06 ワケワカラナイヨ
どうして私は大地をぶん殴ったのか。もちろん故意ではないし無意識で殴っていた。
そういえば、ぶん殴る直前に大地が何か言ってたような……。
確か……「我が名はクロノス」とか……うん、そんな戯言をほざいた大地が悪い。
それに殴ったのはひょっこり顔を出した前世の私であって、今の私ではない。
まあ、何が言いたいのかというと、「私は悪くない!」ということだ。
「大丈夫? 大地兄ちゃん?」
「っ! あぁ、痛いが大丈夫だ神楽。凉珠! いきなりぶん殴るなんて酷いではないか!」
文句を言って大地が起き上がる。私がぶん殴ったであろう左頬の辺りは少し赤くなっている。
故意ではないけれど、殴ったことには変わりない。ちょっとだけ良心が疼かなくもない。
「ごめん。だけど、こんな状況で変なことを口走った大地も悪いんだからね」
「変なこと?」
大地は顔に疑問符を浮かべている。まるで身に覚えがないみたいに。
「我が名はクロノスとかなんとか言ってたでしょ」
「ん? ああ、そのことか。何も変なことはないな。事実であるし」
「はい?」
今、大地はなんて言った? 自分のことをクロノスだって? まったく笑えない冗談ね。
ほら、神楽ちゃんもポカンと呆気に取られているよ。
「フッ! 驚くのも無理はない。我は時間神クロノスの生まれ変わりなのだからな!」
芝居がかった口調と仕草で大地がまたもや戯言を言い放つ。
しかし、私自身ウラノスの生まれ変わりなので、笑い飛ばすことができない。
それにしても、我ってアンタ……それに時間神? 前世の私の息子だったクロノスは「大地と農耕の神」だったはず……別神?
「……大地兄ちゃんもコスプレと同じ時間神クロノスってこと?」
「フフフ、そのとおりだ。まさか自分のコスプレをするなんて思ってもみなかったがな」
神楽ちゃんの言うとおり、そういえば大地のコスプレって時間神クロノスだったわね。それに私だって娘のコスプレをするなんて思わなかったよ。
だけど本当に大地は時間神クロノスの生まれ変わりなのか。私と大地の境遇は酷似しているし信じてもよさそうだが、どうしてもそれは違うと思えてならない。
こんなとき前世の私であれば、その者の本質を見抜くことができたのに……。
名前:玄野大地
種族:人間 男
……そんなことある? しかも情報量少ないし知ってるよ!
突如、脳裏によぎった情報に悪態をついてしまっても無理はないでしょう。
いや、でも前世に比べればレベルダウン著しいけど、権能が使えるようになっているのはいい。それに、集中すればもう少し情報を引き出せるかも。
そう思い至った私は、大地を視界に捉えてジッと見つめて集中する。
「ん? どうしたのだ涼珠。そんなに我を見つめて……」
途中、神楽ちゃんと話していた大地が私に気づいたのか、こちらに振り返って言葉を投げかけてくるけど、気にしている暇はない。
視線が重なったと感じた瞬間、新たな情報が見えたのだから。
こ、これは!?
特殊:大地と農耕を統べる者
時間神クロノスの加護
……どういうこと? もうちょっと詳しく分からない? というかややこしいよ!
だけど自分自身に加護を与えるなんてことはないだろうし、つまり……
「時間神なんて嘘じゃん!」
声を発するのと同時に、私の右拳が大地の顔面にまたもや勝手に吸い込まれていく。
気づいたときにはもう遅い! 私の拳は止まらないし止められない!
当たる! そう確信したその瞬間、バシッと手のひらで受け止められた。
私は驚愕するも、受け止められた右拳はすかさず両手で包まれ、大地の顔が至近距離まで近づいてくる。
って、近い近い近い!
動揺するも次の瞬間、さらなる衝撃が私を襲った。
「なんて美しく可憐なんだ……! 身近にいながらなんたる不覚! どうか我と結婚してくれ! そうだな、子供は女の子三人は欲しい」
……ワケワカラナイヨ!
お読みいただきありがとうございます。
流行り? の「もう遅い!」を取り入れてみました。
え? 使い方が違う?