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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
29/56

福岡 7

ー「隊長、隊長ー」


いつの間にか微睡んでいた篠田を運転していた軍曹が声をかける。


「待機地点に着きました、念のためチェックを」


「そうか、わかった」


伸びを一つすると彼女は車外に降り、トレーラー後部に入っていく。


トレーラー内部には一機の戦機兵が仰臥していた。


万に一つということで特別に機体を持ってきている。


先日の戦闘から想定するに、敵の人型機動兵器はパーツ的にも核融合炉を使用していないと見られる以上、彼らは主機だろうと分解して現地で組み立てることも理論上は可能だ。


突入部隊の面々は戦機兵相手にも訓練を積んできた最精鋭ではあるものの、そもそも主目標が異なる為、それ用の装備では出動しない。


いくら劣化コピーとはいえ、人型兵器相手に歩兵火器のみでの撃破は困難極まる為の保険だ。


本来であればこちらの機体も出したくない駒ではあるのだ。


前述した通り、目的は速やかかつ夜闇に紛れて議員の身柄を拘束することであり、敵機動兵器とのドンパチは領土内である以上不必要な混乱を招きかねない為、望むなら避けるべき展開である。


加えて国民にも解放軍の人型機動兵器についてはまだ発表していない。


仮に騒ぎになれば、市民が統合軍への不信感を募らせる結果になってしまう。


今まで圧倒的不利の状況を覆してきた絶対無敵の戦機兵擁する統合軍という不敗神話ー、実態とは大きくかけ離れた国民感情の前に敵も同様の機動兵器を保持しており、ましてや九州内に出現したという話が流れれば、想定よりも大きな混乱を招きかねない。


いずれは分かる情報ではあるが、少なくとも近畿方面への大攻勢を前にそれは避けておきたいのが特殊戦略作戦室、ひいては統合軍幹部の思惑だろう。


トレーラー内に格納されているそれは32型と言われる少数量産機だ。


通常量産機である21型から篠田が普段使用している22型への過渡期に開発された機体だ。


元より精鋭の為のハイエンド機種として設計されたもので、主機を出力特化にすることで重装甲かつ過剰とも取れる多数のハードポイントを有しつつ、大口径バーニア及び補助に用いる姿勢制御用スラスターを21型の倍近く増やすことで多武装搭載でも迅速な行動が可能にしている。


しかしながら欠点もある。


出力特化寄りにしバーニアで戦闘機動を前提にした為、想定された最大出力の機動を行った場合、推進剤の関係で行動可能な時間は21型の半分以下。


加えて特徴的な多数のハードポイントは大出力によって生じる負荷が重く、出撃を終える度に骨格フレームの修正を行う必要が生じた。


重装甲高機動という本来両立しえない双方を無理に得ようとした代償は他にもある。


重い機体を大出力のバーニアと多数の制御スラスターによって強引に動かす故に操作性が著しく悪く、本来想定されている性能を発揮できたのは統合軍最精鋭の第一師団のパイロット連中でもわずか数名という有様で、それ故に生産されたのは10機とない。


結局32型の求められたハイエンド機種としての立場については後継かつ21型の良さをそのまま残しながらも総合的に性能を底上げされた22型が担い、32型は実験機として実戦投入されることはないまま現在までを過ごしていた。


何故今回はいつも使い慣れている22型ではなく32型を使っているのか。


これについては32型が開発されたもう一つの理由も選考基準に含まれる。


32型は万に一つ戦機兵が敵に鹵獲あるいは奪取された場合、あるいは戦機兵に近しい兵器が敵軍として対峙する際に迅速かつ圧倒的な機体スペックで殲滅することを想定されていた。


稼働時間や整備性を犠牲にしてでも相手のほぼ同等クラスの兵器を瞬く間に無力化できるスペックを求めた結果、著しいまでに極端な性能でとにかく乗りにくい機体に仕上がっている。


篠田自身はいつも使う22型での出撃を希望したが、敵人型兵器の脅威性は前回の戦闘では推し量れず、パニックを避けるために一機のみの出撃が限度だったこともあり、短期決戦仕様を買われて倉庫にデッドストックしていたこの機体が引っ張り出され今に至る。


「使いこなせるもんかねぇ」


「さぁ・・・、慣らし運転はどうでしたか」


「どうにもこうにもー」


使いにくいー、篠田は特に強く感じた。


重量増加を無理やりスラスターと背部バーニアで補っている。


バーニアを噴かせば極端なまでに速く、システムによる姿勢制御が追いついていない。


だが、それを使わなければ自重に負けて鈍い動きしかできない諸刃の剣。


なるほど大推力を生かしつつ多彩な装備を適材適所で使うことができれば、強引な一撃離脱で単機で21型複数機を相手に圧倒するポテンシャルはある。


だが、22型のように21型をブラッシュアップしたことによる完成された「乗りやすさ」、それ(・・)が32型にはない。


乗りやすさはそのまま性能の高さにつながる。


自身の思う通りの機動を行い、柔軟な運用が可能であるからだ。


そうしてみた際にこの32型というのはコンセプトからして机上の空論であるし、ピーキーなエース専用機、と言えば聞こえはいいが、実態は失敗作だろう。


大抵の武器や装備を扱い、卒なくこなす彼女ですらこう思う有様ではっきり言って無茶である。


しかし乗らなければならない。


今回の作戦には先日対話した海軍の下山准将が肝煎で発案し作戦本部が了承した。


佐野は渋い表情を浮かべていたが、事実関係が洗い出されるうちに看過できず、首を縦に振らざるを得なかった。


彼女と芹沢大佐は佐野が席を外したタイミングで話していた内容を思い出しながら胸ポケットから出した煙草に火をつける。


ー「私は彼、佐野君を信用していない」


「と、言いますと」


怪訝な表情の芹沢が返す。


「近頃、敵の海上輸送が酷く巧妙になってきてね。まるで我々の航路を知っているかのように潜り抜けてきていたんだ」


すでに冷えたコーヒーを少し啜ると、下山は言葉を続ける。


「先日、我々は英国籍に偽装した解放軍の輸送船を拿捕した。そこにあったのは当然武器などだったが、その中にはこれも入っていた」


隣の士官が複数枚の写真を机上に置く。


そこには彼女たちが見慣れたものが写っていた。


「戦機兵の腕部、ですか」


「左様、正確にはそのデッドコピーにあたる兵俑機の腕部だ。他にもパーツ類はあったが君が興味を示すような主機やコックピットについてはどこを探しても見つからなかった」


見た目こそそっくりであるが、なるほどデッドコピーだ。


腕部の表面はよく見るとトラフダイト合金特有の滑らかさがない鋳鉄のような表面であり、他の写真から見ても各部の処理が荒いように思える。


「兵俑機、それが彼らの機体呼称だと」


「捕えた捕虜からそう聞いた。まぁ名前なんてどうでもよかろう。それよりも脅威なのはこれらの兵器が着々と解放軍に供給されているという事実だ」


芹沢は予想はしていたものの、想定していたよりも早い対戦機兵兵器の出現に唇を嚙み締め、篠田はまじまじと写真をみながら特徴を掴もうとしている。


「そして船にはこんな物もあった」


下山はそう言いながら一枚の書類を出す。


そこに書いてあったのは暗号表とそこに書き連ねたメモのような殴り書きであった。


「どうやら統合軍と米海軍の艦船の現在地情報、ある程度の航路に関する内容がメモには記載されていたようでな、我々の哨戒は筒抜けだったようだ」


下山がコーヒーの隣に置いている葉巻を咥え、火を灯す。


「そしてその内通者の通信元もたまたま来た定時連絡の発信をたどって判明した。下手人は有力政治家の宮前議員、ここまでを独自情報で掴んだ」


「それで、それと佐野少将に何の関係が」


「芹沢君、ここまできて分からない君でもなかろう」


せせら笑う下山の顔はあまり心地のいいものではない。


彼女は嫌悪を覚えながらも出されたコーヒーを口もつけずかき混ぜながら黙ってその波紋を見ていた。


「・・・つまり佐野少将が噛んでいると」


「そういうことだ。宮前議員と佐野君は聞けば旧知の中で今も頻繁にやりとりをしているようじゃないか。哨戒ルートの把握ができ、かつ有力議員の宮前と親交が深いとなれば疑ってかかるのは道理じゃないかね」


「あれは議員が無理な作戦立案することに対して抗議も含めたやり取りをしているのであってー、」


「それとて憶測に過ぎない。私とて流石に統合軍の中枢にいるような人間から情報が漏れているとは俄かに信じがたい」


葉巻を口に含み、濃い煙を吐きながら続ける。


「まず宮前を捕える旨をすでに君たちの上に打診している。佐野君はいい顔をしなかったがな」


それはそうだろう、たかだか統合海軍の将官が本来管轄外の業務を独自調査を行った上で今の今まで黙って置いてリソースだけを供出しろと言われれば誰だって不愉快極まりない。


それをまるで佐野が「自分のクロを証明しかねない人間をわざわざ部下に捕まえさせるなど」といった不愉快の感情を顕にしたとこの不遜な准将は思っているのだろう。


「君たちを呼んだのは他でもない。佐野君の動向調査と宮前の捕縛に手を貸してもらうぞ」


「わざわざ佐野少将と近しい我々に?」


彼女が顔を上げて不機嫌を隠そうとせずに尋ねる。


「もちろんだ、君たちを信頼してのことだ」


芹沢が下山を強く睨みつけ、篠田はコーヒーをかき回す手を止める。


「情報が漏れているなら作戦日には一悶着あるだろう。万に一つ、兵俑機が出た場合に備えて君のような確実に仕留め切れるパイロットが欲しい」


正直なところ「芹沢・篠田が佐野について見逃せばそのまま現行犯逮捕する」ハラがあって言っているのだろう。


宮前を捕縛できるならそれでよし、彼女らが寝返って宮前の逃走を補助するなり殺してから何処へと失せてしまっても下山的には大した損害にはならず、彼らと佐野は確実にスパイの疑念を強く持たれ失脚は免れない。


芹沢はふと下山の噂を耳にした時の事を思い出していた。


なるほど下山は以前により中枢に近い特殊戦略作戦室入りを希望していた経緯があるが、様々な事情を鑑みて佐野に委任されたことを未だに根に持っていると言う噂は聞いていた。


今回のことも佐野を失脚させ中央に返り咲く為に躍起になっているのだろう。


未曾有の有事ですらこんな将校がいるのである。


下関とて海軍の助力をもっと得られるならもっと早期に陥とせた可能性すらあったのに、彼らは最低限の艦艇を持って周辺海域を警戒する程度に留まっていた。


周辺海域程度なら空中巡洋艦としてAWACSを有する雲仙でも充分任をまっとうできる。


海軍にはEMPを無効化できる高額なトラフダイト製巡航ミサイルもそれなりに持っており、高精度を生かして山間部から上陸部隊を撃ってくる砲群を沈め、市街地でまとまった戦力を駆逐してくれるだけで一体どれだけの犠牲が減ったか。


海上警戒も重要であるのは芹沢も理解はできる。


だが、その海上警戒が疎かになった上に責任をこちらに押し付けて文句を言うのは筋が違うのではなかろうか。


「・・・仮に我々が任務を遂行するフリをして宮前を殺して口封じするという可能性は考慮されないんですか?」


「もちろんその時はー、」


険しい顔のまま直球の皮肉をぶつける芹沢であったが、下山は意にも介せず口腔内に溜めた煙を吐き出し、灰皿で葉巻の火を揉み消す。


「スパイ殺しの解放軍協力者の疑いありとして佐野少将共々、

君たちを査問会に招待しようじゃないか。」


次あたりで福岡編終わりになるかと思います。

その次の章ではそこそこ戦闘は多めになるかなー。


牛歩にお付き合いいただける方はどうぞ今後ともよろしくお願いします。

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