佐世保 1
ー本拠地の堺攻略に少なくとも3日、全域の奪還には数か月を見越した関西奪還作戦は、解放軍の焦土作戦による撤退で損害は無視できない程度あったものの、3日と経たず全域で決着がついた。
ただし、関西方面は想定以上に荒廃していた。
解放軍は各所で大小問わずの清野作戦を実施しており、関西各地域に入った統合軍は、破壊された市街地での市民の救助及び避難所開設、解放軍の残したIEDや地雷などの置き土産の処理対応に追われることになる。
特に本拠地として本隊が駐留していた堺の物的・人的被害は凄惨の一言に尽きた。
建物のことごとくが破壊活動によって倒壊ないし損壊、残っていた住民も数百人単位で虐殺されており、燃え盛る市街地の路上に死体が散乱している有様で、生き残った者も不衛生な環境で解放軍から食料統制を行われ、満足いく配給をされなかった為、一様に衰弱しているといった様相を呈していた。
対応した統合軍兵士たちは災害対応に慣れた自衛隊からの者たちですら、ここまでの大規模な虐殺を始めてみた事によってあまりの惨状に強烈な不快感を覚え、体調不良者が続出。
堺以外の地域については、中国・四国地方がそうであったように場所によって被害の程度が異なるものの、堺同様に事後処理で昼夜を問わず対応せざるを得ず、その間にも解放軍が転進して襲撃する可能性もある為、防衛部隊にもリソースを割かなければならない。
下関の時には無かった清野作戦の後始末によって統合軍兵士たちは、連日のように対応に追われて不眠不休が続き、疲労はピークに達そうとしていた。
当然、戦力を温存したまま後退した解放軍がこの機を逃す訳がない。
解放軍の関西撤退から作業がある程度落ち着いてきた2週間後の深夜、解放軍は突如として行動を開始。
自走砲、トラックを改造した連発ロケットランチャーなどのテクニカルで構成された部隊が、海津市方面及び大垣市北東の山岳地帯に展開。
そのまま桑名市、四日市市、大垣市などの各市街地に対しEMPパルス弾頭を放った後、ナパーム弾で無差別砲撃を開始した。
統合軍は奪還から数日のうちは広い範囲で警戒を強いていたものの、しばらく攻撃が無かったこと。
そして何より戦機兵パイロットたちの負担を軽減する為に警戒ラインを狭めた事で、個別の小規模部隊の展開前を発見できなかった事が仇になった。
各市の哨戒に立っていた混成部隊所属の入隊から日の浅い戦機兵パイロットたちは一瞬何が起こったか理解できず、彼らの頭上を飛び越えた弾体が後方の市街地で炸裂し、火の手が上がったことで敵襲だとようやく理解、後手ながらも迎撃行動に移行する。
しかし、空を飛ぶロケット弾に対して彼らはライフルを構えて撃ち落とそうと試みるも、弾体が小さくかつ無数にある為に思うように落とせない。
そうこうしているうちに次々と戦機兵部隊の頭上を越え、次々と市街地に着弾し、暴力的な火勢はテントや物資、そこにいた人々を燃やし、悲鳴と怒号が入り混じった混乱の坩堝と化す。
21型乙にはナイトビジョン切り替えや小型目標に対してロックする機能があるのだが、夜間ではどうしてもロックオンの精度が落ちてしまい、彼らの練度での撃墜は至難を極めた。
そして飛翔体の迎撃に集中し、移動せずに発砲を繰り返しているやや郊外寄りに展開していた小隊は、解放軍の砲兵からすれば絶好の的でしかない。
眼下の小隊に対して、解放軍の自走砲から大口径の特殊砲弾を放たれる。
迎撃している戦機兵部隊の搭乗員たちは山岳部からのマズルフラッシュを気付くことなく、目先の飛翔体を撃ち落とすことに躍起になっていた。
そうして弾頭が彼らの頭上に飛来し、炸裂するその瞬間まで、まさか自分たちを狙った砲撃が来るという想定は念頭になかったのだろう。
割れた親弾から無数の槍状の子弾が現れ、推進剤に火が入ると共に戦機兵部隊に滝のように降り注ぐ。
上部装甲を穿ち、炸裂したことで機体は内部から破壊され煙をあげながら巨人達が崩れ落ちる。
小隊はたった一発の砲弾の為に5機が撃破判定、1機が中破し、壊滅。
付近にいた別の中隊も同様の攻撃を受け、半数が行動不能に陥った。
初動が遅れた都市部に展開している他の部隊は飛来する弾体の処理とパニックに陥った民間人の安全確保に追われ、攻撃している敵部隊に対して逆襲も叶わない。
阿鼻叫喚の地獄の最中、戦機兵パイロット達は見えない敵の攻撃に対して逃げ惑う群衆を抑え、機体を盾にして砲撃から庇う事で手一杯だった。
ー同時刻、四日市港内に停泊し、九州から駐留部隊の為の物資の荷下ろし作業を行っていた航宙戦艦三番艦「霧島」も海津市方面の解放軍砲群から絶え間ない集中砲火を浴びる事になる。
港内に乗り入れた「霧島」は市街地が攻撃されると同時に砲撃を受けた。
大型目標を狙うだけあって大口径弾を多数放ってきたが、前回大破した「由布」よりも強靭な装甲を持ちミサイルの直撃にも数発程度なら耐えうる「霧島」に通常弾では有効打を与えられない。
だが、「霧島」とて状況は芳しくなかった。
緊急離水するにも周囲で輸送作業中の船舶や輸送フロートが近すぎて転覆させかねず、退避が完了するまで空に上がれない。
水上では下部搭載砲が使えず、EMPパルス弾による影響下の為、VLSでの迎撃もできない「霧島」は、唯一装甲部の中では比較的脆弱な両翼エンジンに砲撃が集中、次々と直撃弾を受けて損傷する。
結果、「霧島」は離水不能に陥り、徒に敵の砲撃を受け続けるだけの鉄塊と化した。
作業用として出ていた艦載機の戦機兵部隊も腰下までを防水加工したフロートパッケージかつ非武装の為、退避行動を行う他なく、周囲の船舶の避難を促すしかできない。
ある機は陸地近くにいた為、荷揚げされた物資の一つをこじ開け、長距離砲を取り出して果敢にも反撃を試みる。
しかし、ジャミングの効果によりレーダーは無効、遠距離砲撃の為に目視による確認も出来ずに砲撃地点の算出は困難を極め、遂に発砲に至れず仕舞いだった。
そうこうしているうちに解放軍急襲部隊は弾を打ち尽くすと、再度EMPパルス弾を周囲に放ち、悠々と撤退。
20分という短い時間で市街地のあちこちは火災被害により死傷者多数の大混乱に陥っていた。
統合軍も戦機兵2個中隊分の機数が撃破ないし大小の損傷、「霧島」も船体そのものは軽微な損傷だったものの自力航行不能という被害を受けた一方、解放軍部隊の損害はゼロという局地戦とは言え、下関奪還以降で最大の敗北を喫した事になる。
何もできず、損害軽微だったいくつかの部隊から一矢報いる為に追撃を提案されるも、「霧島」の離水不能に伴い、上空からの統合情報支援が出来ないこと。
また、第二次攻撃の可能性を勘案し、警戒強化及び市民安全確保を優先した為、意見具申は却下される。
一敗地に塗れた彼らは歯噛みしながらも、大混乱に陥った市街地の救援活動の為、それから数日間厳戒態勢のまま不眠不休の作業を敢行せざるを得なかった。
ー篠田らが襲撃の報告を芹沢から受けたのは攻撃が終わった直後の事だった。
「それで、『霧島』の救援はやはり第三師団が?」
「ああ、『国見』と『宝満』、そして戦機兵2個中隊が艦載機として資材輸送、警戒網強化も兼ねて向かう手筈だ」
「これで『霧島』もドック入り・・・。『由布』もあと数週はかかるし、戦線は当面停滞ですかね」
画面向こうで渋面を浮かべている芹沢を見ることもなく、煙草を蒸かす。
「まぁ、忌々しいことにそうなるだろう」
芹沢は報告を聞いてから通信が始まってから何度目か分からない溜息を吐く。
もっとも、この攻撃が無くとも前進できたかどうかは怪しい。
現状混成師団及び抽出された第二・第三師団は関西奪還作戦で無視できない損害を被っており、万全な状態で稼働可能な機数は5割を切るという散々な有様だ。
これには司令部も事態を重く見、今後の侵攻計画を一時停滞してでも再編及び再訓練の必要有りと見做されている。
関西地域の安定化と再編成が終わるまでは駒を進めても精々愛知、岐阜止まりだろう。
「大尉はこの後、奴らの第二次攻撃が来ると思うか」
「本日中の第二次攻撃は無いと思います。この攻撃の本質は損害を与えることではなく、嫌がらせの域を超えない。とは言え放置はできないし、山の向こうから撃って来られたら対処も難しい。当面は砲撃地点として有効な丘陵・山岳地帯への防御陣地構築の必要性は有るかと」
「概ね私の意見と同じで安堵したよ」
「意識のすり合わせができているか確認したかっただけでしょう」
彼女がやや口角を上げつつ返すと、九州に戻ってきても書類作業と報告に追われ疲労が溜まっていた芹沢も油断し、少しだけ表情を和らげる。
「参謀本部から敵部隊の本拠地の発見と攻撃を打診されているが、ハッキリした根拠地は無いだろう」
「でしょうね、無数にある巣穴を潰していたらキリがない」
関西奪回後に統合軍は米軍スパイ衛星の協力及び高高度から航宙巡洋艦「開聞」が中部から北陸地方にかけて偵察を行ったところ、小~中隊規模の部隊を各地に点在させている状況であり、関西方面軍の本隊となる軍団は静岡御殿場まで後退し、大規模陣地を構えているようであった。
損耗が無かった第一師団は御殿場までの速攻を意見具申したが、司令部は関西方面の安定化まで進撃はできないとし却下している。
司令部が及び腰なのも無理もない。
いくら精鋭の第一師団とは言え、戦力を温存し十全な相手には数的不利があり、未だ未知数の兵俑機を隠し玉として彼らが握っている以上、おいそれと最精鋭を出せない。
仮に撃退ないし壊滅の憂き目に遭った場合、損耗が激しい他の部隊では逆襲に転じた兵俑機を含んだ敵部隊を止められずに戦線が崩壊する可能性があった。
「どのみち関西の地盤が安定するまで陣地設営と共に航宙艦隊で索敵ローテーションを持ち回りで組むしかなかろう」
芹沢の言葉に彼女は頷く。
二人の見解は概ね一致していた。
恐らくは、拠点と思しき所を数箇所潰してもまた別の所から襲撃部隊が這い出てくるだけと見込んでいる。
前提として、EMPパルス弾の影響でレーダーによる敵の発見が困難で目視が最重視されるようになった戦場では、攻撃側は常に有利である。
特に、小規模部隊をもって夜間に市街に行う無差別なロケット弾と砲撃というのは、倫理観を捨ておくのであれば極めて効果的で理に適っている。
彼らにとって人民とはつまり党本部の所有物に他ならず、あるに越したことはないが、別に惜しいものでもない。
故に民間人相手に砲撃することに対して些かの躊躇がなく、襲撃自体も少数の兵力を送り、発見さえされなければ撃ち尽くし次第、迎撃が来る前に撤収できる。
仮に撃破されても小部隊故に損耗自体も少ない。
彼らからすれば一度攻撃を通した以上、統合軍に警戒の為のリソースを強要することが出来、市民に対していつ撃ち込まれるか分からないという恐怖を植え付ける心理的効果も見込める効果的な戦術だった。
一方、統合軍からすれば頭の痛い話だ。
市民の安全確保を行いつつ反撃するという九州に落ち延びた以来の戦いを強いられ、ともすれば今回のように無用な損耗のみを負い、反撃すらままならない状況も今後増えていくだろう。
対処としては関西に残っていた市民を後方地域に避難させていくか、前線の押し上げないし、彼女らの言うように警戒網を広げるしかない。
だが、前者は以東より逃れた避難民も関西に集まっていて想定より多く、後方地域では住居が賄えない上、後送中を襲撃される可能性も考えて大規模に行えない。
後者は敵の拠点が分散し、主要市街地も堺のように撤退時に大量虐殺が発生することを鑑みると、敵方でも都市部への大攻勢と認知できるような戦いを避けねばならない事がネックとなる。
芹沢と彼女の想定であれば、解放軍側の急襲目標が無作為で絞れない以上、警戒網を広げつつ個々の小拠点を虱潰しに掃討するしかない。
事実、そのお鉢は32特務中隊に回ってこようとしている。
「補給路破壊の次はモグラ叩きですか」
「堺で決戦を回避されたツケを我々が払わされるという訳だ。少将の疑念が晴れない限りはゲリラ狩りが主任務だろうな」
特殊戦略作戦室の長であり、彼女らの上官である佐野少将は現在、先の宮前の件での作戦失敗の責任及び間諜であることについて本部の疑念を拭えず、統合軍本部基地内にて無期限の営倉入り処分を受けている。
今までは佐野がいることによって特殊戦略作戦室は柔軟な作戦行動を遂行した上で、追認という形で対応できた。
その少将が指揮できない状況である為、本来であれば代理司令官を立てるべきなのではあるが、適任がいない上に悪名高い「吸血部隊」の指揮など誰もやりたがらない。
とは言え泳がせておけるほど統合軍には戦力的余裕もない為、やむを得ず一時的に参謀本部の麾下に入り、通常部隊として運用されることとなった。
成程、篠田や芹沢らは司令部付きの直属部隊であったが故に、参謀本部もこの札付きだが腕がいい連中の扱いに窮していたようだ。
そういう意味ではこのモグラ叩きじみた掃討戦は彼女らのように通常部隊から戦力を抽出する必要のない為、何かと面倒事を押し付けるには都合が良い。
佐野がいれば御殿場にある陣地を切り崩し、第一師団でも対処できるような戦術を執ることができるだろう。
だが、現状の司令部が温存策を提示している以上、参謀本部が容認するとは到底思えない。
「ゲリラ狩り、ねぇ・・・」
彼女の推定では、今回の攻撃内容を鑑みるに、敵の戦力は大型自走砲を数両と、ロケット弾搭載のテクニカル、牽引式の大小野砲だけで構成された雑多な部隊だろう。
自走砲はともかく、夜間に乗じて照準もロクに定めないまま乱発するような相手で練度も低いと思われる。
「雑魚相手には気乗りしませんね」
「攻撃に兵俑機を使ってくる可能性はないのか」
「我々が攻撃部隊を叩いていけば出てくる可能性もあるでしょうが・・・」
勿論「無い」とまでは言い切れない。
解放軍では多くて中隊規模程度での少数で試験運用を行ってきていた。
それを今まで篠田がほとんどの場面で撃退し、前回に至っては無傷で鹵獲に成功している。
戦機兵への有効な対策を図りたい意図を挫かれ、対戦機兵戦術及びそもそもの兵俑機運用方針の見直しを迫られているのだろう。
交戦前にはあれほど興味を示していたが、何度も交戦し、撃退してきた彼女からすれば小規模の兵俑機部隊は既に取るに足らない「つまらないもの」でしかなかった。
「一番の憂慮は、今後は兵俑機単体の部隊ではなく火砲との連携を前提とした部隊運用も考えられる事だ」
「ええ、11型がそうであったように」
芹沢の想定は彼女も十分に理解していた。
11型はあくまで戦車や戦闘ヘリ同様の運用の延長線上から歩兵としての運用へ切り替わる過渡期の産物である。
史上初の二足歩行戦闘兵器ではあるものの、言い方は悪いがコンセプトが定まっていない半端な立ち位置の兵器だ。
自身こそが優速の歩兵であり火砲に成り得る運用が可能な21型とは根本的に違う。
二人とも遅かれ早かれ解放軍はそれを理解するものだと思っていたが、実際相対する事となれば、彼らはともかく、通常部隊は非常に面倒な戦いを強いられていく事は容易に想像がついた。
・ロケット弾搭載テクニカル
鉄パイプで作ったロケット弾発射筒を一纏めにして溶接し、筒の先からロケット弾を入れ、ピックアップトラックに積載した車両。
中東のテロ組織でも使用されており、製造が容易かつ低コスト、単純な基盤で連続発射可能。
口径さえ合えば様々な種類の弾頭を使用可能でもあるが、撃ちきった場合は全て手動での再装填になる。
・関西撤退後の解放軍の動向
関西からの大規模撤退に成功した関西方面軍は前もって予定していた通り、中部・北陸地方の諸隊と合流し、その規模をさらに大きくした。
ただ、解放軍としては得意のゲリラ戦に持ち込みたい意図がある為、各地域に対して小規模部隊を再分配を行う。
これには、各拠点から統合軍が奪還した市街地へ不定期に襲撃を行う遅滞戦術によって統合軍を足止めし、御殿場方面及びその先に続く関東ルートの防衛を強化する目論見があった。
実際、先の関西方面の戦闘により統合軍は一部主力を除いて解放軍の想定を上回る損害を出していた為、目論見は成功し、拮抗状態を維持している。
もっとも、これは統合海軍による静岡方面への上陸作戦が企画された場合の想定を省いたものであり、一部幹部からその懸念の声は上がっていたものの、「海軍は動かない」という確証を源原同志含む上層部たちが握っていたようで、その想定は意図的に無視される形になる。




