呉 6
ー32特務中隊と解放軍兵俑機戦隊、解放軍内通称「紅天部隊」との彼我の距離およそ1km。
双方、互いの自軍の中では間違いなく精鋭部隊である。
戦力差は単純な機体数と兵俑機の性能が未だ未知数である現状を見れば、紅路部隊は若干ながら優勢。
しかしながら紅路部隊は精鋭なれど兵俑機の実戦運用は初であり、対する32中隊は豊富な実戦経験がある点を加味するならその優勢の立ち位置は脆い。
加えて初手において彼等は既に2機を損失。
他の起動成功した各機は二の轍を踏まないために慌てて港湾施設の遮蔽に身を隠す。
出鼻を挫いたという意味では篠田の先手における狙撃指示は的確なものであった。
ーその彼女の22型は突撃の先陣を切っている。
一見無計画な戦術選択に見えるそれは彼女なりの考えがある。
先程の狙撃に対する敵部隊の動きを見て、彼女にはある確信があった。
恐らく敵はシステム面及び戦闘行動の蓄積がないこと。
そして先制攻撃による敵部隊の初動の対応を見るに、彼女らの得意な市街及び平野部では挑まず、こちらの奪取目標である港湾施設を盾に遠距離攻撃を防ぎつつ、防衛戦を行うことを意図した散開行動である。
無論、ただそれだけでは先程の自走砲台群の二の舞になる。
敵の指揮官もそれを理解した上で、統合軍が最も無傷で奪取したい港湾内主要施設付近に身を潜ませている。
「なるほど、こちらの意図は丸わかりというわけか」
市街地における戦機兵の突撃戦術はそのサイズと機動力によって遮蔽物を有効活用し、戦車隊程度は容易に追滅せしめる。
また、対峙する敵からすれば自分より大きな鉄の巨人が徒党を組んで迫ってくることになる。
士気の低い部隊であればそれだけで投降するといった、統合軍の想定を上回る副次効果もあった。
もっとも、現状目の前にいる敵にそれが通用するかは怪しい。
今回のような未知数の敵に相対した時、最も懸念すべきは敵の戦闘能力を推し量れずに殲滅されることだ。
そうならないために篠田は自分を含む最大戦力を差し向けた。
敵が本格的に動けない状態も初期不良故の事だろう。
最も効果的に蹂躙する機会はここをおいて他にない。
「各員、3機1組、最低2機で一塊になって近接戦闘で各個撃破を取れ。敵は施設を盾にして相互援護射撃をするはずだ」
「了解、隊長はどうされます?」
概ね彼女から帰ってくる答えはわかってはいたが、一応少尉は尋ねる。
「一人でやるさ」
笑いながらそう返す。
彼女の単独行動は今に始まった話ではない。
予想していた回答が来た少尉は「了解」とだけ答え、割り当ての編成に加わる。
港湾施設まであと200メートル。
敵部隊は未だ施設内の各所に潜んでいてこちらへの攻撃はない。
「よし、各員散開しろ」
彼女のみ単機で倉庫群へ侵入し、それに続く少尉以下数機ずつが各所に開いて港湾に足を踏み入れる。
倉庫群は潮騒と、先ほどの攻撃で撃破された自走砲群が燃え盛る音だけが響く。
近距離アクティブセンサーを起動し、周辺にレーダー波を走らせる。
周辺に信号を送り、その反射を検知することで目標を補足する
仕組みのレーダーだ。
敵を補足できる一方、自身もレーダー波を発するため、敵に位置を把握されてしまうリスクがある。
もっとも彼女にとってそれは願うべくもない。
自らを囮に敵の居所を釣り上げる算段でいる。
仮にも指揮官である人間がやる戦法ではない、万一やられた時の指揮系統の混乱は免れない。
だが、篠田は自身をそういった境遇に身を置くことに一種の快楽すら見出す、そういう隊長であった。
直近数百メートルにレーダーの反応はない。
エンジンを切っているのか、あるいはレーダーを反射しない装甲材を利用している可能性もある。
彼女とて敵の存在は軽んじてはいても力量を見くびってはいない。
倉庫の裏側から伏せていた機体に急襲される可能性も念頭に入れつつ、慎重に機を進める。
篠田機を中央先頭とし、後続は三機一組でその両翼後方に展開している。
しかしながら敵機は反応を見せるでもなく、いずれも沈黙を保っている。
「随分と我慢強いことだ」
「隊長、おそらくドック付近に潜んでいるかと」
「だろうな、我々がアレを無傷で欲しいのは向こうも承知の上だ」
まったく忌々しい事だ、と篠田は思う。
こうも制限の多い作戦では32中隊得意の強襲も活かせない。
望むならさっさと施設諸共吹き飛ばすような大火力を叩き込み、一気に殲滅してやりたいのだが、それでは意味が無い。
敵の新兵器部隊と遭遇、壊滅させたとなれば、今後の戦術構築にも寄与できるのに勿体無いとすら思う。
正直なところ、有力議員と海軍の要望など彼女らにとってどうでもいい。
彼らのワガママのために、
目の前の面白い事を前にしてお預けを食らっている気分だ。
ただ、この呉港ドックを無傷で取れば以降の侵攻作戦は容易たらしめるという言い分も十二分に理解している。
それゆえに面白くない。
加えて、先程から非常に気分が悪くなって来ていた。
強烈な悪寒がずっと背中に張り付いているようだ。
この強烈な憎悪を引き出す感覚はほぼ間違いなくアレだろう。
ありもしない記憶に対する言い様のない黒い感情が奥底から湧き出て彼女の心を強く食んでいく。
一機ずつ機体から引きずり出し、無様に命乞いする様を嘲笑しながら握り潰してやりたい。
今にもスロットルレバーを押し込んで、そういった感情に突き動かされかねないのを抑え込んでいる。
震える手で操縦桿を握りしめつつも、彼女の顔は憎悪とも狂喜ともつかぬ表情をしていた。
ー兵俑機隊である「紅天隊」隊長の橋田は焦っていた。
初手における32中隊の狙撃によって隊伍を組む前に散開せざるを得なくなり、今も本格的な反撃も行えないままドック付近に主機を切った隊を潜ませている。
演説までぶち上げた記念すべき初陣がこのザマである。
大失態の最中、彼は次の策を必死に講じていた。
兵俑機の無断出撃、おまけに損失機を出しておりこのまま戦闘を行えば確実にそれは増える。
このままおめおめと港を明け渡して逃げてしまえば栄誉はともかく、彼とて処刑台の露に消えるのは必至である。
だが、奴らの目的を考えれば、この重要施設をむやみに攻撃することは無いだろうと踏んでいた。
橋田もこの施設が統合軍にとっていかに重要か理解している。
解放軍における呉港の意義は西日本地域太平洋側における大規模補給施設としてが大きい。
そしてここを攻めてくる統合軍の目的はドックであるのは明白である。
仮にこの港ごとドックを渡してしまえば、今後統合軍は中国地方における拠点を得て、護衛艦群を使って関西方面への圧力を今以上に強化するだろう。
そうなれば解放軍上層部の企画している関西方面における防衛戦に重大な支障をきたす。
加えて我が解放軍にとっては整備の行き届いている損害のほぼないドックは有用ではあるものの、有効には扱えていない。
それ故、彼らは敵に奪取されるぐらいならドックを破壊して統合軍の目論見を挫くというのが幹部内での統一した見解だ。
橋田も出向する際にその旨の命令書を受け取っている。
出来る事なら施設を盾に戦局を優位に進める肚であったが、野蛮な吸血部隊は鬱陶しいことに既に港湾に侵入し、少しずつ距離を詰め始めている。
下手を打てば兵俑機の存在を知ったことで目標をドックの制圧から施設を諦め、我々の殲滅に変えたのではないかという疑念が彼の脳裏をよぎる。
「隊長、敵は必ずこの施設を無傷で手に入れたいはずだ。実際に諜報の内容でもその目的は確実です」
通信越しによる副官の口添えは橋田の疑念を氷解させた。
それならばまだ勝ち目がある。
統合軍も一筋縄ではない、現にこうやって重要な情報が我々のもとに届いている。
「それではこのまま施設を盾に待ち伏せを行う。向こうは制約があるが、こっちは撃ち放題だ。数で押して各個撃破を行う」
「了解」
僚機を落とされたとはいえ、部下の士気は高い。
「敵の状況は?」
「中央の機を先頭に斜め横隊に両翼展開してこちらに向かっています」
「勢いを崩す、両翼と中央の奴から叩くぞ。10号機から15号機は左翼、16号機から20号機は右翼。私と9号機までは中央の敵機を狙え」
倉庫やドック裏に伏せたまま、次々と主機に火が入り、各々手持ちの銃器を構えだす。
「確実撃破の為に中央機が100メートルに達した時点で割当ての目標に斉射だ!」
各員は様々なところにばらけて伏せている為、咄嗟に飛び出せば彼らの射線は絞りにくい。
一方こちらは律儀にも横隊を組んだ分かりやすい戦列を狙うだけだ。
戦列を崩したタイミングで一塊に飛び込んで乱戦にもっていけば狙撃銃のような大口径火器でない限り、兵俑機の装甲をゴリ押しして撃退も可能だろう。
勝機は十二分にある、むしろ橋田は敵の愚かな戦術に感謝すらしていた。
「残り150m」
「よし、総員射撃準備、斉射と同時に前進する」
彼らは初の実戦による攻撃に昂りを抑えながら、その瞬間を今か今かと待ち続けていた。
「残り120m!」
「まだだ、もうすぐだ・・・」
逸る気持ちに飛び出しかねない彼らを諭すように制する橋田。
そしてその瞬間が来た。
「残り100mに入りました!」
「今だ、撃ー」
それは橋本の攻撃命令が言い終わるか終わらないかだった。
彼の隣にある倉庫が攻撃を受け、突如爆散する。
「こ、攻撃中止、各機再度散開!」
攻撃された方向が分からないが、少なくとも目前に詰めてきている戦機兵部隊ではない。
「どこからの攻撃だ!」
「侵入してくる敵部隊ではありません!これは・・・・」
副官の居た方面からは派手な爆発と共に倉庫裏に潜んでいた機がバラバラになって宙を舞う。
先程迄応答していた副官との通信回路は激しいノイズと共に途切れる。
「各機散開!前方の敵部隊に機を晒さないように回避しろ!」
「一体どこから・・・!?」
次から次へと倉庫もろともこちらを正確に狙う砲撃に部下たちも困惑と未知の恐怖に動揺を隠せない。
橋本はあたりを光学カメラで見渡すが、直近1キロ圏内に敵はいない。
だとすればー、
「・・・海上からか!」
カメラを海上に向け、最大望遠をかける。
そこにいたのは、統合軍所属の護衛空母の甲板に立ち、榴弾砲を放つ戦機兵部隊だった。
前の投稿から一か月以上経っての投稿で申し訳ございません。
やっと落ち着いてきたところなので再開します。
前よりも頻度は落ちるかと思うので、生暖かい目で見守って下さると幸いです。




