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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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堺 6

ー両機もつれるように倒れこんだ後、篠田機は右腕で保持していた「クリムゾンエッジ」を抜くが、遅れながら飯塚機がその右腕を掴む。


振りほどこうにも右腕外装が軋むほど強力な力で掴まれ解けない。


飛び込む前に拳銃のリロードは済ませてはいたが、撃つには近すぎ、下手をすれば誘爆に巻き込まれる。


止む無くグリップ底部で掴んできた敵機の腕関節部を殴りつけた。


殴打の度に関節の油圧パイプ部分がひしゃげ、油が迸り、22型の頭部に降り注ぐ。


いくら装甲が頑健とは言え、関節部は人型で可動域保持をする関係上、戦機兵だろうと兵俑機だろうと装甲部位が薄くなり、脆くならざるを得ない。


結果、飯塚機の左腕部油圧が喪失、掴みが緩んだところで引き剝がし、弱点部である首元の排熱口にダガーを突き立てようとするが、先ほど破損した腕で防がれる。


劣化コピー品に乗っている癖にしぶといー、『彼』は内心で毒づいた。


格下の機体相手に手こずるのは自身のプライドが許せず、苛立ちが募っているのが自分でもよくわかる。


自身のメンタルの脆弱さは自覚はしている。


生来からの性格故に『あちら側』で幾度もトラブルを起こしたのも自覚している。


分かってはいるが、自身でも制御ができないほどの怒気を抑える術が彼には今の今まで理解できずにいる。


一方、体を預けた彼女は命のやり取りに強い高揚感を覚えていた。


実は先ほど、彼女は生の執着を無自覚ながら発露させていた。


それが彼女自身の為ではなく、『彼』の望みを叶える為と思っていたが故に理解が出来ずじまいであったが。


だが、そんなことはもうどうでもよかった(・・・・・・・・・・)


生物の本能として自身の生存を求める闘争の瞬間、そして他人の命を奪う瞬間だけが生の実感を得られる彼女にとって、殺し合いとは自身の存在証明に他ならない。


「こんなところでは死ぬわけにはいかない」と思っていた反面、今感じている「この快楽の中で死ぬのもまた一興」という矛盾した感情。


欠落しているが故に渇望し、求めるが故に奪う。


純粋であるからこそ、あまりに原始的で刹那的な快楽。


『彼』には悪いが、こんなに楽しいことはないー、一種のトランス状態に浸りながらも、彼女は無意識のうちに操作だけを行い、密着状態から再び廃熱口目掛け何度もダガーを突き立てる。


「野蛮な奴め・・・」


飯塚は両腕で必死に防ぎながら悪態をつく。


「何とでも言え、そんな野蛮な奴に今から嬲り殺されるんだからな」


成程篠田の言う通りだ。


組み付かれたこの体勢だと、僚機が手を出したところで下手すれば自分にも被害が及ぶ。


飯塚はなんとか引き剥がそうともがくが、如何せん片腕を損壊されており、防戦が手一杯である。


「お前らはちったぁ助ける手立てを考えろ」


少し距離を置いて呆然と眺めていた僚機は怒鳴られることで恐る恐る包囲をしようとする。


彼女は迂闊に近づいた2機に向けて徐に上体だけ少し起こすと、拳銃で胴体目がけて2発ずつ放つ。


1機は貫徹力の高い弾丸が2発とも機体の胴を穿ち、炸裂した余波でそのまま燃料に引火し、爆発炎上。


もう1機にはわずかに猶予があり、咄嗟にステップをかけたものの、一発は脇腹に被弾、次弾は右腕部に着弾し、爆発。


機体の爆発炎上には至らなかったものの、右腕は肘から下を喪失し、電装系の損傷に伴い、機体はそのまま膝から崩れ落ちた。


いくら21型の上位互換機とは言え、1対7かつ限られた武器しかないまま既に4機を撃破ないし行動不能に追い込んだのは、彼女の並外れた技術故だろう。


だが、上体を起こした結果、飯塚機への拘束が緩んだ。


機を逃さず飯塚機は破損していない右腕で殴りつけ、篠田機の体勢がよれたところをコンデンサ電力も用いた高出力で強引に押しのけて立ち上がる。


殴打された衝撃でコンソールに鼻をぶつけた篠田は鼻血が出るのも厭わず、体勢を崩されながらも踏ん張って飛びのきながら拳銃を放つ。


飯塚機は回避機動を行い、一発は回避、鈍重故に避けるのが難しい次弾は破損した左腕で受け止める。


垂れ下がった肘から下の部分が爆散し千切れ飛ぶが、機体本体にはほぼダメージがないようだ。


着弾した際の確実性を見込んで信管感度を高めに設定したのが仇になった。


間髪入れる事無く落としていたライフルを拾った飯塚機含め4機がライフルを斉射する。


篠田機は少しだけ踏み込み、飛び跳ねてビルを盾に回避運動を行う。


機体腹部及び右腕に被弾するが、安全な入射角を踏まえた上で機体を捩らせていた為に装甲表面部を削り取られる程度で済んでいる。


半数を倒しはしたものの、残る敵機は4機で拳銃の残弾は6発。


不利な状況は相変わらずな上、先ほどのような奇策も二度は通用しない。


噴き出す鼻血を袖で乱暴に拭いながら打開策を練る。


正直なところ、撤退が正解だろうと思っていた。


作戦終了間際で残弾もないところで襲撃を受け、僚機被撃破、自機損傷及び武器をほとんど喪失した上で半数を落としている。


本来であれば撤退も容認される状況で善戦している、充分な内容だ。


しかしながら篠田は納得していなかった。


万全な状態でないとは言え、彼女も『彼』も格下機体相手に背を向けるのは矜持に反する。


とは言え、現状の状況では撤退するのが手一杯だろう。


あちら(・・・)』側の記憶を有している飯塚なら彼の仇敵について何かわかるかもしれない。


仮にわからなかったとしてもこの手で甚振って殺してやりたい。


『彼』の思念からは飯塚から受けた仕打ちの数々が鮮明な映像として彼女の脳内に投影される。


ーかつては、同じサークルに所属していた。


皆で一緒に昼食を食べ、四方山話で談笑する程度の仲。


転勤族だった彼はあちこちで友達が出来ては疎遠になりを繰り返しており、そういった意味では共通の趣味を持つ彼らとの時間は心地よかった。


あるいは友人ではなく知り合い程度のものだったのかもしれないが、『彼』にとっては飯塚含め彼らは数少ない話ができる相手「だった」。


彼らの前にあの『()』が現れてから、すべての歯車が少しずつ狂っていった。

・戦機兵の白兵戦について

戦機兵側も近接戦装備としてダガーなど用意自体はしているものの、本来は障害物やトラップなどの破壊といった用途に用いる為、戦闘での運用は補助程度という扱いだ。


そもそも生身の兵士によるCQCのような瞬時に最適解を判断し操作すること自体が難しく、AIによる状況判断補助を含めた簡易的なモーションプログラムを入れて対応するに留まっている。


篠田の場合は「雲仙」所属の戦機兵整備班のシステム担当と独自の格闘モーションを開発しており、以前から実験的に取り入れて試験がてら運用している。


実際の運用で使われたのは32型搭乗時であり、飯塚との戦いでは前回の戦訓を活かしてアップデートしている。


ただし、操縦の際には操縦桿についている複数のボタン類の組み合わせによるコマンド選択であり、思い通りの行動を取らせるには相応の習熟が必要で、現状、全能力を扱えるのは開発に携わり、かつ2つの思考を同時に行える能力を持っている篠田のみだった。


なお戦闘を積むことでAIの学習が進んでいけば、より簡易な操作でも同様の機動が可能になり、最終的には量産機にもフィードバックする想定。


・兵俑機の超近接戦対処法

兵俑機の鈍重さは前述した通りで、近接戦を挑んでくる戦機兵相手への基本的な対処法はそもそも近寄らせないことである。


これは、模倣した11型が同様の人型機動兵器相手を想定した設計ではない為、そもそも近接戦闘が不得手であり、兵俑機もそれに倣っている事が大きい。


兵俑機には主機であるディーゼルエンジンの他、補助用の大容量コンデンサを搭載しており、

電力は主機からの排熱によってタービンを回し供給する仕組みで、エンジン停止時などの非常用電源として搭載されているものである。


副次的な効果として主機と同調して使用することで瞬間的にではあるが出力及び機体の機動性を上げることが可能であり、非公式ではあるが敵に組み付いて腕部で握りつぶす戦法を使って対応するという芸当が可能。


ただし、本来の用途とは異なる上に機体への負荷が重く、損傷機の場合は内部フレームの破損を招き最悪行動不能に陥る為、原則の運用規則では使用不可能としている。


また、急増品であるが故にコンデンサの当たりはずれも多く、機体によっては想定する出力の半分も出せない場合があり、過信も出来ない。


ちなみに非常用コンデンサとして通常通りの運用で使用した場合、それのみで機体を稼働する場合は使い方にもよるが平均1時間程度。


・兵俑機パイロットの練度

現在の兵俑機パイロットは誰もが皆似たり寄ったりの状況で、実際に操作した際に適性を示した者を優先的に精鋭部隊や特殊任務部隊に配属されているのが実態だ。


その実技内容についても始動から移動の可否、姿勢変更や射撃に伴う機動といった簡易なもので、戦機兵のパイロットからすれば基礎の訓練レベルのものでしかない。


必然、射撃地点までの移動及び分隊レベルでの統一目標への射撃を行う事だけで手一杯の有様だ。


また、指揮官クラスを除く通常の搭乗員のほとんどが徴発された者が多く、士気が低いことも練度の低さに拍車をかけている。


それを補う意味でも密集隊形の維持を徹底しているが、少なくとも堺奪還作戦時の練度では分隊長が撃破されたり、陣形が一度崩されると練度不足から立て直しに時間がかかる状況であった。

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