*3* 良い子にしてたご褒美ね!
終始無礼な発言を繰り返してきたダルクとの面会は、あの後はトントンと順調に進んで、意外にも二時間程度の短いものに終わってしまった。後日さらに数名の隊員達との面会も取り付けられてしまったけれど、せっかく元はアレンのお相手として選び抜いたご令嬢達だもの。
それに彼女達には迷惑だろうけれど、こちらには一方的な情がある。全員に良いご縁があるのなら是非繋ぎたい。それくらいつぶさに彼女達の観察に時間をかけていたのだ。
最終的に見送りに出た玄関ホールであの夜のお礼を言ったけれど、奴はニヤリと意地悪く笑って『明日は槍が降るな』と言ったわ。あれでアランの信頼が厚くて有能だなんて……本当に腹の立つ男。
おかげでまだ料理も習っていないのに、いつかアランにあの男より頼られることを密かな目標に立ててしまったじゃないの。
――けれど。
「アメリア、どうしてあんな大切なことを隠していたんだ? 君は俺と過ごしていた間に自分を殺すようにダルクに頼んでいたのか?」
玄関ホールから有無を言わさず抱き上げて私の自室まで運び、ベッドに半身起こす状態で寝かせてくれた彼からの追求の言葉に、喉の奥がヒュッと鳴る。さっきまでは気付かなかったけど、声がやけに低いのは気のせいじゃない……わよね。
「あら、アラン。それってもしかして妬いてるの?」
まずいわ……話を蒸し返されて怒られるのが怖くて、思わず捨てたつもりでいた悪女の頃の片鱗が顔を出してしまった。けれど口から勝手に零れた言葉とは裏腹に、小心者な私の背中を冷や汗が伝い落ちる。
第一部下思いで公平な彼にそんな私みたいな黒い感情があるはずが――。
「ああ。みっともない話だが、ダルクが俺の知らない君を知っていることが非常に面白くない」
~~~~あっっっっったっっっっっ!!! はあぁ、やるじゃないの神様、これが良い子へのご褒美ってやつなのね!!! 奇跡よ奇跡!!! 最高!!!
彼には見せられないようなだらしなくニヤける顔面を寝具に押し付けて、この幸せすぎて荒れ狂う感情をどうにかしようとしていたら、不意に突っ伏した時に露になったらしいうなじに何か柔らかいものが触れた。
「え、今のな……ひぇっ」
顔を横に向けた瞬間に変な声が出たのは、柔らかいものの正体ががが……!
「……疲れてるだろうから、これ以上は何もしない」
そう言って再び柔らかい彼の唇がうなじに触れたかと思うと、今度はカリッと軽く歯を立てられた。心臓が幸せな不整脈を打っててしんどみが尊いすぎる。鼓膜が自分の心音で破れそう。え、ここはもう雲の上だった……?
「また君はそんな顔を……俺の忍耐も大したことがないらしい」
溜息のような苦笑と共に、顔の半分を隠していた前髪が彼の指先でソッと取り払われて、横を向いていた私の唇に触れた直後――……語彙が死んだ。
「それから、料理の練習は構わないが……出来ればしばらくは俺以外に食べさせないでくれ。駄目か?」
ブンブンブンブン(首を横に振る)
「君のことだから上達するのも早いだろう。それ自体は喜ばしいはずなのに、そうなると部下達に君の手料理を馳走する羽目になるのかと思うと……今から少し複雑な気分だな。みっともない夫ですまない」
ブンブンブンブンブンブン(力一杯首を横に振る)
「その……怖がらせ過ぎただろうか。何か言って欲しいのだが」
ガシッ!(襟を右手で確保)
グイッ!(そのまま引き寄せて)
……チュッ。(多少躊躇いがちに)
「だ、から、君な――……ああ、くそ……本当に、見るな。笑わないでくれ」
ガバッ!(ベッドに飛び起きて)
ギュウ。(抱きしめながら)
ソーッ。(耳許に唇を寄せて)
「そうか……俺もだ。愛してる、アメリア」
スウッ……。(拝みながら意識が遠退いた)
***
次に目が覚めたのは、もう夕食の時間をとっくに過ぎた頃。
あの出来事が自分の強欲な一面が見せた夢だったのだろうかと思っていたら、お腹の虫が小さく鳴いて。ノックもなしに開いたドアに驚いてそちらを向くと、そこには湯気の上るスープ皿をのせたトレイを手にしたアランが立っていた。
「えっと、あの、おはようアラン?」
「ああ、おはようアメリア」
「わ、私、寝てしまっていたの……ね」
「寝ていたと言うか……気絶したと言うか、まぁ、その……許可を取るのを忘れて済まなかった。今後しばらくああいうことはしないように気を付ける。この食事を君が食べる間も部屋の外で待っているから、怖がらないでくれ」
「そ、そんな、怖いはずないわ。貴男に触られるのなんて緊張しすぎて心臓が止まりそうになるだけで、本当は大歓迎なの。だから、その、許可するから……行かないで。ここにいて」
良かった! 気絶して一旦態勢を立て直せたおかげで語彙が戻ってきてる! 余計な誤解はさっさと解いてここぞとばかりに甘えないと。気絶する前の彼が私の妄想が作り上げた夢でなければ、神様からのご褒美を受け取る権利を全力で行使する所存だ。
ジッと見つめる先で彼は一瞬だけ躊躇った様子を見せたものの、それでもトレイを片手にベッドの傍に椅子を持って近付いて来てくれた。
彼の手でナイトテーブルに置かれたトレイの上では、具がトロトロになるまで煮込まれた野菜スープが美味しそうな湯気を立て、夕食用に焼かれたパンが香ばしく香る。
「あ、あーんとか、してくれても……良いのよ?」
無言で椅子に腰をおろしたアランに、ちょっと我儘な新妻っぽく甘えてみるつもりで動悸息切れを我慢して勇気を振り絞って口を開けば、ベッドに片腕をついた彼の顔が近付いてきて……触れるくらいの口付けをくれた。
「い、今の、お……おかわり」
「馬鹿なことを言っていないで、冷める前に早く食べろ。ほら……口を開けて」
そう言って眉間に皺を寄せながら、木匙でスープを掬ってフーッと冷ましてくれた彼に悶えすぎて、その野菜スープからはほんのり鉄の味がした。




