佐世保 8
ー「青龍」艦内では、「雲仙」からの雷撃によるダメージコントロールで大わらわになっていた。
吸着デコイを掻い潜り初めて被雷した魚雷は一部区画の閉鎖と注水によって耐えることができたが、その後の集中攻撃によって各所に大小の被害を被っていた。
「右舷500メートル地点からより新たな魚雷2本接近」
「回避行動、間に合いません」
「総員、衝撃に備えろ」
副館長の号令と共にギリギリまで回避運動を試みる総舵手以外のクルーらが身構え、十数秒後に着弾、船体が激しく揺さぶられる。
「1発は回避、1発は被弾。なるも命中箇所は既に閉鎖された区画により、被害軽微」
流石に頑健である。
複数本にわたって致命傷レベルの雷撃を受けているにも拘らず、航行に支障がない。
ただ、ダメージコントロールせねば被害は拡大する一方だし、このまま逃げおおせるとは思えない―、と副艦長は静かに悟っていた。
「雲仙」を指揮しているのは自衛隊学校時代に同期だった芹沢である。
首席で卒業した彼は、海自が統合軍に編入された後、特殊戦略作戦室に招聘を受けて所属し、現在に至るまでに陰ながら関西奪還までの立役者として活躍していると風の噂で聞いていた。
実際、対峙し改めて彼の手腕に驚嘆している。
下山准将の奥の手がこの原潜である事を推理した上で、対潜装備を満載し、AWACSを兼ねる「雲仙」のスペックを最大限に活用してこちらを追い込んでいる。
沈んでいないのは「青龍」が原潜にしては異様に頑丈な為であり、采配については彼の方が数段上だ。
そして、艦長である准将からの連絡は最後のミサイル攻撃指示から、音沙汰が無い。
潜航直前には下山が想定していた「最悪」のシナリオに向かった場合の指示に沿い、核ミサイルに誤認させる為、一発だけ通常ミサイルを発射。
続いて、副艦長判断で念の為に遅延式の対地ミサイルポッドを残し潜行した。
その後は、外洋への脱出を図る最中で指揮権を移譲されたという解放軍の橋田という男から何度か無思慮な直接通信が来ているという状況だ。
少なくとも原潜の脅威性と戦略的価値を理解していれば原潜を危険に晒してまで行う命令ではない。
戦機兵なら2個師団分でもお釣りがくるレベルだ。
加えて「青龍」はレーザー核融合炉及び多数のVLSを搭載した関係で超大型になった船体はただでさえ補足されやすいにも関わらず、位置の特定がされてしまう通信に応答を求めるような青二才如きが指揮権を持っているという事を考えると頭が痛い。
一応は残しておいたミサイルポッドの攻撃で対応した体裁を取ったが、その後の彼の動向は分からない。
先程傍受した内容の橋田の口調で判断する限り、苦戦の状況だ。
曲者揃いだが、第一師団に比肩するレベルの32中隊相手では機体性能差も相まって相当分が悪いだろうー。
そこまで考えたところで副館長は目下の状況打開策を考えに戻そうとしていた。
現状を改めて整理すると、「雲仙」から吸着式デコイによって欺瞞しつつ外洋に逃走中なるも、爆雷及び魚雷の波状攻撃を受け、損害箇所が複数あるも今のところ航行に支障無し。
今現在も補足されているという判断で間違いないだろう。
また、大陸棚によって深度を取れない為、捕捉不能深度に潜航できる深度がある地点まであと15分で到達の見込みだ。
ただ、これ以上直撃を受け続ければ潜航が困難になる。
そしてその回避する手段であるデコイの残弾も少ない。
控えめに見積もっても「青龍」の耐久性を信じて逃げるしかないという、策も何もない状況だ。
もっとも、副艦長に非があるわけではない。
古今東西、どこの潜水艦とて一度捕捉されてしまえば優位性を一挙に喪失してしまう。
ましてや大型原潜かつ沿岸からの逃亡ともなれば、その困難さは計り知れない。
「『青龍』、聞こえるか。返事はいいから私の指示に従え、艦長命令だ」
次善策を沈思していたところに、思い出したかのような青二才からの通信が来た。
「ははぁ、まだ生きていたのか」
てっきり早々に殲滅されたと思っていた為、思わず小声で呟く。
無論、通信自体に応答はしない。
「即時、緊急浮上してこちらにありったけのミサイルを撃て。撃沈されても構わん、私にだけ当たらないようにな」
この男は急に何を言い出すのだろうかー。
副艦長は思わず通信士と顔を見合わせる。
返答が出来ないと理解したのか、橋田は続ける。
「万一敵航宙艦に沈められることがあるなら、沈む前に核を撃て。持ち腐れは許容しない」
本当に何を言い出すのかー。
その場凌ぎで「核を撃て」など、気が狂っているとしか思えない。
このまま緊急浮上したとて発射前にこちらが沈められるのが関の山だ。
クルーの命を預かっている以上、ふざけた要求には従えない。
無視を決め込むつもりで黙殺していると、再度通信が入る。
「下山准将は先程射殺された。特殊戦略作戦室の者によってな。対話の場も持たない野蛮な連中に貴官らの敬愛する名将が、だ」
流石に耳を疑った。
てっきり捕縛されたものかと思っていたが、橋田の言葉が正しいのであれば、特殊戦略作戦室はどうやら強硬策に出たのだろう。
「なんてことを・・・」
確かに准将は特殊戦略作戦室を切り崩そうと何度も画策し、クーデター計画を秘密裏に進めていた。
軍事法廷の場であれば順当に死刑求刑は免れなかっただろう。
それについては下山も理解していたようで、仮に捕縛されたとして、法廷で日本国存続の為に、強国である中国に編入する必要性を説いて戦うつもりだと聞き及んでいた。
だが、特殊戦略作戦室の連中は法廷を待たずして准将を殺害したのだ。
それと同時に「青龍」のクルー達は、身元保証人を喪った事になる。
あくまで下山が「統合軍准将」という立場でクーデターを決行する事で、「正規軍内での事案」として認識され、多国籍軍の介入余地を無くすことが出来るという高度な政治判断の上に立ったギリギリの策だった。
このまま統合軍に投降するわけにもいかず、かといって核攻撃能力のある原潜を正規軍でない解放軍が保有するのは他国の安全保障上、「重大な懸念」だ。
それを口実に多国籍軍が介入する公算が大きい為、厄介者として門前払いされるのは十分にあり得る。
クルーたちの動揺を知ってか知らずか、そのまま橋田は続ける。
「下山准将の最後の願いとして、貴官らが「青龍」無しでも解放軍に編入できるよう私の方で取りなそう。ただ、今はこの窮地を切り抜けなければならない。無理は承知だが、貴官らの処遇の為にも今この場を打開する機会を作ってくれないか」
言い換えれば「犠牲を払ってでも私を助けろ」と言っているようなものだ。
ただ、橋田の話し方は他人を誑かす独特の魅力があった。
女性であればそれを魔性というのかもしれない。
「貴官らの返答はこちらへの援護射撃要請に代えて返答としてほしい。『青龍』については残念だが貴官らの命には代えられまい。無事に脱出することを祈っている。共に下山同志の無念を晴らそう」
副艦長以下のクルー達は正直なところ、撃沈ないし拿捕され極刑を受ける結末しか待っていない状況において彼の言葉は聖句のように聞こえた。
「青龍」という強大な力が同時に彼らの処遇についての枷になっている部分もあったし、少なくとも下山准将を殺すような連中よりも橋田のその言葉は信頼できるように思えてくる。
副艦長は少し逡巡した後、艦内無線を取る。
「ー諸君、私に命を預けてくれないか」
クルー達は顔を見合わせ、一様に頷く。
「ありがとう、恩に着る」
彼らの信頼に応えたいと切に願う副艦長の決断は早かった。
「メインタンクブロー、浮上と同時に22番を発射する」
副艦長の号令に対し、クルー達はいつも通りに、だが生きる為の戦いに挑む高揚感を含んだ表情で応える。
ー「堀田」による執拗な甚振りは橋田が通信している最中も続いていた。
兵俑機の各部フレームが軋み、少しずつひしゃげていく様を見ながらせせら笑う。
武器を使えば一瞬で墜とせる相手だ。
だが、そんな簡単に終わらせるつもりは毛頭ない。
今までのツケをたらふく払わせてやろうー。
一度腹を割って話もしてみたいー。
麻酔無しで開腹して、そのまま腸をワイヤーで少しずつ引き出してみようー。
指を金卸にかけて傷口に塩を擦り付けるのも悪くないー。
足の指からじっくりと一箇所ずつ炙ってやるのもたまらなく愉快だー。
「堀田」の異常なまでの嗜虐心から生まれた想像は、少なくとも常人の思考でできる発想ではない。
実際、彼は前述したように、ただ甚振る為だけの凄惨な拷問を嬉々として実行している。
解放軍の虐殺についてとやかく言える資格などありはしなかった。
「人間の皮を着た化物だよ、君は」
「何とでもいうといい、俺もお前も醜い存在だ」
苦し紛れに出た橋田の言葉も意に介せず、機体を蹴り上げる。
「ーただ、醜悪さのベクトルがお前と違うだけだ」
橋田にとって同族と思われるのも不愉快極まりなかった。
だが、勝手に流れてくる彼の記憶から、ふと機を見出し、挑発した。
「君はそうやっていつまでも過去の事象に囚われたまま、『姫』を見つけ出して殺すまで続けるつもりか」
「そうだとしてどうした。俺にとってはそれが今ここにいるただ一つの理由だ」
「こっちにいるかどうかもわからないのに」
「いや、いた。間違いなくいた。見つけ出して同じ苦しみを味あわせてやる」
やはり、「堀田」は復讐の為だけに生きている。
「ただの逆恨みだよ。君だって『姫』の悪癖なんて十分承知の上で一緒にいたんだろう。それを振られたからと恨むのはお門違いだろうに」
復讐の動機そのものを否定された「堀田」の動きが止まった。
刹那、機を見出した橋田は機体を起こし、今まで自身を甚振っていた「堀田」の22型の足を掴み倒れこむ。
思わぬ荷重がかかった事でバランサーの対応範囲を超えた22型は転倒、「堀田」は激しく揺さぶられる。
「逆恨みでこんな事までする性格を誰が好きになると思う。だから君は振られた」
「こいつー」
橋田の自己の存在定義を揺るがす痛烈な舌鋒に対し、一瞬で沸騰した「堀田」は無意識の内に「クリムゾンエッジ」を抜くも、行動が視えていた橋田は馬乗りになって冷静に抜刀した右腕の内側を掴んだ。
そのまま万力のような力を込められ、22型の右腕はフレームからひしゃげ、中からオイルが飛び散る。
「血が上ると極端に思考と動きが鈍るのは相変わらずだね。まるで成長していない」
今度は橋田がせせら笑う番だった。
ー「目標、浮上の動き有り」
同時刻、「雲仙」のソナー手が「青龍」の動きを捉える。
「緊急浮上か」
「損傷後の対応を見る限り、先ほどまでの雷撃による航行能力喪失とは考えにくいかと」
報告に対し芹沢は訝しむ。
あと少しで外洋に出れるというのに浮上する理由があるとすれば、通常なら航行困難による緊急浮上ぐらいしかない。
「あるいは投降か」
できればそうあって欲しいー、という願いはあった。
「目標、デコイを射出しつつ急速浮上中」
投降するのであればデコイなど出す必要はない。
芹沢の願いは虚しく、彼らは最期まで戦う意思を見せていた。
「・・・艦載兵器全ての即時発射準備を」
「了解、『雲仙』艦載兵器全てのロック解除、即時発砲備え」
可能であれば、VLSを使わせる前に仕留めたい。
使えるもの全部を使ってでも最悪の事態だけは阻止しなければならない。
「対艦ミサイル及び残存の魚雷を順次発射。左舷を集中して狙え。105mmには2門ともAJT-HEAT弾込め、次弾以降も同じ。VLS部分を狙って発射不能にさせろ。発砲タイミングは任せる、必ず沈めろ」
「了解、ハープーン及び残余の魚雷を原潜左舷に向け順次発射。105mm榴弾砲にはAJT-HEAT弾込め、次弾以降も同じ。目標は敵原潜VLS。砲撃タイミングを砲手に委任」
僅かな判断と指示の遅れによって最適なタイミングを逃すわけにはいかない為、砲手の望むタイミングにての射撃を許可した。
VLSからひっきりなしにミサイルが放たれる中、105mm榴弾砲が予測浮上地点に砲門を向ける。
チャンスは有効打の確率が高い水深が数十m地点まで至った瞬間だ。
もっとも、魚雷の集中砲撃を耐えた上でのダメ押しの一手ではある。
破孔があるにも関わらず航行に支障がない様子を見ると複殻式構造だろう。
105mmとは言え、虎の子のAJT-HEAT弾であれば2層のトラフダイト装甲を容易に貫徹し得る。
ただ、敵原潜の構造が不明な以上、VLS全基発射不能に追い込めるかは疑問が残った。
仮に残った場合、発射可能なセルのみで攻撃されたとして、CIWSでもって迎撃は出来るものの、「雲仙」以外の標的を狙った場合にはどこまで墜とせるだろうかー。
「目標左舷に対し魚雷及び爆雷、複数命中。左方向に傾斜なるも浮上止まらず」
「目標、深度50mまであと10m」
ソナー手のカウントに対して砲手は勿論の事、クルーに緊張が走る。
魚雷は既に10発近く着弾ないし至近弾で受けているにも関わらず、未だに内殻を破壊するに至っていない。
「ーまるで『大和型戦艦』だな」
芹沢がポツリと呟く。
旧大戦の大和型戦艦と言えば旧日本軍の秘匿決戦兵器で、巨体に重武装を施し、非常に打たれ強い事に定評がある艦だ。
特に2番艦「武蔵」は最期となったレイテ沖海戦において、直掩の戦闘機もないまま米航空部隊から推定値でも魚雷20本、爆弾17発を受け続けた上でようやく沈んだ。
旧大戦から性能が飛躍的に向上した魚雷及び爆雷を複数受けて尚、沈没を免れる様は確かに大和型という表現は正鵠を得ている。
トラフダイト合金で構成される装甲材を纏う艦船は今の今まで統合軍にはなかった。
航宙艦こそ「艦」と銘打っているものの、実態は飛行艇の延長線上の技術にあり、厳密には「航空機」の分類になる。
既存兵器の装甲部材をトラフダイト合金化することは容易ではない。
実際に計画上には上がっていたが、そもそも船体をほぼ一から建造するようなものであり、莫大なコストと人員リソース、そして期間が必要になる。
人員リソースを回せる余裕がない上、地上戦が主になる此度の戦いでは艦船の防御力強化の必要性は薄く、同じ期間とリソースで戦機兵を増産して慢性的に人材不足である陸軍の戦力増強を行う方が合理的だった。
だが、現実に原潜で、それも敵として現れたトラフダイト合金製の艦船はこれほどまでに頑健である事を証明している。
「目標、深度50mに到達」
105mm榴弾砲の砲手達は想定よりも浮上速度が早かった為に、僅かに仰角を修正し、照準の中にVLS群を捉える。
彼らはトリガーに指をかける。
あの原潜のクルーがどこの所属かは分からない。
ただ言えるのは、その中に自身の同期がいない事を半ば祈りながらトリガーを引いた。
・航宙戦艦と航宙巡洋艦
現時点での諸元は以下の通り。
航宙戦艦
全長:250m
全幅:380m
最大搭載戦機兵数:30機
武装:
・Mk41改 36セル
・ファランクスⅡ 16基
・155mm榴弾砲 4門
航宙巡洋艦
全長:200m
全幅:380m
最大搭載戦機兵数:18機
・Mk41改 28セル
・ファランクスⅡ 12基
・105mm榴弾砲 2門
・ハイドラロケット砲 3門
※戦機兵は(21型)全長10mだが、整備スペース確保を念頭に入れなければ体育座りのような姿勢で格納も可能




