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*15* これでも一般常識はあるのよ?


 十八日目の深夜十二時。


 彼の部屋の外に様子を見に行ってみたけれど、まだ寝込んでいるのだろう。

 忙しなく清潔な水と手巾の入ったボウルを手に出入りを繰り返す執事。

 病床の主の部屋にメイドを入れない辺り、とっても好印象だわ。

 あんなに色気のたっぷりある彼を見たら誰でも即落ちしちゃうもの。


 十九日目の深夜十二時。


 昨夜よりは執事の出入りも少ないから、多少は熱が下がったみたい。

 それでも仕事に出かけた気配はないようなので、様子見期間なのかしら。

 いつも体調管理をしている人ほど一度崩すと治りが遅いって本当ね。

 

 二十日目の深夜十二時。


 あの彼が三日も仕事に出かけた気配がない。

 流石に肺炎でも起こしたのかと心配になったけれど……。

 仕事の書類を没収して退出する執事を見てちょっぴり呆れたわ。

 あれだと良くなるものも良くならないわよね。

 早く治ってくれないと、推し不足で私の方が早く消滅しそうよ。


『あら、そういえば……意識不明の状態って、どれくらいまで保つのかしら?』


***


 ――ということで、久々に本体の様子を見に文字通り舞い戻ってみた伏魔殿(実家)


 彼のために情報収集に割く時間も必要だから、決して暇を持て余しているわけでもないけれど、悲願の達成を前に消滅してしまったら元も子もない。


『考えてみれば霊体なんだからそういう可能性もあったのに、私ったら存外暢気な性格だったのかしら? それとも……お人好しな婚約者のせいかしらね』


 早く回復した彼の上で思いっきり頬を擦り寄せて潤いを補給したい。もしも本体が枯れかけていたら、彼が弱って勘が鈍っている今の内に寝込みを襲って唇に口付けの一つでもしよう。


 たぶん私ならそれだけであと一ヶ月は延命出来るわ。うふふ、我ながら猛烈に気持ちの悪い女ね。死にかけで良かった。


 そんなこんなで屋敷の中にある自室という名の牢獄に向かったものの、そこはすでにもぬけの殻。陽射しがあるから寝かせていては肌が焼けると思ったらしい。だとしたら劣化を恐れてどこか冷暗所に移したのね。


 そうなると、屋敷内のほとんどを出入り禁止にされていた私に見つけるのは至難の技だ。でもそれも肉体があるからこそ。邪魔な肉体がない方が捜索は格段にしやすくなる。


 人目につきにくい陽当たりの悪い間取りの場所で、医者の出入りがあること。見張りと医者以外に出入りしている男が日に数人はあるはずの部屋。


 人に言えない商売をしているから、他の客も出入りする本館ではなく、使用人達の住んでいる別館だろう。そう当たりをつけて幾つかの部屋を覗いていたら、案外拍子抜けするくらい簡単に私の牢獄(新居)は見つかった。


『ほらね、やっぱり。下種の考えることが予測できるくらいには、私も立派に屑なのよねぇ』


 薄暗くて埃っぽい東向の物置のような部屋の前には、形ばかりでやる気のない見張りの使用人が二人。だけど流石に部屋の中から出てきた男を見てそれはどうなのよと思った。


 見覚えのあるその男は、妹の婚約者で。社交場で私とは違う清楚な妹に一目惚れをしたと言って、少なくはない持参金をこの家に入れた男だった。


 妹の婚約者はそのまま使用人達の手に口止め金を握らせ、コソコソと使用人用の裏口から帰っていく。


 妹に婚約話が舞い込んだ時はおかしな話だけれど、ほんの少し嬉しかった。私ではなく、妹に一目惚れをしたということが。純粋な恋への憧れは、こんな私でも一般的な令嬢と同じくらいにはあったから。


 だけど所詮は嘘ばかりね。

 この世のどこにも“真実の愛”なんてないじゃない。

 

 だから社交場に出かければ熱に浮かされたお馬鹿さん達を引っ掻き回して、暴き回って、親切に教えてあげたのに。

 

『予想はしていたけれど、実際に使用されているところを見ると気分が悪いわね。とはいえ安くはない金額を支払っているだろうから、まだそこまで容色は衰えていないようね。これも婚約者効果かしら?』


 だったらもう、部屋は覗かなくてもいい。

 そうよね、そうよ、見ないでいいわ。


 ふと四日前の深夜に彼が握ろうとしてくれた手をジッと見つめ、本体と違って汚れていない掌を服の裾で拭った。


***


 二十一日目の深夜十二時。


 久々に使用人達の気配のしない一対一の幸せな時間に、私は髪型を整えて彼の真上にゆらりと浮かぶ。


 見下ろす先のやや隈の薄くなった彼の目蓋が震えることに胸を高鳴らせて、持ち上がった目蓋の下から現れる琥珀色の瞳に微笑みかける。


『おはよう、私の可愛いチェリー』


 そんな私を見上げて、呆れたように貴男は言うの。


「ああ……おはようアメリア。チェリーは止めろ」


 その声を、言葉を、聞けるだけで。

 ねぇ、夢みたいに、幸せだわ。

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