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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
11/57

萩 3

ガラクタ(・・・・)をある程度片付けたのち、32特務中隊は爆破作業によって物資の破壊を行う。


とはいえ、彼らにとっての爆破作業は戦機兵でナパーム弾頭のグレネードを物資に叩き込むだけである。


荒っぽいものではあるが、施設を徹底的に破壊している為、補給施設の機能喪失という目的は果たしており、ここの再建について1ヶ月は見込めない。


もっとも、この対応は通常部隊ではご法度とされている行為だ。


だが、特務中隊は前述の通り任務の特殊性から黙認されている。


一般部隊は日本奪還を掲げ、なるだけ市街地の建物に被害を被らせないが故に膠着状態に陥っているという見方もある。


手段を択ばないならとうの昔に中国地方程度なら奪還していただろうとも言われるが、スポンサー・・・・・への下関で戦線が停滞している状況だ。


正直なところ、この命令そのものが日本奪還のための足枷にすらなっている。


当然、統合軍としても市街地戦における対人兵士からの少なくない損害を鑑みると、あまりに合理的でないと認識はしている。


しかしながら、各国からの臨時政府の支援を漕ぎ付け、根回しをした旧官僚たちの意向がこの非合理的なお触れ(・・・)を強制させている。


彼らは自分たちのコネクションと元々あった肩書によって各国の協力を取り継ぎ、統合軍の設立や戦機兵量産にも一役買ったのは確かだ。


彼らは元ある日本をそっくりそのまま取り戻したいという子どものような理屈で市街地の被害を抑えるように厳命している。


中国の弾道ミサイルによる飽和攻撃で跡形も残らない地域がある中、今更かと思わなくもない。


それが土地を追われ、九州まで避難してきた者たちも同じように残してきた家や家財などに執着を抱く者が多く、統合軍としてもおいそれと邪険にはできない。


だが、彼らのともすれば幼稚ともとれる我儘のために流れている血は彼ら自身のものではなく、前線で戦う将兵の血で贖われる。


そういった人々はこの非常事態においても自身の力で何かをしようとはしない。


命惜しさに九州まで言われるがままに逃れ、与えられるがままに当面の衣食住を与えられ、国に何かを還元するわけでもなく、元いた場所を壊さないでほしいと声を上げながらともすれば奪還に手間取る統合軍を非難している。


士気こそ衰えなかったものの、一般市民の身勝手な言い分に辟易あるいは嫌悪している者は少なくない。


そんな中にあって32特務中隊のみが施設の徹底破壊や虐殺などの工作活動を黙認されている状況で、市民に文句を言われようとも建造物を可能な限り破壊しない作戦方針を採っている通常部隊からすれば白眼視されるのも致し方ない。


彼らとて人間である。


守るべき相手に疎まれてはやるせないし、その捌け口を32中隊に向けるのは致し方ないことだった。


それはそれとして彼女ら中隊の面々も特殊作戦室内ならともかく、軍内での評判がすこぶる良くないのは認識していた。


だからといって目の前の任務に手心を加えるつもりもないため、物資破壊を作業的に行う。


集積所にある解放軍の物資は略奪することはない。


というのも武器弾薬に関しては統合軍の規格と合わず、食料や医療物資に関しても中国製の劣悪な見切り品(・・・・)がほとんどの為、奪取したところで旨味がない。


結局再利用されないように破壊するぐらいしかやることがないわけである。


物資の破壊作業中、彼らは潜んでいた何人かの兵士たちをまとめてナパームで焼き払い、制圧から10分も足らずに粗方作業は終わろうとしていた。


ー篠田は部下に物資破壊を任せ、機上で黙々と施設内に残っているであろう残党狩りを行う。


どのみち外に出ている人員を殺しつくし、建物もほとんど機能喪失させている時点で目撃者の口封じは為されているようなものだが、趣味と実益と称して内部に残った人間も殺していた。


彼女の悪趣味に合わせた訳ではないが、22型の対人センサーは一般部隊のそれより精密で、建物や瓦礫の中だろうとある程度は補足可能である。


見つけるたびに篠田は口角を歪ませ、戦機兵のトリガーを引かせる。


できることなら一人ひとりを引きずり出して時間をかけていたぶって殺したい。


戦機兵の両の手で命乞いする彼らの体を掴んでどの程度(・・・・)で引き千切れ、どのように保身に薄汚れた臓物を無様にまき散らすか見てみたい。


倫理観が完全に破綻した強い嗜虐衝動が戦闘中の彼女の闘争心の根幹にはある。


しかしながら、今の彼女にそのような屠殺をする時間はない。


グレネード弾で相手のいる建物ごと吹き飛ばして片付ける事に少なからずの不満を感じている。


無論、任務と割り切っているが、彼女の中にはそういった衝動が燻っている。


完全に倒壊しきってない建物にセンサーが生体反応を認め、無造作にAMP-7を向けると、窓から人が現れる。


3人の男が怯えながら白いシーツを振りかざして投降の意思を見せていた。


彼らの中の真ん中にいる男をモニター越しで黙認した瞬間、篠田は強烈な頭痛に襲われた。


刹那、彼の見下したかのような表情と嘲笑がありありと脳裏に浮かんだ。


まるで昨日のことのように覚えている、忘れもしない屈辱の記憶。


彼女自身、彼との面識はない(・・・・・・・・)


それなのにさも実際に遭ったこと(・・・・・・・・)のように情景が浮かび上がり、得体のしれない強烈な憎悪に包まれる。


ーああ、いつものか。


頭痛に苛まれながら、彼女は確信する。


いつもの「ありもしない記憶(・・・・・・・・)」を見た際にほぼ必ず起こる発作だ。


頭の中が灼ける様な痛みの中、操縦桿を握ってAMP-7を突き付ける。


途端に及び腰になり、更に必死に白旗代わりのシーツを振り回す。


恐らくは徴発された日本人義勇兵だろう、よほど命が惜しいと見える。


普段なら一も二もなく殺すのだが、篠田は別のことを考えていた。


何かを察した准尉が機をこちらに近づける。


「隊長、どうかされましたか」


「投降兵だ。こいつらは捕虜にする」


「・・・承知いたしました」


普段とは違う苦々しく答える彼女の声に「ああ、発作か」と理解すると、投降兵に向けて戦機兵の手を差し伸べる。


「乗れ」


スピーカー越しに眼前の巨人から発せられた声と手に驚きつつも、彼らは心中首を傾げた。


てっきりこの場から逃がしてくれるかと思っていたようで、捕虜という対応に狼狽していたのだ。


しかしながら中央の男が隣の男を小突き、手の上に乗るように促したことで一人がおっかなびっくり手の上に乗り、

他の二人も数十秒してから何もないことを確認して手に這いつくばりながら乗る。


「このまま収容時に保安部に引き渡しても?」


「構わん、しかし尋問は私が行う」


有無を言わせない彼女の答えに「了解」とだけ頷き、三人を乗せた准尉機は合流地点へと先んじて移動を開始する。


他の部隊員も大方片付いたと見て、

念のため再度ナパーム弾を用いて一帯を焼き払っているところだった。


捕虜の三人が離れたところで、ようやく彼女の発作(・・)は収まりかけていた。


「よし、片付いたな。離脱して合流地点へ向かう」


隊長の役割として各員の作業終了を告げ、最後に辺りを一瞥すると、

瓦礫の中からわらわらと手を挙げながら生き残りの日本人義勇兵が出てくる。


「助けてくれるのか、おおい」


「俺たちは無理やりやらされたんだ、九州に連れて帰ってくれ!」


どうやら先ほどのやり取りで生かしてもらえると思ったらしく、口々に日本語で助けを求めていた。


彼らの方に無造作に向き直ると、腰部搭載のハンドグレネードを取り、彼らに放り投げる。


希望の表情から一転、グレネードから飛散したナパーム材が彼らを覆い、業火で焼かれた途端に彼らの救いの声は絶叫と悲鳴に変わった。


「虐殺に迎合した奴を許せるわけがないよな・・・?」


スピーカー越しに彼らにそう言い放つも、彼らは既に聞く余裕はまるでなく、体に纏わりつく炎を払おうとのたうち回り、やがて力尽きていった。


先ほどまで頭痛に苦しんでいた苦悶の表情は何処へやら、彼女の口元には再び残忍な笑みが零れていた。

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