*8* いや、寝込みじゃなくても変態よね。
十二日目の深夜十二時。
私は現在前夜のとち狂った行為を今更になって猛烈に後悔している。前夜の私に告ぐ。何が“許されるわよね?”だ。そんなわけないでしょうが、この痴女め。
お金を払ってまで私を玩具にしたお客達からしたらサービスだけれど、生理的に受け付けない潔癖症の生真面目な彼相手にやって良いはずがなかった。相手は金縛りで避けられないのに拷問でしょう。男性相手でも性犯罪事案よ。
許されると思った自分の本体をぶん殴りに戻りたかったけど、どうせ本体には触れないし、戻ったところで自分の身体がどんな風に扱われているかと思うと、気分が悪くて戻れなかった。
今夜もさっきから眠る彼の上を浮遊してはいるものの、いつものように身体の上に跨がる勇気が出ない。今夜はこのまま彼の尊い寝顔だけ見て帰ろうかしらと思っていたら――。
「今夜は話しかけてこないのか?」
『!!!?』
突然彼がそう言ってそれまで閉ざしていた目蓋を持ち上げた。今ほど胸に心臓を持っていなくて良かったと思ったことはない。少なくとも本体の方で破裂していたとしても彼の寝室を汚すことはないもの。
『あら、起きているのに寝たふりをするなんていけない子ね。それとも目覚めの口付けをお望みだったのかしら、王子様?』
……動揺のしすぎで勝手に動いた唇からとんでもない言葉を吐き出してしまった。違うから。それただの私の願望。彼を巻き込まないで私の欲望。
咄嗟に悲鳴を上げなかったのと金縛りにしたのは偉かったけど、それ以外が最悪すぎるわ! これじゃあただのエロ爺じゃないの!
案の定、眉間に皺を刻んだ彼は「またそんなことを」と呆れた風に言った。だけど気のせいでなければその声に不快そうな響きはない。聖人なのかしら?
「君は本当に落ち着きがないな。ここで見る君は社交界で見ていた人物とはまるで別人のようだ」
彼にしてみれば何ということもないのだろうその言葉に、ふと胸の奥が疼いた。ジッと見上げてくる琥珀色の瞳の誘惑に負けて彼の身体の上に降り、いつものようにその胸板に肘をつく。
『ええ、そうね。でもどっちだって構わないわ。そうでしょう? それとも元・婚約者様は女の秘密を暴くのがお好きなのかしら?』
煙にまくように微笑んで小首を傾げれば、彼もこちらを見つめ返してくる。あんまりにもガッツリ視線を合わしてくれるものだから、思わず私の方が気恥ずかしくなって先に視線を逸らしてしまった。
この魔性。口付けられたら困るのはそっちでしょうと心の中で理不尽な八つ当たりをしていたら、急に彼が「質問したいことがある」と言い出した。
昨夜の口付けのことを問われたらどうしようかと内心びくつきつつ、何とか平静を装って『よろしくてよ?』と応じれば、彼は片眉を器用に上げて了承の意を示す。あ……とっ……きめくわ。
「君は霊体のまま昼間も出歩けるのか?」
『今そこに興味を持つの? 出歩けるというか、ええ、飛べるわよ。まだ肉体が死んでないからじゃないかしら』
はい、身構えたりして恥ずかしい。彼の中で私はすでに痴女認定されているのだから今更自意識過剰でした~。
「どうして俺のところには来ないんだ?」
『どうしてって……仕事の邪魔になるじゃない。それに昼間の私はたぶん今より透けてて、ほとんど見えないわよ。宙に向かってボソボソ独り言を言っていたら、取り締まる側から取り締まられる側になるわよ?』
「以前までは気にせず邪魔をしに来ていただろう」
『ああ……ね、あの頃は貴男の気を引きたくて。職場にまで押しかけて迷惑だったわよね。分かっていたのよ、ごめんなさい。でも誰かに貴男を取られたくなかった。まぁ、もう済んだことだしいいじゃない。はい、この話はおしまい』
何てしおらしいことを言っておいてあれだけれど、嘘です。時々ご令嬢の情報収集をしながら昼間にも遠くから尾行してます。そんなにすぐに日課は変えられませんので。
『知りたいことはそれだけかしら? 貴男の睡眠時間も押してきたし、そろそろ今夜のオススメ令嬢を紹介したいのだけれど』
「昨夜の口付けについてだが」
『記憶にございません』
「あれはどういう――、」
『きっと疲れて寝惚けていたのね? 大変、もう眠らないと駄目よ。それじゃあ、明日の深夜十二時に会いましょう』
この夜私は霊体になってからおよそ初日を除いては初めて、オススメ令嬢を告げずに彼の上から逃亡したのだった。




