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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
15/56

呉 1

ー九州に避難して徹底抗戦宣言から約8ヵ月、臨時政府日本はようやく本州の一部を奪還に成功した。


下関を防衛していた解放軍前衛部隊は先の補給線分断と統合軍による定期攻勢によって物資を損耗、特に執拗なまでの火砲への攻撃によって火器を失いつつある中、そこに約三ヵ月ぶりになる統合軍の大攻勢が始まった。


士気の高い中国軍から合流した精鋭部隊が数多くいたにも拘らず、戦機兵と歩兵の混成部隊による浸透戦術でまず解放軍の通信所・指揮所を潰され、士気が低く練度も高くない解放軍及び徴用兵部隊の防衛する区画が次々と突破される。


精鋭部隊も得意のゲリラ戦術によって数個部隊を撃破するという善戦はしたものの、周囲の部隊が次々と潰走し、物資の枯渇によって遅滞も連携もままならなくなったために撤退を決意。


下関市街を焼き払いながらの個々の撤退を行おうとしたところ、市街地の損害を抑えない殲滅戦に切り替えた統合軍の動きに対処が遅れ各個撃破、残った兵士もすべて降伏した。


その後ゲリラとして破壊活動を行われないために市内では数週にわたって脱走兵を次々と摘発し、捕縛し、場合によっては射殺した。


結果、下関は損害こそ出たものの、焦土作戦を行われるよりは「遥かにマシ」といった状態で統合軍に占領されることになった。


解放された下関で恭順していた日本人はもちろん、九州の避難した国民たちは大いに盛り上がり、統合軍の戦果を讃えた。


ー戦勝ムードに浸る臨時政府のある福岡市内、篠田は夕刻に旧自衛隊築城基地にある統合軍本部を訪れていた。


統合軍本部内、地下に増設された司令部の隣にある特殊戦略作戦室。


元々は旧自衛隊の特殊作戦群及びからの直系組織であり、空挺師団と並んで最精鋭を誇る部隊が揃う中、非常に機密性の高い部隊として有名であった。


先の解放軍との戦闘で避難民撤退の時間稼ぎのために教導隊と空挺師団とで決死の遅滞戦術及び後方攪乱を行った為、本州地区における彼らの員数は大幅に損耗し、残余の隊員たちはそのまま特殊任務対応要員として統合軍に編入されることになる。


元々は空挺師団を母体としているため、その選抜方法の肉体・精神両方に多大なる負荷をかけるような苛烈かつ狭き門であったのだが、統合軍に編入し、戦機兵が導入されたことに伴い、卓越した操縦技術、あるいは戦術に対する深い造詣がある者でも選抜されるようになった。


指揮下にある32特務中隊は戦機兵主体の部隊であり、戦機兵の操縦によって才能を見出された集団だ。


「呉、でありますか」


その篠田は特殊戦略作戦室で次期攻勢予定と今後の32中隊の方針の概略を聞かされ、生返事をする。


「そうだ、解放軍の一大集積所になっている。君たちにはここを叩いてほしい」


特殊戦略作戦室の長、佐野少将は机上の地図をコツコツと指で叩く。


旧日本海軍時代、軍港のある街として栄えた地域である。


解放軍支援のため、日米海軍による哨戒の間隙を縫い、あるいは青函海峡を経由して中国本土から送られてくる支援物資は解放軍支配地の各地域に届けられている。


その中でも中国・四国地方統治維持のために供給拠点となっている瀬戸内海各港の中でも呉港は特に重要拠点と目されていた。


しかしながら彼女は下関奪還作戦後の解放軍の動向からそこを狙う必要性を疑問視していた。


「はぁ・・・、私はてっきりこのまま関西に進出して西日本を掌握すると思っていましたが」


彼女の言い分は正しい。


実際、統合軍が下関での敗残兵による焦土作戦及び撤退を阻止したことを受け、解放軍は中国・四国地方では一部を除き、占領・統治していた多くの駐留部隊を関西に戻し、守りを固めている。


最も強固で最精鋭を集めた部隊を集めていたにも関わらず、そのほとんどを失ったことが戦争慣れせぬ解放軍指導部にとっては相当な衝撃だったのだろう。


焼き払う時間も惜しいのか、元よりそれをせずとも先のミサイル攻撃時点で都市としての機能がマヒしたと判断されたか、引き払う際に焦土戦術すら行わずに関西地方に後退していった。


解放軍もそれほど人員がいるわけではないし、破壊対象がないのであればそのまま退くのが道理だろう。


なるほど全体数だけで見れば統合軍兵士の総数よりも多いことは確かだが、実情は現地徴用兵を使って水増ししている状態だ。


何度も記述してきたが、解放軍幹部麾下の部隊など、元々政治運動を行っていた下部組織と中国軍から送られてくる義勇兵以外は士気も低く、装備もおよそ近代戦を成立させるかは疑問符が付く。


まっとうに考えれば各地域が攻勢によって精鋭を各個撃破され、無為に損耗するだけなら先に関西に集めてしまって徹底抗戦したほうが遥かに相手に対して出血を強いさせることが出来、かつ撃退して機を見て押し返すことも不可能ではない。


呉には精鋭が残っているという情報が得られてはいるが、それ以外の地域は徴用兵部隊による簡易統治の形を執っている。


そして、彼ら徴用兵にも篠田らの補給線寸断行動によって元日本人でも容赦なく掃討する「虐殺部隊」の風聞が届いているということも判明している。


恐らく統治している徴用兵部隊は統合軍の進攻にさしたる抵抗もなく投降するだろう。


仮に解放軍の指示通りに抗戦の意思を見せれば、「虐殺部隊」の被害に遭うのは次は彼ら徴用兵らなのだから死にたくないがために当然ともいえるが。


戦略作戦室はそこまでを考えて彼女らを公然の秘密として、あまりに苛烈な所業も黙認し、「得体の知れない虐殺部隊を複数出している」という風評を流させ、元より低い各地の駐留部隊の士気をさらに下げることも意図していたようだ。


結果、中国・四国地方は一部を除いて事実上「もぬけの殻(・・・・・)」となり、スムーズに臨時政府日本の支配地域へと編入されるだろう、と彼女は推測しているし、統合軍参謀本部も実際そのような想定で事を進めている。


そしてもう一つは特殊戦略作戦室は当然彼女ら以外の部隊も有しており、彼女らとは異なって敵施設を無傷で制圧できるような訓練を受けた部隊も存在する。


それを内外問わずに「吸血部隊」とも揶揄されるほど乱暴な戦い方を行う32特務中隊に下知する意図が読めない。


この二点の疑問があったために、彼女は呉攻撃に懐疑的であった。


彼女の疑問を見透かしたかのように、佐野は顔を上げると、「さもありなん」といった表情で答える。


「海軍からの強い要請でな・・・。結局は施設が欲しいというのが本音だ」


「整備ドック、ですか」


呉は集積拠点であると共に海軍にとって佐世保や長崎以外のドッグの確保という問題を解消することが出来る。


現状、九州のみでの海軍艦艇の整備・補給にはそろそろ限界が来ていた。


というのも如何せん数が足りない。何せ日本全国の護衛艦がすべて佐世保・長崎のみで整備を受けられる状況だ。


ドッグの新造はしたものの、元々事変以前からそろそろ大規模整備が必要な艦も少なからず存在していた為、常に満杯になってつかえている。


そうでなくても既定の運用時間を越して対応している艦が出ている状況で、海軍からすれば新造せずともすぐに使えるドッグに加え、解放軍に徴用されている整備要員を得ることが出来る。


叶えば夢のような話であり、以前から熱望されていた内容だ。


しかしながら、だからこそ篠田は自分たちに呉を攻撃にかけることに疑念を抱いていた。


わざわざ精鋭が残っているとされる呉を突ついて徒に刺激し、彼らを退けたとしてもドックを無傷で渡すとは思えない。


それこそ本来の呉攻略の目標を失ってしまう。


「結局あそこの周りを取り戻して包囲してしまえば遅かれ早かれ陥ちるのは明白だろう。


ドッグが欲しいのは山々だが、相手が相手である以上はまず夢想にしか過ぎない。

彼らの得意なゲリラ戦も防衛目標がある以上は展開力が低く、施設の損耗を無視するなら苦労はしない。

事実、我々作戦室も参謀本部も『本来なら』攻撃の必要性は低いと判断している」


「では、何故ー」と言いかける篠田を遮り、佐野は続ける。


「一つは市中に潜伏するであろうゲリラコマンドの補給源を断つこと。

・・・そしてもう一つは関西攻略戦に失敗した際に背後を衝かれる可能性の排除だ」


奪還した地域の統治に対して付きまとう問題はゲリラ攻撃への対応だった。


中国の強大な支援があったとはいえ、解放軍の十八番ともいえるその戦術で日本は九州まで追い落とされ、雌伏の時を強いられている。


日本臨時政府の支配地域に戻った途端、彼らは少数のみ当地に留まり、徴用兵を率いて民間人になりすまし、先の日本奪取と同じような方法で無差別に攻撃行動を繰り返すだろう。


彼らの攻撃によって支配地域は更に荒れ、日本政府への不信感も増すことで解放軍によってまた制圧される可能性も浮上する。


そうさせないために下関での徹底的なゲリラ狩りを行ったわけだが、次に奪還できる地域全域のゲリラの一掃は兵力的にも困難を伴った。


下関のゲリラ狩りには篠田以下32特務中隊も参加したが、対ゲリラ掃討はいつものような後方破壊任務と異なり、奪還地域の施設破壊を可能な限り避けた当初は非常に難航した。


結局特例によって施設破壊も含めた掃討戦でようやく一段落が付いたところだ。


「そのゲリラを支援する拠点にもなりかねない」、というのが佐野の言い分であった。


「それこそ呉周辺地域をとってしまえば補給なんてできるわけがないでしょう」


「事実その通りだ。そして後者は関西奪還作戦中に我々の背後を取りに来るほどの兵力はないと見ている」


佐野は勲章が散りばめられている胸ポケットから煙草を取り出し、手元のライターで火をつけて一息入れる。


義勇軍兵が多く残っているとはいえ、関西の本体とはいずれは孤立してしまう。


呉のためにわざわざ防衛線をそこまで伸ばすことも空中母艦及び戦機兵の無い解放軍にとっては厳しい。


佐野は肺に含むほど深く吸った後、ゆっくりと紫煙を吐き出す。


「・・・どうも臨時政府内に呉在住の大物議員様がいてだな。あれこれと理由をつけてあそこを取り戻したがっている」


臨時政府日本には逃げおおせた元政治家も多く、同じ地元の避難民から一定の支持を得て政府に参画しているものもいる。


彼らの手腕、人脈、個人的な財産によって臨時政府日本は国際的な根回しによって国家の承認を得、統合軍の急速な戦機兵、空中母艦の配備も彼らの財力によって賄われてきた。


それ故にスポンサーの要望とあれば統合軍はやらざるを得ない(・・・・・・・・)


「不本意ではあるがな」


その言葉は短かったが、彼のそのため息交じりの独白は様々な意図が込められていた。


私財を投げ打っているとはいえ、自分は血を流さず、金だけ払って九州で高みの見物を決め込んでいる。


血を流すのは作戦に参加する諸兵である。


当然上官の佐野からすればいい気分はしない。


下手をすれば損耗だけを被って無駄骨にもなりかねないからだ。


しかしながら統合軍はあくまで政府直属の軍組織でしかない。


その軍組織の歯車の一部である佐野には、命令に対する拒否権はなかった。


いくら自衛隊時よりも融通が利くとは言え、この国難に未だに自分の権力を私的に用いる輩がいることが不快でしかない。


それは彼の前にいる篠田も同様の思いはあった。


「ああ。勿論君らだけで奪れとは言わない。施設制圧部隊もだす。それが本命だ」


「つまりは陽動ということですかな」


「そうだ、火は大きいほど敵は注視してくれるからな」


「人殺ししか能のない我々に無傷の制圧なんて芸当は出来かねますからね」


「はは、君を脅かしてみたかっただけだよ。反応が薄くてつまらんかったがね」


「ー委細承知しました。それでは細かな作戦は後程立案します」


疑問も氷解したところで彼女は立ち上がる。


佐野は敬礼する彼女に一目向けると机上の灰皿で先ほどまで吸っていた煙草を揉み消す。


「ああ、頼む。それとー」


「?」


「ーいや、何でもない。下がりたまえ」


「了解」


そのまま篠田は部屋を辞すると、佐野は一人になった部屋の中でクルリと椅子を回し、サッシから漏れる夕日を見つめながら先ほど彼女の言いそびれた言葉を呟く。


「皮肉にしても『人殺ししか能のない』などと思ってくれてはいかんのだがな・・・」


彼も芹沢同様、彼女らのような年端のいかない者たちが戦争で狂ってしまうことに心を痛めていた。


だが、彼はそれを彼女に言う資格がないとも思っている。


「その人殺しを命令しているのは他ならぬ自分であるから」、と。

ちょこちょこ書き漏らしている設定類をちょこちょこ追記します。


・解放軍の支配地域統治

解放軍の戦術ドクトリンは中共の薫陶を受けた為、概ねゲリラコマンドによって勝利を成しえた旧大戦における八路軍に準じている。


日本解放作戦と称されたそれはミサイル攻撃後の市街地に紛れ込み、突如として無差別殺戮と略奪を行う事で民間人を散り散りにさせ、国民保護のためにやむなく少数分散配置せざるを得なかった自衛隊を合流した中国軍義勇兵部隊と共に潰走させた。


そのまま奪取した市街地に拠点を構え、逆らったり逃げる民間人を次々と殺し、恐怖政治による統治を敷きつつ、徴用兵に対しては殺戮・略奪を黙認し、解放軍への恭順を促していった。


・航空戦力が用いられない理由

中国軍から供与された解放軍EMPパルスと統合軍による対誘導兵器ジャマーによって索敵及び精密爆撃の有効性が失われ、航空戦力が双方ともほぼ意味をなさなくなったため。


むしろ戦機兵は航空戦力相手には基本的にあまり強くはない。


とはいえ、対空砲よりも自在に陣地移動及び構築が可能かつ人型であるゆえに広範な射角取りが可能。


また、偏差射撃プログラムによってある程度の命中率は確保できるので一概に全く弱いというわけではないが、そもそもとして超遠距離からの誘導ミサイルや高高度の爆撃などに対処がしづらいため、総じて不利がつく。


実際、九州防衛の際に解放軍所属の戦闘機隊との交戦があった際は、対空運用のためにセンサー類を強化し、

CIWS及び「PAC3」を発展させた「PAC4」を携行した21型の改修機が実戦投入された。


戦機兵側は敵戦闘機から放たれる誘導ミサイルをジャマー及び「PAC4」で対応したものの、戦闘機側も誘導兵器を無力化されたことで無誘導のEMPパルス弾と通常爆弾による爆撃及び機銃掃射を戦機兵防御陣地に敢行。


CIWSの特性上、オート追尾が可能なのだが、戦機兵の携行兵器になったことで機体そのものも旋回してしまうことで護衛艦搭載のCIWSよりも「動きの無駄」が生まれ、二機目の敵戦闘機に背部を狙われ数機が撃破された。


対空散弾を搭載した機体も直接照準で狙ったものの、音速戦闘機相手には偏差射撃プログラムをもってしても撃墜は容易ならず、数機を落とすにとどまっている。


また、解放軍側も誘導兵器による攻撃の無力化されたことによって肉薄攻撃をせざるを得ないリスク

を認知したため、以降は既に記述の通り、中国からの突き上げと解放軍が来る大攻勢のために対戦機兵として戦闘機を可能な限り温存する方針になった。


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