堺 1
ー中国・四国地方に点在していた解放軍ゲリラ部隊の掃討を完了し、平定を済ませた統合軍は9月中旬、ようやく近畿を奪還するべく神戸及び淡路島へ駒を進めた。
第一奪還目標となる大阪の堺市は統治を目的としてミサイル攻撃を意図的に抑えた為、解放軍の西日本における主要拠点がある。
ここに対し統合軍は別動隊にて堺以外の地域にいる解放軍部隊を陽動し、本隊は三集団に分けた上で各方面から付近の防衛網を突破しつつ、中枢の堺を挟撃し関西圏における解放軍部隊を殲滅し、近畿方面における領土回復を目論む計画を立てていた。
突然のクーデター及び侵攻から数年、多くの犠牲を生み、九州まで追いやられた彼らは戦機兵、空中戦艦によって寡兵を覆し、互角かそれ以上に戦ってきている。
主力が集結している堺を落とせば速やかに近畿方面の領土回復ができるだろう。
それ故に統合軍諸士の士気は非常に高い。
だが、解放軍が有する戦機兵に相当する兵俑機の登場は、統合軍参謀部及び特殊戦略作戦室内で今後の攻撃計画や戦術について大幅な見直しを行う必要に迫られる内容だった。
先日、篠田が交戦した際の中破した32型のデータ及び回収した兵俑機の残骸から調査が行われた結果、兵俑機は戦機兵の11型をベースとした機体であることが判明。
いや、ベースというよりほとんどコピー品という表現の方が正しい。
そのぐらい兵俑機は11型の特徴に酷似していた。
主機こそガスタービンエンジンでそもそも異なるが、各所に大容量バッテリーを搭載して重装甲による推力不足を補っており、それでもオリジナルの11型より鈍いものの最低限の出力は保持している。
また、主機の配置もオリジナルとほぼ変わらず、バッテリー部分も本来の設計で拡張性を残した部分に搭載していた。
試算ではおおよそ11型の6~7割程度。
また、装甲部材はトラフダイトではない鋼を主体とした複合装甲だ。
装甲配置まで全く同じだが、トラフダイト合金でない分の防御力を補う為、戦車の装甲の倍近くの厚みで作られており、爆発反応装甲を増設することによってトラフダイト合金に匹敵するような驚異的な防御力を有している。
他にも、仕様部材の関係で細かな部分が若干異なるものの、排熱口やセンサー類の配置、果てはコックピットの構造、操縦桿やボタンの形状まで同一のものであった。
なるほど見てくれだけで言えば核融合炉の無い分、11型の劣化ではある。
だが、劣化モデルであろうとそ想定よりも早い段階で敵は投入してきた。
恐らくは11型の情報が漏れたか、鹵獲された可能性が否めない。
加えて篠田の戦闘記録及び装甲材及び装甲配置を計算して検証した結果、現行の統合軍戦機兵部隊によって広く使用している戦機兵制式ライフル「AM-15」系統の徹甲弾種が重要部装甲に対して貫徹力不足であると結論付けられた事により、急遽弾薬類の変更を迫られることになる。
一応現行よりも口径の大きい弾種や同口径の徹甲榴弾もあるにはあるが、全軍に供給するには絶対的な供給数が足りず、急ピッチで生産ラインの切り替えを行ってはいるものの、充分な弾数を有することができるのは主力の精鋭部隊の一部のみに限られた。
それに脅威は兵俑機だけでない。
中国・四国方面に配置されていた相応数の火砲や戦車、攻撃ヘリを有する諸隊も下関陥落後に呉を除いてほとんどが関西方面に引き払っていたことで、十分な戦力を保持したまま大阪を死守するつもりでいる。
巧妙な配置をされた火砲に加え、多数の兵俑機による連携によって下関以上の出血を強いられることは必至だった。
防衛戦においては機動力は必ずしも必要ではない。
要は鈍重でも堅固で簡単に防衛線を抜かれない程度の火力を有していれば良く、そういう意味では装甲が厚く数の揃う兵俑機はその役割を果たすには充分である。
まだ模索段階である対人型兵器の戦術が確立する以前でこのまま大阪攻略を実行する場合、机上演習では最低でも1個師団分の戦力を喪い、最悪のケースは撃退された上に精鋭師団を含む4個師団相当の損失という結果が出た。
近畿奪還以後の動きを著しく遅滞させる損害は、ともすれば半年以上の停滞を生むのは明白である。
だが、やるにもやらないにも解放軍は兵俑機の機数が増え続ける一方だ。
時が経つにつれて国内生産の設備も整えば、一層厳しい戦いを強いられるだろう。
根源をたたく為に輸送艦の海路を特定するにも、至る所にEPMパルス弾を搭載した機雷を設置しており、レーダー及び哨戒機を阻害されてしまい、そうでなくてもひとつひとつが小型のものが多数になって様々なルートから輸送してくる為、海軍の艦艇だけでは海上で抑えるのも難しい。
こうなると解放軍の船舶数も増え、九州への兵俑機によるゲリラ上陸も可能になってくる事も問題になってくる。
意見が紛糾する中、発着基地になっているであろう中国のいくつかの港に攻撃をかける案も出たが、それこそ中国の本格参戦に大義名分を与えてしまう事になってしまう。
不本意ながら出血を覚悟してでも大阪奪還の為に早急に戦線を進め、可能な限り兵俑機部隊を殲滅しなければならないところまで迫られ、作戦計画に大幅な修正は加えずに当初の予定通りの期日で近畿奪還作戦は決行することになる。
他方、前線の統合軍諸士達は兵俑機の存在を伝えられていてもおおよそが楽観視していた。
下関を奪還して以降、練度の低い徴用兵の雑多な部隊相手を苦も無く殲滅してきた彼らからは慢心が生まれ、兵俑機があれど自分たちの方が遥かに練度で勝ると過信が蔓延。
特殊戦略作戦室は作戦に参加するパイロットに対し、戦訓を基にとにかく基本に忠実に密集隊形を取る相手に正面戦闘を挑まず、後方打撃火力を与えた後に機動力を持って連携して各個撃破するよう再度通達した。
ー宮前の件から2週間の間、篠田は自室謹慎に入っていた。
宮前を逃し、かつ戦闘の方を優先して自機を損壊させたことに対する処罰である。
もっとも、これは海軍の下山少将からの強い圧力によって形式的なものであり、基地内であれば自由に行動を許されていた。
作戦そのものは目標の宮前を捕らえる事叶わず失敗。
ビル突入に参加した隊員のうち、半数はビル爆発に巻き込まれ殉職し、なんとか生き残った者も何名かは再起不能の重傷を負った為、貴重なリソースを消失した事になる。
その中には篠田と銃の訓練を行った気さくな隊員もいた。
彼は着けていたドッグタグと炭化した指が数本見つかっただけだったと篠田は報告で聞いている。
当の目標であった宮前はクルーザーで逃走したものの、海上にて該当の船が爆発炎上。
その後、巡視船によって曳航され、船内にあった数体の焼死体の身元を確認したところ、彼とその秘書のものだと判明し、正式に死亡が確認された。
一方で彼女はというと先日の戦闘で機体は中破したものの、32型の装甲部は致命傷に達せず、彼女は裂傷程度で済んで大したけがもなく五体満足で回収された。
ただし、極端な疲労により深い眠りについており、2日後にようやく目を覚ました。
目覚めた後は念の為の精密検査を受けてからそれから数日で退院し、そのまま謹慎処分に至る。
とは言え、彼女にとって幸運とは微塵も感じなかった。
そもそも22型に搭乗していればこんなヘマはしない。
32型は肝心な時にスラスターがパージできなかったのも根本的な設計ミスである。
他には理屈上のスペックを発揮するにはそもそものフレーム部分から補強する必要があり、パイロットの対G保護も不十分。
多武装搭載にしても咄嗟に適切な武装選択が出来ないと火薬箱というデッドウエイトを抱えたままの戦闘でリスキーすぎ、現行生産型の増加パーツとして強化装甲や武装保持のハードポイントを状況に応じて後付け搭載した方が合理的であると彼女は32型の報告書でそう結論付けている。
今日はその32型を酷評した報告書を書き終えた後、喫煙がてら日がな一日戦技本を読みこんでいた。
ふと顔を上げると、既に夕刻になっており、西日が差し込んできていた。
夕焼けをぼんやり眺めつつ、本日2箱目の煙草の封を開けて火を灯す。
『彼』は、目の前で逃した獲物の事をずっと考えていたようだ。
あの強烈な感覚は今までにはなかった。
頭の中を直接掴まれ、かき回されるような強い不快感。
あの時、『彼』の中から湧き出る凄まじい憎悪が流れてきていた。
どす黒い憎しみと絶望の奔流。
しかし、彼女は気づいていた。
泥中の底に僅かに残っているような感情は憎悪や絶望とは異なる仄かで繊細なものであることを。
それの正体を彼女は知らない。
仮に知っていたとして、あまりに些末なものから発露した行動であろうと、彼女は『彼』を止めることはない。
価値のない人間という自覚を持つ自分が出来ることは『彼』の為に体を貸すこと、それしかないと本気で思っている。
それに、感情が希薄で達観している彼女にとって『彼』から流れてくる激情は生の実感を得られる鮮烈な体験であり、『彼』も彼女の身を借りることで奴らへの報復を実現していく。
歪な共存関係の元に、あの日から二人は生きてきた。
空を茜に染めていた夕日が地平線の向こうに消え、辺りは暗がりに沈んでいく。
暗くなっていく空を見遣っていると、彼女は目の前の誰かと話している身に覚えのない場面が脳裏に映された。
たまにある彼女ではない、『彼』の記憶の追体験。
暗がりでよくは分からないが、相手は女性のようである。
『彼』は必死に何か言っているようだが、相手の女性の態度は冷淡である。
やがて相手が『彼』に二、三告げると、背を向けてどこかへ去っていく。
崩れ落ち、絶望のあまり咽び泣くこともできない彼。
何を言っているかまでは聞こえなかったが、彼の喪失感と絶望感の感情が彼女に止めどなく流れてきた。
人を殺した時と同じ強烈な感情の濁流が乾いた心に強く沁み、彼女に麻薬のような快楽を与えてくれる。
ふと、我に返ると入口には芹沢大佐が立っていた。
立ち上がり敬礼すると、芹沢も返礼する。
「夏休みは終わりだ、満喫できたか?」
「ええ、そこそこは。でもまぁ仕事人間の私には物足りないものでした」
「そうか、俺としてはもう少し休んでもらいたいもんだがな」
皮肉でもなんでもなく、芹沢の個人的な感情として出た言葉である。
無論付き合いがそれなりにある篠田も素直に受け取り、仄かに笑みを浮かべる。
「参謀部から重要任務の下命があった、明日明後日には関西方面に発ちたい」
芹沢の個人的な思いは戦局が容易ならざる以上はそれも望めないことも同時に理解もしていた。
「了解。篠田大尉、現時刻より任務に復帰します」
近畿奪還作戦決行まであと一週間。
重要な局面において篠田の心は新たなる戦場に対して子供のように期待を膨らませていた。
・北海道の状況
解放軍は当初北海道も制圧を想定し、札幌や函館にてクーデターを決起するも精鋭の第二師団によって速やかに排除されて潰走。
初動から大きく頓挫したまま、その後の中国本土からのミサイル飽和攻撃においても主要都市への攻撃はことごとくを迎撃されてしまう。
この攻撃において被害甚大を想定した党本部は例によって部隊出奔と称して上陸部隊2個師団を派遣した。
だが、冬季に上陸をしたことで、寒冷地戦闘地の利のある第二師団による縦深防御によって殲滅された後、統合軍となって再編されてからは九州から送られてきた戦機兵50機の部隊を加えて解放軍残党を掃討している。
解放軍も本州にいる部隊を抽出して夏季に攻勢計画を想定したものの、重要度がそこまで高くない上、一般市民保護を優先して逆侵攻してくる可能性も低い。
また、青函トンネルの一部を破壊された為、船舶に乏しい解放軍では大規模部隊を送ることが難しい事もあって想定段階で却下され、以降は九州攻勢に主軸を置いている。
ちなみにある程度の備蓄及び自給自足が可能であり、各国からの支援物資もある関係で数年は確実に堅持できる見込みとなっている。




