福岡 4
ー篠田曹長は「開聞」に搭載された戦機兵部隊の搭乗員として参加し、豊北方面に降下、川棚を経由して下関に進軍していた。
空中巡洋艦からの観測によれば、こちらの方は比較的防御が手薄とされている方面である。
海軍輸送船からの歩兵部隊と合流して駒を進める彼らの前にいたのは雑多な小火器と少数の戦車、装甲車程度であり苦も無く一蹴していた。
「この分だと下関まではドライブ気分ですなぁ」
隣接する機の兵長から軽口が叩かれる。
彼女と同期で統合軍に入隊した歳の近い青年である。
訓練している時から楽観視が多い男でありながら、何でも卒なくこなす要領のいい男であった。
「そりゃあ急拵えとはいえこっちは正規軍、相手はゲリラと徴用兵の雑多な集団だし・・・」
苦笑いしながら彼の後ろについている同じく同期の女性も応える。
実際、下関に入るまでにさしたる障害はあまりなく、解放軍も橋頭保を立てられる事態が起きない限りは勝ち目がまだある市街戦に拘っていることが大きい。
戦機兵部隊にとっては、下関に入ったタイミングでゲリラ戦を仕掛けられるタイミングが1番怖いタイミングになる。
向こうは建物や住居をお構いなしに利用するがこっちは基本的に手出しをできないからだ。
篠田は彼らの無線内容をぼんやりと聞いていた。
別に会話ができない訳ではない、人並みにコミュニケーションは取れるし、それなりの関係を維持はしている。
単純に話すことがないから黙っているだけに過ぎない。
それよりも、統合軍スポンサーからの市街保護の措置がこの後も統合軍が各地で苦戦する状況を作り上げていく事に懸念を感じていた。
市街地の被害を度外視するのであれば初手の砲爆撃でならしてしまえば下関という土地自体は容易に奪還可能であるが、身勝手な民衆の総意が統合軍の攻勢を図らずも弱めてしまっている。
逃げそびれて解放軍管轄の下に生活を余儀なくされている人々がいるのも成程事実だ。
だが、戦闘時における影響を考えるなら市街地の破壊を禁ずる行為は巨人である戦機兵部隊にとって相当に厳しい戦いを強いられる。
先制的に敵の潜んでいそうな建物をしらみ潰しに壊すわけにはいかず、相手からすれば遮蔽物や待ち伏せ、トラップとしてそれらの建造物を大いに活用が可能だ。
おまけに建物それ自体が図体の大きな戦機兵の動きを絞り、指向をしている為、複数機で圧倒する事も難しい。
つまるところ解放軍はどこに戦機兵が来るのか、どこを遮蔽物とするのかの想像が容易になる。
第一回攻撃はこれによって多数の部隊で損耗を強いられており、おまけに地方の市街地程度の高いビルがない場所では遠方から容易に位置を発見され、小回りの効く歩兵と野砲によって関節部を潰され滅多撃ちにされている。
いくらトラフダイト合金で出来た高機動の巨人でも、発達した戦車砲の直撃を受ければ撃破を免れないし、そうでなくとも足を潰された場合に歩兵に取りつかれれば対処法は非常に限られる。
脚部を破壊されれば人型であるが故に非常に脆く、擱座した機体に群がる解放軍兵士の姿はさながら餌に群がる蟻の群れの様であり、その後コックピットから引き摺り出された搭乗員達がどうなったのかは言うまでもない。
そういった話は公には明かされないものの、戦場から辛うじて戻ってきた兵士達の証言から兵士の間ではもっぱら畏怖されている。
正規軍にない彼らには国際法が通じない。
通じないが故に当たり前のように略奪と殺戮を行うし、捕虜は残忍に痛めつけ惨殺する。
おまけに普段であれば蹂躙される側である彼らが戦機兵パイロットに強い憎悪を抱くのも無理からぬ話であり、ある種当然の帰結とも言えるだろう。
他方、日本国の軍である統合軍は支援を受けている手前、各々がどれだけの報復心を抱こうとも公には発散できないことになっている、建前上は。
家族はおろか、パイロットになってからも仲間を殺された人間もいる中で彼らは不利と見るや直ぐに武器を放って逃散するか投降をする傾向にある。
ふてぶてしい態度を取る彼らが統合軍兵士の前で見せる顔はおおよそ決まって同じ顔をしていた。
「どうせお前らは俺たちを殺せないんだろう」と。
統合軍の諸兵士には捕虜の扱いについて国際法を叩き込まれている。
戦闘意思の無い者をいたずらに殺傷すれば重い罰が下されるし、悪質性が高ければ無期懲役もあり得るからだ。
ただ、実際のところ、雑多な小火器持たない分隊クラスが丸々投降しようものなら、統合軍兵士によってその場で縛り上げられ滅多打ちに遭い屠殺される事はよくあった。
前線の将校クラスも小規模であれば見てみぬ振りをするし、報告書には「抵抗勢力を撃破した」の一文で済む。
いつの歴史、古今東西どこの地域であっても戦争や紛争においてはこういった事はほぼ必ず起きてきた。
どれだけ国家が美辞麗句を並べた大義を掲げたところで、である。
一部の前線に出ない高級官僚崩れと不満を垂れるしか能のない市民達のエゴに付き合った結果、血を流すのは前線の将兵に他ならない。
彼らとて、日常を奪われた上に自身の出血を強要されている鬱憤を発散するには奪った側の人間を嬲る事しか満たす事はできなかった。
条約遵守は上の都合でしかない。
篠田とて前線の将兵にとっても上の都合なんてどうでもいいと思っている。
ただ言いようの無い怒りを簒奪者にぶつける事でしか得られない一時の快楽。
他はともかく、彼女にとって本音を言うならし、殺しが当たり前として認められ、あるいは英雄視されるという環境が末長く続けばいいとすら思っている節がある。
始めて人を殺した時のあの高揚感を味わいたい。
例えコカインを煽ったとしても得られないだろう強烈で鮮烈な感覚。
彼女にしてみればそれさえ味わえられればどうでもよかった。
それ以外には、少なくとも彼女に生きる意味などなかった。
ー「篠田もそう思うよな?」
「え?ああ、そうだね」
急に話を振られることで思考の底から意識が引き戻される。
「さてはまたボケーってしてただろ、これでも戦場なんだぜここは」
兵長が苦笑しながら個々での通信で声をかけてくる。
彼なりの思いやりだろう、一対一の通信で周りに気づかれないようにしている。
彼はまるで自身の妹か何かのように何かあると訓練生時代から気にかけてくれていた。
少々煩わしさを感じながらもその気持ちには素直に応えている。
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
「そっか、それならいいんだ。篠田は操縦は抜群だけどたまに抜けてるからさ」
「はは・・・、ぼさっとしてやられない様にするー」
微かに反応した対人レーダーに対し、咄嗟に兵長機を掴み機体を横に滑らせる。
ロケット砲弾が兵長の機体脚部があった場所を掠めていき、街灯に直撃して炸裂した。
「篠田急にどうしー・・・、て、敵襲!?」
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