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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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堺 5

ー彼女には、「堀田(ほった)」と呼ばれた途端、『彼』が狼狽しているように感じた。


察するに彼の本名なのだろう。


『彼』は「あちら(・・・)」側の記憶を有している相手に初めて遭遇し、ひどく動揺している。


もっとも、『彼』もこうして彼女の体を借りているのだから、同じような奴(・・・・・・)がいても不思議ではない。


「『こっち(・・・)』に来てからようやく逢えた、探していたぞ」


無線越しでも分かるほどの荒い息で男が言葉を続ける。


どうやら『彼』のいた世界と同じところから来たようで、相手も同じく関係者が近くにいるとひどい頭痛がしているのではないか。


その仮説が正しいとすると『彼ら』は一体どこから来たのだろうか。


彼女が黙考する中、『彼』はずっと黙っている。


そうやって話している間にも周囲に他の数機も輸送ヘリから降下し、こちらを包囲しようとしている。


割れんばかりの痛みの中、彼女はそれ以上考えずに取り出した薬を噛み砕く。


バックステップして彼我の距離を置き、腰部にマウントしていた大型ダガー「クリムゾンエッジ」を構えた。


「やるつもりか、無駄なことだ」


手元のライフルを撃ちながら男は言葉を続ける。


「今頃貴様らの主力部隊にもこちらの部隊が急襲をかけている。貴様を嬲り殺す時間はゆっくりあるさ」


味方との回線チャンネルからは雑音に混じって途切れ途切れしか聞こえてこないが、断片的な情報から得られた内容は確かにこの男の言葉通り、最悪の状況になっていた。


混成師団は急襲を受け、形勢は不利に傾きつつある。


恐らく模擬演習では近似した11型を用いた戦機兵同士の戦闘も行っていたが、絶対的に訓練時間が足りず、練度の低さが土壇場で出た形だ。


加えて、航空戦艦艦隊の砲撃支援も直前の陣地砲撃で弾を使い果たしてしまった為、援護できなかったのだろう。


「・・・今から殺す相手に色々と教えてくれるじゃないか」


「なに、死に行く者への手向けだよ。それよりも、『こっち(・・・)』に来てから随分と可愛い声になったな」


「ああ、お前のように息の荒い変態野郎にならなくて良かったさ」


「殺したらコックピットから引きずり出してそのふざけた口も余さず使って輪姦(まわ)してやるよ」


「やってみろよ、玉無し野郎」


煽った直後に飛んできた敵部隊からの斉射を避けつつ、遮蔽物に隠れる。


状況は芳しくない。


敵は兵俑機7機、一方こちらはメインセンサーが死に、武装も大型ダガー「クリムゾンエッジ」と試作戦機兵用回転式拳銃の近接兵装である。


その拳銃も残弾は予備含め18発と心許ない。


加えてジャミングをされているせいか、先ほどより通信状況が悪く、広範に広がっている中隊の面々に連絡が取れない状態だ。


わざわざ『彼』を嬲る為に少なくなったタイミングを見計らって降りてきたのだろう。


そうであればこちらのみ目潰し目的の榴散弾を放ち、僚機には確実撃破を見込める攻撃をしたのも納得がいく。


それでもー、と、彼女はリーダー格の男だけでも殺して脱出する道を模索する。


命なんてどうでもいいとは思っていたが、今は違う。


『彼』は彼女にとって成り行きとはいえ運命共同体の相手だ。


自分が死ねば、『彼』も死ぬ。


そうなれば『彼』の「目的」を果たせない。


何も説明ももらえず、こんなところでむざむざ終わるようなくだらないシナリオに付き合ってやる道理はない。


『彼』の真意を知り、「目的」を果たすまでは死ぬつもりはない。


彼女の思いを知った『彼』は、思いに応えるべくある決断をした。


ー「終わりだ堀田、無様に死ね」


「ーいつまでも誰かとツルまないと一人の相手もできねえのか『飯塚(・・)』」


『彼』がようやく重い腰を上げた。


そして『彼』は()の中で優しく彼女に告げる。


「後は俺がやる、任せておけ」


『彼』は「あちら(・・・)」側の人間が自分を知っていることに動揺と恐怖を感じていた。


自身を虐げ、追い詰められる原因を作った相手に知覚される事に恐怖を感じていたのだ。


元々『彼』は大胆であり、そして酷く臆病だった。


憎悪の念は強いものの、一方的にこちらだけが知覚しているからこそ臆病な『彼』は相手を嬲ることが出来る。


卑小な奴だー、『彼』はそう自嘲しながらも自身の事は自身でケジメをつけようと考えていた。


彼もまた、「目的」を果たすまでは死ぬつもりはない。


「どうしたよ。殺すんなら白兵でかかって来いよ」


「その手には乗らねぇよ、サシになればこっちの機体は不利だ」


飯塚の言い分は正しい。


単純スペックでは兵俑機で21型に勝る部分は装甲部の厚さしかなく、そもそもの開発経緯が21型の前世代にあたる機体の更にデッドコピー品が故に当然致し方ないわけではある。


が、集団戦になると話が変わる。


彼らは隊列を組んで断続的に斉射し、火点を集中させることで回避をさせず、確実に撃破する戦法を使ってきていた。


密彼らからの濃密な弾幕によって篠田は建物の裏から身動き一つ取れない。


じんわり包囲しつつ、リロードのタイミングをずらして隙のない弾幕形成だ、忌々しい事に連携が取れている。


試作リボルバーのシリンダーから既に詰めていた弾丸を抜き、先端が黄色の弾頭をした弾薬を装填、即発射できるようにハンマーを操作する。


そしてすかさず直上に向かって放つ。


暴風に吹かれて弾道は大きくぶれたものの、50メートルぐらいの高さで炸裂し、閃光を発する。


救援要請の意味合いもあるが、条件反射的に放たれた弾丸に何機かが反応し、わずかだが篠田機のいる方から視点をずらし、飛翔体に銃口を向ける。


途端、篠田機は銃口だけを出し、射線が逸れた相手に撃つ。


トラフダイト合金を使った特殊徹甲榴弾は飯塚機の左隣の機体の膝部を容易く抉り取り炸裂、脚部を吹き飛ばされ、姿勢が崩れた所にもう一発叩き込む。


1発目でつんのめり、2発目の榴弾が貫通し機体内部で爆発したと同時に糸が切れた人形のように仰向けに倒れ、爆散する。


周囲の機が思わず回避して、僅かながら崩れた陣形の隙を篠田は見逃さなかった。


建物の影から飛び出し、更にすぐ横の爆風にたじろいで姿勢が崩れたもう一機にも2発放ち、今度は胴体に直撃を受けて上半身が吹き飛び、先ほどの機と同じ運命を辿る。


奇策だなー、と自嘲しながらスラスターを噴かし、彼らとの距離を詰める。


ー飯塚は一瞬で2機倒されたことに驚愕しながらも崩れた姿勢を立て直し、突っ込んでくる篠田機にライフルを撃つ。


兵俑機のAKー47に模したライフルは口径が大きい為に威力こそ戦機兵の制式ライフルに勝るものの、急増品故にお世辞にも精度は良くない。


それでもこの至近距離であれば誤差の範囲だ。


マトモに当たりさえすれば21型のカスタム機だろうと無事では済まない。


しかしながら篠田機はライフルの銃口が向けられるや否や交差点の地点で隣の道路に滑り込む。


先ほどまで彼女がいた道路をライフル弾が耕していく。


建物を遮蔽物にすべく、篠田は姿勢を低くして駆け、彼らとの距離を詰める。


「何やってるんだ、たった一機だぞ。包囲するんだよ」


飯塚は動揺して右往左往している部下に怒鳴りながら篠田機のいるであろう方向の建物に撃ち続ける。


雨足が強まり、土砂降りに変わる。


急激に視界が悪くなった上にレーダーは自軍の攪乱によってほとんど機能していない。


「運がいい奴だ」


悪態をつきながら飯塚は各種センサーを作動させ、機影をとらえようと試みる。


本来こういったセンサー類は起動すれば相手にもこちらの居場所を突き止められる可能性があるが、こちらは多人数だし既に居場所も割れているから隠れる必要もない。


そもそも、特務部隊所属の相手とは言え数と武装の有利の状態でコソコソ戦うのは飯塚の性に合わなかった。


熱源及び音響センサーを作動させてものの数秒、10時方向に機影が移ったと同時に篠田機が猛然と自機に突っ込んできていた。


咄嗟に銃口を向けようとするも、機体の反応が鈍く、そのまま飛びかかってきた22型に押し倒される形で両機は倒れこんだ。





・戦機兵の利き手

当然のことながら機体そのものに利き手はなく、違和感を生まないよう搭乗者の利き手によって持ち手が決まる為、右腕使用が多い。


ただし、状況によってはスイッチング(射撃に用いる腕を切り替えるテクニック)を用いることもある。


篠田の場合は二挺使用が多いが、本人は左利きの為、近接兵装などは専ら左腕を用いる。



・試作戦機兵用回転式拳銃

エンフィールド・リボルバーを参考に試作した中折れ式の回転式拳銃。


ベースになった銃は中折れ式である為、両方の手で使用でき、素早い排莢が可能であるが機構そのものを起因とする構造の脆さによって耐久性が低く、強力な弾薬を装備できない問題があった。


そこで、当該試作品は構造はほぼそのままで、トラフダイト合金を最も負荷がかかる銃身や中折れ機構部分に採用することで耐久性を増しつつコストを抑える工夫がなされている。


ちなみに通常はダブルアクションで射撃するが、特殊弾頭を用いる際や動作不良に対処する為、シングルアクションも使用可能。


・篠田の能力

篠田の鋭い直感と卓越した操縦技術は彼女の天性のもので、状況判断力は『彼』が「あちら(・・・)」側で研鑽した賜物である。


彼女だけでは戦況を読めず、自他の機体特性などが分からない為、初見殺しに弱い。


また、『彼』だけでも視野が狭く、性格的にも激情型で感情がそのまま機体の動きの良し悪しに直結してしまう。


篠田 里穂というのは、二人分の能力が嚙み合ってこそ指揮官かつエースパイロットとして活躍できている。


・戦機兵と兵俑機の性能差

解放軍では前回の呉での戦い及び篠田の32型と交戦した際のデータを元に戦力を試算している。


結果、兵俑機では統合軍の21型及びその派生機体に対して優位性は装甲の耐弾性以外ほとんどなく、同じ力量で1対1を行った場合、単純なキルレシオは凡そ1対3とされ、特務機体相手だと5~10機の開きがある。


そもそも主機が核動力とガスタービンエンジンという違いから機動力、俊敏性に始まり、装甲材のトラフダイトの有無、被弾面積の大小も相まって有利な条件がほぼない。


元より11型の設計思想自体が格闘戦の想定はされていない為、当然そのデッドコピー品である兵俑機が格闘戦向きではないのは当然である。


特に近~中距離で1対1のシミュレーションデータを取った際、兵俑機は射撃管制システムも劣っている為、ほとんど有効打を与えることができず、21型に懐に潜り込まれて至近発砲あるいは近接打撃によって致命打を受け撃破されるという結果が出た。


なるほど装甲こそ頑健で現行の戦機兵の持つ標準的なライフル弾をある程度は通さず、統合軍は急遽使用弾薬の転換を迫られているのは前述の通り。


しかしながら複数機からの集中砲火や火力、貫徹力の高い狙撃銃や大口径砲といった一定以上の打撃力を有する攻撃を受けた場合には装甲材の構造上非常に脆く、一撃で大破するリスクを抱えており、運用部隊には距離を置いた銃撃戦かつ相互の死角を補いながら弾幕を張る密集陣形やV字陣形を徹底するようにしている。


ちなみにレーダー類が原型の11型よりも貧弱の為、呉で32特務中隊が行ったように射程圏外からの攻撃には反応すらできずに行動不能になる。


・兵俑機の対戦機兵戦法

ある程度距離を取った状態で数機で密集隊形を取った上で1機に集中砲火をかけて各個撃破を狙う戦い方を行う。


各機が個々別々の目標を撃つよりも確実で、その間他機に狙われないように他の分隊も密集隊形で固まっている為、崩すのは容易ではない。


加えて、複数機で対象情報をデータリンク共有することで貧弱な射撃管制システムを補っている。


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