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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
13/56

萩 5


ー「雲仙」の艦艇後方部に位置する一部の個室は元々乗員用ではあったが、避難民や捕虜収容時にも運用されている。


篠田は艦長室を辞した後、先ほど捕らえた捕虜たちのいる部屋に向かっていた。


他の者から見れば肩から掛けた士官服を靡かせ、眼帯をつけて厳かな表情で歩く様子は特務部隊指揮官としての貫禄があった。


しかしながら彼女のその表情は、捕虜のいる部屋に近づくにつれて頭痛が激しくなってきていたからに過ぎない。


雲仙艦医である松本に処方された精神安定剤と頭痛薬を服用してようやく日常程度に強い頭痛まで弱まる。


彼女はこの発作的な頭痛の度に大抵は強烈な悪寒と強い苛立ちを覚えているのだが、士官である手前、あまりそれを周りに見せるわけにもいかない。


故に口を真一文字に結んでしかめっ面をしてみせることで辛うじて表情を抑えているというところだ。


捕虜の男たちが収容されている部屋の前には監視として特務中隊の伍長が立っていた。


伍長は彼女に気付くと敬礼し、彼女も返礼で答える。


「様子は?」


「はっ、准尉と曹長が対応しています。やはり現地徴用兵でした」


「だろうな、それでどこまで話した?」


「最初はいくつか話していたのですが・・・」


伍長が言葉に詰まりだしたことと、中から聞こえる捕虜たちの怒号で何となく状況を察する。


ドア外から聞いていた彼が半分困惑しながらも語るところによれば、「彼らにしてみれば無理やり解放軍に徴用され、作戦に従事させられたという自身の哀れな境遇を延々と語り、

情報を得ようとするも自身の待遇を改善しない限りは話さない」という。


「同じ日本人で被害者である我々を捕虜扱いしてどういう了見だ」、というのが彼らの言い分だという。


「なるほど、お気持ち語りと要らぬ欲を出しているわけだ」


「どうしますか・・・?」


「私がやろう、准尉には下がってもらう」


「隊長がやるのですか?危険なのでは・・・?」


「手錠もつけて拘束しているんだろ?それにこれ(・・)もある」


彼女は笑いながら自身の脇に提げた拳銃をつつく。


伍長にしてみれば彼女の身の安全もさることながら、捕虜のことについても懸念していた。


彼女の性格上、捕虜の五体満足は保証されないのを知っていた。


しかしながら彼らの自分だけが被害者面している身勝手な言い分に呆れ、若干の怒りを抱いたのも事実であり、隊長の命令に逆らうだけの反論もなかったので部屋の扉を開く。


ー中では三人の男が手錠で椅子に固定され、卓を挟んで准尉が質問し曹長が内容を記録していた。


「ですから、補給基地の居場所を知っているのなら教えていただきたいのですが・・・」


「ふざけるな!まずはこの手錠を外してからだろうが!同じ日本人だし、我々は被害者なんだぞ!?」


なるだけ穏やかな口調でもう何度目か分からない質問を准尉が尋ねるも、男たちは声を荒げて口々に「手錠を外せ」と喚きたてる。


「規則なのでそれはできかねます。それにあなた方は徴用されたとはいえ解放軍兵士だったわけですから。現状一般人のような扱いにはできかねます」


「お前、それが同胞に対する態度か!?我々は望みもしない兵役を課せられたんだ。なりたくて兵士になったわけじゃない!」


彼らの言い分もあながち間違ってはいない、しかしながら規則を破ってでも手錠を外したところで彼らの性格からしてまた別の要求をしかねないと准尉が頭を抱えていたところ、篠田がノックをする。


対応していた准尉は扉を出て、彼女に敬礼をする。


「ご苦労准尉。大方の話は伍長から聞いた。あとは私に任せて君は下がっていたまえ」


「しかし隊長、彼らとは数時間同じ内容を確認していますが、取りつく島もなく・・・」


「ああ、大丈夫だ。私が一人で尋問する。ところでー、」


ふと部屋を見遣って篠田が尋ねる。


「ここは防弾がきちんとなされているかね?」


まるで明日の天気でも聞くような声色でそんなことを聞いてくる彼女に准尉は怖気がさした。


「一応、貫通も反射もしないかとは存じますが・・・」


「結構、では後はやるから君たちは休んでいてくれ」


笑顔で准尉の肩を叩く。


だが、目は笑っていない。


彼は曹長と顔を見合わせた後、部屋の好き放題喚いている三人を気の毒そうに少し見遣ってからその場を辞する。


「さて、と。」


彼女が室内に入り、先ほど准尉が座っていた椅子に静々と座る。


この方々(・・・・)の名前は?」


曹長は顔をしかめてちらりと彼女を見遣るが、彼女は彼を見向きもせずに尋ねる。


「はい、左から峰岸、長門、伴前です」


「そうですか。お三方様、私は統合軍所属の篠田です。准尉殿(・・・)の代わりにご質問させていただきます。どうぞよろしくお願いしますね」


相好を崩しながら頭を下げる彼女に対し、彼らも幼い見た目の女性相手とあってかほっとした表情をする。


どうやら先ほどの准尉よりも階級の低い、傷病の年少兵が来たと思っているのだろう。


「やっと聞き分けのよさそうな子が来てくれた。あんた、篠田さんとか言ったな。まずは聞きたいなら我々の手錠を外すことが先決じゃねえのか?」


「ははぁ、なるほど。確かにあなた方の言う通り、元民間人に手錠をかけて拘束するのはあまり理性的ではないですねぇ」


彼らの准尉にも言い続けてきた要求に対し、おどけながらも彼女は同意する。


「しかしながらこの話が終わるまでは辛抱いただきたく・・・。もし私の質問に答えていただけるなら手錠はもちろんのこと、客人として九州でお迎えし、高待遇もお約束いたします。それでいかがでしょうか?」


「ほうほう?話せば俺たちゃいい生活ができると?」


真ん中の長門という大男が身を乗り出す。


「ええ、ええ。勿論ですとも」


追従笑いを浮かべながら、相槌を打つ彼女。


しかしながら曹長は横目で見ながら、彼女が先ほど准尉に見せたような「目が笑っていない笑み」であることを感じていた。


「しかしなぁ・・・」


ここで両隣の伴前と峰岸が難色を示す。


「結局話したら話したでそのままおしまい。口約束で履行されるとも限らないよね?」


「そうだそうだ、我々は解放軍でも同じような誘い口でやらされたが、結局恩賞なんてあいつらのお手製の意味のない勲章とどうでもいい訓話だけだったぜ」


「ああ、左様でございましたか・・・。心中お察しします」


「そこで、だ。お嬢ちゃん」


大柄な長門がさらに身を乗り出して篠田の眼前に顔を突き出す。


「あんたが手錠を外してくれりゃいくらでも話してやるよ」


「ついでにあんたが俺たちを癒してくれればもっといい情報もくれるんだがね・・・」


両隣も下卑た笑みを浮かべながら彼女に言い寄る様に曹長は嫌悪感で顔をしかめる。


「癒し、ですか?」


しかしながら彼女は「わからない」といった風に首をかしげていた。


「そう、俺たちは兵士になってから女日照りが続いてよ・・・。嬢ちゃんみたいな傷モノ(・・・)でも喜ぶってもんさ」


「・・・つまり、私があなた方の性的接待をすれば情報をいただける、と?」


口を抑えながら驚いたような表情を取る篠田。


その顔を見て三人は「押せば御しやすし」と思ったか、口々にまくしたてる。


「俺たちは被害者なんだぜ。解放軍とやらに酷いことを強要されてPTSDなんだ」


「なぁ、まずは手錠を外してくれ。話はそれからだ」


「そうすりゃ必要なことをある程度教えてやるからさ。それから先の話はー」


彼らは口々に好き放題要求をまくし立てている中、彼女が笑顔のまま自然と左手を自身の右脇に入れ、ホルスターから拳銃を引き抜いていたことに気付かなかった。


最後の大和が篠田の顔を舐めんばかりの距離に顔を近づけ、下卑た笑いを浮かべながら彼が続きを言うより早く、篠田は「S&W M&P9」のスライドを引いていた。


「・・・え?」


ー彼が額に突き付けられているそれ(・・)が何なのか理解するより先に、乾いた音が室内に響いた。


ほぼゼロ距離で彼女の銃から放たれた9mmホローポイント弾は彼の脳内で弾頭が急膨張し、広域に渡って治癒不可能な著しい損傷を脳に与えた後、彼の脳髄の一部を巻き込みながら後方の壁にぶつかり転げ落ちた。


長門という男は何が起こったか分からないといった表情で目を見開いたまま、銃創から大量の血液を噴き出し机に突っ伏す。


何が起こったか理解できない残りの二人は口を開けて呆然としている中、篠田は先ほどの作り笑いは何処へやら、先ほど長門を撃った得物を峰岸に向け、「いつもの」笑みを浮かべる。


「さて、補給路の情報を知っている限り、教えてもらおうか」


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