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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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佐世保 6

ー兵俑機の助けも合って辛くも自機に辿り着いた橋田は非常に憤っていた。


援護が遅いー。


敵歩兵程度に手古摺るー。


機体の反応が悪いのは言い訳にならないー。


こんな無能な部下だから私は出世できないー。


戦機兵の降下にも気づかないのはどいつもこいつも節穴揃いかー。


概ね彼の言っていることは間違いはないのだが、その悪態をついている部下に助けてもらったこと、そもそも戦機兵部隊降下については自身も見る機会があったにも関わらずのこの言い分だ。


加えて兵俑機はコンテナ内で主機に火を入れずに待機していた為、目視はおろか、レーダー確認すらできない状況であり、その待機命令を自分が下したことは念頭の外にある。


コックピットの座席に座り、機体を起動させながらも尚も怒りが収まらない。


幹部の老人も無能揃いだ。


自分を下山|如き(・・)と一緒に粛清しようとした


こちらは解放軍の未来を見据えて動いているというのに、老人達は自己保身こそが大事なのかー。


成程、橋田は党本部から信頼を得ており、多少の事は大目に見てもらえる。


ただ、党本部として彼を重用しているかは微妙だろう。


現にこういった小間使い(・・・・)を他の幹部から命令されている部分からも少なくとも政略部分については能力を疑問視されている。


ただ、橋田はこれも党本部から与えられた「成長の場」だと考えていた。


これらの困難をかいくぐり、戦果を挙げることで経歴に箔をつける機会を党本部から賜っているー、と。


ただ、その箔を周りの無能な幹部や役立たずの部下共が付けた端から剝ぎ取りだす(・・・・・・)ー。


私が悪いのではない、周囲の環境に恵まれていないだけだー、と彼は本気で考えていた。


「諸君、『吸血部隊』が目前に迫っている。これは逆境ではない、汚名返上の機会だ」


突然の橋田の通信にその場にいたパイロットたちは戦闘行動中ではあったものの、慌てて傾聴する。


「あのような愚連隊もどきの志無き連中に『紅天部隊』は断固として敗北は許されない」


彼の演説の最中にも戦機兵部隊からの火砲は激しく、防盾で防ぎながら応射している。


「行くぞ諸君、真の革命成就の為に我々は生ける人柱となる」


声高に叫ぶとパイロットたちの鬨の声が返ってくる。


それと同時に橋田機に隣接していた機が腕部に集中砲火を浴びて戦闘能力を喪失した。


「怯むな、敵はこちらの機が爆発しないよう全て撃破するのが目的だ。密集隊形を取れ」


指揮官は時として、戦況が芳しくなく、少しでも勝算の高い手段を用いる場合に部隊の人員に犠牲を強いるような非情な決断を強いられる時がある。


勿論、可能であれば犠牲は少ない方がいい。


ただ、それ(・・)を許容されない局面というのは戦場において絶対に起こり得る。


その際,、いかに情に絆されず、冷徹に取捨選択ができるかは統率する上で重要な要素だ。


そういう意味で言えば性格だけで言えば、橋田は指揮官としての適性が高く、篠田は低い。


ただ、橋田の場合は悪い意味で部下を蔑ろにしがち、不必要な犠牲すら利己的な目的の為に実行させてしまう為、指揮官として適格であるかはまた別の話になる。


残った十数機が防盾を構えながら橋田機の周囲に固まり、戦機兵がいる方角全てに対して防盾が向けられ、円陣のまま少しずつ回転を始める。


いわゆる「方円陣」というもので、全方位からの攻撃に対して対応可能な陣形で、橋田のそれは「テストゥス」という歩兵陣形をアレンジで加えることで各々の盾で相互の攻撃を防ぐことができる。


「成程、考えたな」


敵方として陣形を見た篠田は素直に称賛する。


確かに攻撃は一極に集中するが、もともとの防御力は高い上にこちらからは爆発を伴う関係で胴体を狙った撃破を出来ない以上、無力化させるには骨が折れる。


ー相変わらず相手が嫌がることばかりやる。


「彼」が忌々しげに彼女にだけ(・・・・・)毒づく。


向こう(・・・)でもあの男はそういう性格だったのだろう、と彼女は勝手に納得しながら策を考える。


現状、中隊は包囲は維持したまま射撃を継続しているが、グレネード弾を使えない以上、流石に防盾を持った頑健な装甲相手には狙撃ライフル以外で効果があるものがない。


また、射撃管制システムで情報を共有したので回転したことによって射手が代わっても正確な射撃を送り続けることができる。


他方、彼女らはは回避しつつ遮蔽物などでやり過ごしながら反撃するも、こちらが狙撃ライフルしか通らないことを理解しているのか、脚部まで防盾でカバーしており、有効弾が通りにくい。


少なくとも大火力を持たない対戦機兵部隊に対して、盤石な防御手段と言える。


「陣形を崩さない限りは千日手、か」


ただ、敵とて包囲されている以上、そこから能動的な対応が難しく、最低でもこちらの数機を潰しておかなければ突破口は見いだせないだろう。


つまりは双方決め手に欠けるジリ貧だ。


他にあるとすれば盤外(・・)からの介入だろう。


彼らで言えば「青龍」からの攻撃だが、初弾のミサイルが「雲仙」に迎撃された時点で撃沈を恐れて独自判断で急速潜行してしまっている。


橋田に指揮権を移譲されてから何一つとして指示が無かった為、艦を守るための措置として当然の対応だった。


少なくとも篠田が橋田の立場であれば自身を含めた部隊を犠牲にしてでも潜水艦が逃げ遂せるまで粘る。


膨大なコストと熟練を要する潜水艦及びそのクルーと比較して替え(・・)が容易に効く機体と搭乗員だ。


例え部隊が全滅したとて潜水艦が撤退に成功するのであれば充分すぎるリターンだろう。


だが、橋田はそうは考えなかった。


彼にとって自分は替えが効かない存在であり、「青龍」は「艦長」である橋田を守る義務があると思っている。


「青龍」が急速潜行した事は彼にとって「怯懦」に映ったのだ。


「こちら『紅天部隊』橋田だ。『青龍』応答せよ。すぐに回頭して敵戦機兵に対して援護射撃を要求する。逃げずに戦い給え」


すぐさま解放軍用の通信チャンネルを開き、「青龍」に通信回線を開くよう呼びかける。


が、当然ながら反応はない。


通常、作戦行動中の潜水艦に対して通信回線を開かせるのはご法度だ。


位置を特定された潜水艦は非常に脆弱である。


「広い海洋の奥底に潜み、いつどこで現れるか分からない」という潜在的脅威を与え続けるのが潜水艦としての最大の強みであり、今回のように捕捉をされ、攻撃を受けた場合、すぐに潜行して身を潜めるのが現状対応できる最適解だろう。


大型で静粛性に難がある関係で、予め投下されていたソノブイによっておおまかな位置は「雲仙」に知れている以上、尚の事顔は出せない。


応答が無い意味も分からないまま、橋田は苛立ちながらも陣形を維持しながら憎き「吸血部隊」に応射を開始した。


ー「青龍」の位置情報は指揮車に乗り込んだ芹沢にも把握されていた。


「よし、爆雷弾頭ミサイル1番から4番、原潜の予測進路に対し発射」


「了解、爆雷弾頭ミサイル1番から4番、発射」


無線越しに芹沢の命令を復唱した「雲仙」の上部VLSから4発のミサイルが飛翔。


海上から数メートル地点で分解、無数の爆雷が海中へと進んでいく。


そして、爆雷が想定深度に達したところで何か(・・)に触雷し、ソノブイにけたたましい爆轟音が捉えられる。


「効果確認」


「効果無し。目標周囲に展開されたデコイに吸着し全て誘爆。目標への損傷認めず」


「技研が開発していた吸着デコイか、厄介だな」


「雲仙」の海中ソナーに複数のデコイが大型熱源体として映っており、「青龍」を捉えられない。


それを見越した上での密度が高い面制圧攻撃だったが、「青龍」の方が一枚上手だった。


流石に原潜を任せられるほどの練度だ、と芹沢は感嘆する。


それ故に逃がせば今後の非常な脅威となり得る事も理解した。


下山は恐らく先程の銃撃で死んだ。


となれば、指揮権は完全に橋田という男にあるだろう。


話を聞いていた限り、橋田という男は恐らく核を撃つことに些かの躊躇いもない。


クルーに僅かでも理性があって核攻撃に躊躇いがある事を祈ったが、そうでないなら撃沈するしかない。


ただ、吸着デコイの対処がネックだ。


対潜ミサイルを本命として撃沈を図る想定だが、原潜本体を認識できた上でデコイがない方角から正確に狙う必要がある。


どのみちデコイを消耗させる他ない。


自衛隊所属時は海自で「当代きっての秀才」と云われた芹沢がこれらの考えをまとめるのには1秒未満、それから5秒の間に既に数手先までの盤面を見据えたプランを練っていた。


「5番から8番まで、予想進路に対して各機雷の散布密度低め、信管深度を広域で爆雷ミサイル発射。次弾、9番と10番は対潜ミサイル装填」


「了解、5番から8番、爆雷ミサイル用意。散布界広域、信管深度広域、発射。次弾、9番、10番、対潜ミサイル装填」


また4発のミサイルが放たれ、先程よりも各々の散布地点が広い間隔で海上付近で本体より爆雷が飛び出す。


海中に没した爆雷は「青龍」から見ればカーテン状に広がり、回避できない状況に追い込まれる。


「ソナー感あり、目標は魚雷を発射した模様」


「想定通りだな、今ので場所の特定はできたか」


「目標補足、デコイと思しき熱源体を艦上部に次々と展開」


「よし、目標の後方、数キロ離れた地点に向け9番、10番対潜ミサイル発射、信管はを目標進行深度より低め」


「了解、9番、10番対潜ミサイル発射。信管、深度120mに設定」


放たれた2本の対潜ミサイルは先程まで「青龍」がいた地点に弾頭だけ海中に飛び込み、「青龍」のいる深度100mよりも深度が深いところで機首を「青龍」船尾へと向け、進みだす。


「青龍」も必死に回避運動を取るが、より深い深度からの攻撃は想定しておらず、一発は辛くも外すが一発は至近弾を受ける。


「効果有り、至近弾。ソノブイより破孔音認める」


「よし、11番以降も対潜ミサイル発射用意。準備出来次第、目標両舷に向けて発射」


「了解。11番以降対潜ミサイル装填、目標両舷に対し連続自由発射」


本来であれば先の二発で仕留めるつもりだったが、トラフダイト合金の装甲板はバブルジェット効果にも耐え得るほど頑健であった。


ここで仕留めることが出来なければ、より深度の深い外洋に逃走して補足が困難になる。


芹沢自身の矜持には悖るが、予断を許さない状況の為、飽和攻撃でもって殲滅を目論む。


半ば祈りながら芹沢が状況を待っていると、先程「青龍」が浮上していた海中から何か(・・)が飛び出す。


「目標浮上地点より高熱源体反応が2、飛翔を開始」


「予測進路は?」


「目標は本艦ではありません」


「32中隊か。全機対応を」


芹沢の通信に対し、中隊の面々は意識を向かってくるミサイルに向ける。


「例の対戦機兵弾頭の可能性がある。迎撃は考えずバイタルパートの直撃だけはだけは避ける事のみ考えろ」


篠田は恐らく関西襲撃で使われたフレシェット弾の新型弾頭を想定し、下知する。


ミサイルは発射地点から放物線を描き、一発は篠田の付近に展開しているアルファ隊に、もう一発は山岳方面にいるブラボー隊に向かっていた。


アルファ隊、ブラボーの直上数十メートルで弾頭が割れ、彼らのいた場所に子弾が降り注ぐ。


アルファ隊は篠田含め辛くも避けたが、ブラボー隊の2機が頭部や肩部の複数個所に被弾する。


「ブラボー2、3が被弾、パイロットは両名負傷無し、なるも戦闘能力を喪失」


「ブラボー隊は安全圏で後退して待機、アルファ、チャーリー、デルタ隊で敵兵俑機を仕留める」


彼女は指示後に歯噛みしながら機の体制を立て直し、橋田達の機体に向き直る。


彼らはこちらの被害を目視で確認し、後退したブラボー隊の方面へスモーク弾を投射、煙幕の中に部隊を入れると、変則的な魚鱗陣に変え、進撃を開始する。


「市街地に行くつもりか」


橋田は機を見る目についてはずば抜けて優秀だった。


彼女らが最も望まない対応をしようとしている。


極力、市街地戦は避けたい。


前回の埠頭の件でも相当な騒ぎになっており、統合軍、ひいては特殊戦略作戦室の沽券に関わる。


ここで佐世保の市街地に一機でも侵攻し破壊活動をされれば統合軍への非難は免れず、クーデターの機運を高めてしまう。


「アルファ隊は私に続け。陣形をかき乱す。チャーリー隊、デルタ隊は進行方向を塞ぐように移動、適宜突入を援護しろ」


「「「了解」」」


いつもであれば「彼」が客観的視点で状況を把握し、先手を打てるのだが、今回はほとんど後手後手に回っていた。


それが手玉に取られているようで非常に不愉快な感情が彼女にひしひしと漏れ出している。


どうにも血が上りすぎ、先程から強い憎悪によって怒りの感情によって視野が狭くなっているようだ。


一度こうなった「彼」の采配は極端に振るわなくなる(・・・・・・・)


生来からの性質(タチ)なのだろう。


切迫している状況ではあるが、こればっかりは彼女とて「彼」が落ち着くのを待つしかない。


そうこうしているうちに煙幕から抜けた兵俑機部隊が進撃を続けている。


迷っている暇はない。


彼女はアルファ隊と共に敵陣形右翼に対して突撃を開始した。

・クーデター作戦の内容

ひそかに上陸させた兵俑機を主力とし、既に呼応している下山の「むらさめ」所属の戦機兵部隊と共に臨時首都の福岡市内へ侵入。


そのまま、臨時政府のある元福岡県庁庁舎及び春日の統合軍司令部といった中枢を急襲、制圧し、首都機能を喪失させる。


その上で現行の首相に対して下山を首相として再擁立、呼びかけに応じてクーデター軍の戦力を増強する心つもりであった。


実行計画についての大筋はそうであるが、その後が異なる。


元々、下山が画策する際に解放軍に提示したその後の素案は「そのまま解放軍へ全面降伏させ、統合軍も即時戦闘停止及び武装解除を下令し、領土を全て明け渡させる」と綴っている。


だが、下山は早い段階から解放軍に見切りをつけており、実際は独自の案でクーデターを実行しようと試みていた。


解放軍に降伏するのではなく、党本部に直接助力を求め、中国が表立って軍事介入する契機を作る想定だった。


そしてほぼ確実に来るであろう統合軍の奪還作戦に対し、「青龍」と核兵器所有をカードに「12時間以内に戦闘行動を停止し、武装解除をしなければ九州のいずれかの都市部をを核攻撃する」と恫喝、恭順を求める流れになる。


同時に中国への帰属を宣言、臨時政府日本の解体及び奪還された地域も含めた日本全土を中国に明け渡し、全権を下山に与え、統合軍を自治防衛隊として再編し、属国化。


ゆくゆくは東洋省として中国の一部に組み込まれるという算段だった。


だが、どちらの計画はあまりに大それている。


原潜と核を保有している分、下山の計画の方が遥かに現実的ではあったものの、実際に核を使用するつもりはなく、それが悟られればあっさり庁舎と基地を奪還される可能性が高い。


特に特殊戦略作戦室といった部隊であればリスク覚悟で動く可能性を充分秘めていたし、戦力的にも呼応に応じた部隊がいない場合、彼等に対抗できる部隊が下山の手駒には存在しない。


呼応についても下山は海軍では名の知れた人物であれど、陸軍が呼応してくれるとは考え難い。


大前提として、統合軍の戦力が大幅に損耗したタイミングでないと機会すらないというのが下山が考える決起条件だった。


実際は前述の通り、関西奪還作戦を受けて臨時政府急襲作戦について何も知らされなかった関西方面軍司令は損耗を恐れた結果、主力を温存する為に関西圏を放棄し撤退を決意。


堺の主力が大した交戦もないまま撤退した為、統合軍も戦機兵第一師団を消耗無く抱えたまま戦闘が終了し機を逸したとして下山は実行に移すことはなかった。


・吸着デコイ

技研が開発した潜水艦用のデコイ。


従来あったデコイの欺瞞効果に加え、爆雷ないし魚雷を吸着する特殊なジェルに包まれている。


ジェルに絡めとられ起爆した場合には爆圧を吸収し、威力を大幅に軽減させる。


バブルジェット現象により、至近弾でも船体の破壊を生じる現行の雷撃に対し特に有効とされる。

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