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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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呉 3

ー呉というのは、広島市南西部にある中核市の一つである。


天然の良港として古くは村上水軍の一派が根拠地として、近年では旧帝国海軍及び旧海上自衛隊の重要拠点の軍港として栄えた場所だ。


当時から軍需鉄鋼研究が進んでおり、有名どころの話ではここで戦艦大和が建造されていた。


良港であるゆえに中国からのミサイル攻撃は意図して抑えられ、解放軍攻勢時に一挙に施設を奪取されている。


旧自衛隊は港湾施設の破壊後の撤退を目論んだが、避難民を収容し、九州へ即時撤退したこと、呉出身の議員の圧がかかったことによってかろうじて破壊を免れたといったところだ。


この港湾施設を破壊しなかった為に下関は奪還を阻むだけの解放軍への補給を許していた。


解放軍はこの飛び地となった軍港をそのまま反撃のための出城として運用することを目論んでいる。


一大集積基地という側面もあって呉に収まる集積物資は現状解放軍の中で最も充実しており、防衛兼遊撃部隊を残し、海路にて関西のあらゆる地域に物資輸送を行って統合軍を攪乱していた。


物資を送りつくしたら施設を破壊して引き払い、統合軍主力部隊の関西攻撃のタイミングであわよくば背後からの一撃を加えることを企図、実行に移す為に現状は戦力の温存を行っている。


だが、実際は夢物語のそれだった。


彼らの証する遊撃部隊とは1個旅団の歩兵を主とした戦力であり、解放軍上層部が望む統合軍主力の後背を衝くには些か貧相な戦力でしかない。


物資の中には火砲も相当数あるのだが、港湾施設の警備を念頭に置いているためにその火砲を操る砲兵が絶対的に足りず、加えて海路も塞がれ、本隊は関西防衛のために人的リソースもあまり割けない厳しい状況にある。


それは呉に留まった部隊の当人たちも薄々理解していた。


解放軍の本音は、本音は膨大な物資と港湾施設を惜しんでいる事に起因する。


通常、こういった状況では輸送可能な物資のみをもって港湾施設を破壊し、他の中国・四国の部隊と共に引き払うのが定石であるが、解放軍上層部はただでさえ損耗が激しい現状で呉を物資毎放棄するという損失を大いに恐れていた。


元々、党本部はこの日本解放において、革命クーデターのサンプルを抽出しようという目論見がある。


中東における米国と敵対する国家の反政府勢力に軍事教練及び支援を行い、当該国家を打倒するという手法を遅れながら実践していた。


米国のそれはムジャヒディンに行ったが、結果は歴史の示す通り、反米テロ組織となって世界中の脅威になってしまった。


中国はさらに踏み込んで直接指導するという考え方から義勇軍と称して中国陸軍を派兵し、解放軍の主戦力を担わせ、解放軍は現地司令部として、総体の指揮は中国本土にある党本部で行っている。


これによって解放軍の現地での指揮こそ日本人が構成するが、総司令は中国本土、軍の主力は中国義勇軍、その下に解放軍兵士と徴用兵で成り立つ歪な構造になってしまった。


この歪さが解放軍にとっての大きな枷となり、党本部の意向には逆らえず、至極無謀な戦略を立てざるを得ないという背景だ。


更に、下関陥落後から中共党本部からの突き上げは日に日に激しくなっており、ここで呉を物資含めて放棄したと知れば、高級幹部の幾名かを処刑台に立たせないといけない。


それ故に戦略としては一見破綻したような呉の孤立ではあるが、やむを得ず行っているという節があった。


党本部もこれについては一定の認識は示しており、呉に対して「ある対応(・・・・)」を取っている。


ー統合軍も呉の扱いについてはいくらかの思惑がある。


統合軍としては中国地方の平定化、補給路を叩き、関西奪取を容易ならしめんとする意図がある。


加えて先述の通り、ドックを可能な限り損傷を少なく抑えたいという海軍の要望と有力議員の圧力があり、これらの目的を果たすためには破壊活動も辞さない攻撃を控える他ない。


下手をすれば下関攻略よりも容易ならざる状況になり得る。


何せ中国式のゲリラ戦術を主体とした解放軍のことである。


取られるぐらいなら傷物にせよと言わんばかりに破棄する火薬に火をつけて港湾施設を修復に数年がかかるほど破壊するぐらいのことはやりかねない。


事実、壱岐を一時的に占拠した解放軍が統合軍の反撃を食らった途端、島内のあらゆる住居・施設を焼き払い、後に個々の小型艇で逃散している。


この際、島民救助及び消火作業に追われ、小型艇で逃亡した部隊のほとんどを取り逃してしまっていた。


その前例故に下関攻略も細心の注意を払い、焦土作戦を図らせないような絶妙な間引きと一気に叩く為の下地を作ってから徹底的に殲滅した経緯がある。


実際の所、篠田と佐野少将が指摘した通り、関西に対する陸路・海路さえ断ってしまえば飛び地の呉港は物資を抱えて逼塞する他なく、残留する部隊数もそういないために攻勢にも出れない。


港湾施設を可能な限り無傷で占領したい以上、戦機兵部隊を投入するのもはばかられる事情もある。


結局、歩兵部隊による迅速な制圧を行う他ないのだが、その制圧のために戦機兵部隊である32特務中隊を陽動として運用し、歩兵の特殊部隊で手薄になったところを一挙に制圧するというのが今回の作戦の概要だった。


もっとも敵も馬鹿ではない。


統合軍にとっても港湾施設は重要であるというのは重々認識している為、容易に港湾から出てこないことは想像に難くないだろうと特殊戦略作戦室は見ている。


彼らが重要視しているのは集積された膨大な物資であり、関西へ限りなく多くの物資輸送が為せなかった場合は前述の通り、港湾施設を破壊することに些かの躊躇いもない。


両者とも呉港は有益なドックではある。


しかし解放軍は中国・四国を放棄した以上、物資を除けばわざわざ部隊を飛び地に割くほどのメリットは生み出さない。


補給路を断たれる以上は遅かれ早かれ呉は放棄せざるを得ないと作戦室は見ていたし、施設ごと自爆されて徒労になるなら、自分たちではなく通常部隊の包囲戦で対処可能だと判断していた。


事実、その念頭を置いた上で今後の作戦計画と部隊運用を定めていたのだが、命令された以上は対応せざるを得ない。


ー作戦室で佐野少将から作戦を聞かされた一週間後、司令部の通達で上級大尉となった篠田は、「雲仙」内の自室で煙草をくゆらせていた。


雲上に浮かぶ月を眺めながら吸い切った一本を手元の灰皿に落とす。


別に階級があがったからと言って特段何かある訳でもない。


ただ、基地内で事例を貰って階級章を渡されただけだ。


彼女の脳内では、そんなことよりも佐野少将の懸念が渦巻いていた。


中国・四国の解放軍が撤退とタイミングを同じくして、「呉に多数の艦船の出入りあり」という報告を受けている。


当然、関西方面への物資輸送もあるが、どうやら中国から何かしらの資材が送られている様子である。


これらの妨害を行うにも、護衛艦艇は現状九州沿岸の警護で手が回らず、米海軍もこのタイミングにて一部を引き上げ、米軍基地近辺の警護にのみ留まっていた。


部隊残存を解放軍が決定したのは恐らく「中国本土より送られてくる『対戦機兵の新兵器(・・・・・・・・)』があるのではないか」というのが佐野の見解だった。


呉の精鋭部隊だけでは防戦が精一杯で、関西とのルートを断ってしまえば、膨大な物資をもってしても、寡兵であることには変わりはなく、関西の挟撃など雀の涙程度にしかならない。


そうでもなければ解放軍の無謀に等しい呉の孤立化を、「統合軍にとっても有益な施設のため破壊できない」という憶測だけで行えない。


今後の共産圏化に備えた実験場でもあるこの戦線において、戦機兵に対する一つの答えをこの場において実戦でもって回答するというものだろう。


事実、佐野の認識は正鵠を得ていたが、それがどういうものであるかは後の展開に譲る。


彼の見解をふと思い出し、思わず篠田はほくそ笑んだ。


ー今までの「弱い者いじめ」も楽しいが、最近はもっと骨のある相手とやってみたい。


そう、もう少し張り合いのある戦いがしたいんだ。


だが、こちらより強くては面白くない。


彼女はある種の戦闘狂には違いなかったが、自他ともに拮抗して(しのぎ)を削るような武人然とした戦いより、自身より程々弱い相手を甚振る方が好みに合致していた。


そんな自身の嗜虐癖を自覚し、疎まれることを理解してもなお、彼女のそれに対する衝動は収まりようがなかった。

補足情報というか書ききれなかった概要を書いておきます。


・壱岐島の戦い

ミサイル攻撃以前に解放軍のゲリラ的な攻撃が壱岐島にて行われた。


彼らは複数の上陸用ゴムボートによって夜半に襲来、さしたる抵抗もなく島内の警官や公務員を射殺すると、解放軍が占拠した旨を宣言。


自衛隊はこれに対応すべく迅速に奪還作戦を開始、ヘリボーンにて強行し、解放軍と激しい銃撃戦を行った。


しかしながら解放軍によって島民を盾にされたこと、それと同時に勝機を逸したとして島内建造物に次々と放火され、大火災が発生。


自衛隊が解放軍を相手取りながら島民救出と消火活動に追われる中、解放軍は人質を射殺後、十数名の同胞の死体を捨て、遁走した。


壱岐島はこれによって一時的に機能不全に陥り、復旧活動に遅れが生じることになる。


これらの自衛隊の対応に国民の不満は爆発、時の防衛大臣がバッシングの的になり、辞任を迫られることとなった。


しかしながら中国の党本部この戦いでもって解放軍による島嶼攻撃の限界を悟らせ、中国本土にミサイル攻撃を決定させる要因になったともいえる。


・中国が日本を狙う理由

中国発祥の未知の新型感染症によって他国の経済は壊滅的な被害を受け、強引な手法ではあるが、国内の対応が早かった中国は急速に経済を立て直したために相対的に米国に並ぶ経済大国としてのしあがる。


時の国家主席は経済分野での中国の大躍進によって得た莫大な利益を彼の野望のために費やすことにした。


一挙に軍拡計画を推し進め、事と次第によっては軍事行動も辞さない強気の外交姿勢で近隣諸国に対して威圧を与えつつ、潜在的な隷属国を作り上げていく。


後に「遅れてきた共産圏拡大主義」とも言われたそれは、まずは近隣の国家を手中に収め、隷属化することによって米国ひいてはロシアに比肩、あるいは超越するような共産主義の共同体を作り上げて中国がリーダーシップとして君臨するという大それた計画のもとに行われている。


しかしながら、世界的な経済停滞での相対的上昇であったため、如何せん急激な軍拡計画に対して生産が追い付かず、他の産業は遅延あるいは停滞。


新型感染症が落ち着き、各国の経済が回復の兆しを見せると、数年後にはその反動で元の経済成長率を下回る事態に陥った。


また、台湾統一については台湾が軍事力増強に努めつつ、核兵器の保有を宣言及び米国との同盟関係を締結したことで当面の間困難という結論が出ている。


そこで目標を尖閣問題などで決定打を出してこない弱腰な対応や先の地震で甚大な被害を被っている上に米国の介入は政治的な問題で限定的と優位な条件が揃っている日本に定めた。


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