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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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萩 4


ー解放軍補給基地を殲滅後、32特務中隊は朝靄がかかった萩のとある山中にて彼らを回収可能な高度まで降下してきた「雲仙」に無事収容された。


道中、解放軍偵察部隊との散発的な戦闘はあったものの、後方かつ小規模な歩兵部隊の相手は造作もない。


容易く蹴散らして追撃部隊の前から行方をくらませている。


篠田は他の隊員たちが無事収容されたのを確認してから、彼らと同じように雲仙艦底部から降ろされた昇降用ワイヤーに22型を載せて昇る。


靄の中、篠田は眼下の山々を見遣る。


元々人口が多い区域ではなかったため、ミサイル飽和攻撃の対象から外れ、解放軍も市街地中心での破壊活動だったので緑地が残っている。


まともに標的になった関東近辺の山岳地帯などは山の形が崩壊し、土砂崩れが頻発、常に地層が露出して赤茶けた風景が広がっているという話だ。


解放軍というふざけたテロ組織を使って侵略を行い、大量に核を含めたミサイルを撃ち込んだにも関わらずに当局は「国土安全保障のための先制攻撃」という理屈で日本とは交戦状態にないと白々しくも発表している。


誰が見ても明確な侵略行為であったが、国連を含めた国際社会は沈黙していた。


ー日本がここまで追い込まれてしまったのは、中国の権力や金が世界を蝕んでいたというのが大方の見方であったし、概ね間違っていない。


加えて国連は中国が常任理事国であったため、軍事介入の決議が行えなかった。


ただ、彼らも手をこまねいていたわけではなく、本土からのミサイル攻撃については遺憾の意を示し、中国本土からの解放軍支援については義勇軍も含めてすべて介入禁止をさせる措置を取ってはいる。


これらについて、共産党本部は不快感を露わにしたものの、今更宣戦布告をしてしまえば錦の御旗は日本にあるとして敵対状態にある隣国や欧米諸国の反発を招きかねず、中国軍もネズミ輸送による秘密裏の解放軍支援のみにとどまっているのが現状だ。


臨時政府でも中国の侵略行為と繰り返し国際社会に向けて発信しているものの、中国との軋轢を恐れて九州に物資や資源のみの輸送による支援が最大善処であった。


とはいえその物資や資源もすべてが無償ではない。


戦時国債を発行してそれらは物資支援で賄えない資源と戦費を確保しているのだが、九州で停滞が続けば国債の信用価値は下がっていくのは明白で、本州の一部奪還は早急に行われるべき課題でもあった。


ー雲仙に収容された32特務中隊の面々は機体を降りた後に各々の整備士に機体状況を伝えた後、自室に戻っていく者、報告事項のために格納庫に残る者、作戦会議室でたむろして駄弁る者とさまざまである。


篠田は機体を降りた後、整備兵に対して簡潔に機体の状況を伝え、会議室に入って報告書をすぐに書き上げると艦長室へと向かう。


数回ドアをノックし、「入れ」という短い返事が聞こえた後、ドアを開いて艦長に対面する。


「篠田大尉、入ります」


「うむ、座り給え」


艦長室では芹沢大佐が執務机にて先ほど送付した報告書を読んでいるところだった。


一礼しながら執務机の前のソファに座り、士官服のポケットから煙草を取り出して咥える。


いつものことながら特に断りもなく吸い出す彼女だが、芹沢にしても特段気にせずに報告書を読み続けていた。


「大尉、今回は捕虜を取ったそうだな」


「ええ、物資集積施設の場所を吐いてもらった方がこちらとしても手間が省けるので」


普段はそのようなことを考えもしないように躊躇いなく殺す彼女の言い分に若干の違和感を覚えつつも、「どうせいつもの気まぐれだろう」と彼は思った。


事実、彼女の気まぐれは兵士たちの間でも有名だった。


一人残らず殺す命令をしておきながら、運よく生き永らえた一人を見逃したり、今回のように捕虜をとってくるなども一度や二度ではない。


篠田自身、その「気まぐれ」と言われる行動については自分の中できちんと線引きをした結果であるが、如何せん普段の仕事ぶり(・・・・)のために勘違いされることが多い。


「今後とも可能な限りそうしてほしいとは思うが、まぁいい」


解放軍に対しては芹沢も怒りは覚えているものの、投降した者も嬲り殺すような無益な殺生は職業軍人である彼は望んでいない。


生存者の殺戮については前に記した通り、秘匿性と見せしめを含めた特殊作戦室の意向ではある。


だが、既に解放軍や中国では認知されているため、後者についてはあまり意味のない命令だとも思っている。


「それで、彼らに尋問するのも君だと?」


「ええ、その方が手っ取り早いですし」


統合軍にも対捕虜に対する扱いは、捕虜を取った部隊から情報部に引き渡され、尋問の仕事は当該部隊によって行われることになっている。


しかしながら特殊作戦室麾下の場合は、急を要する場合も含めてそれらの手続きを省く権限を有している。


実際、下関攻略は早急な目標として設定されており、過去の下関奪還作戦目標を達せずにいたのは絶え間ない補給によって解放軍のゲリラ的戦術が統合軍本隊の制圧を悉く妨げ、撃退していた要因がある。


次に控えた第5次作戦では補給路の殆どを断った上で侵攻する確実なプロセスを踏む関係上、可及的速やかに情報が求められるのも事実だ。


「今まで散々虐殺しておいてその言い分は通らない」とも批判されかねない内容ではあるが、どのみち作戦室の意向が当初は最優先されている。


また、統合軍の敵補給路に対する見積が甘かったためにやむを得ず捕虜を取って情報を得るという手段に頼らざるを得ないことという理由づけはできる。


加えて捕虜における扱いとその尋問についてのノウハウが母体になった旧自衛隊になく、ましてや統合軍にもない。


恐らく尋問している間にも次々と敵の新たな補給線を構築されていくため、これ以上のモグラ叩きでは32特務中隊のみでは対応できず、新たに部隊を割く必要性が出てくる。


結局のところ、篠田の気まぐれだろうとそれを追認せざるを得ない状況になってしまっている統合軍の内部事情が原因の一端にあるわけだ。


「現在ある補給線を叩いて、その後に下関に侵攻できるのはおおよそ一週間だな」


芹沢の予想は概ね正しかった。


統合軍の下関に対する間引き作戦で重点的に火砲の集中している箇所に攻勢をかけ、ある程度の損害を与えてから順次退却していくという手法によって敵守備隊は少しずつ疲弊し、物資を消耗させていっている。


これを支えるために解放軍は複数の補給路を構築して常に増員を続けてきたが、32特務中隊の補給路殲滅によって守備隊の武器弾薬類の備蓄が危うくなってきたとみている。


それでも、細々と補給が続いている関係であと何回かの大攻勢は耐えられるほどの人員と弾薬は有していると芹沢は見ているし、篠田も同じ判断でいた。


「おまけに都市部の被害を抑えながらとなると敵に撤退をさせない速攻を選ぶ必要がある」


彼女の言葉に芹沢は頷く。


彼らは、仮に攻勢に耐えられずに奪還されるとしても彼らは焦土作戦によって都市機能を喪失させた上で明け渡す肚積もりであるのは過去の大戦の経験則上あり得る話だ。


下関には彼ら以外にも脱出に失敗した民間人は少なくない。


その犠牲を無用に出さず、住まう土地を失わせないためにも守備隊がゲリラとなって散発的な抵抗をさせずに一気に掃討してしまう必要がある。


そのための補給路遮断であった。


「先の作戦で大規模補給基地は叩いた。あとは補給部隊の掃討と再構築されつつある集積所だな」


「それを彼らに吐いてもらうわけです」


この後の楽しみを思い浮かべたか、彼女の笑みは戦機兵に搭乗しているときのそれになっている。


「相変わらず悪趣味な笑い方をする」と芹沢は呆れながら士官帽を深く被り直す。


彼女のこの危うさがいずれ彼女やその部下たちの足を掬わなければいいとは思っているが、口には出さない。


この部隊の特殊性は彼女の天職らしく、今の今まで作戦内容自体に下手を打ったことはない。


しかしながら芹沢から見ても年齢不相応の顔立ちもさることながら、その幼児が無邪気に虫をいたぶるように人を殺す事を楽しんでいることは彼女の精神的な未熟さを表しているのではないかと思っている。


彼の推察は半分は当たっている。


だが、彼女が現在のような正確になったことについてはもう一つ大きなものが存在していることを彼は知らない。


雲上の日差しが窓から差し込みだす。


「それでは今から対応します」


篠田はそう告げて立ち上がり、芹沢に敬礼をする。


彼も彼女をちらりと見遣り、敬礼を返したところで彼女は踵を返し、艦長室を辞した。

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