第72話 国境に向かうための準備【マリside】
ギョルシル村に着いてから四刻目、収穫作業に参加して三刻目の朝を迎えたマリは、不意に目を覚ました。
時刻は白午時、季節が麦季から白季の変わり目に当たる雪待月の朝は暗く、太陽は昇りきらず月は沈みきっていない状態だった。
本格的に白季になり始めているという事もあり、かなり肌寒くなっている時間帯でもあるが、新世代のアイスアサシンとして生まれた影響か、マリはそれほど寒く感じる事はなく、むしろ心地良さを感じていた。
「白午時の一四刻み、まだ外は暗いのね…(ラピス、はもう護衛に向かったのね。早いなぁ)」
相部屋になっているラピスの姿が無かったため、自分よりも早く目を覚まして護衛に向かったと考えた。
マリはベッドから起き上がると、枕元に置いているシンプルな黒いTシャツにカーキ色のハープ半ツに着替えた。
トゥーランドットとしてきていた着物の特徴を取り入れた紺色のカシュクール・ワンピースとマフラーと帽子は、アクセプト町で脱ぎ捨てた。
トゥーランドットだった時にヘルシャフトを殺して回っていた際に、ヘルシャフトがいる町や村の住民を巻き込んでいる可能性があるため、そういった者達に恨みを持たれている可能性がある。
容姿の特徴は同じでも雰囲気が違うため別人だと誤魔化せる可能性はあったが、特徴的すぎるカシュクール・ワンピースを着たままでは自分がトゥーランドットだと一般人に教えているような物だと指摘されたため、現在の服に着替えたのだ。
その服もそれほど着込んだわけではないのに、既にボロボロになっていた。
「少しだけ、散歩しようかな……」
そう思い立ったマリはそのまま客室から出て玄関に向かい、宿を出て付近を歩き始めた。
まだ早朝という事もあってか周りにはあまり人はおらず、いるとしても護衛として辺りをけいかいしている冒険者くらいだ。
その様子を見て回っていたマリは、穏やかな時間が流れている事から特に問題は起きていない事を感じ取った。
「(今日もヘルシャフトの襲撃はなかったみたい、空気が少しもピリピリしていないのが何よりの証拠。本当にいい事だわ) 問題は、私自身ね……」
そう呟きながらマリは自分の右手人差し指に着けているアーマーリングを見つめた。
マリは不安定な状態で氷の社の試練に挑んだ結果、正気を失うだけにとどまらず攻撃系以外の法術が使えない状況になってしまったのだ。
その結果、二〇〇人近くのヘルシャフトの襲撃を受けた際に仲間達の足を引っ張ってしまった。
(私が使える法術はどれもサポート向けの物ばかり。
これからの事を考えると、やっぱり攻撃系の法術を使えるようにならないとダメ。
それが分ってるのに、法術を発動出来なかった……)
マリは攻撃系の法術を使えない自分の状況に落ち込んでいた。
自分達の現在の最終目的地は風神龍の大峡谷、それまでの道のりは間違いなく長く険しい物。
何より今はヘルシャフトに狙われるバーナードキャラバンの護衛もあるのだ。
その事を考えれば、尚更法術を使える状態にならなければ畏敬ない。
大分辺りが明るくなり始めたため、マリは一旦宿に戻る事にした。
宿に戻ると、ロビーのソファーにヨキの姿があった。
「おはようヨキ」
「おはようマリ、散歩してたの?」
「白巳時ぐらいで目が覚めてね、二度寝できそうになかったからそのまま散歩してきてのよ」
マリはそう答えながらヨキの隣りに座ると、そのまま話を続けた。
「ケイの様子はどう? やっぱりまだ起きない?」
「うん、昨日のバンの話だと今日の朝には目を覚ますらしいけどまだ……。
ヒバリ君も疲れてたのか、ケイのベッドに寄りかかる形で眠ってた」
ヨキから未だに目覚めないケイの看病をしているヒバリの様子を聞いたマリは、顔を俯かせた。
ヨキとマリがケイとヒバリの二人の事を心配していると、そこに慌てた様子で水の入ったコップを手に走るヒバリの姿が合った。
慌てた様子のヒバリを見たヨキとマリは、ケイに何かがあったと悟りすぐさま声をかけた。
「ヒバリ君、起きてたの?」
「なんだか慌てた様子だけど、ケイに何かあったの?」
「あ、ヨキ殿マリ殿、丁度いい所に! つい先程、ケイが目を覚ましたので午じゃるよ!」
ケイが目を覚ましたと聞いた二人は、眼を見開きながらお互いに顔を見合わせ、再度ヒバリの方を見る。
少し間を置いて目に見えて分かる反応を示した。
「「ケイが起きたの⁉」」
「う、うむ。本当につい先程ではあるが、意識ははっきりとしていたでごじゃるよ」
「本当にケイが起きたんだ……。僕、ケイの所に行ってくる!」
「あ、ちょっと待ってヨキ!」
ヒバリからケイが目を覚ましたと聞いたヨキは、そのままケイが眠る客室まで走って行った。
マリの制止も聞かずに走って行ってしまったため、その場に残されたマリとヒバリは少し困惑していると、ヨキの足音を聞いていたのか、二人の傍の客室の扉が開き、中からフィービィーが出て来た。
「二人ともどうしたの? なんかあった?」
「あっ、フィービィーおはよう。今ヒバリから聞いたんだけど、ケイが目を覚ましたそうなの!」
「えっ! ケイが起きたの⁉」
何事かと思ったフィービィーはマリからケイが目を覚ましたと聞いて驚いていた。
全く起きる気配がなかったため、フィービィーの中ではケイが目を覚ますのはまだ先だろうと思っていたのだろう。
「うむ、どうやら喉が渇いて声が出ないらしく、水が欲しいと頼んできたため水を持って戻る途中にヨキ殿とマリ殿の二人に会ったのじゃ。
今から拙者達もケイの所に戻る故、他の客室にいる仲間達を呼んできてくれぬか?」
「OK任された! アタシ達もすぐに行くね!」
フィービィーに他の仲間達にもケイが起きた事を伝えて欲しいと伝言を頼むと、マリとヒバリは駆け足でケイがいる客室に戻った。
客室前に着いて中に入ると、そこにはケイに詰め寄るヨキの姿があった。
喉が渇いて声が出せないせいでケイに詰め寄ったのだろうが、その光景を見たマリは急いでヨキの傍に駆け寄った。
「ヨキ、落ち着いて! ケイは起きたばかりなんだからいきなり詰め寄ったりされると困惑しちゃうわ!」
「ヨキ殿、ケイは今喉が渇いて上手く喋れないでごじゃるよ。
ケイ、頼まれていた水でごじゃるよ」
「あり…が…とう、ヒバ…リ」
マリは興奮のあまり詰め寄っているヨキをケイから引き離し、その隙にヒバリが持ってきた水をケイに手渡した。
ヒバリから水の入ったコップを手渡されたケイは、そのままコップの水を飲み干した。
「プハァッ! あー、あー、うん、大丈夫そうだ」
「ケイ、大丈夫なの?」
「あぁ、心配掛けて悪かった、もう大丈夫だから」
「大丈夫な訳ないでしょう、ギョルシル村に着いて霊力回復薬と体力回復薬を飲んでからずっと眠り続けていたのよ!」
「そうでごじゃる。容態が回復したとはいえ、今日までの間皆大変だったでごじゃるよ!」
なんの問題もないといった様子で笑うケイに対し、マリとヒバリは説教をかました。
ケイ本人は対して気にしていないようだが、ギョルシル村に着いてから予想だにしていなかったトラブルが起こったたり、今日までケイが目覚めなかったためとても心配していたのだ。
そしてマリに引き離されたヨキが再びケイに話しかけようとした時、フィービィーからケイが目を覚ましたと聞きつけた仲間達が客室になだれ込んできたため、一種の騒ぎになったのは言うまでもない。
「本当に良かったよケイ、三刻間近くも目を覚まさなかったから心配してたんだよ⁉」
「悪い悪い。俺が眠ってる間、大変だったみたいだな」
「大変なんてレベルじゃないわ。
ヨキの収穫ペースが速すぎて作業が回らなくなったり、ヨキがラッド族の冒険者と戦われたりでパニックだったんだから」
「それにヒバリがつきっきりで看病してくれてたからちゃんとお礼を言うのよ?」
ケイが目を覚ました事に喜ぶヨキだったが、ヒバリと交代してケイの看病をしていたマリはディモルフォセカと共に、三刻間近く眠り込んでいたケイの反応を見ながら、呆れた様子でどれだけ自分達が大変な目に遭っていたのかを話した。
そして自分達が自由に動けるよう配慮し、ギョルシル村に着いてからケイの看病に時間を費やしたヒバリにちゃんとお礼を言うようケイに注意した。
ようやく落ち着いて話を進められると判断したキールから、今日一刻の説明があった。
「ギョルシル村に着いてから今日で四刻目だ。
明日にはエナジーフルーツの収穫を護衛以外の冒険者総動員でおこない、明後日の黒巳時にはギョルシル村を出る。
だから全員今日中には国境に向かうまでにそれぞれが必要な物を準備する事。
全員共通で必要になる物は収穫作業初日の内にスズが確認して準備してくれているから、全員スズに礼を言っておくようにな」
「「「はーい」」」
「レイアは確か煙玉に使う香辛料が欲しいのよね?」
「そうだね、名前の通りゲキカラだからからい成分がメインになるコウシンリョウが欲しいな。
マリは何がひつよう?」
「私は露店を見てから決めるわ。まだ自分でも分かってないから」
レイアは戦闘で使う煙玉を作るのに必用な香辛料が欲しいと主張し、マリは露店を見てから自分が何を必用としているか決める事にした。
その後、午前の作業に参加するのはケイ、ヒバリ、ディモルフォセカ、カトレア、ラヴァーズ、スズ。
午後からはヨキ、バン、リース、マリ、レイア、ニヤト、フィービィーの二グループに分かれる事になった。
「朝から凄く賑わってるわね。ギョルシル村の人達も露店を見に来てるみたい」
「これだけのぎょうしょうにんが来れば手に入れるのに時間がかかる物でもすぐ手に入るからね。
今の内に手に入れられる物は手に入れておきたいんだよ」
マリとレイアの二人は、多くの人々で賑わっている広場を見て回りながら目的の香辛料を探していた。
すると他の冒険者と共に行商人の護衛をしているヒエンの姿があった。
その威圧的な雰囲気から、ヒエンの周りには誰もおらず、むしろ話しかけず来という雰囲気が漂っていた。
だがそんな事を気にしないのが、マリである。
「ヒエン、おはよう。朝から護衛お疲れ様」
「なんだ、お前らか。朝っぱらから何している?」
「キールの提案で、個人で必用な物を探しているところよ。
私は特に決まっていないけど、レイアは煙玉に必用な香辛料を探しているの」
マリは当たり前のように露店を見に来た目的をヒエンに話しているが、マリが平然とヒエンに話しかけている姿を目撃した周りの人々は驚いた様子だった。
「おい見ろ、あのヒエンが女の子に話しかけられているぞ⁈」
「ヒエンって、あの“敵喰らい”のヒエンだよな?」
「間違いない“稲光の悪魔”のヒエンだ」
「あのヒエンが綺麗な女の子に話しかけられている、だと……⁉」
「あ、あの女の子、もの凄い度胸ね……」
(うわぁ、すごい目立ってるなぁ……)
ギョルシル村の住人や行商人もそうだが、冒険者の間ではかなり有名人らしく、ヒエンがマリと話している様子を信じられないといった様子で見ていた。
マリは全く気にしていなかったが、一緒に行動しているレイアからすれば十分すぎる程マリの行動は目立っていたのだ。
ヒエンも自覚はあったらしく、周りが自分とマリが話している様子を物珍しがられているのをうっとうしく感じていた。
その状態から解放されたいため、ヒエンはマリにこの場所から離れるように言おうとすると、他の冒険者がマリ達の元によってきた。
「交代の時間だ、護衛の任を変わろう」
「交代だって。ヒエン、どうせなら私達と一緒に露店を見て回りましょうよ」
「待て、なんでそうなるんだ?」
「ギョルシル村に着いてからあんまり話してなかったでしょう?
それにずっと護衛してたら調子も出ないだろうし、気分転換にもなるもの。
それじゃあ早速見て回りましょう♪」
「おい、待て、腕を掴むな、引っ張るな⁉」
ヒエンが休憩していたと思われる冒険者から交代の時間と言われた瞬間、マリはヒエンに露店を見て回ろうと提案すると同時に、両手でヒエンの右腕を掴むとそのまま引っ張っていった。
あまりにも突然の事だったため、ヒエンはマリの両手を振り払うタイミングを掴めずそのまま引っ張られていったため、その光景を見ていた周りの人々は更に驚いていた。
「稲光の悪魔が女の子に引っ張られていった、だと⁉」
「敵喰らいが女の子に翻弄されているわ……っ⁉」
(マリの行動力は相変わらずだなぁ。僕も二人のあとをおいかけよう)
マリに翻弄されるヒエンの姿を見て周りがどよめく中、二人のやり取りにすっかり慣れてしまったレイアは当たり前のような反応をし、そのまま二人の後を追いかけた。
休憩時間になってヒエンをまき込み、マリとレイアは香辛料の露店を探して回った。
レイアだけならそれほど違和感はなかったのだろうが、ヒエンがマリと行動している姿は周りからすれば十分すぎるほど違和感があったらしく、最早見世物状態になっていた。
「それにしても香辛料が中々見つからないわね。
そういえばレイア、香辛料が欲しいって言っていたけどどんな状態の物が欲しいの?
やっぱり加工済み?」
「そうだね、あと二刻もすれば出発するから、できればふんじょうの物がいいな」
「粉状の物なら昨日売っている露店を見たわ、試しにそこに行ってみない?
ヒエンもそれでいい?」
「わざわざ俺に聞かなくてもそれで問題ないだろう、さっさと行くぞ」
粉状になっている香辛料を取り扱っている露店の場所を知っていたマリは、ヒエンとレイアにその露店へ行く事を提案した。
それに対し、ヒエンは現在の自分達が見世物状態になっている雰囲気に嫌気がさしており、少しでも周りの視線から逃れるためにそのまま先に進んだ。
だが、ヒエンが先に進もうとした瞬間にマリが素早く右腕を掴んできたため、行動を制限される羽目になった。
それだけではとどまらず、マリはそのままヒエンにピッタリとくっついた。
「これで良し」
「良かねぇよ! 離れろ!」
「だって露店の場所は私しか知らないもの。そのまま一人で先走ったら迷子になるじゃない?」
「ならねぇよ! レイアでもねぇのに誰が迷うか!」
「おいヒエン、僕に例えるな! 僕だってそんなかんたんに迷子にはならないぞ!」
ヒエンに迷子のたとえとして自分が上げられた事に腹が立ったレイアは、そのままヒエンに文句を言った。
一方ヒエンはマリにくっつかれたため更に目立ってしまい、かなりの頻度で周りが騒ぎ始めたためかなり参っていた。
「兎に角俺の腕にくっつくな! いい加減離れろ!」
「仕方ないなぁ、じゃあ手を繋ぐ方に変えましょうか」
「そういう問題じゃねぇ!」
「ヒエン、あきらめろ。一度そうなったらマリはぜったい止まらないぞ」
抱きつく事を嫌がられたため、マリはヒエンの右腕から離れるとそのまま右手を握る事に変更した。
右腕にくっついた状態から右手を握った状態に変わっただけであるため、ヒエンとしては全く解決していない状況だった。
そのやり取りを見ていたレイアはヨキとケイ並みにマリの性格を把握しきっており、ヒエンに諦めるように進言した。
そうこうしている内に、マリが見つけたという香辛料を取り扱っている露店に着いた。
「着いたわ、ここが香辛料の露店よ」
「本当だ! 本当にふんじょうのコウシンリョウがたくさんある!」
「おぉ、お客さんいらっしゃい……て、えぇーっ⁉」
自分の露店にお客が来た事で、歓迎の言葉をかけようとした香辛料の行商人だったが、マリとヒエンが手を繋いでいる姿を目にした途端に驚きの声を上げた。
どうやら香辛料の行商人もヒエンの事は知っていたようで、マリと手を繋いでいる姿が信じられないといった表情だった。
「すみません、辛い成分のある香辛料をいくつが欲しいんですけれど、オススメの物はありますか?」
「か、辛い香辛料ですね⁉ それでしたらハバネロとかジョロキアとかマグマ唐辛子とかあとそれから地獄胡椒に雷山椒なんてどうでしょう⁉」
「だって。レイア、どれを買うの?」
「マグマトウガラシとジゴクコショウとカミナリザンショウの三種類で頼む。
それから量はマグマトウガラシとカミナリザンショウが三〇〇グラム、ジゴクコショウだけ一二〇グラムで」
「わ、わかりました! マグマ唐辛子と雷山椒が三〇〇、地獄胡椒が一二〇グラムですね!
合計一八〇〇〇マニーです!」
レイアに激辛香辛料の煙玉を作るのに必用な香辛料と量を指定された香辛料の行商人は、マリとヒエンが手を繋いでいる光景を目の当たりにして困惑しながらも、指定された香辛料と量を小分けにして袋に入れていき、それをレイアに手渡した。
レイアは苦笑しながらも指定された金額を香辛料の行商人に渡した。
レイアが香辛料を受け取ったのを確認していると、マリの視界に油と蜜蝋を取り扱った露店が目に入った。
「あら? あそこに置いてあるのって……」
「どうしたんだマリ? 何か気になる物でもあったか?」
「えぇ。ちょっとあそこの露店を見てもいい?」
「構わない、構わないからいい加減に手を離してくれ……」
「……マリ、ヒエンの手をはなしてやって」
油と蜜蝋を取り扱った露店が気になるマリは、ヒエンとレイアに確認をとると、ヒエンが力なく答えた。
完全に周りから見世物状態になっているため、いい加減に解放されたいのだろう。
ヒエンが参っている状態を見たレイアは、これ以上はヒエンの精神状態が危ないと感じ、マリにヒエンの手を離すよう進言した。
マリはレイアがどういった意味でヒエンの手を離すように言ったのか理解していなかったが、レイアに言われた通りにヒエンの手を離した。
やっとマリから解放されたヒエンだったが、十分すぎる程目立ってしまったためかなり参っていた。
ヒエンの手を離したマリは、そのまま油と蜜蝋を取り扱った露店に近寄り、並べられている油の瓶を確認した。
「やっぱり、金盞花の浸出油だわ」
「しんしゅつゆ? ってなんだ?」
「ベースになる植物油に薬草を漬け込んで、つけ込んだ薬草の成分を取り出した油の事よ。
わかりやすく言うなら、植物油に一手間加えた物ね。
これの場合金銭花が使われているから、金盞花油と呼ばれているわ」
金銭花油を見つけたマリは何処か嬉しそうな様子で金銭花油を一瓶手に取ると、油と蜜蝋を取り扱っている行商人に声をかけた。
「すみません、金盞花油一瓶と蜜蝋を三〇g下さい」
「かしこまりました。所でお嬢さんは、そちらのお兄さんとは恋仲で?」
「あ、ぜんぜん違います」
油と蜜蝋を取り扱う行商人はマリとヒエンの関係が気になったらしく、金盞花油と蜜蝋を購入したマリに話を伺ったが、マリは当たり前のように行商人が考えているような関係を否定した。
マリは金盞花油と蜜蝋を受け取ると、そのまま自分達が泊まっている宿まで戻った。
途中、ギョルシル村の雑貨店に立ち寄ってクリーム容器を六個購入し、宿の外にあるテラスに移動すると、レイアは購入した香辛料で煙り玉を作り始めた。
外装は旅の道中に拾い集めた胡桃の殻を器にし、硫酸カリウムの代わりにあらかじめ持っていたビーコンパウダーと呼ばれる素材を使用する。
ビーコンバタフライと呼ばれる魔物から採取できる素材を代用する事で、子供でも煙玉を作る事が出来るのだ。
そしてマリは宿から借りた小鍋と小さな耐熱ボウルを使い、金盞花油と蜜蝋を溶かし混ぜていた。
「なんか、すごく落ち着く匂いがする……」
「生の状態だと匂いがきついけど、こうして浸出油にすると丁度いい感じになるのよ。
肌のトラブルにいいから、軟膏にして女の子全員に渡そうと思うの。
精油があれば、もう少し匂いを押さえられるんだけどね」
「軟膏を作る余裕があるなら、治療用の道具を一式揃えたらどうだ?」
マリが軟膏を着く様子を見ていたヒエンは、ヨキやケイが持っているような医療用道具を揃えるべきではないかと指摘した。
だがマリは困った様子でヒエンの指摘を否定した。
「そうかもしれないけど、今は無理よ。
持ち運びできる医療用道具を一式揃えるとなると、かなりの金額になっちゃうから、今は手を出しても問題ない物に絞らなくちゃ」
マリも元々医療用道具を持っていたが、何処かに落としたのか捨ててしまったのか、今となっては分からないがトゥーランドットだった頃(正気を失っている間)に無くしてしまったのだ。
位置から揃えるとなると、十万以上の金額になるため旅の資金に打撃を与えてしまうと考えたマリは、当分手を出さない事にしたのだ。
その代わりとして金盞花油と蜜蝋を購入し、軟膏を作っているようだ。
金銭花油と蜜蝋が溶けて混ざったのを確認すると、均等になるようにクリーム容器に入れていき、仏に膜が出来たのを確認してから竹串でかき混ぜたあとにケーキを作る容量で軟膏に含まれた空気を抜いていく。
軟膏が完全に冷め切ったのを確認すると、容器に蓋をして目に付く所に保存期間を記入した。
「これで完成ね。はいヒエン」
マリは完成した金盞花軟膏の内の一つを、ヒエンに手渡した。
女性陣に渡す筈の金盞花軟膏を手渡されたヒエンは、表情は変わっていないように見えたが眼を見開いていた。
「なんで女物の軟膏を渡すんだ?」
「別に女の子用って訳じゃないわよ?
女の子達に渡そうと思ったのは、皆肌の事気にしてるんじゃないかなぁっと思ってね。
ヒエンに渡したのは、傷の手当用にと思ってね」
「はだのトラブルに良いんじゃないのか?」
「金盞花は肌トラブル以外にも傷ついた肌にも良いの。
ヒエンって怪我してもあまり手当をしない方だから、簡単にでも手当出来るようにね」
マリが金盞花軟膏を渡したが理由は、ヒエンが他の誰かからの手当を受けなかったとしても自分で簡単に手当ができるようにと考えての事だった。
正気を取り戻して以降、ヒエンには迷惑をかけてしまったと思ったのだろう。
そのため、簡単に傷の手当に使える金盞花軟膏を渡したのだ。
「だから、これはヒエンが持っていて。きっと役に立つから、ね?」
「……はぁ、分かった。これは俺が預かっておく、それでいいな?
俺はそろそろ護衛に戻る」
「えぇ、それで全然良いわ」
マリから金盞花軟膏を手渡されたヒエンは、受け取った軟膏を懐にしまうとそのまま行商人の護衛に戻っていった。
ヒエンが護衛に戻っていくのを見届けると、マリとレイアは宿から借りていた道具の片付けを始めた。
「マリ、ホウジュツのことだけどあんまり気にするなよ?」
「ありがとうレイア。大丈夫、私も頑張るから。
それじゃあ道具を返却したらお昼を食べて、エナジーフルーツの収穫に向かいましょう」
「そうだな。ヨキもさんかしてるだろうから、きっとこんらんしてるぞぉ……」
レイアはヨキのエナジーフルーツを収穫する姿を想像した途端、一気に気が落ち込んだ。
そんなレイアの反応を見たマリは苦笑しながらもテキパキと道具を片付け、宿に返却した。
その後昼食を終えてエナジーフルーツ畑に向かうと、案の定ヨキが原因で現場が混乱していたため、マリが訪れた途端救世主としてあがめられたのは言うまでも無い。
後日談にはなるが、レイアも一緒に行動していたにも関わらず、マリとヒエンが一生に行動している姿を目撃した者達は大変驚いていた。
中にはあり得ない幻覚を見ていたのではないか、自分達の目が可笑しくなったのかと思う者がいるほど、珍しいがられたため結果的にヒエンが悩まされる羽目になった。
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