★2★ モヤモヤする。
妻を迎えてから三十日目。
約束の週末当日アメリアの顔色は緊張のためか、いつにも増して白さが目立った。それでも「大丈夫よ」と頑として面会を取り止めることを拒む姿に、朝から僅かな違和感を感じてはいたのだが――。
「やー、今日は新婚のお宅にお招き頂いてありがとうございます隊長。んで、お久しぶりだなアメリア嬢。元気そうで良かったぜ」
玄関ホールで出迎えついでに簡単な自己紹介を済ませ、茶の支度を整えた応接室のソファーを勧めて腰かけるなり、ダルクが身を乗り出してそう切り出してきた。口先では適当にこちらを立てているものの、視線は俺の隣に座るアメリアに注がれている。
するとアメリアが居心地悪そうにこちらに身体を寄せ、一瞬だけ不安そうな表情を浮かべた。俺以外の男に対して恐怖心を持っている彼女には、救出に手を貸した相手であっても恐怖対象なのだろう。
「すまないがダルク。妻が怯えている。少し離れてくれ」
「まぁ、優しいのねアラン……嬉しいわ。でも平気よ、大丈夫。初対面の殿方にこんな挨拶をされるのが初めてで驚いただけなの」
「しかしアメリア……」
「あー、すみません隊長。つい久々の再会だったもんで。でもよ、あんなに衝撃的な出会い方をしたってのに初対面とはつれないな」
「あ、あら、私が衝撃的な出逢い方をしたのはアランだけでしてよ?」
「ま、そっか、そうだよな。確かにアメリア嬢とはこうして挨拶するどころか、生身の姿で会うのは初めてだ」
「だから、その……いちいち妙な言い回しは止めてくれない、かしら?」
元々ダルクは距離感を詰めるタイプだが、ここまで人の話を聞かずに押すところは見たことがない。対するアメリアにしても、こんな風に艶やかさか素直さのどちらで振る舞えばいいのか迷う姿は珍しい。
それにダルクはわざわざ“生身の姿”と言った。そこから導き出される答えとして考えられる可能性はたった一つだ。
「生身の、と言ったな、ダルク。それがお前の気のせいでないのだとしたら、二人は以前何らかの形で面識があるのか?」
「いっ……いいえ、まさか。ダルク様なりの冗談よ。そうですわよね?」
「流石隊長は話の飲み込みが早いッスね。そしてアメリア嬢は諦めが悪い!」
可哀想だが何かを必死で隠そうとするアメリアを無視し、膝を叩いて面白がる様子のダルクの話に耳を傾けることにした。
「信じられないかもしれないんスけど、以前に会ったのはこのアメリア嬢が半分透けてる時だったんですよ。霊体っていうか……生霊ですかね? で、それだけでも驚いたってのに、初対面でいきなり自分を殺してくれなんて言ったんですよこの人。信じられます?」
瞬間、隣のアメリアが今日この席で一番身を固くしたのが分かった。
対するダルクのようにニヤニヤと笑いながら話す内容でもなければ、済んだことだと聞き流せる内容でもない。アメリアが必死で隠したがる理由も、今だからこそ分かる。
「だ、だってあの時はお前も私を殺したがってたじゃないの! それなのに私にだけ罪を擦り付けるのはズルいわ!」
「はー? だからオレは今ここで包み隠さず言ったんだろ。というか、やっぱり憶えてるじゃねぇか。下手な芝居してるんじゃねぇよ」
「憶えてないはずないでしょう? そもそも予定より二日も早く屋敷にアランが来たのだって、考えてみればお前の差し金ね!?」
「それこそ今さらなんだが? 普通に考えて上司の婚約者に殺してくれって言われて、ろくに下調べをしない馬鹿がいるかってんだよ。世間知らずなお嬢ちゃん」
「なっ……世間知らずじゃないわよ! 少なくとも政界事情はお前よりもずっと詳しいんだから!」
「今のお嬢ちゃんの情報じゃあ古すぎて使えねーよ。ま、今の生活じゃあ今後更新される予定もないだろ。安心して世間知らずしとけ」
目の前でこちらを無視して繰り広げられる二人の言い合いも、一目で気心が知れた仲だと分かる。少なくともアメリアがここまで怒りの内容を素直に口にして、正面から争おうという姿を俺は見たことがない。
……あの救出した夜ですら、彼女の怒りはその大半が自身に向けられたもので、真実から長く目を逸らしていたこちらに対してのものではなかったのに。
「ふ、ふん、世間知らずになんて簡単にならないわよ!」
「「え?」」
思わずダルクと一緒になって声が出たが――。
「何よその間の抜けた顔は。アランが許してくれたから、もう少し長時間立っていられるようになれば、厨房の方に料理を習うんだから! その次は市場に連れていってもらって、商品の相場を憶えるつもりよ」
爆弾発言かと思われた直後に胸を張ってそう言う彼女の姿に、ドッと疲れを感じた。彼女の世間は狭いし、どこかが壊滅的にずれている。
「お、おう、そうかよ。そりゃ良いことかもしれんが……何でまた料理なんだ?」
「聞きたい? 聞きたいのね? じゃあ仕方がないから教え――ムグッ!」
得意気にダルクへと理由を教えようとしたアメリアの口を、咄嗟に押さえた。何故かその先をこの部下に聞かせたくないと思ったのだ。
「……もういい。二人が知り合いなのは理解した。ダルクの言うように俺も彼女と会ったのは霊体の頃だから特別驚きはしない。そして妻が隠していたことを包み隠さず話し、その馬鹿げた企てを事前に潰してくれたことに感謝する」
口から紡がれる自分の声音がやけに低いことを薄々感じはするものの、どうにも戻し方が分からない。アメリアが怯えて……は、いないのか。
頬を紅潮させて潤んだ瞳でこちらを見つめてくる姿に、少しだけ安心した。けれど、胸中に渦巻く根本的なものは少しも薄れない。
正面にいるダルクだけは、長年の付き合いから表情を固くしているが、そこにはもう敢えて触れずに、今日ここへ彼を呼び出すことにした話を進めることに決めた。アメリアとの話し合いはそれが済んでからでも構わないだろう。
「さあ、少し本来の呼び出し内容から話がずれたが……アメリア。君が探してくれたご令嬢達の中で、彼に合う女性はいるだろうか?」
ふと浮かんだ“君以上に相応しい”という言葉は、胸の底に沈める。そんなこちらの圧に気付かずにコクコクと頷く彼女を見て可愛いと思ってしまうのは、きちんと夫が出来ているという現れだと思いたい。




