表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
22/56

呉 8

ー呉港は比較的容易に奪取できた。


しかしながらその代償は大きい。


砲撃を行った倉庫群は敵の武器弾薬も格納されていたためにほぼ爆発炎上。


ドックもなるだけ砲撃が当たらないようにしていたが、敵が遮蔽物として使ったり倉庫の誘爆などでいくつかはしばらく使用不可なほどの損害を被っている。


とはいえ、いくつかのドックは無事であり、呉市内も含めた掃討戦及び呉港に入港する瀬戸内海ルートに配置されていた機雷除去が概ね完了後、各艦は早速ドック入りする手筈になっている。


32特務中隊も制圧部隊の援護に回ったことで敵の呉港司令部は早々に投降、駐留していた幹部を捕縛する事に成功している。


篠田にとって肝心の敵人型機動兵器の完全殲滅は海軍の横槍で達せず、残余の十数機は車両を伴って関西方面に逃走したとの報告があった。


彼女は部隊を率いて追撃を行うつもりでいたが、参謀本部より「呉港内における制圧支援に専念すべし」という指令通信が届いたため、結果断念している。


結果としては呉港の奪取及びドックの確保は一応の基準で達成はされたのだが、新型兵器に対する情報はほぼ集まらず、特殊戦略作戦室にとっては面白い話ではない。


彼女は苛立ちを隠せないまま、施設内に残る抵抗する兵士を掃討をしつつ、付近の上空に滞在している「雲仙」経由で佐野少将からの通信を受けていた。


「ーすまない、連絡が決行前に間に合わなかった」


「別にそれはどうでも」


彼女は露骨に機嫌が悪い。


彼女からしてみれば敵機動兵器のデータは取れないし望まれていた鹵獲はおろか、殲滅も出来なかった。


踏んだり蹴ったりもいいところであり、彼女らが作戦を決行した意味すら怪しいものである。


だが、正直なところは頭痛の元(・・・・)を取り逃がしたことが彼女の主な不機嫌の要因だったりするが、佐野はそれを知る由もない。


「そもそも、なんだってまた海軍が急に参加したんです?」


瓦礫に隠れ、雑多な小銃で抵抗する兵士をそのまま足で踏みつぶしながら訪ねる。


「ああ、どうやら彼らも彼らとて港へのルートの機雷除去の目途ができたようで、事前の攻撃計画を独自に構想していたようだ。とはいえ、今回の一件は艦隊が先行して出撃、決行前数時間前に参謀本部に伝達している」


佐野ですら後から聞かされた内容であり、完全に海軍が独自に立案して後付け容認で決行された作戦のようだ。


「つまるところ、海軍の独断専行だと?」


「・・・まぁ、そういうことになる。結果として我々と件の議員の面目は丸潰れだな。彼は権威を誇示したいか知らんがわざわざ司令部に怒鳴り込んできて追撃ではなく港の完全制圧を訴えてきたそうだ」


「結構なことですね」


さぞどうでもいいように流す。


まるでいじけた子供だー、佐野はそう思いながらも気にも留めずに話を続ける。


「どのみち海軍の方には私の方からも抗議している。参謀本部経由でこちらの作戦情報の通達が遅れたら下手をすれば同士討ちもありえた」


「ええ、下山准将殿は奪還に燃えておられましたからね。我々のような下賤の身の出の都合なんか考えちゃいない」


「大尉、間違えても本人の前で言うんじゃないぞ」


佐野は呆れながら諫める。


とは言え、別に怒るつもりは毛頭ない。


彼とて今回の海軍の独断には頭を痛めている。


敵新兵器の鹵獲も目論んでいたが、先に32中隊が撃破した二機を含み、他の機体は木っ端微塵に吹き飛ばされてしまった。


多少の破片や部品などは回収できそうだが、精密機器や主機などといった主要部品類及び装甲配置などは見込めなさそうだ。


篠田もこうなるのであれば狙撃指示の際に行動不能程度に留めればよかったと心底思う。


「今後の戦いも考えれば、一機ぐらいは形を伴って鹵獲したかったがな」


佐野はそう本心から思っていた。


元々彼女らだけで対新兵器戦は行う予定だった故に、初手の機体は機密保持の為の破壊をされることを見越して早々に撃破し、後ほど機体主機を壊さない程度に損傷を負わせて鹵獲するつもりだった。


なるほど篠田の言う通り、海軍は軍港の確保に執着しすぎ、それによってこちらの目標を蔑ろにしている節がある。


寄せ集めの所帯になった陸軍と異なり、海軍は海上自衛隊がそのまま看板を変えただけ、中身は何一つ海上自衛隊時代と変わらない。


都合、元自衛隊員である意識が強い者も少なくなく、民間人上がりが士官になっていることの多い陸軍を軽侮しているところがある。


もちろん、全ての隊員がそのような心持ちではないが、こと将官クラスの人間の中でそういった意識を持つ人間が多い。


下山少将も大方その類であろう、佐野はそう思っていた。


海軍の戦機兵による陸戦隊が空母甲板上から砲撃を行った。


おそらく、護衛艦の速射砲による砲撃は榴弾のように攻撃できない為、港湾施設の広範に被害を及ぼすという判断だろう。


元々対地攻撃はミサイル攻撃で対応する護衛艦に、旧大戦の戦艦のような艦砲射撃による陸上攻撃には適さない。


とはいえ、海上における護衛艦は中国からの解放軍への輸送船群にとっては脅威であり、海戦力がまともにない解放軍はロクに手出しできないでいる。


一方海軍もミサイルやヘリ、戦闘機などといった航空戦力及びVLSがEMP爆弾によって運用が難しくなっていた為、空母を改装し戦機兵を海兵隊として編成、搭載し強襲揚陸艦として運用している現状だ。


その海兵隊による精密砲撃によって敵機動兵器部隊は潰走したのだが、結果は先の通りで今後の脅威になりかねない懸念が残ってしまった。


実際、彼らの初動を見る限り、下山に対して篠田の言ったように32中隊でも対処可能であったろう。


「そちらは本日中に片付きそうか?」


「ええ、虫しか残ってませんので」


答えながら吹き飛ばした壁の瓦礫から這い出てきた()をマニュピレーターで掴み、命乞いを聞くこともせずに躊躇なく握り潰す。


「その下山少将だが、君に話がしたいと言っていてな」


「はぁ」


篠田は気のない返事をする。


彼女にしてみればたかだか部署の違う生意気な下士官に対し、わざわざ呼びつけて物申すことがあるのかといった感情がある。


「どうにもこの作戦で何か思うところがあったらしい、明後日の昼頃に艦に出向してくれとの事だ」


「随分大層な待遇ですね、そもそも管轄違いの下士官に命令権なんてあるんですか?」


陸軍(こちら)を通してきちんと要請しているようだ、つまり命令になる」


露骨に嫌な顔をした。


楽しみの邪魔をしただけでなく、余計な呼び出しまで貰っているのだから彼女の心情も推して知るべしではあるが。


「私も同行はする、悪いが付き合ってもらえんか」


佐野も彼女の沈黙で察して言葉を添える。


「・・・少将の頼みなら止むを得ませんね」


こうして彼女が比較的自由に軽口を叩ける上官も珍しい。


こうして彼女の立場があること、彼女の作戦行動の自由度は彼によって保障されていることを考えても彼には大きな借りがある。


それを無碍にすることは彼女も望まない。


「芹沢君も同行するとの事だ、彼も割を食っているようでな」


少しだけ含みのある笑みを浮かべて佐野はそう伝える。


「雲仙」も今回の降下作戦で火砲の射程圏内高度による飛行を行っている。


彼らとて後方待機とはいえ篠田達の戦機兵部隊と同じ危険は伴って動いているし、海軍の行動を把握していれば無用なリスクを背負わずに済んだことだ。


32中隊降下後は発見されることを避けるために超高空にて待機していた。


そこに緊急の暗号通信で状況を把握し、援護の為に港湾基地上空に急行、高空からの索敵及び情報統合による作戦支援行動に移行している。


海軍は32中隊に対して退避以外の指示をしておらず、彼らだけが孤立していると即座に判断した結果だ。


いくら夜間かつ敵航空機が出てきにくいとはいえ、雲が晴れたタイミングでの援護行動はそれなりの危険が伴う。


事前の通達もロクになく、32中隊はおろか、突入部隊にも被害が及ぶ可能性を考慮しても海軍の介入は無配慮で杜撰な独断行動と断じてもいい。


芹沢は職業軍人として、非情な命令にも応えるように訓練されてきた。


とはいえ、杜撰な作戦で部下の命を蔑ろにするのは従えど、我慢がいかない性質タチであった。


「それはそれは・・・」


篠田も彼のような普段寡黙な人間が激昂した際の恐ろしさを知っている。


ある意味では呼ばれた当人である自分の出る幕はないのではないかー、そう思っていた。


ー関西まで逃れた紅天部隊とそれを率いる橋田少佐は解放軍拠点となっているビルの一室で査問会にかけられていた。


半円形の机の中央に橋田は立たされ、円卓の幹部たちが数時間も詰問を続けていた。


「ーそれで、君は出撃許可が下りていない新型機の半数を喪失。あまつさえ何もできずに施設を放棄して逃げ帰ってきたわけだ」


「しかしながら奴らは地上と海上からの挟撃を行い、港湾基地への被害を講じずに攻めてきたのは想定外でー」


「言い訳はいい。我々が聞きたいのは『なぜ命令違反を犯して出撃したのか』、だ」


またこれだー。


橋田は内心苦虫を嚙み潰していた。


彼らは責任逃れの為に橋田の独断と断じ、スケープゴートに仕立て上げる肚積りだろう。


この程度の意識でよくぞ日本を解放するなどとほざいたものだ。


初期の高潔な思想はどこへ行ったのか、嘆かわしいことだ-、と橋田は心から軽侮していた。


「・・・敵の襲来によって市街地方面部隊が殲滅、目標を呉港と判断し、防衛のために基地司令の要請でやむなく出撃しました」


「司令が望んだと?」


「ええ、『呉港防衛のために出てくれないか』、と」


司令はどうやら歩兵部隊に突入を受けた旨の通信が来ており、そのあとの音沙汰がない。


おそらく脱出は出来ずに捕縛されたか、あるいは戦死したかー。


どのみち今彼はここにはおらず、戻ってきたとて粛清の対象だ。


そうであるならば彼のことは有効に使ってやらなければならない。


部下にしてもそうだ。


愚かにも命より大事な機体を潰してくれて赤っ恥をかかされている。


自分に追従するしか能のない奴らは黙って指示通り動けばいいものを、と心中で独りごちる。


その思考は先程軽侮していた幹部たちとさほど変わらない上に、むしろ彼の指示通りに動いた結果部下たちは戦わずして殲滅されたわけだが、当人は自分自身に責が無いということを本気で信じていた。


「兵俑機についても、起動時に大きな隙を晒すため、緊急出撃時にはなんらかの対策を講じねばなりません。これはただの犠牲だけではない、意味のある犠牲です」


「橋田同志、中国の同志からの貴重な受領品になんてことを・・・!」


「ですが事実です、我々の機体は戦機兵のOSに対して遅れていると言わざるを得ない」


彼の言葉は概ね正しい。


兵俑機は実際立ち上がるまでは問題ないのだが、いざ最初の機動に移行しようとすると処理が重く、そのまま棒立ちになってしまうという兵器としては致命的な欠陥があった。


もっとも、ロクに試験もしていない状況で受領したものだ、


そういったトラブルはつきものではあり、功を焦り出撃した橋田にも非が無いとは言えない。


「橋田同志、仮に兵俑機に不具合があったとして、同志は何も抵抗せずにおめおめと逃げ帰ったのではないか?」


詰問の最中、一切話さなかった橋田の正面にいる幹部がここで重い口を開く。


「こちらの兵装は対中近距離用で固めており、長距離砲撃に対しては全く脆弱だったこと、そして、新兵器が全機撃破されることを避けた結果です。今後の発展の為にも失うわけにもいかず、司令の要望でもあったのでやむを得ないかと」


「では、本件の責任はすべて呉港基地司令にあると?」


「そうなります」


顔色一つ変えずに言い切った、当人にとっては全くの事実であり、自分の非は一切ないと信じ切っている人間の顔だ。


「ーわかった、橋田同志の処分については党本部同志からの指示を仰ぐ」


何名かは何か言いたげな様子ではあったが、誰も異存はない。


彼は解放軍の前身となる「日本解放戦線」における古参の幹部の一人、源原という男だ。


「はっ、全ては日本人民解放の為に」


ー「あれでよかったんですか?」


橋田が拱手(きょうしゅ)を行い、部屋を辞すると隣の幹部が耳打ちをする。


「問題ない、そもそもあの兵器の信頼性も疑わしいのに彼一人に咎を受けるのもお門違いだ。それにー、いや、なんでもない」


先程中央にいて沙汰を下した源原は残った幹部たちを見やり、何か言いかけてやめた。


彼らのような保身しか考えていない当初の思想から逸脱した馬鹿共(・・・)よりも、権力欲は強いものの、橋田の方がよほど有能であると思っている。


仮にここにいる幹部が使えるとするなら、今回の責任を取る際の橋田らの首代わりだろう。


だが、それを言ったところで彼らは橋田の粗探しを始めるだけだと彼は理解している。


言っても無駄なことだー、源原はそう思って口を噤んだ。


現状、統合軍の戦機兵に対して、市街地や山岳地域における戦闘では兵俑機程度しか対抗しうる見込みがない。


その兵俑機が現行の主力である21型に対し、どの程度対抗出来うるかその運用や戦術データを源原は欲している。


実のところ、新兵器というにもあまりにお粗末なもので大破して主機をまるごと喪失した戦機兵11型の残骸を元に中国本土で製造されたデッドコピーにしか過ぎない事も理解している。


何せ中枢が完全破壊されているものだから機体を動かすOSも把握出来ず、一から作っているのだ。


党本部はこの機体を解放軍に押しやって実戦に耐えうるかどうかのテストをしているのではと彼は訝しんでいる。


正直、源原にとって党本部は信用に値しない。


とある人物を個人崇拝しているだけで、彼にとっては今の中国共産党はただのビジネスパートナーに過ぎなかった。


とはいえ、対抗できる手段を駆使するために九州内に潜む諜報員たちにも情報を収集させているが、21型以降の機種に対する情報は機密性が高く、特に得られるものはなかった。


そこで実戦を兼ねて戦闘データが取れれば今後の改修も容易だろうと源原は考え、事前に臨時政府内の有力者の中にいる同志に呉基地奪還作戦を統合軍に強行させた。


その作戦に敵の動きを鈍らせるという有利な条件をつけさせた上で野心家の橋田に部隊を預けて送り出す。


当然、彼が独断で兵俑機を実戦運用することを見越しての選定であったが、そこまで源原の読みは当たっていた。


だが、結果はこれだ。


査問会前にその企画させた臨時政府内部の同志からの連絡はひどく狼狽していた。


もっとも彼も自身の保身と金の為にこちらに身を売っている男で、信用はならないがどうやら本当に海軍の参加は想定外だったようだ。


ともかく、彼にはもう少し働いてもらう他ない。


彼の立場を利用しても実戦ないし機体のシステムデータを取れないのであれば、強硬手段に頼る他ない。


源原はそう考えながら、席を立った。


・中国軍が侵攻してこない理由

クーデター発生から間もないタイミングでの中国からのミサイル飽和攻撃は、民間人虐殺のかどで国際社会からの厳しい制裁行為を行われており、それらによって経済状況が芳しくない。


仮に直接的に中国軍として参戦すれば、各国からの更なる追加制裁と最悪は在日米軍の軍事介入も考えられる。


今現状在日米軍が動いていないのは、米軍基地所在地に対する攻撃地域からの除外をしたことや抱きかかえた親中派政治家の根回しによるところだが、とはいえ危ない橋を渡っているのは事実だ。


また、此度の経済不安によって中国本土内の不穏分子やウイグル自治区といった火種の火消しで通常戦力まで送って鎮圧しているほど難しい現状で、解放軍の醜態がそこに重なった為、不甲斐ない日本の同志たちへの突き上げが日に日に激しくなっている。


ちなみに党本部にとっては彼らがいつまでも日本を制圧しないことに業を煮やしてはいるが、その制圧できない理由までは考慮していない。


共産主義の例に漏れず、幹部を複数粛正するものの、それによって指揮系統の再編がたびたび発生し、更に作戦遂行や防衛行動に支障をきたす悪循環を起こしている。


それが下関停滞以降から徐々に増えたことによって解放軍で軍事に明るい有能な幹部が政治に負けて詰め腹を切らされていることなど知る由もなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ