第43話 つかの間の休息
ヨキ、ケイ、ヒエン、キアの四人の優しさに触れ、自身の負の感情の塊であるトューランドットに打ち勝ったマリはヨキとケイの二人に抱きっていまだに泣いていた。
それ程自分がヨキ達にしてきた事が許せなかった証拠である。
「ヨキ、ケイ。ごめん、ごめんね……心配かけちゃったよね」
「気にしなくてもいいよマリ。ヨキもそう思うだろ」
「マリ、本当に、本当によかったよぉおおお~」
ヨキも正気に戻ったマリを見て今までの不安が消えたせいか、安心感が溢れ出て目から涙が次々と流れていた。
そんな二人を見ていたケイは、そのまま力が抜けるかのように倒れ込み眠りこんでしまった。
ケイが倒れてしまい驚いた二人は慌ててケイの容態を確認した。
どうやら霊力を使いすぎたらしく、疲れて眠っただけらしい。
ケイが倒れた事により、ケイとにリンク・リンクが解け、斧の中からヒバリが出てきた。
「ヨキ殿、ケイは拙者に任せるでごじゃるよ」
「うん、ありがとうヒバリ君」
「え、この子今、どこから出てきたの?」
「始めましてマリ殿。拙者は渡野ヒバリと申す。
ケイとは共にヘルシャフトと戦い、旅をしている仲間でごじゃる」
マリは斧から出てきたヒバリを見て混乱していると、ヒバリは落ち着いた様子でマリに自分の名を伝えた。
すると離れていたキール達がヨキ達のもとに来た。
ぐっすり眠っているケイとマリが正気に戻ったのを確認すると、キール達も安心しきった表情を見せた。
「良かったなヨキ。お前の知ってるマリが戻ってきてくれて」
「うん! 僕もの凄く嬉しい‼」
「ヨキ、顔が涙と鼻水でぐしょぐしょになってるわよ」
「だって本当に嬉しい…」
「解ったからさっさとハンカチで顔をふきなさいよ! マリにまで付いちゃうわよ」
カトレアはポケットからハンカチを取り出すと、ヨキの顔を無理やりふき始めた。
自分の傍に寄ってきたキール達を見たマリは最初こそ驚いて混乱していたが、ヨキとケイの仲間であると判断し、その中にヒエンとレイアの二人もあったため落ち着いた。
するとフィービィーが何かに気付きヨキ達にそれを指さして聞いた。
「ねぇあそこ、なんか飛んでない?」
「あれって、リース君の式神? にしては少し色が違うような…」
「ゲッ! あの色、リースが偵察用に使う式神じゃねぇか!」
「前に使ったのと何か違うのか?」
「偵察用の式神を経由して、現地の状況をリースが持ってる手鏡に送るんだよ。
さっきまでの状況を見てたとなると、今頃リース達パニクってるぞ…」
フィービィーが指さしている方向にいたのはリースの式神がおり、バンはリースが偵察用に使う式神である事に気付いた。
さっきの一部始終を見ているとしたらパニックを起こしているかもしれないと考え、その事を聞いたヨキ達は大急ぎで町の方に戻っていった。
*****
町に戻ると、怪我人の手当てや瓦礫の下敷きになっているヘルシャフトを救出していたリース達が、ヨキ達が戻って来た事に気付き、すぐにケイの安否を確かめた。
ケイが霊力を使いきって眠っていると知った時は安心した。
「兎に角良かったでぇ。手鏡の映像を見た時にケイがあんなんやったさかい焦ったで」
「ごめんなさい。私のせいで迷惑かけちゃって…」
リースの式神からの映像を見て町外れで起きていた事の一部始終を知っていたニヤト達は、ケイが生きている事、ヨキ達が無事だった事を喜んでいた。
リース達の様子を見ていたマリは、想像以上に迷惑をかけてしまった事を反省していた。
落ち込むマリの姿を見たリース達は、そんなマリを励ます言葉を掛けた。
「そんな、マリさんが気にやむ事ありませんよ」
「お前が負の感情に負けてしまったのは、心が不安定だったせいだったからだろう。
コレから鍛えればいい」
「兎に角、これで後はヘルシャフトとの対決とヨキの記憶を取り戻せばめでたしだな」
「みんなでがんばりましょう!」
町で作業をしていたリース達もすんなりとマリを受け入れた。
そんなニヤト達を見たまりは嬉しさのあまり、ニヤト達に抱きついた。
ラピスとスズは素早く躱して抱きつかれるのを避けた。
「むきゅうっ」
「なんやなんや⁉」
「え? え?」
「安心して、マリのいつもの癖だから。
喜んだり嬉しかったりすると、いつも誰かにぎゅってするんだよ」
マリに抱きつかれたリース達は何が起きたのか分からず混乱したが、ヨキがマリの癖だというのを聞いてすぐに安心したが、恥ずかしかったのか、リースは力のかぎりにマリを振りほどいて顔を赤くし、バンの後ろに隠れた。
その拍子に抱きつかれていたニヤトとラヴァーズの二人も解放された。
するとバンが余計なひと言を言った。
「ヒエンとレイアの二人なんか俺達よりも前にお前を助けようと必死で探してたんだぜ?」
「おい! 余計な事をいう…」
「私を探してたって、本当?」
「マリがかってにいなくなったから、僕もヒエンも心配したんだぞ」
「だからお前まで余計な事をいう…」
「ありがとねっ!」
「だから抱きつくんじゃねぇ!」
マリに抱き着かれたヒエンはとてつもなく焦っていたが、レイアはもう慣れてしまっている様子で笑い、マリ自身は全く離れようとする様子はないどころか、むしろ抱きついている強さが増していた。
ヒエンは抱きついているマリを無理やり引き離そうとするが、逆に抱きつているマリの力が入り離れなくなってしまったため、バンがヨキに頼みマリをヒエンとレイアから離れさせた。
「いやぁ、あのヒエンが女の子相手に振り回される日が来るなんてなぁ。
あのヒエンがなぁ♪」
「せやなぁせやなぁ。こんな光景、滅多に見られへんで」
「おいゴラ、なんだその言い方は?」
バンとニヤトが、マリに振り回されている自分の様子を見て面白がっている姿を見たヒエンは、顔を引きつらせながら二人を睨みつけた。
レイアはスズに話し掛けると、スズからある物を受け取り、マリにそれを渡した。
「マリ、これ」
「ん? あ、それ、お母さんの…」
「僕らとはぐれた時、落としたんだよ。
少しの間スズにあずかっててもらってたけど、もう二度となくすような事するなよ」
マリが手渡されたのは、母親の形見である赤い野薔薇を沢山あしらったバックカチューシャだった。
両親が亡くなった事故の真相を知った際、落としてしまったのを持っていてくれていたのだと知ったマリは、レイアを抱きしめながらありがとうと告げた。
するとキールがマリとレイアに近付き、突然マリの右腕を掴むと袖をめくりあげた。
「キャッ⁉」
「おい! 何するんだキール!」
突然のキールの行動に驚いたマリは思わず悲鳴を上げ、レイアに至ってはキールの行動に対して不快感を抱き、声を荒げる。
周りにいたヨキ達も何事かと思い三人の方を向くと、キールが掴んでいるマリの右腕には、瞳孔が氷の形になっている紫色の瞳のような痣があった。
マリは記憶にない痣を見て疑問に思っていたが、痣を見たヨキ達はそれが聖痕だという事がすぐに分かった。
「やっぱり聖痕持ちか。まぁ、氷の礎が変化してる以上、そうなるわな」
「聖痕? この変な刺青の事?」
「まぁ、聖痕に関してはまた今度説明してやるよ。
今は残りのヘルシャフトを黙らせて町の状況を安定させるぞ」
マリの聖痕を確認し終わると、キールは町の状況を安定させるべくヨキ達に指示を出した。
それからしばらくして、町もだいぶ落ち着きを取り戻したため、ヨキ達は宿に泊まる事にした。
「私は未来マリ。今まで迷惑かけちゃってごめんね」
「んな事きにせんでえぇで。ワイは三毛山ニヤトや。こっちはタメゴロー」
「私はラピス・ラズリーナ。ヘルシャフトではなくウィアグラウツとして呼んでくれ」
「アタシはカトレア・シロップ。この子は弟のラヴァーズ・シロップよ」
「ぼくもウィアグラウツですけど、よろしくお願いします」
「私はファイアーファントムのディモルフォセカ・ガーネット。
気軽にディルカって呼んで頂戴」
「オイラはキール・ロワイヤル。ナチュラルトレジャーだ」
「フィービィー・シースカーレットだよ。よろしくね♪」
仲間達は次々と自分の名前をマリに教えて、マリも仲間達とすっかり打ち解けていた。
ケイは霊力を使いすぎてしまったせいでいまだに眠ったまま一行に目覚める気配がなく、しばらくの間ゆっくりと寝かせておく事にした。
「俺はスズ・ベストフレンド。俺もウィアグラウツなんだ」
「俺はバン。バン・レイフォン。スズと間違えないでくれよ」
「バンとスズって双子見たいにそっくりね。
入れ替わっても誰も解らないんじゃないかしら?」
「ううん、入れ替わってなくても僕達、よく間違えちゃうんだ。ね、バン」
「ヨキ、俺スズ。早速間違えてる」
マリがバンとスズの二人と見比べながら、入れ替わっても気づく事ができないのではないかという発言に対し、ヨキは困ったような表情で普段から間違えてしまう事を言った。
現にヨキはバンに話し掛けたつもりでいたが、間違えて話し掛けたスズに指摘され、たじろいでしまった。
そんなヨキの姿を見ていたマリが和んでいると、最後にリースが話しかけてきた。
「僕はバン兄さんの弟であるリース・レイフォンです」
「えっ弟って……やだ! この子、女の子じゃなくて男の子だったの⁉」
マリはリースが少女だと勘違いしていたらしく、少年だと知るや否や酷く驚いた。
初対面の相手からはヨキ性別を間違えられるが、リース本人は酷くショックを受けてしまい、部屋の片隅にうずくまり落ち込んでしまった。
マリは慌ててリースの傍に駆け寄り、間違えた事を謝罪する。
その様子を見ていたラピスとヒエン以外の仲間達は思わず笑いだした。
するとリースは袖をごそごそと漁り、数枚ほど護符を取りだすと笑っている仲間達に向けて不気味な笑顔を向けた。
リースの不気味な笑顔を見た仲間達は自分達の身の危険を感じ取り、すぐさま笑うのをやめたが、リースは容赦なく護符をさっきまで笑っていた仲間達に向かって投げつけた。
仲間達は顔を真っ青にして逃げ惑い、それを見ていたヨキ、マリ、ラピス、ヒエンの四人は呆然と怒り狂ったリースを見ていた。
「うわぁーっ! リース君がキレちゃった!」
「これは笑ってた皆のせいだけど、ケイが怪我したら大変だわ。
早く止めなくちゃ!」
「リース君が本気で怒ったのコレで二度目だよ! その原因は…」
「今はリースを止める事だけ考えましょう! ヒエンも手伝って!」
自分とヨキだけで部屋の中で、仲間達に襲い掛かるリースを止めるのは無理だと判断したマリは、ヒエンにも手伝うよう声を掛けた。
声を掛けられたヒエン本人は、とてつもなく嫌そうな表情をしていた。
「リースを止める位、お前らだけで充分だろ」
「レイアだって巻き込まれてるのに見捨てるの?」
「………今回だけだぞ」
「ありがとっ♪」
三人は怒り狂ったリースを止めるため様々な方法で試みたが、なかなか収まらず、状況はますます悪化していく。
遂にはヘルシャフトから取り上げた剣を振り回し始めた。
普段はあまり起こる事がないリースがここまで切れる事が余程珍しいらしく、ヒエンの顔には焦った様子が見られた。
何時まで経っても静けさが戻らぬ状態に痺れを切らしたのは、意外にもラピスだった。
「いい加減にせんか貴様らぁあああああああっ!!!」
今まで黙りこんでいたラピスがいきなり怒鳴ったため、怒り狂ったリースを止める事に奮闘していたヨキ、マリ、ヒエンの三人、逃げ惑っていた仲間達、そしてさっきまで怒り狂っていたリースは一斉に静まり、ラピスの方を向いた。
ラピスは力を使い木の枝を生やすと、それをリースが持っている剣に向かって延ばす。木の枝が剣を捉えた途端、ラピスはリースから剣を取り上げた。
それからヨキ達はラピスの説教を受けていたが、ケイは全く起きる気配はなく、しばらくの間ヨキ達はラピスの説教を受けた。
*****
そんな様子を、以前ケイ達の前に現れたヨルとロリーが遠い場所から見ていた。
「どうやら無事、聖痕を持つ全てのスピリットシャーマンが揃ったみたいだね」
「急ぎましょう、マスター。以前聞いた噂が正しければとんでもない事ですよ」
「そうだね、噂が真実なら堕天したヘルシャフト達だけでなく、今後の旅にも影響が出る」
「かの方もまだ全ての力を取り戻していないみたいだし、奴もまだ自分の可能性に気付いてません」
「あの子は大丈夫だろう、それよりも今は彼が問題だ。
一刻も早く例の物を渡したいけど、僕らでは対処しできないような内容なだけに、渡すタイミングが難しいね」
ヨルは仮面越しにヨキ達がいる宿の方を見ながら、自分がどう動くべきかを考えていると、背後から聞き覚えのない声が聞こえて来た。
「それって、リルっていう色付きの堕天の子がお前らに預けた言の葉ボトルの事?」
突然聞こえてきた声に驚いたロリーは後ろを振り返ると、後ろの岩に腰かけた一人の人物を睨みつけた。
その人物はハスキー声で年齢的にはおそらく十代後半であろう、狼族の少年だ。
キャスケットとゴーグルをつけているせいで素顔ははっきり見えないが、大胆不敵に笑っている。
ヨルは既に少年が後を着けていた事に気付いていたらしく、ヨキ達がいる方向を向いたまま少年に話しかけた。
「僕らの事を着けていたようだけど、君は何者かな?」
「何者って言われてもなぁ。
取り返しのつかない事をしでかした紛い物の王様って感じかな?」
「貴様、獣人だが普通の獣人ではないな」
「そうだよ。やっぱりヘルシャフトってのは凄いな。俺と違って生命エネルギーで種族の区別付けられるし」
少年は物珍しそうに二人を見つめていた。
深々と被ったキャスケットから見える赤茶色のメッシュが入った雲のような灰色の髪と、ゴーグル越しに見える美しい紫の瞳が妖艶の光を放ちながらそよ風になびく。
その瞳に宿っているのは無邪気な子供がもつ好奇心に満ちた様子だ。
十代後半の少年がもつには少々可笑しい事だが、二人が警戒していたのは少年がもつ得体の知れない力。
二人はその力を既に感じ取っていたのだ。
次の瞬間、さっきまで岩に腰掛けていた少年はあっという間に姿を消し、ヨルのすぐ目の前に姿を現したのだ。
ヨルはすぐ持っていた杖で身を守るが、少年は言葉を紡ぐ。
「言葉禁」
「⁉」
ヨルは素早く後ろに下がり、身構えたその時、舌に違和感を感じた。
「今、僕に何をしたのかな? 舌に違和感を感じるのですが」
「ふっふっふっ、悪いが口封じさせて貰ったぜ。この術はちょいと便利なんだよな」
それを聞いたヨルは舌を突き出し、自らの指で確かめた。
触った感触からして何も変わったような感じはしないが、違和感だけはまだ残っていた。
違和感の正体を確かめるべく、舌を突き出したままヨルはロリーの自分の舌の様子を確かめさせた。
ヨルの舌を見たロリーは思わず目を疑った。
ヨルの舌に黒い十字架の印が記されていたのだ。
「マッマスター! マスターの舌に黒い十字架の模様が…!」
「なんだって⁉ まさか…」
ヨルは嫌な予感を感じ、試しにリルから聞いた話の一部を口にした。
ロリーは口をパクパク動かすヨルを不思議そうに見ていたが、ヨルは驚いた様子で口を動かすのをやめ、口を押さえ、少年が言う口封じの意味を理解した。
少年はヨルがリルから聞いた話を話せないよう、ヨルの言葉に制限を掛けたのだ。
(やられた。言葉に制限を掛けて彼女から頼まれた事を伝えられないようにされたのか)
「貴様、マスターに掛けた術を解け! マスターが困ってるんだぞ!」
「普通に断る!」
「威張るな!」
ロリーは少年にヨルの言葉の制限を解除するよう要求したが、ヨルの言葉を制限した少年は威張り散らすようなふざけた態度でロリーの要求を拒む。
ふざけた少年の態度に、ロリーは怒りを覚えた。
少年は不敵にほほ笑み、人差し指をヨルの懐に差し、軽く振るとヨルの懐からリルから預かった言の葉ボトルが勝手に外に出てきて、そのまま少年のもとまで引き寄せられるかのように飛んで行った。
それを見たヨルとロリーは目を見開いて驚き、言の葉ボトルは少年の手の中に収まった。
「すまないが、それを返してくれないか? とても大切な預かり物なんだ」
「その要求にはこたえられないな、この話を今の段階でされるとこっちの都合が悪くなるんでな」
「そっちの都合なんか知るか! さっさと言の葉ボトルを返せ!」
ロリーは少年に渡った言の葉ボトルを取り返そうと、少年に向かって炎を放つが、少年は炎を浴びてもものともせず、二人の目の前でピンピンしていた。
「悪いね、その程度の攻撃じゃあ俺はやられないぜ」
「無傷⁉」
「……君の目的は、一体なんなんだ?」
ロリーは自分の炎をものともしない少年に驚きを隠せず、内心動揺しながらもヨルは少年に目的を問う。
先程までふざけた態度をとっていた少年は、先程とは打って変わって真剣そうな表情で答えた。
「俺が奪ってしまったもの全てを返す事、今日を明日に繋げ、失くした未来を取り戻す事。
それだけが、今の俺を俺たらしめるものだから」
そう言うと少年は、言の葉ボトルを持ったまま姿を消した。
ヨルとロリーの二人が聞いた噂、得体の知れぬ力を使う謎の少年、そしてリルの言の葉ボトルが今後のヨキ達の旅を混乱に導き、バンの運命を左右するきっかけとなるのであった。




