呉 4
ー呉奪還作戦の決行予定時刻より数時間前、篠田の姿は格納庫にあった。
「試作のこれを使うんでありますか・・・?」
整備兵が怪訝な顔をするのも無理はなかった。
彼女の指定した武装の中には明らかに陽動には向きではないものが入っている。
「そう、使うんだよ。イレギュラー対策にな」
通常、戦機兵にはおよそ人間でいうところのサバイバルナイフ程度のサイズである高振動ブレードナイフを標準装備している。
この装備は主に対戦機兵用の罠として使われるワイヤーやネット類の破断、あるいは救助時に構造物などをこじ開ける際に用いられる。
彼女が今回選んだのはその中でもグルカナイフのような形状をした大振りの試作兵装「クリムゾンエッジ」であった。
破断力は高いものの、おおよそ解放軍が罠に用いるワイヤーを断つには大きすぎ、任務内容的にもデッドウエイトになりかねないと整備士は考えていたし、事実、それが理由で倉庫の肥やしになっているものだ。
「取り回しに難儀しますよ、これ」
「いいんだ、腰にでも増設ラックで付けといてくれ」
整備士の難色に対してどこ吹く風、と言わんばかりに背を向けて背中越しに答える。
無論、こういう気まぐれは今に始まったことではないので、整備士たちも肩をすくめつつ作業に取り掛かる。
もっとも、解放軍の新兵器の正体をおおよそ見当をつけている彼女の胸中など彼らには到底理解できないであろう。
「それ」を確実に仕留められるかつ「ある理由」によってそれを選定している。
彼女にしてみればようやく面白くなってきたところだ。
鼻歌交じりに格納庫を後にし、待機室で胸ポケットから煙草を取り出し、火を灯す。
いつになく上機嫌な隊長の姿に若干の嫌な予感を感じながら隊員たちは彼女の方を向く。
「諸君、今度の標的は実に楽しいぞ」
「陽動作戦とは聞かされていましたが、何かあるんでしょうか」
「ああ、あるとも」
もったいぶりつつ、口角を上げる。
「我々にとってまたとない活躍と栄誉の機会だ」
ーその日の呉は昼から曇天であった。
予報では降雨はないものの、市中は一日中厚い雲に覆われているとのことだ。
32特務中隊はその情報を鑑みた上での作戦決行である。
作戦時刻、「雲仙」艦橋の芹沢大佐の「降ろし方はじめ」の号令と共に戦機兵が月が煌々と光る雲上から次々と暗闇の呉市郷原の山岳地帯に降下していく。
解放軍呉港駐留部隊及び呉市に展開していた一般部隊が降下してくる戦機兵を目認すると即座に対空砲群を持って迎撃を行う。
「まだ撃ち返すなよ。稜線の陰に入る」
篠田率いる中隊は対空砲火を大型防盾で受けつつ稜線を上手く利用し降下を行う。
山岳部にある小さな監視所が眼下にあったが、降下する戦機兵を見るや否や散り散りになって逃げていく。
今回の作戦の都合上、あくまで敵対空砲の集中砲火を受けつつ、囮として機能しないといけない以上、大型防盾による被弾軽減は必要不可欠だと判断し急遽各機に装備させている。
無論、現状攻撃を行っている部隊の即時殲滅は可能だが、港湾施設の部隊を引きずり出すために「敢えて」攻撃を受けている形になる。
彼女らの降下地点は港や市外からは稜線の影となっていたため、対空砲陣地からの攻撃は止んだが、かわりに榴弾砲などの曲射射撃を開始したことで降下した地点に次々と弾頭が落着していく。
港湾にある精鋭部隊は稜線の陰に隠れた戦機兵に対し、曲射榴弾による牽制を加えながら次の相手の出方を待っていた。
目的はこちらが港湾施設から打って出た所を別動隊が急襲をかけて奪還してくるだろう、とおよそ正確に統合軍の思惑を推察している。
事実、篠田自身も向こうが簡単に出て来るとは到底思っていない。
となれば「出ざるを得ない状況」に追い込むほかないとも考えていた。
「観測情報は届いたか?」
「今しがた座標が届きました」
「上々、首尾よく当てろよ」
彼女らは彼らに対し「疑似餌」になるべく、リンクされてきた港湾施設内の榴弾砲の座標を合わせ戦機兵携行式の100mm曲射砲を構える。
「AJT-HEAT弾でさっさと片付けるぞ、撃ち方用意」
彼女の指示通り、榴弾砲装備している機体が当該弾頭を選択すると、給弾装置がそれを口腔内に込めていく。
「照準合わせは間に合っているか」
観測情報を元に既にセミオートで戦機兵が砲塔の方角及び仰角を調整を始める。
「間もなく・・・、たった今座標観測位置セット完了。いつでも撃てます」
「よし、撃ち方はじめ」
号令と共に放たれた複数の弾頭は放物線を描きながら港に散開配置して攻撃を行っていた敵自走砲群に牙を剝く。
一両に直撃、派手に火を噴いて吹き飛んだのを皮切りに次々と爆散あるいは大破炎上していく中、彼らは狼狽える。
「観測員から通達、目標のF、H、I自走砲が移動を開始」
すぐさま観測情報が連結され、次なる標的に狙いをつける。
「きっちり落とせよ、照準ができ次第各個自由射撃」
彼女の命令後、更に放たれた特殊弾頭が回避行動を行っている自走砲群を穿っていく。
「なんて精度だ、トマホークミサイルでも使っているのか・・・?」
港湾施設駐留部隊の司令が愕然とする。
両陣営ともジャミングや電磁パルス攻撃が発達し、長距離からのミサイルなどの誘導兵器が使えない中、稜線の陰からのほぼ確実に自走砲群に被害を与えている精密な射撃だ。
狙撃銃の系統ならともかく、榴弾砲における曲射の命中率は射撃管制プログラムをもってしてもどうしても誤差は数百メートルは出てしまう。
通常の榴弾を知る彼らからすれば異常な精度を誇っていた。
一方、篠田らは観測員からの報告で港湾施設の敵の挙動が手に取るようにわかっていた。
「敵自走砲群、ほぼ沈黙したとの報告あり!」
「だろうな、彼らの被害状況は?」
「多少はありますが、ドッグなどの整備施設は無事です」
おおよそ無傷でドックを確保できるとは思っていなかった佐野少将は、篠田の提示したこの特殊弾頭によるアウトレンジ攻撃を起案段階で容認していた。
『なに、どのみち敵に諸共吹っ飛ばされるよりかは幾分マシさー』
彼女はそうおどけながら口許を歪ませた佐野の顔を思い出し、独り口角を上げる。
「ーでは、呉市街地の駐留部隊に対して攻撃をかける」
残りの特殊弾頭は通常弾頭と共に市街地に配置されている対空砲陣地に対して放つ。
自走砲群とは違って展開位置から移動できず、一度見つけてしまえば容易であった。
装甲板が前面にある程度の対空砲は次々と爆散し、その度に対空砲の破片と共に人が舞う。
一方的かつ確実な有効弾を当てて来る彼女らに対し、士気の低い徴用された日本人ばかりの駐留部隊が統制を取れるわけもない。
的になる事を恐れ、次々と兵士が逃散する。
運よく建物内やシェルターに潜った者も榴弾によって場所ごと抉り取られ、爆風と破片によって次々と死体として折り重なる。
不幸な者は逃げた先で通常弾頭が本人に着弾し、一瞬で消し炭と化した。
浮足立った彼らに追い打ちをかけるように稜線から巨人たちがぬっと顔を出し、市街地に向けて発砲しながら歩を進める。
市街地の被害は臨時政府内の有力議員にとってはご法度であるはずだったが、佐野は意図的に黙認している。
どのみち先の下関攻略戦での戦訓から建造物などの被害を避けた攻撃は非効率的であり、多少の破壊はやむなしと作戦室では判断していた。
下関攻略の初期から転任してきた解放軍兵士の何人かは
彼らの今までと異なる市街地への被害を抑えない戦いぶりと一般機と異なる漆黒の機体を見るや否や、
あの部隊が例の「吸血部隊」と知り激しく狼狽え、我先にとあちこちに散り散りになっていく。
思惑通りに事が運びながらも、篠田の意識は依然、眼の前の市街よりも港湾の部隊にあった。
ー港湾の部隊からは市街地のパニックの様子が流れて来る無線の内容と眼前の黒煙と爆発で把握していた。
「例の『吸血部隊』だそうです。司令、『アレ』を出すべきでは?」
特有の粘着質な声で司令に進言するのは「新兵器」と共に着任した解放軍少佐、橋田 拓海。
彼は新兵器の搭乗員として中国本土で訓練を受けており、対戦機兵の『新兵器』の運用を党本部から直々に任されている。
司令も彼の立場を認識してはいるが、階級を無視し党本部の寵愛を盾にした彼の態度が気に食わなかった。
もっとも、彼の言う通り、市街地で蹂躙しているアレを止めるのは『新兵器』しかないと理解はしている。
加えて党本部の目に掛けられるという事は、ある意味では実階級以上に影響力を持ち、場合によっては現地司令以上の権限を持つことも不可能ではない。
本来「それ」は九州攻略戦における決戦兵器として本国から送られてきたものだが、下関が攻略され、前線が下がったこのタイミングでの使いどころを見失っていた。
しかしながら万に一つ、彼が敗北し、それが破壊されるようなことがあればー、と考える。
独断で出撃させた彼の立ち位置の失墜はおろか、一月にも満たないうちに銃殺刑を処されてしまう。
司令は判断を迫られていた。
ここで市街地が落ちれば海上に逃げ延びるしかない。
しかし関西へ向かうルート上のどこかでかならず統合軍海軍の攻撃を受けるし、下手を踏めばそこで新兵器と共に海の藻屑になってしまう。
ならばここで投入して撃退し出鼻を挫くことで、呉を堅固できる可能性に賭けるべきではー。
橋田の進言に数十秒逡巡したのち、静かに頷く。
「ありがとうございます。必ずやかの邪知暴虐な彼らの首級を挙げて御覧に入れましょう」
慇懃無礼に愛想笑顔を浮かべて敬礼し、橋田は格納庫へ急ぐ。
彼は戦機兵相手に『新兵器』さえあれば対抗でき、ここで戦果を挙げれば党本部も理解し、量産体制が整って配備が進むと本気で信じている。
そうすれば現状押されている戦況も覆し、九州を陥とす日も遠くないという盲信に近い心持ちでいた。
ー格納庫に入ると、念のため出撃準備を整えていた整備士たちから敬礼を受け、橋田も返礼する。
そして機体の前に集まった隊員たちの前に立ち、告げる。
「出撃の許可は下りた。初陣はかの品性下劣な『吸血部隊』だ」
隊員たちの中に笑いが広がる。
出撃前だというのに誰もが自信に満ち、必ず敵を打ちのめさんとするいい表情をしていた。
「我々は今かの巨人たちに対抗しうる力を得た!幾百幾千の同志たちの無念を晴らす時が来たのだ!」
橋田が拳を握り締め振り上げると同時に格納庫に歓声が沸く。
「今ここに、我らの祖父、同志毛沢東の崇高な意思を阻む邪悪な輩を蹴散らす我らの力の象徴がある!」
目の前に立つ「それ」を見上げると、隊員たちもならって振り返って見上げる。
その眼差しは、まるで英雄伝に出てきた人物を見るが如き憧憬の念が込められていた。
「私と共に栄光をここに刻もう!この呉こそが我らにとっての背水の陣ぞ!!」
突き上げた拳に応じ、皆が喝采しながらそれに倣う。
「これなら勝てる」
その場にいた彼らの誰しもがそう確信していた。
橋田は解放軍の崇高な使命の下に生き、理想遂行の為なら命をささげてもいいと宣うほどの熱心な思想家であり、人心掌握と演説の才がある。
妙に人を惹き付けるその弁才は、カリスマというものに近かった。
それ故に彼の隊員はみな橋田のシンパであり、ほとんど崇拝に近い眼差しで隊長である彼を見ている。
彼の為なら死んでもいい、それほどに信奉する者もいるほどの男だった。
橋田は思う。
今からの戦いで勝利し、栄達することでいずれは九州の愚者たちを下し、日本は「東洋省」となって中国に吸収され、その指導者となることを本気で信じていた。
そう、彼らに与えられた「兵俑機」こそが戦機兵に勝る真の勝利者へと導いてくれると。
本編中の補足事項はいつものことながらここにまとめます。
・主力兵器の変容
前述にもあるが、電磁パルス攻撃やジャミングによって誘導兵器の優位性は著しく失われた。
それらの妨害に対する回答としてはトラフダイトの電波遮断やアンチジャミングシステムによって対応可能ではあったが、両軍とも各種誘導兵器に使うにはコストがかかりすぎと判断。
そのため、この戦争では火砲が主力になるという旧大戦の様相を呈している。
解放軍は旧大戦や国共内戦で使われた野砲を転用、精鋭である元中国軍所属の義勇兵部隊には比較的新型の榴弾砲搭載の自走砲を配備させている。
中国からすればコストのかかる誘導兵器を用いず、かつ廃棄に困っていた時代遅れの野砲を「有効活用」できるという目論見があった。
端を開いたミサイル飽和攻撃によって弱体化した自衛隊や抵抗する民間人に差し向けるには野砲でも十分な戦果が見込める。
しかし戦機兵に対してはあまりに無力で戦闘の度にその場に配備されていた野砲はことごとくが破壊あるいは砲兵を蹴散らされ無力化されていった。
・TAJ-HEAT弾
「Troughdite Anti Jamming-High-Explosive Anti-Tank」の略称。
日本語で訳すると「トラフダイト製アンチジャミング対応対戦車榴弾」になる。
トラフダイトを砲弾加工することで現状あったタングステン製徹甲弾の貫徹力を上回り、かつ環境汚染の懸念もないことから当初から注目されていたものの、トラフダイトを砲弾サイズに加工する技術はコストがかかりすぎ、かつ当該資源は戦機兵製造の方に最優先されるために一時は見送られた。
しかしながら、トラフダイトによる外部からの電波遮断性に着目し、誘導弾として開発された。
弾頭内に自己計算型の誘導装置を搭載、観測情報を事前入力することで終末誘導を自力で行い目標に着弾したのち、目標内部で炸裂する。
電波妨害に強く、命中精度も20キロから放たれた場合は誤差半径50m以内と非常に精密で、(従来の榴弾砲では同距離から発射した場合の誤差半径は200~300m以内)ミサイルと異なって砲弾である為に迎撃されるリスクも少ない上に従来の榴弾以上の貫徹力と破壊力を持った弾種である。
だが、如何せん前述の加工技術と高度な誘導装置を用いている関係から砲弾としては超高価なため(概ねこれ1発で通常弾数百発は製造できるコスト)、32特務中隊のような特殊部隊でも重大作戦でない限りは使用許可が下りない。
ちなみに同様の弾頭を用いたミサイル及びロケットランチャー装備もあるが、前述の通り高コストである事、現状解放軍に対して過剰火力故に配備数は少ない。
一応、ロケットランチャーの方は32特務中隊にも配備はされているが実戦使用経験はなく、訓練で数発使用した程度に留まっている。




