宇部 1
ー山口県宇部市。
周防灘に面した工業地帯として有名だったそこは現在、中国共産党を支持する中国軍本隊、中国系移民者及び同調する極左日本人の義勇軍、「国共解放戦線」による徹底的な破壊活動と虐殺によって見る影もない廃墟のみになり果てていた。
第二師団32特務中隊大隊長、篠田 里歩は空中母艦「雲仙」内部にある自身の士官室から周防灘の洋上ををぼんやり眺めていた。
既に20代後半にも関わらず、癖のある赤毛はツインテールにまとめ、一見すればあどけない顔立ちをしており、おまけに背が低い。
そして彼女は黒い眼帯で右目を覆っている。
別に負傷したわけではない。
元々オッドアイだった彼女は同年代に疎まれ孤立するようになってから意図的に隠している。
だがそれはそれとして少女然とした容姿に眼帯というのも良くも悪くも目立つ為、無造作に羽織った士官服とその襟元にある大尉の階級章がなければ、とても軍人には見えない。
彼女は眼下の光景に飽きたのか、士官服のポケットからおもむろにタバコとライターを取り出し、咥えて火をつける。
ゆっくり深く吸い、換気扇に向かって吐き出す。
ほんのり甘いバニラの風味が心地よい。
あと一時間もしないうちに出撃命令が下るというのに、篠田はリラックスしていた。
機体の最終チェックに関しては昨日の修復完了時に一度確認しているので、この一本を吸い終わった後でいいだろうと思い、再び肺に濃厚な煙を入れる。
煙を吐きながら、数日前の戦闘をふと思い出す。
ーその日の宇部市には雲がかかり、台風ほどではないものの強い風雨に曝されていた。
宇部市の沿岸にある補給基地から8キロ地点にある霜降山。
その山頂に解放軍の小規模な監視部隊はキャンプを設営し、昼中に略奪した物資で酒盛りをしていた。
最前線に当たる下関からそう遠くもないはずだが、そもそも軍事的に重要な地域でない土地になる。
配備されている人員は中国から派遣された義勇兵の中でも三線級の兵士及び日本での現地徴用兵である為、士気は低い。
解放軍は中国共産党の正当性を説き、「日本全土を武力統一して資本主義社会に堕落した日本を解放しよう」といった内容を吹聴し、現地での徴発を行っている。
だが、その軍の実際は略奪と虐殺に明け暮れ、おおよそ軍隊としての規律は守られていない。
徴発された日本人も「従わねば殺す」などといった脅迫を受けて嫌々参戦している程度で、協力的な者も
少なからずいたが、それらは連日の略奪虐殺騒ぎに味を占めているだけだった。
彼らの中には軍人相手の戦闘に参加したことのない連中しかいない。
設営していたテントの中から酒盛りしていた兵士の一人が千鳥足で現れた。
尿意を催した彼は覚束ない足取りのまま、近くの木陰に用を足しに行くところだった。
ずいぶんな痛飲だった。
彼の足元はふらつき、まっすぐ歩くのも困難なくらいに泥酔していた。
彼は突如吹いた強風に煽られ、ただでさえ酔って覚束ない足元を取られ仰向けに転倒する。
尻もちをつき、鈍痛にうめき声を上げつつ風の流れてきた方向を見上げる。
そこにあったのは夜空ではなく、闇に同化した巨人だった。
頭部らしき部分から不気味に薄暗く光る横一筋の「目」が、目の前で呆然としている彼を見下ろしている。
「巨人」の中で篠田はモニターに映る哀れな兵士を一瞥すると、淡々と照準を合わせ、トリガーを引く。
腕部アタッチメントに搭載されているM242 15mm砲、通称「ブッシュマスター」から放たれた弾丸は、丸腰の泥酔した兵士を人間だった「もの」に変えた。
彼らの機関砲はは曳光弾をあえて搭載せず、静音になるような高精密なサプレッサーを搭載している。
おまけに強風雨のため、外で何が起こっているかに気付く者はその場にいた解放軍兵士の中にいなかった。
その銃口がよもや自分たちに向けられていようとも知る由もない。
テント内で騒いでいた兵士たちは一瞬にして無数の弾丸に穿たれ、人の形から肉塊の破片と血飛沫へと変わり果てた。
20秒ほどの斉射が済んだ後、篠田は探知をサーマルに切り替えて戦果確認を行う。
生体反応はそこには残っていなかった。
哀れな奴らだ、と思うと同時に一種の恍惚感が込み上げてきそうな感情を抑えていた。
「隊長、山頂付近にも反応ありません」
僚機の一機からの通信に、感情を悟られぬよう「了解」とだけ返し、篠田は機を進める。
それに追従して対応した3機、伏せていた6機も続いて篠田の後を追う。
解放軍の監視キャンプだった場所は明るさを失い、辺りは先ほどと同様風雨の音だけが唸り続けていた。
遅筆のため、少しずつ進めていきます。
読んでくださる方には大変申し訳ございませんが、何卒宜しくお願い致します。