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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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萩 6

ー部屋中に硝煙と血の匂いが混ざり合った室内はほんの一瞬の静寂が訪れていた。


峰岸と伴前は血を噴き出して机に突っ伏している長門を信じられないような目で見ている。


「な・・・、なんてことをするんだ!!」


伴前が声を荒げたことで静寂は止んだ。


「解放軍の正規の人員でもないのに!どうして撃ったんだ!?」


「『どうして撃った』と言われても、ねぇ?」


先ほどまでの無垢な少女を装う風を辞めた篠田が薄笑いを浮かべる。


「アンタらは何か根本的に勘違いしてるようだが・・・、私からすればおたくら徴用兵も基本的には解放軍と同じ『テロリスト』なんですよね」


「ふざけるな、我々は無理やり脅されて兵役に就かされたんだぞ!それをー」


伴前が言い切るより早く、彼女は峰岸に向けていた銃口を伴前に向け、躊躇いなく彼の腹を数発撃つ。


声にならない悲鳴をあげる彼を彼女は鼻で笑う。


「いつもそうなんだよ。徴用兵の類はみんなそう言う。その癖、無理やり脅された割には略奪行為や殺人を喜々としてこなすんだよ」


解放軍に捕らえられた元民間人である彼らからすれば、自分の生命保全のために解放軍に従うのが最も堅実であり、生殺与奪権を握られるが故に嫌われまいと次第に協力的になっていく。


加えてそのような常日頃から顔色伺いをしている中で、自分自身が生殺与奪権を握る側になった場合、普段から抑圧されていたタガが外れ、解放軍とどうように略奪や虐殺を始めてしまうのだろう。


特殊状況における自己保全のための合理的判断として見るならばわからなくもない。


しかしながら彼女はもっと違う意見を持っていた。


「脅されたんなら抵抗しろよ。無抵抗にはいはいと従って同じ立場だった同胞を殺しておいてよくも被害者面ができる」


篠田は腹を撃たれて悶え苦しんでいる伴前の隣に回り込み、側頭部に突き付け、引金を引く。


伴前は椅子に縛られたまま、首がだらりと垂れ下がり血を噴き出して事切れた。


「中共の手先の靴を舐め、同胞を殺してまで生き永らえた命ってのはずいぶんあっけないもんだな」


ケタケタ笑いながら、目の前で二人を殺されて顔面蒼白になっている峰岸に改めて銃を向ける。


「ま、待ってくれ!これは尋問だろう!?なんで殺す事があった!?」


「そりゃあ、まぁー、」


彼女は峰岸の質問に少し考えるように上を向き、そして答えた。


「ーそっちの方が、面白いからだろう?」


峰岸は絶句した。


当初の年端のいかないような可憐な少女のような雰囲気は鳴りを潜め、今は言葉の通じぬ得体のしれない化物のように思えた。


「こんなことをすれば国際批判は免れないぞ・・・?」


「今更そんなこと」


苦し紛れの峰岸の言葉を一笑に付す。


「まだ自分の命と天秤にかけて欲の皮を突っ張らせるか?」


「わ、わかった。教える・・・」


篠田が長門の袖で机上に広がった彼の血を拭き死体を乱暴に押しのけると、曹長が詳細な地図を広げる。


「知ってる限り補給路はここと、ここだ・・・。集積所は数か所ある」


腕の手錠が外されると、彼は震えた指で次々と経路と地点を指し示していく。


曹長が示された部分にマーカーを付けていき、篠田に目配せをする。


「それだけか」


「そうだ、他の補給路はアンタらが全部潰した・・・。ここを断ち切られれば下関の前線の供給は無くなる」


「曹長、聞いたな。あとここだけらしい、仕事が楽になるな」


「ち、ちゃんと教えたんだ、殺さないでくれ・・・」


その言葉を聞いた途端、篠田はしばしの沈黙の後、唐突に曹長に話しかける。


「ーなぁ曹長。情報は得たから少しばかり席を外してはくれないか」


「しかし、隊長一人にするわけには・・・」


不服である旨を告げようと地図から顔を挙げた曹長はぎょっとした。


今まで見たことのないような冷徹な表情をした彼女がそこにはいた。


「曹長、『俺』はお願いしたんじゃあない。命令したんだ」


篠田の急に変わった口調に曹長は強い違和感を覚えた。


普段は「俺」などとは言わない、そして殺しの時は喜々としていることはあってもこんな表情をすることもまずない。


彼女の声に変わりはなかったが、普段よりも数オクターブも低く、まるで言葉で相手を突き刺すような話し方になっていた。


「まるで人格が入れ替わった」かのようなー、そういう印象を曹長に与えていた。


「・・・了解」


曹長が資料をもって部屋を辞すると、『彼』は峰岸の前に乱暴にどっかり座る。


「お前、手を出しな」


「は?」


「机に手を広げて出せ」


「こ、こうか・・・?」


おずおずと出された右手の平に腰から無造作に抜いたアーミーナイフを突き立てる。


大きな悲鳴が部屋に響き渡る。


「はは、痛いか」


苦悶の表情を浮かべつつ、必死に引き抜こうとする峰岸の左の手の平を更に拳銃で撃つ。


乾いた発射音と共に指が吹き飛ばされ、血飛沫が舞う。


「殺さないって話じゃなかったのか!?」


「怒るなよ。手が使えなくなったところで死にはしないんだからさ」


顔を紅潮させて喚く峰岸に『彼』は銃を突きつけながらヘラヘラしている。


「それにな、お前を殺しはしない(・・・・・・)。少なくとも『俺』の遊びが終わるまではな」


「た、助けてくれ・・・」


「助けてくれ?そうかい、お前はそう言うのか、言えるのか」


全身が震えだし、涙ながらに机に頭を擦り付けて懇願する峰岸の髪を掴み、引き上げる。


「これを見ても、お前は『俺』に同じことを言うのか?」


眼前で唐突に右目の眼帯を捲り上げる。


ー赤い瞳だった。


それも鮮やかな赤ではない、濁り切った血のような赤。


その眼には輝きがなく、瞳孔は開ききっている。


目と目が合った刹那、峰岸は割れんばかりの頭痛に襲われ、脳内には大量の「記憶」が流れ込んできた。


ーとある男子が虐められているのを見ながら笑っている自分。


『彼』の書いた自由帳を引ったくり、クラスの皆の前で見せびらかし嘲笑している自分。


『彼』の言葉尻を捕まえ、大衆の面前でひけらかして大勢の前で恥をかいている『彼』を見て引き攣るほどに笑う自分。


ある女のお願いを安請け合いし、『彼』を階段から突き飛ばし、大怪我を負わせて仲間と笑い、激痛で立ち上がれない『彼』から睨みつけられていた自分。


ーその『彼』の眼は目の前で見たそれと同じく、血で濁って赤く見えていた。


「・・・知らない、俺はこんな記憶知らない・・・!!」


「そうだろうな、少なくとも『この世界のお前(・・・・・・・)』がやったわけじゃない。お前と『俺』はこの世界では今この時まで関わったことすらないからな」


「な、何を言っているんだ。本当に知らないんだ!!こんなことをしたこともない!!」


「確かにお前は『この世界』で『俺』に対してしたことはない」


そういいながら『彼』は峰岸の髪を引き、その顔面を机に叩きつける。


「だがな、それでも『俺』はお前を許さない(・・・・・・・)


「そ、そんなことで、ここまでの復讐をするのか、お前は!?」


机にそのまま擦り付けられながら峰岸はかろうじて反論する。


「するんだよ、それがな」


再度髪を引いて引き上げると、峰岸の手に刺さっていたナイフを抜き、目を突き刺す。


更なる苦悶の悲鳴が今度は長く続く。


「そう死んでくれるなよ?まだまだお楽しみはこれからなんだからな・・・」


突き刺したナイフをそのまま搔きまわしながら『彼』は残忍な笑いと共にそう告げる。


心に負った癒せぬ代償を精算するにはまだまだ物足りないのだ。


筆が乗ったので昨日に続き連投です。


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