福岡 6
ー篠田曹長は現状を整理する。
部隊のほとんどは撃破ないし大破状態によってそのほとんどが交戦不可能。
加えて隊長機は撃破され、彼の生存も絶望的にある。
なるほど残余の機体をかき集めれば自分の他に何機かは動ける状態にあるが、彼女以外は錯乱状態で無闇矢鱈に発砲しながら走り回っているに過ぎない。
部隊再編は不可能な壊滅状態にある。
一応の指揮権は隊長が戦死したことによって自動的にその場の最高階級である曹長の彼女にあるものの、錯乱している彼らが指示に素直に従うとは思えない。
ふと、『彼』が|目覚めた<・・・・>。
いつもは寝ているのか、ずっと黙っている『彼』が目覚める時はそうない。
自分の|獲物<・・>が近い時か、よほどの事態と判断しない限り基本的には起きてこないのだ。
彼女の中にいる『彼』はある一つの決断を促す。
彼女からしてみればあまり本意ではないその決断は、しかし躊躇の余地はなかった。
「残存の各機に告ぐ、指揮は隊長戦死による移行に伴い私が執る」
返事は悲鳴しかない。
近くにいた2機ー、もう彼らしか残余はないが彼らの機を片手ずつで引き掴んで建物の裏に引きずる。
「いいか、みんな。まずは落ち着け。私がみんなで『生き残る』策を今から伝える」
一時の沈黙の後、残存の2機はかろうじて応える。
「生き残る・・・?」
「そうだ、みんなで生きて帰るんだ」
「でも、みんな死んでしまって、隊長だって・・・」
「我々だけでも生きて帰る、そうだ。『私たち』なら出来る」
「・・・わかった、篠田を信じる」
微かな希望を見出したか、先ほどよりも意志を持った返答を返す。
「ありがとう。それじゃあ2人にどうするかを伝えるよ」
微笑んだような声で、しかし力強く彼女は彼らの期待に応える。
ー篠田らに奇襲をかけた解放軍部隊は遮蔽物に潜む彼女らの動向を概ね読み取っていた。
彼らは様々な地域で戦機兵が降下されるであろうポイントを推測し、最適な狩場に適切な砲配置を行いその神出鬼没さで圧倒してきた精鋭である。
牽引式の野砲と榴弾自走砲を織り交ぜた混成砲撃部隊として、断続的な砲撃及び居場所を悟らせない迅速な配置転換で大した被害もないまま彼らの狩場の中に入った戦機兵部隊の悉くを退けてきた。
今回は特に大収穫というべき戦果だ。
大した反撃もないまま一個中隊クラスの戦機兵部隊を殲滅し、あまつさえ撃破後の機体の状態も良好、このまま鹵獲して土産にする事もできるぐらいには余裕があった。
相手はよほど不慣れな新兵の部隊だったのだろう、最初の一機を落としてからは面白いように部隊の統率が崩れて次々に撃破できている。
圧勝している彼らには慢心があった。
このまま遮蔽物に潜んだ敵を嬲り殺すつもりでいたし、搭乗員が生きていれば|お遊び<・・・>に興じる予定も立てていた。
どのみち顔を出さずとも、野砲が回り込もうとしているし、主力の榴弾砲車から榴散弾を放ち、炙り出したところを足を砕いて斉射で潰す算段を整える。
残りは3機、それもその遮蔽物以外は戦機兵をまともに隠せるところなどない。
勝利を確信していた彼らは榴弾自走砲に榴散弾を込め、野砲側の連絡を待っていた。
しかし、彼らの目論見は外れることになる。
爆発音の後、野砲側からの応答が突如途切れた。
見通しのいい小山から観測手が双眼鏡を覗くと、牽引した車両から濛々と黒煙が上がっている
直後、観測手がいた小山の陣地にグレネード弾が飛来し、爆散。
そこから敵の3機が遮蔽物から飛び出し、榴弾自走砲の配置された地点目掛けて駆けてくる。
彼らは驚愕した。
こちらの主力になる砲の地点を正確に掴まれている。
おまけに先程の一直線な動きではなく不規則なジグザグ機動だ。
本来榴弾砲というのは動いている目標を狙うことは難しい。
敵陣地に対して観測情報と射撃指揮の連携を行うことで初めて効力を発揮する。
そのような砲で戦機兵部隊を潰してきたのは、複数の野砲によって相手の進行方向を指向した上で、観測射撃にて撃破を重ねる戦術を取ってきていた。
現状、観測所という目が失われた以上、観測射撃は行えず、そうなれば直接照準にて狙いを定める必要があるが、そもそも曲射砲の直接照準はあまり想定されていない。
ましてや不規則な機動を行う人型兵器を狙うのは無謀である。
こうなると頼みの綱は軽快な機動を行える野砲ではあるが、敵は走りながら次々と野砲を牽引したテクニカルが撃破されていく。
形勢不利を表すように、爆音が彼らの榴弾砲群に迫りつつあった。
ーどうやら先程のツケは色をつけて返せそうだ。
篠田たちは次々と野砲を見つけては撃破して回る。
先程の攻撃で相手の戦術は読めた。
概ね野砲の機動力を活かして次々と砲撃地点を変えていき、相手を撹乱した上で足を潰したところを本命の榴弾砲で仕留めるという手段だろう。
その正確無比な射撃によって成り立つ戦法はカラクリを解けば容易い。
要は目を潰せばいい。
この辺りから辺りを見渡せる山はいくつかある。
その上にこちらの位置を正確に測定する際に何かしらの観測機器を使うのであれば、光の反射具合でチラついた所に向けて攻撃をするだけだ。
ほんの微かな光ではあったが、戦機兵の精密カメラはそれを逃さず捉え、ARM−4に装填されていたグレネード弾を放った。
観測部隊は壊滅し、目を奪われ緩慢になっていった野砲テクニカルを次々と潰していく。
そして篠田らは先程の砲撃と野砲の展開状況から主力となる自走砲の位置もおおよそ割り出せた。
3機で不規則な機動を取りながら想定される位置に向かって駆ける。
彼女は未だに恐怖感を拭えない僚機に対して短距離無線で叱咤激励しながら駆けさせた。
1度でも止まったり直進の姿勢を見せれば死ぬ。
死にたくないなら走れー、と。
彼女は自走砲が見えてきた頃に砲身がこちらを向いている事に気づく。
もっとも、自走砲での水平方向での直接射撃は戦機兵相手に無謀すぎた。
三機三様に散開し、自走砲が慌てて旋回しつつ無理矢理放つも砲弾は虚空を切る。
部隊が総員退避を下すにはあまりにも遅かった。
3機が自走砲部隊を三方向から包囲するように一斉射を放つ。
戦機兵から放たれる弾丸は戦車より柔らかい自走砲や護衛車両の装甲を容易く穿ち、先ほどまで人間だった彼らを血と肉の塊に変えた。
悲鳴と怒号の中、逃げ惑う兵士も篠田たちは容赦せず殺した。
そもそも殺しに快楽を見出している篠田はともかく、他の2人も先ほどまで蹂躙され、恐怖のどん底に落とされていた反動が故か、何やら訳のわからない叫びを上げながら盲滅法に撃ちまくる。
敵の屠殺が終わっておよそ一時間後、回収ポイントに辿り着いた彼女らは開聞によって回収された。
篠田は格納庫に収容され、機体が倒れないようロックをかけられるや否や、すぐにコックピットから飛び出し、現時点での最高階級者としてすぐさま降りてきた士官たちに戦闘詳報を伝える。
それから遅れて数十分、憔悴し切った2名もようやく引き摺り出されるようにコックピットから這い出てきた。
腕には戦友だった者たちのドッグタグが握りしめられている。
戦闘終了後、他の敵部隊が潜んでいないか確認した後、篠田の提案で拾えそうなものは残骸から拾ってきたものだ。
格納庫は残存機の少なさに騒然としていたが、彼らのタグを見て沈黙し、静寂が訪れる。
それから程なく、2人は先ほどまでの緊張の糸が切れたのだろうか、彼らの目からほろほろと涙滴が格納庫の床に滴っていく。
生き残った安堵感、目の前で仲間を喪った喪失感、そして自分たちがそれを助けられなかった無力感。
様々な感情がぐちゃぐちゃにかき混ざった結果、彼らは言葉一つ発することもなく泣きじゃくった。
そうしてしばらくは咽び泣きの声が格納庫に響いていた。
次回かその次あたりで元の時系列に戻る予定です。
その後には一応山場を鋭意準備中なのでよければ気長にお付き合いくださいませ。




