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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
21/56

呉 7

ー時は少し遡る。


港湾施設内の倉庫群を32中隊は篠田機の両翼に斜め横隊、いわゆる「傘型隊形」で展開して歩を進めていた。


面での制圧のために市街地における相互支援を容易とする対歩兵への陣形として運用している。


歩兵の歴史から見ると、この隊形は銃の存在しない時代から用いられていた古典的なもので、銃火器が主体となって以降は歩兵の中で廃れていったものだ。


そんな古典的な陣形構築ではあるが、戦機兵という新たなカテゴリーを運用するにあたって見直され使われている。


戦機兵の戦術は基本的には歩兵や戦車での戦術を踏襲している。


今現在に至るまで友人の大型二足歩行兵器を運用したのが統合軍以外にはない。


言ってしまえば戦術面に対するノウハウはまるでなく、完全に未知の領域である。


歩兵にしては大きすぎ、戦車にしては自由な機動を見込めることから既存兵器のどのカテゴリにもないという意味では画期的な兵器というのは前述の通りである。


その戦機兵が今、ほぼ同様の二足歩行兵器との対峙は開発段階より想定されていた懸念ではあるが、統合軍の想定していたよりも早い段階でそれは投入された。


少なくとも同型の機動兵器相手に対する戦術はいまだ構想段階にあり、その役目は特殊戦略作戦室麾下にある彼女らが担っている。


そんな中篠田は、ようやく対等以上の戦いができるという興奮で彼女の鼓動は早鐘を打っていた。


まるでテーマパークに行く前日の子どものような無邪気さで彼らとの命のやり取りを望んでいる。


命をペイして闘争という対価を得ているに過ぎない。


自身を所詮は消耗品、代わり(・・・)はいくらでもいるとすら思っている節がある。


隊長である彼女がこういった自殺願望にも等しい思考を抱くのは部隊ごと危険に巻き込みかねない思想ではあるが、彼女の内心を知る者は少ない。


とはいえ仮に知っていたとしても汚れ仕事をやりたがる者はおらず、そもそもとして人材不足の統合軍の中で彼女以外に適任がいない現状、彼女に任せる他ないという懐事情もある。


ー篠田はパッシブセンサーを常時走らせていた為、敵機動兵器の主機に火が入ったと同時に彼らの機影を掴んだ。


「敵機の反撃の可能性がある。歩速を落としつつ、今のうちに居所を把握して目標を選定しておけ」


「攻撃距離はどうします?」


「100m前後でおそらく顔を出す。動きが見られたら分隊ごとに散開して各個撃破しろ」


おおよそ伏せてからの遮蔽物越しの射撃でこちらを崩すとするならまず横隊の両翼と中央を狙うだろう。


加えて中央と両翼を削いだところで彼らは遮蔽物越しに展開しつつ、戦列の崩れたこちらを各個撃破を狙いに来ると彼女は見ていた。


篠田の予測はほぼほぼ当たっていた。


それもそのはず、彼女は敵の行っているそれが戦機兵による市街地戦における基本戦術であるからだ。


もっとも、戦機兵の基本戦術は歩兵と戦車の複合的なものであり、別に彼らがそういう戦術を取るのは少し研究すれば何ら不思議ではない。


しかしながら彼らの動きはよく研究しているというよりは、まるで教本を読んできた(・・・・・・・・)かのような手順通りの動きだ。


妙な違和感を感じずにはいられない。


そもそもこの作戦にしてもそうだ、そもそも計画があまりに無謀すぎる。


無傷のドック確保は確かに魅力的ではあるが、そもそも海軍が望んだとしても彼らとてそこまで無茶な要求をするわけはない。


少将の言うところではこの奪還作戦を強く望む呉が地元という有力議員の肝煎りということだったのがそれが妙に引っかかる。


前進しながら彼女にはある一つの推論が浮かび上がる。


恐らくは32特務中隊を快く思わない一部将校の思惑が絡んでいる-、と。


勘の領域を出ず、明確な証拠があるわけではないが、少なくとも彼女の中の『彼』は十分な確信があるようだ。


思考しながらも篠田はレーダーに目を凝らし、敵の出方を伺っている。


彼我の距離はもうすぐで150m、そろそろ何かしらの動きがある。


「隊長、別動の制圧部隊は施設中枢に侵入成功したようです」


少尉の報告に彼女は頷く。


これだけ注意を引けばあの部隊の事だ、容易に奪取せしめるだろう。


先日射撃演習の際に手本を見せてくれた例の空挺隊員も参加しているのだろうか。


とふと彼女は考えたが、すぐに辞めた。


彼が参加しているもしていないも今は関係ない。


自分は自分では目の前の紛い物(・・・)を潰す事に専念すべきだ。


この戦闘の際の張りつめた一瞬の空気がたまらなく好きだ。


歩兵相手の戦もそれはそれとして楽しいが、やはりそれなりに張り合いがある相手との殺し合いは狂おしいほど昂る。


すぐ先にもう敵が潜んでいるのはレーダーで把握している。


機先を制して倉庫ごと吹き飛ばしてやってもいい。


彼女の脳裏では様々な方法でしかける算段が張り巡らせている。


そしていつもの頭痛も近づくにつれて激しさを増す。


楽しい時間になりそうだ、彼女は口元の緩みを抑えきれないままでいた。


ーそこに突如、無線に緊急通信が入る。


統合軍が即時連絡を必要とする際の緊急コードでの通信だ。


「今のタイミングで・・・?」


訝しみながら受け取る。


「ーこちら特殊戦略作戦室所属、32特務中隊隊長の篠田大尉です。現在特殊任務遂行中につき、手短にお願いされたい」


「こちら統合軍海軍第一群旗艦『むらさめ』艦長下山准将だ。そちらの作戦は把握している、我々海軍艦隊第一群はこれより当該作戦に参加する」


意外な相手からの連絡だった。


それもそのはず、今回の作戦には特殊戦略作戦室所属部隊の参加のみであり海軍が出張ってくる理由はない。


「・・・本作戦には作戦室所属部隊のみの極秘作戦であったのですが、如何な命令変更があったのでしょうか」


「説明している時間はない。これより我が艦隊はそちらと対峙している敵新型兵器に対し、60秒後に空母上の戦機兵部隊による精密砲撃を行う。即座に現在地点より後退し、砲撃に備えよ」


「そのような内容は認識しておりません。敵機動兵器は我々32特務中隊で対処可能です」


篠田にしてみればそんな話はまったく聞いていない。


どころか、今まさに美味しい所(・・・・・)だけを持っていかれようとすらしている。


「これは我々の母港を取り戻す戦いだ。悪いが諸君らに任せきりというわけにはいかん。急ぎ退避せよ、押し問答している時間はない」


「それは越権行為ではー」


そう言いかけた彼女を呆れたように下田准将は遮る。


「統合軍参謀本部立案の正式な奪還作戦だ。初動で動いていた貴官らの作戦室にも許可を取っている。不服であるなら作戦終了後に佐野少将に申し立てをせよ」


その一言には彼女も黙らざるを得ない。


恐らく「雲仙」で秘匿出撃していた段階で変更があり、情報の伝達が遅れたのだろう。


目の前で楽しみを取り上げられたような不快な気分ではあるが、恐らくこのままいればあの艦長はそのまま砲撃しかねない。


「・・・了解しました。全機、100mまで接近し、海軍の砲撃発砲を確認後、市街地方面に急速後退せよ」


残り100m地点まで来てこれである。


歯痒さで気が触れそうになる。


とはいえ、後退を悟らせない為に32中隊は敵部隊の潜む点を見据えて牽制をしつつ、100mまで迫る。


艦長がしてからきっかり60秒、22型のカメラは沖からの発砲光を捉える。


「全機一斉反転、最大戦速で市街地方面に後退せよ」


全機、踵を返してスラスターを吹かしながら駆ける。


後方では敵部隊に対して榴弾が降り注ぎ、倉庫と共に機体がバラバラになって吹き飛んでいく。


よもや海上からの攻撃で後背を衝かれるとは思いもよらないだろう。


海軍も機雷封鎖された瀬戸内海をよく超えてきたものだ。


根性があるのか、それとも何かしらの方法で機雷の無いルートを知り得たのか。


ただ、全ては憶測でしかない。


主菜を相伴に預かることなく眼前で下げられた彼女は酷く機嫌を損ねており、これ以上考えるのも億劫だった。


「隊長、この後は・・・」


爆発音を背に、後退していると同じく聞かされていなかった少尉もやや困惑気味に尋ねる。


「さあな、すること無くなったんでそこらで釣りでもするか?」


篠田は不満な声色も隠そうともせずにぶっきらぼうに答える。


「まぁ、どのみち陽動時点で我々の役目は完遂したってことだ。ただ、行き掛けの駄賃だ、突入作戦中の制圧部隊を援護する」


砲撃はある程度精密だったおかげで港湾施設内でありながらこれ以上の退避行動はどうやらいらないらしい。


そうであるなら白兵戦を行っている歩兵部隊を助ける程度には手が空いている。


「結局また対歩兵か」


そうぼやきながら、隊を砲撃のない海岸部の施設群に向ける。


報告ではそこに解放軍の呉防衛司令部があり、そこに突入する手はずだった。


「借りを作っていて損はない、行くぞ」


何とも知れぬ怒りを抑え、彼女は操縦桿を強く握りしめた。

あんだけ盛り上げておいて戦闘シーンを削ってしまいました・・・。


戦闘シーン、いろいろ書いてはいたんですけどどうにも稚拙すぎたので一回保留にしてます。

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