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婚姻を申し込んできた大国の王子様を振ったら実家を追い出されたので、田舎で素直従順とクーデレの双子ショタメイドに囲まれて暮らしていたら、キレた王子様が戦争を仕掛けてきたので力で叩きつぶす話

 

 コンコンコン

 ノックの音が響く。

 時計は昼15時。夕飯にはまだ早い。

 今日は用事なども無かったハズだがどうしたんだろうか。


「お嬢様。婚姻がまとまりました」


 こちらの返事もまたずに入ってきたのは父よりも年上の執事長だった。

 無駄に長い髭を横に伸ばしてる変な爺さんだ。

 私は読んでいた紙束をテーブルに置いて彼に向き合う。


「はあ。また? 相手は?」

「隣国の第二王子ヘクター様です。まだお若いのにとても聡明な方だとか、確かお嬢様は武道会で以前お会いになられたかと」

「武道会っていつのよ。あっまって五年くらい前のやつでしょ。やたらデカくて筋肉の」

「おお! 覚えていらっしゃるとはまさに運命! これはとうとう決まりましたな! (……実のところこの話は向こうから持ち掛けてきた物でして)」


 部屋の入り口から私が座るソファーまではかなり遠い。

 それなのにこの爺さんは、最後の方は口元に手を当て声を潜めている風なポーズをとっていた。

 内緒話のつもりらしいが声量は最初から全く落ちていない。


「いや、断るけど」

「何故ですか! 王子なのですよ! それもこの大陸一の大国の! (……ここだけの話し、第一王子は最近持病が悪化したとか)」

「だから何よ。あとその言っちゃいけない内容を大声で話すのやめなさいよ」

「おっと申し訳ございません。ですがお嬢様お約束が──」


 私は執事の声を遮った。


「何を言われようが毎回答えは同じっていい加減分かりなさい。私は自分より弱い奴に乞われて嫁ぐ気は無い。婚姻の前に自分で口説くのが筋でしょ」

「お嬢様。どうしてもお気持ちは変わりませんか?」

「くどいわよ。断りなさい」

「決意は硬いのですね。……分かりました。お嬢様の身の安全、私はこの地より祈らせていただきます」


 横にピンと伸びた髭がヘナヘナとしおれるほどに涙を流しながら執事が変なことを言い出した。


「は? 何言ってんのよ。行かないって言ってるんだけど」

「はい。婚姻は破棄の方向で進めます。ですがお嬢様、旦那様とのお約束を思い出してくださいませ」

「約束? …………約束?」


 涙をスッと拭って、執事のは真面目な顔で私をまっすぐ見つめてくる。


「『いくら縁談を勧めても私は絶対受けない』これは最初の一回目の縁談でお嬢様が宣言なされたこと」

「うーん? 確かに言ったような」


 なんだか嫌な予感がする。

 冷汗が流れてくる。

 部屋の入口から執事がスススっと近づいて来て口を開いた。


「『ならば百回を期限とする』これは旦那様の言葉です」

「あっ!」


 そうだ思い出した。百回までに決めないなら家を出て行けと言われていたんだった。

 やっちゃった。いや、断ったことに後悔はないんだけど。

 翌日、ちょっと父に八つ当たりをしてから私は家を出た。


 家を出るといっても無一文で放り出されるわけではない。

 領地内にいくつかある候補地から好きなとこに行けと言われている。

 私は昨夜一晩中領地の地図を眺めた。これからの生活を想像しどこがいいかを真剣に選んだのだ。


 ここからそこそこ離れた、領地の端の静かな森と湖がある小さな村。

 そこが私の選んだ場所だ。

 けっして地図の上で杖を倒して決めたりしてはいない。


 ────────────




 せっかく屋敷を出れたのだからとゆっくり領地のあちこちを見て回って数週間。

 目的地の村へとようやくたどり着いた。

 人口はそれほど多くないが居心地のいい村だ。


 村に着くとすぐこの村を任せている村長がやってきた。

 この村長は私が子供のころからおじいさんだ。ここ数年で更におじいさんっぷりに磨きをかけている。


「お嬢様。まさかこんなに早くお越しいただけるとは!」


 村の入り口に居た見張りから報告を受けてすぐ村長は飛び出してきたようで私は少し申し訳なった。


「ちょっと家追い出されちゃったからしばらくこの村に居させてもらうわ」

「ええ!? 追い出されたとはどういうことですか!」


 村長はそのまま倒れてしまいそうなほどに驚いた。

 事態が呑み込めていなさそうな村長をなだめ、直近の要望を口にした。


「気が向いたら話すからとりあえず今日泊まれるとこ案内してよ。家も片付いてないだろうし」

「そうですね。定期的に掃除はしておりますが。事前のお話がないとどうにも。いえ、私どもの準備不足でございます。申しわけございません」

「いいって。勝手に来たんだし」

「まずは宿を手配し、あとはお部屋の片づけに……ああご夕飯はどうなされますか? もし宜しければわが家へいらしていただけたら家内が喜びます」


「ええ。甘えさせてもらうわ。おばあ様にも久しぶりに会いたいし」

「そうですかそうですか。でしたら夕暮れ時に宿へ遣いを出しますので。それでは私は準備にかからせていただきます」


 私に深くお辞儀をし、近くにいた村人へ何か告げると村長は自宅の方へと戻って行った。

 宿はどうなったのかと思っていたら、たったいま村長に指示を受けた男が付いてきてくださいと言い出した。

 彼が今夜の宿へと連れて行ってくれるらしい。


 彼に荷物を持ってもらい宿へと向かう道すがら、この村の近況などを世間話として聞いた。


「前回お越しになったのが四年前ですよね。今でもあの時のことを皆話題にしますよ」

「あれ? もうそんなに経ったの? 最近屋敷に籠りっぱなし……というより軟禁? されてたから全然そんな気がしないわ。ちょうどここから帰ってから始まったのよね」

「ハハハッ領主様もそれだけお嬢様の事を心配なのでしょう」


「(それなら急に追い出したりしないと思うけど)」

「ん? 何かおっしゃいましたか?」

「ううん。なんでもないわ」


 村の中央にある噴水の近くを通った時、その脇で遊ぶ男の子たちが目に入った。

 幼い二人の男の子でたぶん兄弟だろう。

 私が見ていると、彼らは遊ぶ手を止め、何かを話し合って慌てだした。私は手を振って気にしなくていいと伝える。


「彼らは仲のいい双子の兄弟です。勉強熱心で村仕事の手伝いもよく手伝う」

「そう。それは良い子ね」


 宿に着いてからは夕飯まで大人しく休んだ。

 滞在数日の旅行じゃない。しばらくここで暮らすのだから急ぎの観光なんて必要がない。

 空が赤くなるころ、約束の迎えが宿へやってきた。


 村長の家は村長夫妻以外にも大勢の村人たちが居て、即席のパーティー会場となっていた。


「お嬢様、私たちが生きてるうちにまた来てくださってとてもうれしいわ。天国への良い土産になったと思うの」

「ふふふっおばあ様、それ前に会った時も言ってたわよ」

「あらそうかした? ならまた数年寿命が延びるわね」


 村長の奥さんと喋っていると、村長がやってきた。


「お嬢様、よろしいですか?」

「どうしたの?」

「今回は従者が遅れて来るとかではないのですね?」

「ええ。家の者は来ないわよ」


「でしたら家事などは村の者が行うということでよろしいのですか? 誰か希望の者はおりますか」

「希望? 最低限の家事だけしてくれたら他は無いわよ。普通に手の空いてる人で良いわ。急に押しかけてそんなごちゃごちゃいうわけにはいかないでしょ」

「そうですか。でしたら明日私が声をかけておきます」

「あら、この村で一番暇で家事が得意な人間は明日じゃなくて今でも声をかけられるわよ?」


 会話に混ざってきたおばあ様がいたずらっぽくウィンクをする。

 嬉しい申し出だが流石に老婆をこき使うことはできない。


 村長夫妻以外にも懐かしい顔に囲まれ、久々ににぎやかで楽しい夕食となった。

 軽くお酒も飲んだせいか宿まで送られるとすぐに深い眠りに落ちた。



 ────────────



 翌日の昼前。

 村はずれにある湖の脇に建つ当家所有の別宅にて。


「この二人がお嬢様の身の回りの世話を行います」

「……この二人が? えっとその、かっ可愛らしいメイド? ね」

「挨拶をしなさい」


「はっはい! まだまだ未熟で至らない点もあると思いますが、あに、あっ違った。姉ともどもよろしくお願いいたします!(ほら、兄さんの番だよ)」

「……頑張ります」


 村長が連れてきたのはメイド服を身にまとった可愛らしい二人の双子の少年であった。

 見た目は確かに美少女だ。メイド服がとても似合っている。

 これが人口の多い街ならとびきりの美少女姉妹がいると市中の話題を集めきるだろう。


 個人的にもとても好みだ。

 だがこの二人には確かに昨日会った噴水の所で遊んでいた彼らだ。

 主たる者としてそういった偽りを見過ごすわけにはいかない。


「……村長。これはどういうつもり?」

「……身の回りの世話を担当するメイドでございます」

「村長」「はい」「本気で言ってるの?」

「ええ。お嬢様のお世話を任せるのですから、私にふざける余地はございませんとも」

「そう。あなた達はそれでいいのね?」


 私の最期の問いに、最高に可愛い美少女メイド姉妹はゆっくりと頷いた。



 ────────────



 村長が帰り、私は二人のメイドと一緒にいた。

 二人は姉が【カーラ】妹が【マール】と名乗った。


 私は二人の力量を疑っている。それは隠せない。

 なのでとりあえず二人に昼食を作るよう命じていた。

 雇い続けるかのテストというほど意地悪のつもりは無いが、流石に料理くらいは作ってもらわないと困る。

 二人並んで調理場に立っている様子を後ろから見るだけなら完璧なメイドなのだが。


 しばらく待っていると二人が料理の乗った皿をいくつかテーブルへ持ってきた。


「……できました」「お口に合うと良いのですが」


 料理を運び終え、テーブル脇に立って並ぶ二人。

 並んだそれらの見た目はおいしそうだしそのまま食べても良いのだけど……


「マール。私に仕えたいなら自分に自信を持ちなさい。あなたは自分が信じない物を私に食べさせるの?」


 こんどはちゃんとした意地悪だ。でも二人が可愛すぎるのが悪い。

 妹を名指しにしたのに姉も一緒にビクリと体を震わせる。その姿がなんとも嗜虐心をくすぐる。


「は、はい。……すいません」

「無意味な謝罪も禁止」

「すい──っ分かりました!」

「良い子ね。それでいいわ」


「カーラ。あなたはどう? 自分が作ったものに自信がある?」

「……はい。自信をもってお出ししました」

「そうそう良い調子。ならあなた達も席に着きなさい。料理の説明が必要だわ」

「「え?」」


 驚き固まった二人に追加の食器を運ぶよう命じ、そのまま席に着かせる。


「この魚料理はどっちが作ったの?」


 煮魚を指して二人に尋ねるとマールが小さく手を挙げる。


「はい。ぼく、あっえっと私が作りました」

「無理に自分の呼び方まで変えなくていいわ」


 実はそっちの呼び方が好みなだけだ。魚の味付けも及第点。


「こっちの肉料理は?」

「……自分です」

「そう。いただくわね。………………そ、そうか、こういう系ね」

「……どうでしたか?」


 カーラがまっすぐにこちらを見つめ感想を求める。

 私は、口の中の謎の物体を吐き捨てたい衝動にかられながら言葉を選ぶ。


「うん。……そうね。あなた達、料理は誰に習ったの?」

「ぼくは大ばあ様に教えていただきました」

「村長の奥様の?」「はいそうです」


 おばあ様の弟子だったのか。どうりで食べなれた懐かしい味なはずだ。


「そう。よく再現できているわね。カーラ、あなたは?」

「………………です」

「え? 聞こえなかったわもう一度言って」

「森の奥で会った狩猟者です。狩りなどの技術と一緒に教わりました」


 カーラは相変わらず褒められることを期待した様な目でこちらを見つめてくる。


「ああ……そう。どうりで、野性味のある」


 どうりで数か月干したカチカチの保存食のようだ。

 喉から出かかった言葉を、まだ口に残っていた肉の塊と一緒に無理矢理飲み込んだ。

 そして話を料理から切り替える。


「えっと、あなたは狩りの方も出来るの?」

「はい。兎から鹿、小型の人間サイズまでなら熊もとれます。他にも山菜などの知識もあります。お嬢様が望むものを採ります」


 違う方向へ話を振ると、カーラは得意げに饒舌な口調で語り出した。

 顔に感情は薄いが喜んでいそうな雰囲気は出ている。


「それは楽しみね。ならあなたには食材調達を一任するわ。でも食べる事の出来るものだけを持ち帰ってきて」

「……お嬢様にお喜びいただけるよう。最高の物を手に入れてみせます」

「調理はマール、あなたがやりなさい。食材の仕入れはカーラ、マールはそれを調理。いいわね?」


 二人は同時に頷いた。



 ────────────



 メイド二人と共にこの村で暮らし始めて数週間。

 実家の屋敷より小さいとはいえ、この家も私一人で住むには部屋数が余っていた。

 なのですぐ近くに実家がある二人だが、初日から住み込みで働いてもらっている。


 朝。メイドのノックによって私は目覚める。

 起こしに来るのは二人が日替わりで交互に。今日はマールの日だった。

 控えめなノックをあえて無視していると、しばらくしてからそっと音を立てずに扉が開いた。


 二人には私がノックで目覚めない場合、一定の回数を行ってから部屋に入ることを許可している。

 私を起こしたいのか起こしたくないのか、ゆっくりと忍び足でベッド脇までやって来てマールがようやく口を開く。


「おはようございますお嬢様。ご飯の準備ができました」


 昨日は夜遅くまで実家から送られてきた書類を読んでいて眠かったが、横まで来られてなお狸寝入りを続けるのはただ寝顔を見られるだけで損だ。


「おはようマール、今日のメインは何?」

「昨日姉さんが獲ってきた水鳥です」

「そう。楽しみね。着替えを出してもらえる?」


「──っ! は、はい」

「はぁ……あなたはいつになったら慣れるのかしら」


 着替えの手伝いを頼む度耳まで真っ赤に染めるメイドに私はため息をこぼした。

 ちなみにカーラはいくら言っても私が起きるまで部屋に入らず、着替えの手伝いを頼むと自分に目隠しをしようとする。


 ────────────



 今日はカーラを供に村の境界線を探索していた。

 村長から、最近森の動物たちの様子がおかしいと報告があったからだ。

 カーラもほぼ毎日森へ入っているが違和感は無いという。そこは流石に長年の経験の差だろう。


「どう? 何か気になるところはあった?」

「いえ、分かりません。普段通りとしか」


 森の奥地、村長から報告のあったポイントを二人で調べる。

 これより奥は一転して開けた草原が広がっている。

 村の境界線、つまり我が家の領土はその森の中までだ。


「見なさい。ここ、消し忘れた足跡があるわ」


 新しく落ちた葉を杖で退かすとその下の土に複数の足跡が見えた。


「……足跡? 村長様の物では?」

「違うわね。これは底が固くて平らな靴の足跡よ。均一にへこんでるでしょ? それも複数のサイズの足跡が並んでる」

「それだとなぜ村長様の物ではなくなるのですか?」

「あなた、森の奥で滑る靴をはきたい? 村長もそんな靴をはいて森には来ないわ」


 足跡の向いている方向から見ても、これは草原の方から来たもので間違いないだろう。


「……それなら、この足跡は誰の物なのですか?」

「この森に慣れていなくて、それでいて足跡を隠す程度の知能はある複数の人間。あまり喜ばしいお客様ではないわね」


「……っあ」

「──っ! どうかした?」

「はい。おいしいキノコがありました。ほら、その木の陰に」

「そう。ならマールに調理してもらいましょう」

「……キノコくらい自分でも焼けます」


 すねるカーラをなだめながら私は家へ戻った。



 ────────────



 ある日の朝。


 珍しくメイドたちに起こされるよりも先に目が覚めたので、私は庭にでも降りようかと廊下に出た。

 カンッカンッ! カンッ!

 窓の下、庭の方から木を叩くような音が何度も聞こえた。


 気になり窓から下を見るとメイド二人が木剣を手に打ちあっていた。

 その格好はメイド服ではなくシャツとズボンという最初に噴水の所で見た服装。


 攻めるのはマールでカーラはひたすらそれを捌いている。

 これは二人の力量が離れているというわけではなく、そういう役割での稽古のようだ。

 庭に降りてこっそりと二人の稽古を陰から覗くとしよう。朝食までの良い余興だ。


「っはぁ! っやあ! っはぁっはぁ……兄さんちょっとは手を抜いてよ」

「手を抜いたら訓練にならない。殺す気で来い」


 下に降りると攻守はそのままにマールが悲鳴をあげていた。

 カーラは平気な風を装ってはいるがむき出しの素肌にいくつも生傷が見える。


「まだまだ続けるぞ」

「えぇ、もう朝食の時間だしお嬢様を起こしに行かないと。今日は兄さんの番でしょ?」

「っう、マールが行ってくれないか。どうも苦手だ」

「ダメだよ。お嬢様が『カーラはいつまでも着替えの手伝いを真面目にやらない。目隠しをしてる相手に着替えを手伝わせるのがうまくなっても宴会芸にしかならない』って言ってるし」

「っ! 真面目にやってる! 俺が手を抜くわけないだろ! ただ……」


「ただ、何?」

「「お嬢様!?」」

 面白そうだったので木陰から姿を出して二人の会話に混ざった。


「おはよう。二人ともいつも朝に稽古を?」

「は、はい。いつもはもう少し早く切り上げるんですが」

「……起こしに行くのが遅れてしまい申し訳ございません」


「気にしなくていいわ。面白い物が見れたもの。それも珍しい格好でね」


 普通の男の子の恰好をしていることを指摘すると二人は大いに慌てた。


「あっこ、これはその」

「マールの趣味です」「兄さん!?」

「動きやすい服の方が稽古がはかどる?」

「そ、そうです! メイド服のままでは動きづらいし、それにいただいた物を傷つけるわけには」


 胸の前で指を絡ませ必死に言い訳を探すマールはその格好のままでも十分可愛らしい。


「カーラ、マール。あなた達は私のなに?」

「メイドです」


 カーラが即答した。


「そうよ。なら動きづらいメイド服で動けるように訓練なさい。あなた達はいざというときにわざわざ服を着替えるの?」

「……はい」

「それに──」


 私は二人の手を掴んで引き寄せる。

 近くで見ると二人とも傷が多い。古いアザの上に新しい傷が重なったところも多い。


「え、え?」「お嬢様?」

「メイドならこんなに生傷を作ったらダメでしょ。私の隣に仕えるのだから自分の見た目も気にしなさい」

 私は顔を赤くした二人のメイドに真剣に注意した。

「メイド服なら中に緩衝材を隠すことも出来るんだからそういう工夫をしなさい。服は簡単に治せるけど人はそうはいかないのだから。返事」

「「はい」」

「じゃあ、朝食にしましょう。二人とも着替えてきなさい」


 二人の頭を軽く撫で、私は先に食堂へ戻った。



 ────────────



 別の日。村長宅。


「やはり数が増えております」


 村周辺の地図を見る村長の顔は暗い。

 この間カーラと一緒に調べた場所以外にも足跡のような痕跡が複数見つかったのだ。


「そうね。でもこちらから仕掛けるのは難しいわ」

「はい。一応村の防備を進めてはいるのですが」

「そっちも表立ってはしないでね。気づいてると気づかれるのが嫌」

「ええ、信頼できるものに修繕という名目で任せております」


「事が起こるのはいつだと思う?」

「ふーむ。これまでの増加傾向からして、次の満月の日が狙いかと」

「満月? 新月の方がやりやすくない?」

「次の満月は豊穣祭がありますので、みな酒を飲むでしょうから」

「もうそんな時期か……そうかそれなら私でも狙うかも。じゃあ第一候補はその日で」


 話がだいたい終わり、私は席を立つ。

 だが、村長にもう一つだけ頼みごとをすることにした。


「あっそれと、当日はメイドの二人はこっちに預けるから。私の方に行こうとしたら引き留めてね」

「引き受けましょう」


 村長の執務室を出て、別の部屋でおばあ様の相手をしていた二人を呼ぶ。


「あら、もう帰っちゃうの?」

「いつでも会えるのだから悲しまないで。……そうね、次の満月の夜にでも」

「お祭りね! 私、とっても気合入れて準備しちゃうわよ」

「それは楽しみね。マール、カーラ。その日は二人ともおばあ様の手伝いをしなさい」

「「はい」」



 ────────────



 満月の夜。

 森の奥。



 遠くの彼方に祭りの賑やかな気配を感じながら一人で森を進んでいく。

 なるべく足音を立てないように気を付けつつも出来る限りの速度で目的地へ。

 その後、何事もなく以前カーラとともに足跡を見つけた地点まで来た。


 以前は足跡の大半は消されていた。

 だが今は出来たばかりの足跡が消されもせず一方向へ向かって並んでいる。

 それは草原から森に入り、村とは違う方へ続いていた。村から見て森の中を右に進んだ方向だ。


 そっちの方に森を進んでいくと、少し開けたところに小さな岩山がある。

 岩山には地面の下へと続く穴がある。

 その穴の中には、何ともいえない奇妙な。しかし我々に敵対的な生物が住んでいた。


 昔から、森に迷い込んだ人を襲っていたその生きもの。

 ぶよぶよの皮膚は刃物を通さず、大きな口は木を丸かじりにする。

 二足歩行でありながら人とはまるで違う化け物。


 それが数年前、急に徒党を組んで村へと攻めてきたのだ。

 当時ぐうぜん村に遊びに来ていた私が追い払ったが、村にも少なくない被害が出た。

 その後、逃げ帰った残党たちが出てこないよう穴は岩でふさがれた。


「見えた。……多いわね」


 森が開けたその空間に全身を立派な鎧に身を包んだ兵士たちが約四十人。

 一人だけ立派な鎧を着た人間がそれらに指示を出し穴をふさぐ岩をどかそうとしていた。

 木材や鉄、ロープを組み合わせた大掛かりな道具まで用意している。


 穴からあの生き物を解き放っても人の言うことを聞くとは思えないが目的はなんだろうか。

 気にはなったが、目的を知りたいからと完遂されてはたまったもんじゃない。


 この森は私の領地だ。

 そこで無許可に狼藉を働く奴らを裁く、その正当な権利が私にはある。


 杖に魔力を込め、狙いを定める。

 目標は指揮官だ。


 満月の光よりも明るい魔力弾がまっすぐ指揮官にぶつかった。

 ッダァーーーーン!

 突然の攻撃に鎧の集団が慌てだす。


 指揮官は一撃で動かなくなったが、鎧達はすぐ術の出どころ、つまり私の方へと動き出した。

 夜にあんな明るい術を使えばどこから攻撃されたかなんて馬鹿でもわかる。

 なので彼らのその行動は予想通りだった。


 ッダンッダンッダン!


 威力を絞った魔力弾が次々兵士を討つ。

 全ての兵士を倒すまでそう時間はかからなかった。


「片付いたかな。さてどこのお客様かな?」


 倒れた鎧から、雇い主が誰か分からないか調べようとしていると、森から小さな影が二つ飛び出してきた。


「兄さん、居たよ! こっち! こっち!」

「……お嬢様ご無事ですか!」


 息を切らせて走り寄ってくるその姿はいじらしい。だが同時に少しの腹立たしさも覚えた。


「……はぁ。あなた達、今日はおばあ様の手伝いをしなさいって言ったでしょ? どうして言うこと聞かないの」

「すみません。でも村長様の奥様が行くよう許可をくださったので」

「お嬢様が心配で」


 二人はメイド服のままだが、腰には訓練の木剣とは違う重そうな剣を差していた。


「あなたの主人は私でしょ。他人の指示で勝手に上書きしてはダメ。返事は?」

「「……はい」」

「私に心配は要らないから次からは大人しく待ってなさい」

「「はい!」」

「さて、じゃあこのお客様たちはどうしましょうか」


 気絶した鎧の兵を前に私は二人に意見を求めた。

 いつまでも失敗を気にして縮こまって要られても困るから。


「鎧だけ剥いで本体は捨てておいてはダメですか?」

「悪くないけど人手が要るわね」


「……動けないうちに自分がとどめだけでも刺してきましょうか?」

「うーんそれが簡単かもしれないわね。カーラ、剣を貸しなさい」


 カーラの案を採用しとどめを刺すことにした。

 ただし、人殺しを行うのはあくまでも私。


「じゃあ悪く思わないでね。領地侵犯に加担したあなた達が悪いのよ」


 近くに転がっていた鎧の首元へ剣を刺そうとした瞬間だった。


「ちょっとまったああああああああああ!」


 いやに大きな叫び声が私の行動を阻害した。


「なに? 今のうるさい声」

「……お嬢様、向こうから新手が」


 カーラに言われた方を見ると、今倒した数以上の兵と小人サイズの何かが森からぞろぞろと出てきた。

 森から姿を現し、満月の光に照らされたその姿は、穴に住むあの化け物とよく似ていた。


「貴様が森に巣食う魔女だな! 我が愛しの兵たちを傷つけた罪、このヘクター様が天に代わって成敗してくれる」

「魔女? なにを言ってるのあいつ。マールわかる?」

「…………あの、ぼくの口からはちょっと」


「え? なに? 気になるじゃないの。カーラ、知っているなら答えなさい」

「……前回の魔獣騒動の際、お嬢様が活躍の口外を禁じたため、直接現場を見ていない者の間では『この森には魔女が隠れ住んでいる』という噂が流れています」

「ああそういう話? それにしても魔女って……ん? ということはあいつは私が誰か知らないのね」

「はい。村の者は漏らしたりしていないはずです」


 村の者の義理堅さは私もよく知っている。これは信じてもいいだろう。

 ここでこいつらを消そうが森の魔女という謎の存在のせいにできる。

 不気味な化け物を手なずける奴らは居なくなっても誰も探さないんじゃないか。


「あのっお嬢様、さっきから気になっているんですが、もしかしてヘクターというのはヘクター王子のことではないでしょうか」


 不届き者を処分する方法に見当がついた。

 そう思っていたら、マールが変なことを言い出した。

 あれが王子だって? なら殺したらまずいじゃないか。


「王子? あれが? 鎧は確かに立派な物を着てるけど……王族なら領土侵犯の罪くらい知ってるし違うんじゃないかしら」

「ヘクター王子は相当な野心家であると聞きます。あの魔獣のような存在の話しを聞きつけて奪いに来たのでは?」

「……相手が誰であれ、お嬢様の敵なら倒します!」


「魔女とその手下よ! こそこそと作戦会議をしようと無駄だ! 大人しく投降すれば一思いに処刑をしてやろうぞ! いけ魔物ども!」


 ヘクターが手に持った剣をこちらに向けると、周りを囲っていた化け物たちが動き出す。


「勝手なことを言ってるわね。まあいいわ、二人とも急いで村へ帰りなさい。私はこいつらを片付けてから帰るわ」


 杖に魔力を込め、向かってくる化け物たちに意識を集中させる。

 この化け物が穴の中の奴と同種なら、動きが早い的が小さい動きがバラバラとめんどうこの上ない。


「「………………」」

「二人とも返事は?」

「ごめんなさいお嬢様」

「……その命令にだけは従えません」


「何故? 戦いで役に立てるとか、そんな冗談今は聞きたくないわよ。私の邪魔をしないで」

「嫌です」


 カーラが再び、しかし力強く拒否する。

 その声に呆れ、一瞬だけメイドの方を見ると隣でマールも同じく首を横に振っていた。


 先頭の化け物がもうすぐ射程に入る。双子の相手をしている時間はほぼ無い。

 もし彼らが敵に捕まりでもしたら……その体ごと敵を討つ。

 その覚悟を決め、可愛いメイドたちに最後通告を放った。


「分からないの? ここに居られるだけで迷惑なのよ。帰りなさい」


「それでも……」


 今のはカーラの声? どっちがどっちかなんて気にしてる余裕もない。

 そっちに気を取られるだけ無駄が生じる。

 余計なことは考えたらいけない。

 そう頭の中で何度も繰り返してしまう事がもう無駄だ。


 私は頭の中に浮かぶ事柄全てに舌打ちをし、先頭グループへ魔力弾を数発放った。

 術と共に後ろから何かが私の前へ飛び出た。


「それでも、俺はあなたを守りたい」

 カーラが私の前に出て剣を構えた。

「あの日、あなたに守られてから、ずっと鍛えてたんですよ」

 マールもそれに続く。


 私の正面は開いているが、そこに立たれるだけでだいぶ射線が狭まってしまう。

 いよいよ本当に双子が邪魔だ。

 いっそ先に術で倒してしまおうか。


 そこまで考え、魔力再補充を始めたところでようやく、今彼らが言った言葉の意味が頭の中に浸透してきた。

 今、この頼りなく愛らしい双子はなんて言ったのか。

 守る? この私を?

 これまでの人生とあまりに縁遠い言葉だったので理解するまで時間がかかった。

 だが、一度理解すると今度は笑いが止まらない。


「っははははははははははははは! この、世界で一番強い私を守る? そんな可愛らしい服を着て?」

 笑いすぎて術が数発外れてしまった。

 もう実害が出てるじゃないか!


「あなたを守れるなら、見た目なんて関係ない」

「迷惑かもしれませんが、そばに居させてください!」


 この会話の間も敵は近づいて来ている。

 私は諦め、二人に妥協案を出す事にした。


「カーラ、マール。前は邪魔よ。あなた達に私の横を任せるわ。私はそちらに気を割かない。少しでも横から邪魔が来たら後でお仕置き。分かったら返事!」

「「っはい!」」


 化け物の中でも強そうな奴は優先的に殺し、弱そうな奴はあえてターゲットから外す。

 正面の道を潰し、敵が左右に分かれるよう調整する。

 一発の威力を上げ、敵を一つの塊としてまとめて処理したほうが楽なはずだ。

 でもなぜかこの方が気が楽だった。


 横にいる双子がどういう動きをしているのか私は見ない。

 何故なら任せると宣言したから。

 私はただ、正面を向き無尽蔵に湧いてくる化け物を討ち続けた。


 少し長めくらいの戦闘時間の後。

 私たち以外に動くものは居なくなった。


「カーラ、マール。ケガはない?」

「はい! お嬢様!」

「……あまりお役に立てず申し訳ございません。もう少し訓練を積んでいれば」


 命がけの戦闘を終え、気分が高揚しているマールと反省会を始めようとするカーラ。

 二人のメイド服にかすり傷こそあるが、その顔や手などの露出した部分に傷は無い。


「へぇっ、メイド服着用の訓練の成果が出てるわね。偉いじゃない」

「はい! むちゅうでがんばりました! ってちょっちょっとお嬢様! やめてください!」


 私は本当に傷がないのか気になった。保護者的な目線でだ。

 なので本人に許可を取らず、袖をめくったり、スカートの中を確認した。

 だが流石にそれにはマールが怒りだす。


「あら残念。カーラは?」

「……はい。スカートでも慣れれば色々と応用が利くと分かったのが収穫です」


 マールを見ていたカーラは最初からスカートを押さえていて手が出せなかった。


 二人で散々遊んだ後、私は地面に転がる自称王子様の元へと赴いた。

 特に意識して攻撃したわけではないのだが、彼は化け物たちに交じって突撃していたらしく、いつの間にか地面に転がっていたのだ。


「じゃあそろそろ終わりにしましょうか」


 カーラから借りた剣で彼の喉元に触れる。


「っく。魔女が……この化け物め!」


 王子さまは泥にまみれた顔で私たちを睨む。

 胸に大きなダメージが入ったらしく、口から血が溢れている。。

 残された時間はそれほど多く無いというのに助命、救命すら頼まず、その口からは血と一緒に怨嗟が垂れ流される。


「地面に転がったままにらんでも、そんな姿を怖がる生き物はいないわよ」

「黙れ! それもあの女が俺の物にさえなっていればッ!」


「あの女?」


 黙っているように命令しておいたのだが、ついマールがその言葉に釣られて反応してしまった。


「領主の娘だ! この俺様が貰ってやると言ったのに断りおって! この地の魔物の力さえ手に入れれば貴様なんかに!」

「(……お嬢様、領主の娘というのはもしかして)」


 こっそりとカーラが小声で質問をしてきた。

 私はその頭を少し強めになで、術で小さな光りを灯す。


 地面に寝ているせいで逆光になり今まで見えなかった私の顔がこれでよく見えただろう。

 怒りで目を見開いたその顔から血の気が引いていく。

 まあ血は本当に失われていっているが。


「婚姻を申し込むなら、相手の特徴くらい覚えておきなさい。そんなんじゃ私の可愛いメイド以下よ、王子様」


 私は、剣をそっと振り下ろした。




 ────────────



 その後、村へは私の父を通し失踪した王子探索の協力要請なども来たがそれもすぐ静かになった。

 魔物を使うという行為は彼個人が国に隠れて行っていたようで、それに対する支持者も少なかった。

 なので化け物の巣近くに散乱した兵士たちの鎧を見ただけで調査隊は納得してしまった。


 そして私は、その後も変わらず村はずれの小さな家でメイド二人と暮らしていた。

 そもそも私がこの村に来た理由は、村長からの『最近不審者が出ている』という報告を見たからなので、もうこの村に留まる理由はないのだが可愛いメイド二人との暮らしにすっかり慣れてしまった。

 それに実家を出ていくという約束は消えていない。


 なにより今は、日々強くなろうと努力し続ける彼らを近くで見守るのが楽しくてしょうがない。

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