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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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呉 2

だいぶ遅れました。割と核心部分を書くのに手間取りすぎました・・・。


あとがきにはおまけも色々つけてます。

ー呉攻略の旨を指示された夜半、本部内にある射撃演習場に篠田の姿はあった。


元々戦機兵搭乗員として促成された彼女らも当然軍人である以上は生身での戦闘訓練も受ける。


統合軍設立当初は本来きちんとした軍事訓練を行うのも難しいほど人材が不足しており、戦機兵に搭乗が決まったものは必要最低限レベルの訓練しか受けてない。


とはいえ、万一機体が撃破された場合、脱出に伴って白兵戦も予想されるために訓練は必要であり、当時大佐であった佐野からは特に目をかけられた彼女らは短期間で通常部隊よりも厳しい訓練を行っている。


当然、任務がない期間でも余暇は与えられるものの訓練は必須であり、彼女もそれに従って黙々と標的を撃つ。


彼女の銃は前述の通り、「S&W M&P9」と、サブとして「S&W M940」を所持している。


統合軍の制式拳銃というのは一応は旧自衛隊用いられていた「9mm拳銃(=SIG P220)」であるが、特殊部隊扱いである彼女たちには官給品以外の銃を自由に選定することができる。


彼女のこの選択は自身の手のサイズが小さく、左利きであるためにアンビ仕様(利き手がどちらでも使える仕様)を求めた結果、これに落ち着いた。


一方でサブとして持っているM940はスイングアウト式リボルバーを選択している。


実際、オートマチック拳銃の補助としては確実な動作性が保証されるリボルバーを選択するのは合理的なのだが、彼女のような左利きにとって、スイングアウト式は左に弾倉が出てくるため、左で扱う場合は装填・排莢動作は手間になる。


これについては彼女の「趣味」が大いに関わっている。


5メートル先の標的に対して3マガジン分を撃ち終わった後、4つめのマガジンをM&P9に叩き込み、スライドを戻す。


新たにせり出した標的には乾いた音と共に次々と穴が穿たれていく。


弾倉に残った最後の一発を放ち、スライドが後退しきると右手で左脇ホルスターに収めたM940を抜き、同じ標的を狙う。


装弾数5発、そのうち2発が命中し、3発を外した。


撃ったM940のグリップから指を離し、トリガーに残った人差し指だけでクルクルと回し、脇のホルスターに収める。


二挺拳銃にガンプレイという彼女の「趣味」である。


正直なところ、彼女の腕は一般の歩兵より劣り、彼女も自覚はしていた。


「結構なお手前で」


近くで訓練していた空挺隊員が茶化すが、彼女は苦笑しながら会釈する。


茶化してはいるが、彼は同じ作戦室直属であるために通常部隊ほど彼女ら32特務中隊に対して悪感情を持ってはいない。


「こう、利き腕でない場合も基本的には姿勢を崩さずにー」


そういいながらその隊員は彼女の前で右手で「H&K USP」を抜き、瞬く間に10メートル先の的に全弾命中させ、二挺目の「H&K SFP9」を利き腕でない左手で同じ標的にこれまた全弾叩き込むと、彼女に向かって微笑(わら)いかける。


「ーきちんと反動を抑えてやれば、そう難しくはない」


「・・・流石です」


彼女はペコリと頭を下げるが、実際見せてもらったところで分かるわけがないと思っている。


彼ら空挺師団は2000名近くを擁していたが、事変時に九州に逃れ落ちたのは500名にも満たず、部隊規模を大幅に縮小して統合軍に再編されていた。


彼の力量は他の通常部隊の士官に比べても驚異的であり、銃器を扱い始めて一年も満たない彼女からすればほとんど神業のようにしか見えない。


加えて彼女は何度かこうして教えてもらう機会があったものの、どうにも理論的に伝えるというのが得意な人物ではないらしく、善意を感じはするものの、毎度毎度イマイチよく分かっていないまま終わっている。


「なに、当たらないときはね。当たる距離で撃てばいいですよ」


にこにこと語る彼の言葉は概ね正しいのだが、空挺隊員の場合の「当たる距離」というのは事情がやや異なる。


彼女は近くで彼らの戦いぶりを認知しており、彼らの言うところの「当たる距離」というのはつまり、

「肉薄して突き付けるような距離」を指していることも理解していた。


ー先日、篠田は彼らとの対抗演習を行っており、篠田以下戦機兵22型12機は市街地に紛れ込んだ解放軍の掃討という想定で目の前の彼が所属する空挺団第6小隊60名と相対する内容だった。


ちなみに通常部隊の戦機兵21型1機の武装した歩兵とのキルレシオ(撃墜対比撃墜比率)は実戦経験を踏まえて概ね1:25と想定されており、本来であれば12機の戦機兵ならである一個大隊の最小編成人数である300人と渡り合える戦力になる。


加えて彼女ら32特務中隊は掃討戦において数々の戦功を挙げてきており、機体も22型という上位機種を運用している都合上、キルレシオは1:35と見積もられていた。


作戦室所属以外の他部隊も観戦する中、おおよそ32特務中隊の圧勝が予想されていた。


その中で、特殊戦略作戦室の幹部一同は概ね苦戦を予想している。


事実、そうなった。


結果を簡潔に答えるなら、彼女たちは作戦目標を達したものの、第六中隊相手に大損害を被った。


以降は空挺団と32特務中隊は度々戦術研究のために合同で勉強会や訓練を行う仲になり、合同作戦においては少ない犠牲で戦果を挙げてきていた良きパートナーとして関係が続いている。


故に篠田も彼らの技量には素直に敬意を示し、また彼らも戦時における促成兵上がりの彼女らが戦果を挙げてきた事実を認め、だからこそ彼女らが死なない様に熱心に歩兵技術を指導している。


ー射撃訓練ののち、篠田はシャワー室にいた。


幼さの残る体には、あちこちに痛々しい生傷が残り、特に右腹部に深く銃創が残っている。


彼女にとって、「彼」との出会いの傷だった。


それは撤退中のキャンプ地において、自衛隊内部に入り込んでいた解放軍の間諜の連絡を偶然目にした時だった。


周りに自分と間諜の男しかおらず、気づかれたときには組み伏せられていた。


猿轡を噛まされようとして抵抗を試みたところ、腹部に経験したことのない激痛が走った。


思わず体がのけぞり、激痛がする部分から血が上着を染め上げようとしていた。


痛みで抵抗できない篠田を手荒く押し倒すと、彼は荒々しく彼女の服を脱がしにかかる。


「過程」なんてどうでもよく、「結果」ありきとして自身のことですら客観的に分析ができた彼女にしてみればこの後の「結果」は容易に想像がつく。


故に漠然とどうせ犯された後には殺されるだろう、と自身の顛末を理解した。


脱がされながら、先ほどまで感じていた痛みの感覚がどんどん薄れていき、一種の恍惚感さえ感じだす。


命の灯が消えかけようとしている。


自分のことながら、彼女はそう直感的に理解した。


「こんな『結末』で、いいのか」


薄れゆく意識の中、語りかける「声」を聞いた。


聞いたことのない男のものだ。


脳内に直接語りかけてきているその声は自分の知らない人間の声だ。


「こんな『結末』で、本当にいいのか」


再度語りかけてくる「声」。


ー仕方ない、そういう人生なのだから。


彼女はやや自嘲気味に心の中で呟く。


「お前は、自分の命が惜しくないのか」


ー惜しくない、私の死は犠牲者の1人としての数に過ぎない。


「では、俺がその命を預かる」


ー預かる?どうやって?


「こうするのさー」


刹那、彼女の体は自身の意思と関係なく勝手に動き始める。


まるで自分であって自分じゃないような奇妙な感覚。


先ほどまでの痛みや恍惚感が失せ、彼の明確な感情が津波のように押し寄せてくる。


そこにあるのは強烈な憎悪と、憤怒と、そして癒しがたい絶望だった。


「彼」は、自身の服を剝がそうと夢中になっている男の腰のホルスターに手をかけ、9mm拳銃を抜き、セーフティを落としスライドを引き、男の顎に突き付けた。


男にとってはよもや非力な少女が自身の拳銃を奪っていたことになんて気づいていない。


引き金を引かれる瞬間まで、男は自身の死に気付かず、目の前の少女をどう犯し、殺すかだけを考えていた。


血飛沫が舞い、制御を失った男の肉体が糸の切れた人形のように覆いかぶさる。


穿たれた孔から鮮血が迸り、少女の体を染める。


その瞬間、彼女は今まで経験したことないような深い愉悦の感情に包まれていた。


殺したのは自分じゃない「自分(・・)」。


まるでゲームで操作している自分のキャラクターが相手を倒したときのような感覚。


しかしながら「彼」がやったとは言え、自分自身が他人の生を奪ったという強烈な自覚。


初めて味わう得も言われぬ強烈な感情に、彼女と「彼」は同時に笑い出す。


間もなくして銃声を聞きつけた隊員が見た光景は、口元に笑みを携えながら既に事切れた男に何度も何度も発砲している篠田の姿だった。


ーあの日、彼女は変わった(・・・・)


それまで生の実感が薄かった彼女は、他人の命を奪う事で生の在り方を知った。


今では殺す事が「生き甲斐」であり、それがために生きている。


平時であればとっくに塀の中か、あるいは絞首台に立たされていたであろう。


敵であるなら殺人が許容される戦時下、そして「彼」が偶々持っていた戦況判断の適性が彼女の「生き甲斐」を保証した。


ー篠田はシャワーの栓を絞め、扉に掛けたタオルで無造作に髪を拭きあげる。


次の呉の作戦、佐野少将から「ある懸念(・・・・)」を伝えられていた。


それが事実なら統合軍にとって一大事であるにも関わらず、彼女の口許からは笑みが零れている。


「これで張り合いのある戦争が出来る・・・」


気が付けば、他に誰もいないシャワー室の中で独り呟いていた。


・物資輸送が阻害できない理由

彼らの物資輸送については統合軍は把握はしていたが、EMPパルス対策を施した哨戒機の導入が遅れている事、解放軍支配地域が長大なために関東以東については米海軍に任せるしかない状況である。


・空挺団との演習の内容

空挺団は独自の対戦機兵戦術を構築していた。


具体的には建造物の窓から電磁ワイヤー投射によってカメラ機能で戦機兵の視界を一時的に消失させ、その間にマンホールに忍んだ攻撃隊が直下後方より関節部を集中攻撃、自重を支えきれずに崩れ落ちたところをコックピット部位に攻撃をかけ、直接制圧するという戦法によって7機の撃破判定を取った。


しかしながら最終的には篠田の機転によってツーマンセルの徹底と脚部をやられた際に腕部を振り回すことで肉薄攻撃を退ける足掻き、潜んでいる建物を片っ端から攻撃することによって辛うじて掃討を完了させた。


この演習によって戦機兵の大きさはただそれだけで一つの質量兵器であるという脅威を再認識し、彼女らの苦肉の策も対人戦闘による実践的な手法として戦機兵運用のマニュアルに記載された。


当然、空挺団もこの挙動は予想はしていたが、実際に近づくとなるとかなりの危険を伴う為、肉薄攻撃の際の行動の再検討を余儀なくされる。


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