第44話 記憶にはない懐かしい記憶
無事にマリの心を取り戻す事ができたヨキ達は、暫くの間、町にとどまり復興に取り組んでいた。
マリの負の感情の塊もといトューランドットによる被害はかなり深く、住居の大半が倒壊していたり、戦いの余波で薬がダメになっていたり、重傷を負ったヘルシャフト達がいたりと、そう簡単に日常に戻る事ができない状況だった。
何より町の住人達の大半が怪我をしており、瓦礫を片付けて住居を立て直すにしても人手が足りないとの事でヨキ達が協力を申し出たのだ。
トゥーランドットに襲われたヘルシャフト達はソラの懸命の治療により、傷はすっかり治っていた。
傷が癒えてヘルシャフトの本拠地に帰るヘルシャフトがいるのは当たり前だが、敬の優しさに触れウィアグラツとなる道を選ぶ者の方が多かった。
コレにはケイ自身一番驚いていた。
「おーい皆ー、そろそろ休憩にしようぜ―」
「さんせーい。丁度疲れて来たから休みたかったの」
「よっしゃ! 休憩がてら皆でバルーン・アタックで勝負や!」
「「「余計に疲れがたまるから禁止!」」」
「ショボーン…」
「今日の作業が終わったら思う存分勝負していいから、今はちゃんと休もうぜ」
ケイはエアーガンを使った競技を禁止されたニヤトを励ますように話した。
それを聞いたニヤト本人も、とても喜んでいた。
ニヤトは新たにウィアグラウツとなった者達と人間達の交流を深めるために、その日の作業が終わった後にエアーガンによる小さな大会を開始した。
ウィアグラウ達は今まで人間の文化に触れた事が無かったために、どのようにエアーガンを扱うのか分からず戸惑っていたが、町の住人達から使い方、コツ、ルールなどを教わり、楽しめるようになっていた。
夜になれば士気を挙げるために町の演奏家とディモルフォセカの歌声による合奏。
その際ディモルフォセカは歌いながら踊っていた。
コレはカトレアに頼まれたための行動であるため、歌い終わると本人は顔を赤面させて物陰に隠れるという行動を必ずした。
町の住人達もウィアグラウツ達もそれが待ち遠しくて一刻も早く作業を終わらせようと全員で協力し、作業を進めていった。
「こうやって人と人とが協力し合ってるって、なんだか素敵ね」
「つい前まで敵同士だった者同士だったのに、こうしてみるととても平和に見えるねぇ」
「ケイのリーダーシップと包容力、ニヤトの仲間思いの厚い正義感にディルカの歌声。
これらがきっとヘルシャフトとの戦いを終わらせる鍵になるかもしれないわね」
「ケイに至っては今回の件で『この戦いを終わらせてヘルシャフトと平等に暮らす事ができる世界を作るぞ!』っと、言い出したでごじゃるからな」
「全く面倒な事しやがって……ま、オイラの前世でもそんな事考えてた奴もいたから、悪かないかな」
「世間話もいいが、今の段階で平和ボケしてる暇はないぞ。
問題はまだ残っているんだ」
先に休憩に入ったキール達が他愛もない話をしていると、ラピスがまだ問題が残っている事を指摘してきた。
今回の件でマリの事は解決したが、まだ解決していない事が残っている。
ヨキが失くしてしまった記憶、ヘルシャフトとの対立、リルの失踪とリルが背いた任務に深く関係しているバンの存在、ラピスの言う通り、解決しなければならない問題が残っていた。
ヘルシャフトとの対立はスピリットシャーマンとして必然的な物であるため、避けて通る事はできない。
ヨキの記憶については旅を続けていく中で自然と手掛かりを見つける事ができる可能性があるため、それ程問題ではない。
だが、リルの行方に関しては未だ手掛かりを掴む事はできず、バンが深く関わっている命令の内容もいまだに謎のままだった。
キール達が今抱えている問題について話し合っていると、マリが復興作業や休憩をとっている者達に声を掛けて回っていた。
「皆お昼御飯よー」
マリは町に住む女性達と一緒に昼食を作る手伝いをしていた。
トゥーランドットの件からマリもウィアグラウツ達も出来る限りお互いの接触を避けていた。
トューランドットは消えたとはいえ、負の感情の後遺症が残っている可能性があり、いつまた現れるか分からないためヒエンとレイアがつきっきりでマリの傍にいた。
ニヤト達日く、『レイアは兎も角、ヒエンが女の子につきっきりなのは非常に珍しい事』であるらしく、町の住人達も珍しそうにヒエンの様子を見ていた。
それからマリに問題はないというラピスとキールの判断により、少しずつウィアグラウツ達と接触出来るようになった。
「やっぱ働いた後の飯は上手いなぁ」
「町ももうちょっとで直りそうだし、明後日くらいには旅を再開できそうだね」
「今の目的はヨキの記憶、リルの行方だな」
「それだけじゃないぜ、一番の問題はバンとリルが背いた命令の関係だ」
キールはリルと出会った日からメリエント兄妹の証言により、バンがリルが背いた任務と深く関わっている事を既に知っていた。
自分の予想よりもはるかに重要だったらしく、今更ながら初めてあった当初に聞きださなかった事を後悔していた。
「ったく。ヨキの事といい、スズの事といい、なんでこう訳分かんない事ばっか起こるんだよ⁉」
「キール、そんなに怒っても意味ないから今は今の事だけ考えようよ?」
次々と降りかかる謎に逆切れするキールに対し、フィービィーはキールに落ち着くように指摘した。
するとそこに町の入り口の復旧作業を手伝っていたヨキとバンが戻ってきた。
二人が戻ってきた事に気付いたリースはすぐに二人に水が入ったコップを持って行き、コップを手渡した。
渡されたコップを受け取ったヨキは、すぐに入っていた水を飲み干したが、バンは気が抜けてしまったかのように水を口にするどころか、コップを手に取ろうともしない。
この町に留まってからこう言った事が多くなるようになったのだ。
「どうしたんですか兄さん? ……兄さん?」
「………」
「バン、バン。……バン!」
「え? あっあぁ、サンキュー、リース」
バンはヨキに怒鳴られて漸く我に返り、リースに手渡されたコップを手に取り入っていた水を一気に飲み干した。
それから軽く昼食を取ったバンはそのまま休憩が終わるまで、しばらく町外れの草原にいると言ってヨキ達のもとを離れた。
そんなバンの様子を見ていたヨキ達はなんだか心配になった。
「どうしたんだろバンの奴、最近変だよな?」
「そうね、私達が初めて会った時は全然活気があったのに、今は気が抜けてる感じね」
「ここ最近の食事の時も、かなり大人しいでごじゃるしな」
「ケイ、バンから何か見えたか?」
キールにバンから何か見えるかを聞かれたケイは、首を横に振る。
バンの変化に困惑する仲間達は、バンに何があったのかと話し合っているとヨキとリースはお互いの顔を合わせながら、仲間達に心当たりがある事を伝えた。
「バンから聞いたんだけど、最近変な夢を見るようになった、て言ってた」
「「「変な夢?」」」
「実は、僕も兄さんから聞いた話なんです。
たしか、知らないはずなのにどこかなつかしい場所を見るようになったって」
ヨキとリースからバンが変な夢を見るようになったと聞いた仲間達は、声を揃えて不思議そうに二人から話しを聞いた。
バンがその夢を見るようになったのは、リルがいなくなってしまった日。
つまり、バンがようやく自分がリルの背いた命令に関わっていると知った日の夜から、夢を見るようになったというのだ。
普通、夢は朝起きると全く覚えてはおらず、仮に覚えていたとしてもうろ覚えではっきりした事は思い出す事はできないのだ。
しかしバンの場合、目を覚ましてもはっきりと覚えているのだそうだ。
ある時は見知らぬ町、またある時は何処かの国の城の中、その夢に共通しているのは、必ず同じ顔も名前もわからない誰かがいるという事だけ。
話を聞いた仲間達は、バンの夢の見方を不思議に思った。
「なんだかバンの夢は変わってるわね」
「顔も名前もわからない誰か、か…。聞いた感じ、予知夢とかの類ではなさそうだな」
「そのユメ、まいばん見るんですか、バンさんは?」
「そうみたいなんだよ。不気味って訳じゃないらしいけど本人も少し不安みたいで」
「たえかねて僕とヨキさんにそうだんしに来たんです。
あんな兄さん、見た事ありませんでしたから」
ヨキとリースは仲間達に説明しながらバンの事を心配した。
普段のバンからは考えられないような感じだったため、仲間達もバンが見るという夢が何を意味しているのか分からず、解決しようがない。
他にわかっているのは、バンが夢を見るのは今の所、夜に眠っている時のみ。
ヨキ達がわかったのは、自分達の知らない間にバンの身に何かが起きた、という事だけだった。
*****
その頃バンは町外れの草原まで行き、寝転がっていた。
その頭上にはいつの間にかついてきたタメゴローもおり、体を丸くして大人しくしていた。
実はヨキとリースがニヤトに黙ってタメゴローに頼み、バンが一人で何処かに行くような行動をした場合、バンの傍にいてほしいと頼んだのだ。
「お、タメゴロー。お前も昼寝に来たのか?」
そう言いながらバンは、自分の隣で丸くなっているタメゴローの頭を撫でた。
タメゴローは嫌がる事なく、大人しくなでられている。
不思議な夢を見るようになってからバンの精神は不安定になっており、今の状態のバンを一人で行動させるのは危険だと判断したのだろう。
本当に空気が読める賢い猫だ。
バンは青く澄みきった空を見る度に、居なくなってしまったリルの事を思い出していた。
リルは何かしらの理由で自分に任務に関わっている事を話さず、何も言わずに自分達の元を離れたのには理由があるとは考えていたが、やはり気になってしまう。
(リル、今何処にいるんだろう。やっぱり、追い詰められてたのかな…)
バンはリルが今どこでどうしているのかを考えながら、不意に襲ってきた眠気により深き眠りに誘われた。
そして、リルが居なくなった日の夜から見るようになった夢に迷い込んでいた。
*****
それと同時にヨキの左手に激痛が走った。
突然の激痛に驚いたヨキは思わず悲鳴を上げ、左手を抑えつけた。
「どうしたのヨキ⁉」
「……急に左手の傷が」
「一体何が起きた? 敵襲か?」
「そう言えば三人は知らなかったな」
「ヨキとバンはヘルシャフトと始めて戦った時に左手を貫かれて、その時に互いの血が混ざりあって互いの記憶を見れるようになったらしいんだ」
ケイからヨキとバンがお互いの記憶を見る事ができると聞いたマリ、ヒエン、レイアの三人はとても信じられないという様子で驚いていた。
次の瞬間、ヨキの意識はバンの夢へと飛び移った。
*****
バンの意識は夢の中で目覚め、部屋の周りは金属のような不思議な素材でできた材料でしっかり作られており、バンは不思議なカプセルの中にいた。
体のあちこちには部屋と同じ不思議な素材でできたコードが二四本刺さっていた。
するとカプセルの蓋が開き、バンは何事もないようにカプセルの中から出てきた。
バンがカプセルから出ると同時に、体中に刺さっていたコードが自然外れた。
そしてバンの前に表情が見えない灰色の髪と、髪の色にはあまり似合わぬライトイエローグリーンの大きなリボンに、ピンクと桜色の生地でできたワンピースを着た一人の少女が歩み寄ってきた。
少女はバンの様子を確認しているのか、バンの顔を覗き込む
少女の行動を不思議に思ったバンは首を傾げた途端、その反応を見ただけで少女は歓喜の声を上げた。
『……やった! 大成功だ!』
『やりましたね語り部様! これはもはや奇跡と呼ぶに相応しいですよ!』
『うん! 協力してくれてありがとう!』
少女は近くにいた青年に礼を言いながら、バンが目覚めた事をとても喜んでいた。
バンが目覚めた事がとても喜ばしい事らしい。
そして少女はバンに声をかけた。
『こんにちは! 初めまして! 私は『*****=******』、貴方の設計者よ!
******って呼んでね』
『私は彼女の手伝いをしたラルフ・クレバーです』
『貴方、自分の名前が分かる?』
バンは少女とラルフが自分の名前を知りたがっているのだと悟り、自分の名前を口にした。
が、自分の名前を口にした時、口から出てきた言葉は自分の名前ではなく、全く違う名前だった。
『初メマシテ、HTRコード00《ゼロス》、ソービ・キセキト申シマス』
どういう訳か、自分でも理解する事はできず、ソービ・キセキと名乗っていた。
しかもその喋り方はどうもぎこちない。
その喋り方はまるでロボット、今の時代ロボットにも人間の感情を基に作ったココロプログラムがインプットされているため人に近い感情を持っていた。
しかし今の自分はココロプログラムがインプットされていないロボットといってもいい状態であった。
自分でもそんなつもりはないのに言葉に、心が宿らない事に驚いたが、何故か驚く事はできず、ソービとしての自分の目の前にいる少女とラルフも驚いたという表情をしていた。
『まさか…! ラルフ、画面を確かめて!』
『ハイ!………!!? 語り部様、これを見て下さい!』
『どうして? ソービのココロプログラムが、心が壊れてる⁉』
ラルフに見せられたのは、ソービにインプットされた筈の心プロブラムが壊れているという衝撃の事実だった。
それを知った少女は何故心プログラム壊れたのかがわからないといった様子だった。
『私が最後に確かめた時には問題はありませんでした。
どうやらソービが起動する直前に壊れたようなんですが、ギリギリまで調整したのにどうして壊れたんだ…?』
『そんな…………そうだね、もしそうだとしたら急いで調べないと…』
『ドウカナサレタノデスカ、オ二方?』
『なんでもない、なんでもないよソービ。貴方は何も心配しなくていいよ』
『心配スルトハナンデスカ?』
ソービとしての自分は心配するという言葉の意味すら理解できないでいるらしく、バンはそんな自分がとても恥ずかしく思えた。
そんなソービとしての自分の質問を聞いた少女は、何処か暗い表情で嘆いていた。
ラルフも何故こうなってしまったのか理解できず、どうすればいいのかと困惑していた。
『今のソービじゃ理解するのは難しいからぁ、とりあえずこの部屋から出てぇ、外に行こっか♪』
『ワカリマシタ』
少女は優しくほほ笑み、ソービとしてのバンに手を差し伸べた。
ソービとしての自分に差し伸べられた手を見たバンは、迷う事無くその手を握り返そうとしたが握り返す事ができず悔やんだ。
少女とラルフは、少し悲しそうな表情をしていた。
そしてバンの夢はそこで途絶えた。
*****
夢から目覚めたバンは勢いよく起き上がり、冷や汗をかきながら周りをキョロキョロと見回して自分のいる場所を確かめ、自らの不安をこぼした。
「どうして夜中じゃないのにあの夢を見るんだ……⁉」
バンが不安がる様子を遠くから狼族の少年が見ていたが、バンはその事に全く気付かなかった。
この小さな異変が、バンが見るようになった不思議な夢が、徐々にバンを抗えぬ運命へ引きずり込み、運命の鎖に引きつける事はバンを見ていた狼族の少年以外誰も、ましてや、バン自身も知る術はなかった。




