第62話 収穫作業での一騒動
ヨキはバンとディモルフォセカ、護衛として雇われた他の冒険者達と共に、ギョルシル村の名産物であるエナジーフルーツの収穫の手伝いをしていた。
麦季から白季の変わり目である雪待月は丁度エナジーフルーツの収穫期らしく、ギョルシル村で営む小さな農園の一部は辺り一面にエナジーフルーツが実っていた。
そのため村の住民だけでは収穫が間に合わないらしく、今のように冒険者に依頼して収穫しているのだそうだ。
「おーい、籠一杯に溜まったから新しい空の籠をくれー」
「わかりましたー。それじゃあ先に溜まった籠を下ろして下さーい」
エナジーフルーツの木に登っていた三十代前半の男性冒険者はエナジーフルーツが入った籠を慎重に下ろし、ディモルフォセカは籠を受け取ると籠の取手からフックを外し、空の籠の取手にフックを引っ掛けると、ロープを引っ張り合図を送る。
そしてエナジーフルーツが溜まった籠を、収穫したエナジーフルーツの検品をしている村の住民の元に運ぶ。
「次の籠、持ってきました」
「ありがとう、もうすぐ次の籠が空くからもう少しだけ待ってて」
「はい、分りました」
エナジーフルーツが溜まった籠をディモルフォセカから受け取った中年の女性は、受け取った籠をエナジーフルーツが入った籠が置いてある場所に置くと、自分の傍に置いていた検品中のエナジーフルーツの籠に手を伸ばし、検品作業に戻った。
エナジーフルーツは希少価値の高い木の実という事もあり、一つ一つ丁寧に、時間を掛けて商品として出荷する事ができる物とそうでない物を仕分けていく。
商品として出荷できる物は保存性が聞く箱に入れて鮮度を保ち、一部は種を取り除いて天日干しにドライフルーツに加工。
そうでない物があった場合は虫食いの物は肥料にし、少し傷んでいた場合は痛んだ部分を取り除いてジャムやジュースに加工してヨキ達が向かう国境の街まで輸送され、他の地域や国へと売買される。
無論、ギョルシル村でも売買されているため立ち寄る旅人や冒険者達にも人気の品だ。
「待たせたね、次は向こうの木に登って収穫してる坊やの所に空の籠を運んできてくれ。
他の冒険者よりも手際が良すぎて、追いついてないみたいなんだ」
「わかりました」
検品を終えた中年の女性からからになった籠を受け取り、次の場所に籠を持って行くよう頼まれたディモルフォセカは、指定された場所まで行くと何処ではちょっとした騒ぎになっていた。
一本のエナジーフルーツの麓には、エナジーフルーツが入った大量の籠が置かれており、地上で籠を運んでいる冒険者達がてんやわんやしていた。
その光景を見たディモルフォセカは、思わず近くにいた冒険者に声を掛けた。
「どうしたんですか、この大量のエナジーフルーツの籠?」
「それが、あそこにいる坊主が原因だよ」
そう言いながら冒険者はこの騒動の原因となった人物がいる方向を指さす。
そこにいたのは、生き生きとした様子でエナジーフルーツを収穫するヨキの姿だった。
ヨキは手際よく熟したエナジーフルーツを収穫していき、籠が一杯になれば木の上から降りて勝手に空の籠と入れ替えてまた登って収穫し、その木に熟したエナジーフルーツが無くなればほかの木に飛び移って収穫を続行していた。
「え、この騒動の原因はヨキなの⁈」
「なんだ、嬢ちゃんの知り合いだったのか」
「え、えぇ、はい。彼、確か山の中にある村で育ったって聞いてます…」
「いやぁ張り切るのは良いんだが、流石にこのペースで進められるとこっちが追いつかないんだよなぁ」
そう言いながら冒険者の男はヨキの方を見ながら困った表情をしていた。
ディモルフォセカが冒険者の男から事情を聞いている間にも、ヨキはエナジーフルーツの収穫を続けていた。
普段のヨキからは考えられないくらい生き生きとした表情をしており、収穫作業が楽しくて仕方がないという様子だった。
何より周りの声が聞こえていないようで、エナジーフルーツを入れる籠が一杯になると素早く降りて地上に降ろすと、すぐさま空の籠を手に取って木に登り、素早く熟したエナジーフルーツを収穫していく。
近くにいた冒険者が他の冒険者に渡すために用意した空の籠を勝手に持って行ってしまい、空の籠が行き渡っていないのが明らかだ。
そのせいで他の冒険者に空の籠が渡らず、溜まった籠が溢れて地上の冒険者達が対応し切れていない事に気付いたディモルフォセカは、収穫作業を行っているヨキに声を掛けた。
「ヨキーっ! 何してるの、一旦降りてきて!」
「あれ、ディルカさん? 何してるって、エナジーフルーツを収穫してるだけですよ?」
「そうじゃないのよ、そうじゃなくて、兎に角一旦降りてきて!」
焦った様子のディモルフォセカを見たヨキは、一体何事かと思いながらも、作業を中断して言われた通りにおりてきた。
「どうしたんですか? そんなに慌てて…」
「ヨキ、貴方の収穫のペースが速すぎるのよ。
周りを見て、貴方が収穫したエナジーフルーツが多すぎるのと勝手に空の籠を持って行くから、他の人達が困ってるのよ」
「確かに嬢ちゃんの言う通り、ちょっと、いやかなり混乱してるな…」
ディモルフォセカと冒険者に言われたヨキは、周りを確認すると、ヨキが収穫したエナジーフルーツが入った籠を大慌てで検品場所に運んだり、空の籠が届かず収穫作業ができないで困っている冒険者達がエナジーフルーツの木の上で困ったようにしていた。
二人が言った通り他の冒険者達が混乱していた。
「すみません、恵みの村にいるみたいで、楽しくてつい…」
「え、村でもこんな感じで収穫していたの?」
「はい、毎年桜季の卯花月緑季との水張月にマルベリーの木に登って収穫してました」
ヨキは笑顔でそう答えていたが、それを聞いたディモルフォセカは呆気に取られていた。
普段のヨキはかなり大人しく、ヘルシャフトや魔物と遭遇しない限り忙しく動き回る事はないため、普段のヨキからは考えられなかったのだろう。
だが、ヨキが木から木へ飛び移ったり、エナジーフルーツの収穫が他の冒険者よりも早い理由が、恵みの村で毎年マルベリーの素材を収穫していたからだとわかり納得もした。
「卯花月にはマルベリーの新芽を収穫して天ぷらにしたりおひたしにして食べたり、水張月にはマルベリーそのものを収穫してシロップ漬けにしてました。
他の時期にも薬に加工する目的で枝とか皮も取ってました」
「楽しいのは良いけど、他の人達の邪魔になるような事してはダメよ。
運ぶ側からすればひとたまりもない量よ、もう少し収穫するペースを落として、これじゃあ全然回らないわ」
「おーい次の籠持って来たぞー!」
ヨキは楽しそうな様子でマルベリーの素材の使用目的を話していたが、ディモルフォセカは困った様子でヨキに注意を促した。
ディモルフォセカがヨキの行動に対して注意を促していると、ヨキと同じようにエナジーフルーツの収穫をしていた筈のバンが大量の空の籠を持って来た。
その姿を見たヨキとディモルフォセカは、少々驚いていた。
「どうしたのバン、その大量の籠?」
「あっ? あぁ、これか? なんかエナジーフルーツを収穫してたら空の籠とエナジーフルーツが入った籠を運ぶ人手が足りないって言われて、こっちに回されたんだよ」
「ごめん、それ僕が原因だったみたい」
「お前が犯人か⁉」
籠を運ぶ人手が足りない原因がヨキだと知ったバンは、思わず叫んだ。
流石にこれだけの量を一人で収穫したとなると、驚かずにはいられないが現場が混乱するのも納得がいった。
現場を混乱させた犯人がヨキだった事に対してはかなり意外だったようで、バンはヨキにエナジーフルーツの収穫の手際が言い理由をヨキ本人に尋ねた。
「なんでそんなに手際が良いんだよ?」
「それが、今みたいに恵みの村で毎年マルベリーの収穫をしていたから慣れているそうなのよ」
「いやでもマルベリーとエナジーフルーツって一応違うだろう?
どうやって収穫できるエナジーフルーツとどうじゃないエナジーフルーツを見分けてるんだよ?」
バンが指摘した事はもっともだ。
ヨキがエナジーフルーツの存在を知ったのは今回が初めてであり、初めてで熟したエナジーフルーツを見分けて収穫するなんて難しい事はできない筈なのだ。
そんなバンの質問に対し、ヨキは熟したエナジーフルーツと熟していないエナジーフルーツをどう見分けているのか説明し始めた。
「エナジーフルーツって基本的に黄色いけど、熟した奴はほんのり赤みがかってるんだよ。
実そのものを食べても美味しいし薬の材料にもなるけど、種も薬の材料にもなるし、僕としては花の方が美味しいかな。
ほんのり甘くて食べやすいし…」
「へぇ、そりゃあ初耳だな」
「どうしてそんな事知ってるの? 恵みの村にも自生してたの?」
「それは、それは…」
エナジーフルーツの特徴を何故知っているのか聞かれたヨキは、何故自分がその事を知っているのかわからなかった。
するとバンの左手が痛み出し、バンの意識は失われたヨキの記憶の中へと飛んだ
*****
《ここは、ヨキの記憶の中か。この感じからして、峡谷か?》
バンが入り込んだヨキの記憶は、険しいながらも自然が生い茂る峡谷のような場所だった。
辺りには誰もいなかったため、バンは上流を目指して進み始めた。
《峡谷って確か幅が狭くて、谷壁斜面が垂直だったり急傾斜だったりして人が住むにしては難しい場所の筈…。
こんな所で誰か住んでるのか?》
峡谷という場所の特徴を思い出しながら、バンはヨキの記憶の中を進んでいく。
しばらく進んでいく内に、ギョルシル村で育てられているエナジーフルーツの木と同じエナジーフルーツの群生地帯を見つけた。
ただし、時期が少し違うのかエナジーフルーツは実って折らず、代わりに黄緑色の桜のような花が咲いていた。
《あれはエナジーフルーツの木だ。
そう言えば今回ヨキが記憶を取り戻すきっかけになったのは、エナジーフルーツだ。
ヨキはエナジーフルーツがある場所で育ったのか…》
そう考えながらバンはエナジーフルーツの群生地を進んでいくと、一本のエナジーフルーツの木の下に見覚えのある姿を見つけた。
幼い頃のヨキがヨキに似た雰囲気を感じさせる少年と一緒にエナジーフルーツの木の下で座り着こんでいた。
幼いヨキは少年に手渡された黄緑色の桜のような花を不思議そうに見ていた。
『このおはななぁに?』
『これはエナジーフルーツの花だよ。
普段の黄色いエナジーフルーツは甘酸っぱくって美味しいし、種と同じで薬の材料にもなるけど花の方も甘くて美味しいんだ』
『ぼく、あまいのスキだけど、すっぱいのにがて…』
『***は酸っぱいの苦手だったね。
でも、花の方は本当に甘いだけだから、食べてごらん? きっと気に入るから』
少年に勧められた幼いヨキは、顔をしかめながらもエナジーフルーツの花を口の中に放り込んだ。
口の中でエナジーフルーツの花を嚙み砕くと、幼いヨキは目を見開いてしばらく呆けていたが次には目を輝かせて笑っていた。
『おいしーっ!』
『アハハッ、気に入ったみたいだね***』
『うん! ぼく、みのほうよりもおはなのほうがスキ! もっとちょうだーい!』
隣にいる少年にそう言いながら、幼いヨキは子供らしい愛嬌でエナジーフルーツの花を強請る。
少年の方は少し困った様子ではあったが、断る事なく幼いヨキにエナジーフルーツの花を与えた。
どこにでもいる兄弟のやり取りのように見えるが、少年が話している途中でノイズがかかったように聞き取れない部分があり、その事に対して疑問を抱いていた。
《さっきから聞こえるノイズみたいな音、なんて言ってるんだ?
上手く聞き取れないなぁ…。
それにヨキと話してる奴、どっかで会った気がするんだけど…》
そんな事を疑問に思いながら、目の前の光景が薄れ始めたため時間切れになり、現実に戻る時間になった。
*****
次に霧が晴れた時には現実に戻ってきていた。
目の前にいるヨキはまだ呆けた状態でおり、ディモルフォセカが自分の顔をのぞき込むように指定見ていたため、バンは少々驚いていた。
「バン、やっと意識が戻った! もしかしてヨキの記憶が…⁈」
「あ、あぁ。所でヨキの方は?」
「まだ放心状態のままよ。今もまだ意識が戻ってないみたい」
そう言いながらディモルフォセカはヨキの方を見ながら、ヨキの現状を伝えた。
ディモルフォセカの言った通り、ヨキは意識が何処かに飛んで言ってしまったかのように放心しており、冒険者の男がヨキの目の前で手を振ってみたり、かるく揺さぶってみたりなど心配そうに面倒を見ていた。
今回はヨキの意識が戻ってくるのが少し遅いようだ。
「それで、今回はどんな内容だったの?」
「何処か峡谷みたいな所にあるエナジーフルーツの群生地帯で、ヨキがヨキと雰囲気が似た奴にエナジーフルーツの花について説明してヨキがエナジーフルーツの花を食べる内容」
「本当に食べれたのね、エナジーフルーツの花。
ちょっと待って、エナジーフルーツの群生地帯ってそう簡単には見つけられない筈よ?」
バンから失われたヨキの記憶の内容を聞いたディモルフォセカは、エナジーフルーツの希少性を知っていたため、その群生地帯を見つけるのは容易ではないと思った。
それに対しヨキの失われた記憶を見たバンは、少しの間考え込み、自分が気付いた事をディモルフォセカに伝えた。
「もしかしてだけどさ、ヨキは元々エナジーフルーツの群生地帯がある場所で暮らしていたんじゃないかと思うんだ?」
「どういう事?」
「ヨキは記憶を失う前からエナジーフルーツの事を知っていた。
それはエナジーフルーツが身近な場所で手に入ったからで、そこで暮らしていたからだと思うんだ」
「つまり、峡谷で、エナジーフルーツの群生地帯がある場所がヨキの生まれ故郷、って事?」
「だと思うんだよ。それに、ヨキにエナジーフルーツの花の事を教えてた奴、どっかで会った気がするんだ」
ヨキにエナジーフルーツの花の事を教えた人物に会ったかもしれない、そう聞いたディモルフォセカは驚いていた。
バンは失われていたヨキの記憶の中で、エナジーフルーツの花の事を教えていた人物に何処であったかを思い出そうとする。
その時、放心状態に陥っていたヨキが回復し、慌てた様子で周囲の様子を確認していた。
「あれ? ここってギョルシル村のエナジーフルーツ畑⁇」
「大丈夫か坊主? お前さん一刻み以上は放心してたぞ?」
「放心してた、て事は、記憶を思い出してたんだ」
「ヨキ、さっきまでどんな事を思い出してたか覚えてるか?」
意識が回復したヨキは冒険者の男から先程まで自分の状況を聞き、失われた記憶の内容を思い出していた事を思い出した。
ヨキの意識が回復した事に気付いたバンは、ヨキに思い出していた記憶の内容を覚えているか確認を取る。
「えっと、僕が思い出していた内容は…」
バンに聞かれたヨキは、先程まで思い出していた記憶の内容を思い出す。
そして記憶の内容を思い出した時、ヨキは呟いた。
「そうだ、僕にエナジーフルーツの事を教えてくれた人がいて、僕の名前を呼んでくれた人…。
その人は、誰? 僕の名前は、なんていうの…?」
ヨキは自分にエナジーフルーツの特徴を教えてくれた自分がいた事を思い出したが、それが誰のかは思い出せなかった。
そしてその人物が自分の名前を呼んでいたが、名前だけは聞き取れる事ができなかった。




