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虚ろな夕暮れ  作者: 白石平八郎
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プロローグ

ー夢を見た。


木々は芽吹き、人々は暖かな陽気と共に新たな船出をはじめるそんな季節。


桜の一片が花冠を離れ、茜色の空に舞う。


淡い朱色の花片は、風の赴くままに流され、閑静な住宅街の一角に降りてゆく。


その住宅街の中、街角の一角に一組の男女がいた。


そこには春の終わりを唐突に告げられた一人の男が慟哭していた。


こんなはずじゃなかった。


この先ずっと、最後の一瞬まで共にあることを望んでいた。


どれだけ周りに諫められようとも、どれだけ心労に悩まされようとも。


それだけは変わらぬ将来と決めていたのに。


こんな未来は望んでいなかった。


男にとって、それだけが将来であり、未来だった。


裏切られぬという自分本意な予測だけで生きていた。


その浅はかな根底が崩れ去った今、男に残ったものは空虚と絶望だけだった。


人並みの幸せすら得ることが出来ない人生など、生きている意味があるだろうか。


人間の出来た他人は言うだろう、

「それでも、生きていることが偉い」、と。


だが男には耐えがたき苦痛だった。


「生きていること」なんて誰にとっても当たり前で、取るに足らない大したことのないこと。


それに偉いも何もなく、「当然」でしかない。


当然に偉いもへったくれもない。


生まれてから死ぬまでに何かを成すことが男児たるものの生き方だと学んだ男に、

「当然」の事で称賛されることは生き恥をさらすも同義だった。


目の前から立ち去っていく女を止める術もない男は、ただ立ちすくみ、微動だにしない。


涙もなく、魂が抜かれた虚ろな表情のまま、その後姿を目で追っている。


やがて女は暮れの中に去っていき、見えなくなった。


どうすることもできない喪失感のまま、男はおもむろに空を見上げる。


茜色に染まった空はもうなく、夕闇が世界を包んでいた。


光がそのまま閉ざされていくような、そういう夜だった。


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