。
まず、露軍は電子戦によってウクライナ領内のインフラの混乱を招き、一斉に各地を同時に侵攻開始。
兵力差が一目瞭然なウクライナは同時侵攻を妨げること叶わず、首都キーウも一か月以内に制圧されると予想されていたが、結果、露軍は初動においてルハーンシク州全域の占領こそできたものの、宇軍の粘り強い抵抗によって肝心の首都を堕とせないまま決め手に欠き、各国の支援を受けた宇軍の反抗作戦によって一部は国境まで撤退する事態に至り、そのまま膠着状態に陥る。
両国はそのまま一進一退となり、数年の膠着を経ても実効支配地域が数か月スパンで常に変動し続ける泥沼に陥る。
その最中に侵攻を主導したロシア大統領が病没した事を機に露軍は全面撤退。
結果として、露軍は大した領土獲得をできず、宇軍は攻勢に出る余裕もなかった為、そのまま和平を結び一旦終戦した。
あるメディアでは「様々なネットワークなどを駆使した攻防が繰り広げられ、経済制裁も組み合わさった結果、第一次情報大戦の様相を呈している」と表現し、後にも「ロシア対ウクライナ及び西側諸国という構図の半代理戦争」だったと評される内容であった。
絶対数では不利だった宇軍だったが、各国からの武器を含めた供与による軍備増強及びドローンなどといった安価で大量生産できる無人機による多目的な運用が功を奏し、時にはロシア領土内への逆侵攻に至るまでの勇戦を見せている。
後の分析では、露軍が練度及び繊維の低い事を加味したとしても、ドローンというそれまでの戦闘を一変させる兵器の登場によって露軍機甲部隊は大規模な被害を受け、侵攻速度が大幅に低下。
その後、戦いの形態が第一次大戦のような歩兵中心となる泥沼の塹壕戦になってしまい、長期化を招いたとされた。
また、「グローバル化」という弊害も大きい構造が、現代の国家間戦争においては、「ロシア程の大国とて錦旗を持たねば諸外国からの反発を受け、様々な形でもって侵攻を阻まれる」という一種の抑止力として機能した事も大きい。
もっとも、本来この抑止力の役割は国連のPKFが担う筈のものである。
ただ、PKFは過去のイラク戦争などにおけるテロリストとの非対称戦争に派兵した結果、対テロ組織は明確なトップというのも厳密には存在せず、明確な最終目標がない為、終わりの見えないモグラ叩きを強いられ続けた。
結果、PKFはイラク内におけるテロをはじめとした諸問題を未解決のまま全面撤退に至った反省から、現在積極的な派兵を行わないようになり、徐々に形骸化していった。
ちなみに、ロシアに対して国連が強く出られないのはロシア自身が国連の常任理事国である為にPKF派兵について拒否権を発動できる事、また、米主導になりがちなPKFが派兵すれば核を保有している大国同士の全面戦争の引き金になりかねない為とも識者の間では推察されている。
現在、ロシア・ウクライナ両国は戦後処理の段階であるものの、ロシアはウクライナに対し、賠償金の支払い及びルハーンシク州の返還を拒否。
ウクライナ側も賠償及び領土返還を得られない場合には逆侵攻にて得たロシア領を返還しないとして、現在も交渉が続いている。




