01 不思議な夢のデジャブ
ああ、これは夢ね。
私は即座にそう思った。
なぜならば、鏡らしきものに映る自分と思わしき人物が、堀の深い精悍な顔立ちで髭をふさふさに生やした初老を迎えた異国の男性だったからだ。
しかも体つきは筋骨隆々で純白の衣の上からもそれがうかがえる。
何やら見せつけるようにポージングまでしている。
私は何を見せられているんだろう。まさか、こんな人物への変身願望があったとでもいうのだろうか。
確かに私自身、ちょっと男勝りなところがあるかな……と思わなくもないけれど。
因みに、鏡らしきものと例えたのは普通の鏡とは思えなかったのだ。なんせ宙に浮いているし、男性が不思議な力でどこからともなく取り出したのだ。
まあ、夢だからだと切り捨てればそれまでだし、なんでもありだけど。
やがて、男性は満足したのか鏡を何処かにしまうと、空間を破って外に出た。
私は男性の視点となっているので、あたかも自分がそんな超常現象を起こしているのだと錯覚しそうになる。
外は夜なのか辺り一面は暗い。
「今宵も良い空だ」
男性が太く渋い声を響かせて視線を上げる。私の目に映ったのは、十五年の人生で見たこともない満天の星空であった。
「まさに空中遊泳日和だな」
思わず感動しているところに投げかけられた言葉。
視線が戻り次の瞬間、超スピードで移動し始めた。生身で空を飛んで。
しかも興が乗ったのか、急上昇急降下、回転を加えたり宙返りしたりのトンでもアクロバット飛行だ。
私は十五年の人生で体験してきた絶叫マシーンたちが霞むほどの恐怖体験を味わうのだった。
というかジェット機のアクロバット飛行よりも酷いでしょ。乗ったことはもちろんないけど。
男性はしばらくアクロバット飛行を楽しんだ後、満足したのか普通に飛び始めた。それでも超スピードだけど。
私はというと、身体的には問題なくても精神的にはグロッキーだ。それでも、なんとか耐えきった自分を褒めてやりたい気分になる。
どうにか気持ちを落ち着かせていると、地上に向かい始めた。
どうやら目的地があるようで、ただ単に空中遊泳を楽しんでいた訳ではなかったみたい。
そんなことを考えているうちに、あっという間に地上に降り立った。周囲に明かりはなく真っ暗で、星々の輝きで空のほうが明るいくらいだ。
こんなところに何があるのだろうかと思っていると、男性は当然のことだとばかりに空間を破って入っていく。
空間破りはこの人のお家芸なのですね。分かります。
私もこんな能力を使えたら便利でいいのになぁ、欲しいなぁ。
などと夢見がちなことを思っていると、落ち着いた雰囲気の気品ある部屋が目に入ってきた。
そして、やや視線が動くとそこには天蓋付きのベッドに腰掛ける、純白の衣を纏った一人の女性が目に映る。
思わず見とれてしまうほどのグラマラスな美女だった。包容力がありどこか神秘的とさえ思わせる。これぞ大人の女性の究極系なのかと圧倒された。
「待たせてしまったかな。我が妻よ」
「いいえ、大丈夫よ。それよりも、女の部屋に空間破りで入ってくるのは褒められたことではないわ。ちゃんと入り口があるでしょう」
「今宵は愛する妻からの誘いであったからな。つい気が急いてしまったのだ」
どうやらこの二人は夫婦のようだ。重なる視線、何やら甘い空間が展開されていくのを私は幻視する。
女性の顔が近くなる。巌のような腕が女性の腰と背中を優しく抱き、唇が重なりあう。そして、そのまま吸い込まれるようにベッドへダイブした。
甘い空間は幻ではなく現実だった。夢のはずだけど……。
えっ!? ちょっ! ま、待って! ど、どどどどういうことなのぉお!
私は混乱した。あまりの急展開に追いつかなかった思考が回りだす。とっさに目を逸らそうとするもできなかった。私の視点イコール男性の視点だからだ。
「知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない!」とでも言われている気分だ。
女性の妖艶な喘ぎ声をBGMに、「俺様の美技に酔いな!」と言わんばかりの洗練された技の数々をこれでもかと強制的に見せつけられる。
思春期の私にとってあまりにも刺激が強すぎる。興味なんてないと言えば嘘になるけど……。
それにしてもこれはあんまりでしょ!
まさか、自分でも気づかないような内なる願望があるとでもいうのか。
やがて、オーバーヒートした私は思考を放棄した。齢十五にして無我の境地に至ったのだった。
どれほどの時間が経ったのだろうか。男性の視界が閉じているのか、何も見えない。
しかし、音は聞こえるようで、おそらく男性の寝息だろう。どうやら私が悟りを開いている間に、疲れて寝入ったみたいだ。
そりゃそうだよね、あんなアクロバットな技を次々に繰り出してたら……いや、やめよう。思い出してはいけない。
心に封をして落ち着きを取り戻した私は、状況を整理してみることにした。
間違いなく先ほどの夢を見続けている。ショッキングな出来事があったのだから目覚めてもいいとは思うが、その兆しはなさそうだ。
それに衝撃的な展開が続いたからか、先ほどまで気づかなかったことがある。
自分でも理解できないが、どこか既視感を覚えて仕方がないのだ。空間破りも空を高速飛行するのも、あの女性にしても……。
…………っ!!
マズイマズイマズイ! なぜかは分からないけど嫌な予感がする!
抱いた既視感に悩んでいると、突如背筋が凍るような焦燥感に襲われた。
その焦燥感は治まることなく、このまま寝入っていては取り返しのつかないことになるという既視感とともに強まる一方だ。
しかし、私にできることは成り行きを見守ることだけ。歯がゆい思いをしつつ、しばらく焦燥感に耐えていると不意に小さな物音が聞こえた。
その瞬間、最大級の警鐘を打ち鳴らした。
男性も物音に気づいたのか目を覚ましたようで、視界が開け物音のしたほうへ視線が動く。
視線の先に映ったのは大鎌を上段に構えて走り寄ってくる男であった。その男は立派な髭を生やし、初老を迎えるであろう見た目に反して引き締まった体を黒衣で包んでいる。
「ク、クロノス! なぜここに!?」
男性は慌てて立ち上がろうとするも、すでに彼我の距離は目と鼻の先。
「父上! 覚悟!」
大鎌の男が気合を入れて勢いよく得物を振り下ろしてくる。
振り下ろされた大鎌は男性の……男の象徴を目掛けて吸い込まれてゆき――――
「――っ!」
私は、声にならない悲鳴を上げながら飛び起きた。思わず股を両手で押さえ……
「な、ない!」
絶叫とともに、この世の終わりを感じ――いやいや、なくて当然だ! 私は生まれたときから正真正銘「女」なのだから。
安堵のため息を「ふぅ」と吐く。冷や汗をかいたのか額に当てた手のひらが少し湿るのを感じる。
まったくもって酷い夢だった。なんであんなものを見てしまったのだろうか。妙にリアリティがあった気もするし。
「まあ、考えても仕方がないよね」
気持ちを切り替えて、俯いていた顔を上げようとした。しかし、
「――っ! え? 痛い痛い痛い! 何これ何これ何これ! ウゥ……」
頭に急激な痛みが走ったと思ったら、頭の中をかき回されるような感覚、そして知らないはずの記憶が雪崩れ込んできた。私はたまらず頭を抱えて蹲る。
しばらく耐えていると、痛みが引いていくのを感じた。
そして、私の見た不可思議な夢が、夢ではあるものの実際に起きたことであることを思い出した。そう、前世の記憶を……。
私こと「天宇良凉珠」の前世は、ギリシャ神話における原初の神々の王であり、天を統べる神「ウラノス」であると。
お読みいただきありがとうございます。
いろいろと描写はマイルド? にしてみましたがどうなんだこれ?
初回は3000字程になりましたが、次話以降は一話あたり1500字程になる予定です。