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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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佐世保 2

ー時は遡り、「雲仙」が関西方面から帰還した際、先日投降した捕虜によって得た完品の兵俑機2機が技研に送られ、詳細な分析が行われる。


今回の鹵獲機によって技研は大破した残骸からは得られなかったコックピット周り、システム面についての様々な情報が得ることができた。


兵俑機のOSは中国独自で開発したものだ。


戦機兵のそれと比較しても概ね同じようなマスタースレイブ方式の操作、そして近い形の機構、プロセスで動かしている。


もっとも通常の二足歩行ロボットを動かす際に最も分かりやすく操作できるのがマスタースレイブ方式の為、ベースが変わらないのは特段不思議なことではない。


ただし、戦機兵のそれに比べてCPU周りが貧弱な上、システムに無駄が多い。


呉で初出撃した時のように戦闘機動が可能になるまで時間がかかりすぎ、加えて動かした場合も機体そのものの関節部が機体重量に併せて重く作られている故に通常の四肢を動かす動作が21型はおろか、ベース機になった11型よりも緩慢だった。


これは損壊した11型からはOS・システム周りのデータが取れず、ノウハウがないまま作った事が起因している。


別に中国の技術が劣っているという訳ではない。


成程、中国からすれば戦機兵は相対こそすれど自身で製造するとなれば既存の兵器とは異なりノウハウが存在しない未開の分野だ。


技研とて前身の旧自衛隊で開発していた際に同じような問題に直面していた為、むしろこの短期間でよくものにしたと言えるだろう。


こういった諸問題は経験のフィードバックによって賄われるものであり、幾度かのアップデートを経てから段階的に改善するであろうものだ。


他に射撃管制システムは中国製攻撃ヘリ「Z-10 」のシステムを流用したものを使っている事が解明された。


既存兵器のシステムを流用する試みは決して悪くない。


ノウハウがある分、問題に対処しやすく、コスト的にも効果を見込めるからだ。


ただ、彼らのそれは粗雑な流用だった。


攻撃ヘリという近い挙動のシステムを使う事までは良かったが、単機での独立した射撃を行う際は人型兵器特有の挙動を考慮に入れていない。


静止ないし低速の歩行状態でないと標準的に使用するAK-47を模したライフルでは反動が大きい上に機体の運動で照準が激しくブレる。


加えてトリガーを引いてから射撃が開始されるまでにいちいち武器を構え直す動作を挟まないといけない。


篠田が以前交戦した先行量産型もAKベースの三式自動歩槍に酷似したライフルを装備しており、そちらは悪くない集弾性だった。


恐らくは生産コスト面を考えた上で一般機はAKのようなプレス加工で容易に大量生産できるものを求めたのだろう。


他方、戦機兵は人型兵器である事を踏まえた上で今までの兵器ノウハウがあまりあてはまらないと判断。


既存兵器からの流用は無く、一からシステムを構築している為、高機動を行いながらでも照準のズレも少ない。


射撃姿勢もトリガーに指をかけるか、ロックオン機能を使用した時点でスムーズに移行する為、特にラグを感じさせることなく攻撃が可能である。


ただ、それとは別に篠田が相対した際にはそれほどの脅威ではなかったと思われていた射撃データリンクシステムは、今後十分な脅威になる可能性を有していた。


一機がロックオンした事に対し、付近の他機は情報を共有するだけで目標位置情報を連携し、敵の次の行動予測を複数機で同時演算し算出、予想進路に対して各機が各自発砲するだけで回避困難な斉射を行うことができるというものだ。


彼女が戦った際に彼らが後れを取ったのは通常の21型のスペック基準で篠田機の推定速度のデータを算出しており、発展機の22型や32型についてはそういったデータが無かった為だと判明。


この管制システムは、機体の鈍重さとを補い、常に対集団で戦機兵に対峙する前提であるならば、兵俑機は戦機兵に対して単体構成の部隊でも対抗出来得る存在へと昇華しうる。


更に、そのデータは火砲にも共有が可能で、連携を取ることによって時代遅れの野砲ですら効力射が可能となり、戦機兵には無い混成部隊との連携の取りやすさを有していた。


ただ、あくまでそれは待ち伏せなどを用いた防戦に徹するならの話だ。


侵攻に用いる場合、ベースが11型であることに引き摺られる形でデメリットが多い。


密集形態での都市部侵攻は機体サイズが大きい為、21型以上に建物によって指向されたルートを選択せざるを得ず、密集隊形の維持が難しい。


また、平野部においてもベースよりも遅い足が仇となり、遠距離砲撃をされた場合に釣瓶打ちに遭って回避も先んじて回避行動を行わない限りは装甲を活かすこともなく沈むだろう。


つまり、装備と練度次第では21型以上に反撃できずに殲滅されるリスクが伴っている。


更に悪いことに複数のCPUの演算を前提としている為、撃破されればされるほどデータリンク射撃の効力は落ち、搭載火器の精度の悪さも相まって加速的に戦力低下していく。


そして何よりもデータリンク射撃も射撃時には静止ないし低速の歩行状態でないと射撃偏差がズレ、目標の命中率は格段に落ちる為、射撃する度にどうしても動きが止まってしまう事もネックだった。


前回2回の交戦で単機にて対戦した篠田は図らずも各個撃破策を取った事によって相手の戦力を削り取り、撃退に成功している事からもそれは証明されている。


11型本来のコンセプトを履き違えたまま開発された結果、本機は対抗馬に対して限定的にしかポテンシャルを活かせない微妙な立ち位置になってしまった。


戦闘ヘリよりも低い機動力、被弾面積比で言えば戦車よりも的が大きい割に装甲の強度が足りない。


例えば現行型の装甲を落としたところで、兵俑機は21型にはなれない。


軽くなった分機動力は上がるが、言ってしまえばパワードスーツに先祖返りした形となる上、より機敏で硬い21型に敵う要素はどこにも存在しない。


戦機兵のキモはトラフダイト合金による軽くて強靭な装甲及びその心臓部にあたるレーザー核融合炉である。


2つの条件を達成して初めて歩兵に代わる兵器として立ち位置を確立したといっても過言ではない。


結果、技研においても一週間近く及ぶ研究と性能評価試験を行った上で芹沢や篠田とほぼ同様、「小隊単位では脆弱なものの、それ以上の機数での集団戦ないし火砲との混成運用で脅威に成り得る」という結論に至った。


ただ、技研ではもう一つの懸念も存在した。


中国本土の開発陣の学習速度が早い事だ。


OSのアップデートも数日単位で入っている形跡があり、先程の問題をある程度克服するのは時間の問題だろう。


そして何より、システム周りの蓄積が出来た上でレーザー核融合炉ないしそれに近しい出力を出せる主機を開発・量産に成功した場合、それは戦機兵とほぼ同様の性能を有した上に数にものを言わせる事が出来る。


そしてそれは将来的には遅かれ早かれ確実な未来になるという事だった。


ー関西方面の襲撃から数日後、篠田の姿は佐世保市内にあった。


長崎県佐世保市、かつて軍港として栄え、現在では米海軍基地を有する地方都市だ。


彼女はガンメタリックカラーの愛車のスカイラインGT-R BNR32型に乗り、福岡から佐世保に赴いている。


車は「彼」の趣味であり、憧れていた車だ。


彼女は「彼」の薦めで戦機兵パイロットになってから免許を取得し、比較的状態のいい本車を中古で見つけて購入後、「彼」に言われるがまま今に至るまでに相当な金額をつぎ込んでいた。


周囲からは彼女のまっとうな唯一の趣味と概ね高評価だが、実際のところは無趣味で給与の使い所もない為、「彼」の望みに応じるままにカスタムしているだけに過ぎない。


ただ、この車で様々な場所を走ってきたことで、彼女自身も車に対してドライブの楽しさを知り、少なからず車にも愛着を抱き始めていたのも確かだった。


外は残暑が続き、快晴の空の下で陽炎が立っている路面を他の車と同様に走り抜けていく。


大した速度ではなかったが、RB26DETTエンジンが奏でるエキゾーストは心地よく悪くない気分だ。


ふと、同乗していた助手席の芹沢を横目で見遣る。


昨日にようやく報告や書類作業から解放され、今は目を瞑って静かに寝息を立てていた。


あまり篠田達や「雲仙」の乗組員に対しても隙を見せない堅物ではあるが、彼とて流石に三徹は堪えたらしい。


ふと、彼の顔を隠していた帽子が路面のギャップでずり落ち、仏頂面の寝顔をちらりと見てしまった彼女は思わず微笑(わら)う。


非日常が当たり前の彼女にとっての短い「普通」の日常。


過去の彼女であれば何ら感情を抱くことのないものだったが、「彼」と関わり始めた事で少しずつではあるが、戦うこと以外でも楽しいと思える感情が現れようとしていた。


ただ、残念なことに佐世保には休暇で来たのではない。


特殊戦略作戦室の警察権を使い、本日深夜にどこかの埠頭で解放軍幹部と接触する下山両名を現場で抑えるべく動いていた。


ーそれは、一昨日に司令部宛に匿名の郵便が届いた事を発端としている。


郵便の中にはワープロで「海軍所属の下山少将が明後日、佐世保で解放軍幹部と会合する」とだけ書いてある書面と、USBメモリが一つのみ入っているのみのものだった。


こんなご時世でも書面や悪戯電話は時折統合軍宛に来ている。


それらは大抵愉快犯か、解放軍に対する個人的なシンパだったりといった連中がやっていた。


いつものように悪戯だろうと思いながら、事務を担当する一等兵は一応、ネットワークから隔離したPCでUSBの中身を改める。


入っていたデータはウイルスの類などではなく、圧縮されたデータが2点と、見たことのない中華製の解凍ソフト、そして音声ファイルが入っているのみだ。


手の込んだ悪戯だと失笑しながら慣れない中国語を流し読みしつつ解凍ソフトをインストール、起動したところで同梱していた圧縮データを解凍していく。


1つ目のデータは暗号化されたやけに膨大なテキストデータであり、そのままでは読めないようになっている。


そしてもう1つのデータを確認したところ、こちらは解放軍が用いる暗号解読用の附表だった。


もしやと思い、先ほどの暗号データを附表と照合していくと、そこには解放軍幹部と下山が司令部や参謀本部でも一部しか知らない関西奪還作戦の初期計画内容から統合軍全軍に最終的な作戦詳細まで仔細にやり取りしていた連絡記録であった。


俄かには信じ難い内容に愕然としながらも最後まで確認する。


読み終わった頃には彼の額にはびっしりと脂汗をかいていた。


これだけでも相当なスキャンダルであるし、情報的にも信憑性は高い。


それに加えてまだ音声データが残っている。


少なくとも下山が間諜であることに関連したものだろう。


読み終わった後に気付いたが、関西奪還作戦の初期構想など極秘中の極秘に一般隊員である彼が図らずも触れてしまっていた。


顔面蒼白になりながら必死にどうしたものか思案するが、手の震えが止まらず、思考も纏まらないままである。


彼もまた志願して統合軍に入った者であるが、志願した割にはひどく臆病な性格で体格も恵まれない華奢な男だ。


入隊して間もなく行われた戦機兵及び歩兵の適性検査で体力面は勿論、特に性格面がとてもではないが訓練に耐え得るものではないとして両方落ち、営内で庶務として郵便物を取り扱う作業に従事していた。


前線に出たことは一度もなく、軍隊らしいことと言えば月数回の通常訓練のみで、統合軍営内には会社に出社して事務の仕事をこなしている程度の感覚しかない。


その彼は、思わぬ形で命の危険を孕む内容に巻き込まれた事に強く動揺していた。


現時点でこれなのだから、音声データまで聞いたら卒倒しかねない。


一旦一服して気持ちを静めてから然るべきところに相談しようと書面とUSBを持ち出して喫煙所に向かう。


とは言え、こんなものを一体どこの誰に相談すればいいのか。


司令部に報告を上げる必要があると判断するが、下山に情報が流れた場合、内容を見た彼が口封じの為に消される可能性もありえる。


回らない思考のまま喫煙所に入ると、篠田が先客としてそこにいた。


その日はたまたま司令部に用件があり、ちょうど終わって一服しようとしていたところだった。


彼女は一等兵とは喫煙所で知り合った顔見知りである。


最初、一等兵は恐縮していたものの、階級差を気にしない彼女から話しかけたことで時折喫煙所で四方山話をする程度の仲だ。


いつもの彼であれば階級が上の彼女に対して敬礼をするところだが、篠田のことが目に入らなかったのか、入るなり煙草を咥えてせわしなくポケットをまさぐり、ライターを探す。


ちょうど自身の煙草に火を点けたところの彼女が静かに彼の口元まで手を伸ばし、ライターを灯す。


突然煙草の火が点いたことで彼女の存在に気付き、驚く。


「あ、大尉・・・」


「今気づいたのか。悪いものでも食った顔しているが大丈夫かい」


「いえ、大尉がいるとは思ってもおらず・・・・。大変失礼しました」


心配するように覗き込む彼女に対し、申し訳なさやら恥ずかしさやらでしどろもどろになる。


「別に気にしないよ。それよりも何かまずいヘマでもしたか」


戦闘時以外の彼女は階級や所属の如何に関わらず、誰に対しても気さくで不思議な愛嬌があった。


親身に話を聞いてくれるものだから自然と相談をし、茶化しながらも彼女なりに納得できるようなアドバイスをくれる。


任務中の彼女を知らない者からすれば、「吸血部隊」と揶揄された部隊の長とは思えない。


彼も相談できそうな者が現れて緊張の糸が解れたのか、ようやく火が点いたまま半分ほど燃焼を終えた煙草を深く吸い、煙を吐き出した後に手に握った書面とUSBメモリを渡す。


「司令部宛にこれが届いていて、内容が内容だったのでどうしたものかと・・・」


篠田は咥え煙草のまま、握りしめられてくしゃくしゃになった紙を広げて中身を見る。


「ーほほう、これは穏やかじゃないな」


「それと、このUSBには暗号データがあって、その」


「ー分かった。ただしここで話すことじゃない。一服した後で私の車の中で聞こう」


篠田は紫煙を吐き出すと、震えが止まらない一等兵の背中をさすって落ち着かせる。


こくこくと頷く一等兵からは見えなかったが、彼女は思わぬ収穫にほくそ笑んでいた。

・篠田のBNR32について

ベースとなったのは93年式。


現在からみればレトロカーの分類に入るほど古い車だったが、内部はパドル式のセミATに換装、電装系も改修して各種安全センサーを盛り込んだ快適仕様にしている。


更に、エンジン、足回りといった走行面も可能な限りのチューンを施している為、エンジン出力は600馬力、最大トルクは70kgf・mという破格の性能を有し、現行車両と変わらない快適性とレースカー並のポテンシャルを両立させたほとんど別物の車。


ちなみに特殊戦略作戦室が警察権を有している関係で緊急時にはパトランプを展開して緊急走行も可能。

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