第42話 溶けた心
流血沙汰があります。苦手な方はご注意ください。
突如ケイの脳裏に入り込んできた謎の光景。
その光景に映っていたのは氷の迷宮の最深部にある牢獄の中に閉じ込められ、氷の鎖を体中に巻き付けられた状態で眠るマリだった。
(氷の牢獄にマリが! 閉じ込められてるって事はトューランドットに…)
ケイはすぐ周りにいるヨキ達に突然脳裏に浮かんだ光景を伝えたが、ヨキ達はなんの事やらわからず混乱してしまい、バンにはふざけている場合ではないとツッコまれてしまう始末。
そんな中キールはすぐに目を見開き、驚いた様子でケイに一風変わった質問をした。
その質問と言うのは目のあった相手の周りに不思議な光が見えないかと言う事だ。
その質問を聞いたケイはすぐその通りだと答えると、キールは真剣そうな顔をして落ち着いて話した。
「ケイ、ディモルフォセカ、リンク・リンクを発動しろ!」
「「え?」」
それを聞いた二人は一体何を思いついたのかと思ったが、キールに言われた通りにリンク・リンクを唱えた。
ケイはヒュドール=オルニス、ディモルフォセカはエピン=カルマンを顕現させると、キールは二人にある法術の事を伝えた。
『ラビューズ・ラビューズ』という聖痕を持つスピリットシャーマンのみが使う事が出来る共通の法術。
ラビューズ・ラビューズは回復系の法術だが、回復するのは体力では無く法術を使う際に消費する『霊力』と呼ばれる力を味方に送り込む法術なのだそうだ。
《ちょっと待って、霊力を送ったら逆にトゥーランドットの霊力が回復してこっちが不利になるわよ⁉》
「その心配はない。ラビューズ・ラビューズには精神異常を治す効果もある。
トューランドットはいわばマリの負の心の塊その物、霊力を送り込む事でトゥーランドットを弱体化させる事ができれば…」
「「牢獄で眠るマリが目を覚ます!」」
「ついでにトゥーランドットも消滅する筈だ。だが、ラビューズ・ラビューズにはあるリスクがある」
キールが語るラビューズ・ラビューズのリスク、それはラビューズ・ラビューズを掛けられたシャーマンの霊力が回復しても、使ったスピリットシャーマン自身の霊力が一気に消費してしまうという事なのだ。
そのためケイとディモルフォセカは他の法術を使う事はできずチャンスは一度きり、失敗すれば確実にトューランドットに命を奪われかねない。
今トューランドットとまともに戦えるのは現在至近距離で戦っているフィービィー、法術を使えるヨキとキールの二人のみ。
二人がフィービィーをサポートしながら攻撃を仕掛け、チャンスを作るしかない。
能力を持たないバン、ヒエン、レイアの三人は足手まといになるためケイとディモルフォセカとともに近くで待機する事になった。
「全員準備は良いか⁉」
《全然問題ないわ!》
《セッシャらもいつでも行けるでごじゃる!》
「ヨキ、お前大丈夫か? トューラン…っじゃなくてマリの奴無茶苦茶強そうだし…」
バンはマリと幼馴染であるヨキをとても心配していた。
共に旅をして強くなっていく様子を見ていたとはいえ、圧倒的にトューランドットの方が強いと解り切っていた。
そんな様子に気付いたのか、ヨキはバンの不安を振り切らせるように笑って答えた。
「大丈夫だよ、バン。心配しないで」
ヨキは真剣な顔をしてそのままキールとともにフィービィーのサポートに向かった。
この時バンは何もできない自分自身をとても恨んでいた。
その事に気付いたのか隣にいたケイはバンに聞こえるようにこう言った。
「本当に変わったな。前はちょっとした事でもすぐ逃げ出してたのに、俺達と離れてる間にあんなに変わったんだぜ?」
バンはその言葉がどういう意味なのか全く理解できなかった。
その言葉に反応したのか後ろにいたレイアがこんな事を言った。
「僕もマリからヨキの事は聞いていたけど、始めた会った時、聞いた時と雰囲気が全然違ったから正直驚いた」
「きっとお前と一緒に旅をしてる内に何かを教わったのかもな。雷嫌いまでは治ってないけど♪」
《ケイ、それはヨキ殿を褒めているのか? それとも侮辱しているのか?》
「ん~両方かな?」
ケイはとぼけた様子で笑いながらヒバリの質問から話題を逸らす。
ケイの話を聞いていたバンは少し気が楽になっていた。
最初に会った時は、近くの崖の麓でボロボロに成りながらぐったりと横たわっており、キバに棒術を叩き込まれていた時期はすぐさま逃げ回っていた弱気なヨキが、いまでは強敵に立ち向かえる程に逞しくなっていた事に気付けなかった事が不思議に思えた。
そんなヨキを変えたのが自分だという事に気付けなかった方が更に驚いた。
「兎に角、今はヨキ達を信じて待とう。
いつでもラビューズ・ラビューズを使えるようにしておかないと」
《いくらキール殿でも、今のマリ殿を相手取るのは至難の業。
セッシャらが介入した所で、逆に足手纏いにしかならないでごじゃる》
「チャンスは一度きり、中々にプレッシャーものね」
《ディモルフォセカ、焦りは禁物、けれども油断も禁物よ》
ケイとディモルフォセカは、いつでもラビューズ・ラビューズを発動できるように準備をする。
一方、いまだに戦い続けるフィービィーはヨキとキールのサポートのもと、なんとかとかトューランドットを押していた。
しかしそれも束の間、僅かな隙をつかれ、フィービィーは勢いよく転倒してしまった。
トューランドットはそのまま容赦なく急所を狙い攻撃を繰り出したがヨキがとっさに攻撃をスマッシュ・スマッシュで軌道をずらし直撃を避けた。
その間にキールはフィービィーの手を取り距離を置き、今度はヨキとの至近距離戦へと変わった。
ヨキは杖を振り回してなんとかトューランドットの攻撃を躱しているが、強さはトューランドットの方が上である。
それでもヨキは怯む事なく攻撃を続け、ケイとディモルフォセカの為にチャンスを作ろうとしていた。
それはマリを救いたいという思いがあったからだ。
だが、一瞬隙ができた時にトューランドットはテラー・テラーを唱えてヨキを怯ませ、攻撃したがキールがローゼス・ローゼスを唱えて茨を生やし、軌道を逸らされた。
だがトューランドットは邪魔だと言わんばかりに、キールとフィービィーに向かってバースト・バーストを唱えた。
バースト・バーストはアイスアサシンのみが使う事ができる法術、氷の矢が何かに当たった途端に瞬時に爆発するという危険な法術だ。
いくらキールとフィービィーでも、これをまともに受けたらひとたまりもない。
「しまった!」
「ダメ! 避け切れないよ!」
「まずい! このままじゃ二人が…⁉」
このままでは二人が危ないと悟ったヨキ達はなす術もなくその場に立ち尽くすが、その時、バンのもとに一陣の風が一瞬だけ起こり、バースト・バーストはそのままキールとフィービィーの二人を襲った。
*****
バースト・バーストの音は町で致命傷を負ったヘルシャフト達の手当てをしているラピス達の方まで聞こえていた。
最初こそ何事かと思いラヴァーズとスズの二人はヨキ達のもとへと行こうとしたが、それをニヤトは止めてしまう。
ニヤトはヨキ達に任せた事だから心配はないと言い、自分達は一刻も早くトューランドットの攻撃により致命傷を負ったヘルシャフト達の救出及び手当てに集中するように言った。
ラピスもニヤトの意見に賛成し、二人はその場にとどまったが、そんな中、リースは胸騒ぎがしてならなかった。
丁度そこに乱闘に巻き込まれた町の住人が近くを通りかかった。
ニヤトの説得もあり巻き込まれた町の住人達の協力を得て、なんとか救出作業に取り組んでいたのだ。
とはいえ町への被害は尋常では無いため、無論、町の住人達の中に怪我人がいない訳ではない。
「すみません、こっちの方を手伝っていただけませんか?
ヘルシャフトが暴れて手当てができないんです!」
「わりました!(このままじゃ兄さんたちのもとに行くことができない、ここはシキガミに様子を見てきてもらうしかない)」
そう思ったリースはポケットから一枚の御札を取り出し、詠唱を唱えてコウモリ型の式神に様子を見に行かせた。
その式神を通して持っていた手鏡からヨキ達の様子を見てみる事にした。
すると、早速手鏡にヨキ達の様子が映り、そこには何やら驚いた様子で叫んでいるバン達の姿があった。
続いてヨキ、キールとフィービィーの姿が映ったが三人は顔を青ざめていた。
するとリースはヨキ達が一定の方向を見つめている事に気付き、式神に指示を出してその方向を確認させる。
そして手鏡に移った光景を見た瞬間、恐怖のあまりにリースは手鏡を手放し声の限り叫んだ。
「どないしたんや⁉」
「リース! 大丈夫か⁉」
ニヤトとラピスはその場に座り込んでいるリースの体を支え、何があったのかを聞いたが、リースはただただ信じられないという表情で落とした手鏡を見つめていた。
リースが手鏡を見つめている事に気付いたラヴァーズは、すぐに手鏡を拾い上げてリースのもとに持ってきた。
その手鏡を見たスズは手鏡に何かが映っている事に気付き、ラヴァーズが持った状態のまま手鏡を覗き込んだ。
すると一気にスズの表情は険しくなり、ニヤト達を呼び寄せて手鏡を覗きこませた。
それを見たニヤト達は驚かずにはいられなかった。
「ケッケイさん⁉ どうしてこんなに⁉」
「やばいよ! これは明らかに重傷、いや致命傷だろ!!?」
リースが落とした手鏡に映っていたのは血まみれで横たわるケイの姿だったのだ。
*****
トューランドットが唱えたバースト・バーストがキールとフィービィーに当たる直前、ケイがとっさに自分にダッシュ・ダッシュをかけて走り出し、二人を突き飛ばして助けだしたのだ。
だが自分が逃げる余裕はなく、そのまま直撃してしまったのだ。
トューランドットの攻撃をもろに受けてしまったケイの体のあちこちから血が流れ出し、忘れな草色の服はあっという間に赤黒く染まり、そのまま倒れてしまった。
それを見たヨキ達は驚きと絶望の表情に充ち溢れた。
あまりにも無残な姿になったケイの姿を見たヨキは、いてもたってもいられずケイのもとに駆け寄った。
ケイに助けられたキールとフィービィーも慌ててケイのもとに駆け寄る。
「ケイ! しっかりして、ケイ!」
「ケイ! 大丈夫か⁉ クソ、なんてこった! オイラとヨキはまだリンク・リンクを使えねぇってのに…」
「ごめん、ごめんねケイ! ごめんねぇ…」
《ヨキ殿、ケイはまだ生きている! ケイ! しっかりするでごじゃるよ!》
泣きながらケイの体を揺さぶるヨキ、自分がリンク・リンクを使う事ができずに悔しがるキール、自分のせいでケイに致命傷を負わせてしまった事から泣き出すフィービィー。
ヒバリもヒュドール=オルニスの中から、ヨキにケイが生きている事を伝え自分もケイに呼びかける。
遠くの方からその様子を見ていたトューランドットは、ケイの行動にとても驚いていた。
自らの前では誰もが恐怖に怯え、自分の事しか考えなくなるというのに、ケイは自分がどうなるか分からないというのになりふり構わず自分の仲間を庇った事、しかも周りにいた仲間達もがその周りに集まりケイの安否を気にしている事に驚いていた。
遠くの方にいたバン達も急いで空のもとに駆け寄る。
「ケイ! 大丈夫か⁉」
「馬鹿! 大丈夫な訳ないだろ!」
「なんて奴だ。コイツ、後先考えずに自分から…」
全員がケイの安否を気にする中、そんな空気をぶち壊すようにトューランドットはゆっくりとヨキ達の方に向かって歩き始めた。
トューランドットが近づいてきた事に気付いたヨキは、地面に置いていた杖を手に取りトューランドットに向かってスマッシュ・スマッシュを唱えた。
だがトューランドットは風の衝撃波をいとも簡単に躱し突き進んでくる。
泣いていたフィービィーも五月雨を強く握りしめ、キールの制止も聞かずトゥーランドットに向かって勢いよく走り出した。
自分に向かってくるフィービィーを、スマッシュ・スマッシュで吹っ飛ばすトューランドット。
フィービィーはそのまま吹っ飛び、体を強くぶつけたせいでぐったりとして動く事ができなくなってしまった。
キールはフレッシュ・フレッシュをケイに掛け、ケイの命を取りとめようとしていた。
ヨキはなおもこちらに近づいてくるトューランドットを止めようと必死になっていた。
「マリ! なんで、なんでこんでこんなに酷い事ができるのさぁああっ⁉」
「私はトューランドット。アイスアサシンの血を引く者。
ヘルシャフトを滅ぼす事を邪魔する者は、例えスピリットシャーマンでも皆敵だ」
「嘘だ! マリは人の命を奪うどころか、傷つける事さえためらう程優しい女の子なんだ!」
「私は私よりも弱き物に慈悲を与えた事など一度としてない。貴様等全員殺す」
「絶対に止める! これ以上誰も死なせたりしない。殺させたりなんかしない‼」
そう言うとよいはそのまま杖を握りしめて走り出した。
トューランドットもアーマーリングを着けている手を構え、走り出す。
ヨキはもう一度スマッシュ・スマッシュをトューランドットに向かって唱えたが、やはりトューランドットは簡単に躱し一気に間合いを詰めてヨキに攻撃しようとしたが、ヨキはベール・ベールを唱えて自分の身を守った。
だが、トューランドットは容赦なくヨキを攻撃してくる。
それでもヨキは自分の持つ全てを叩きつけるように戦い続ける、その姿を見たトューランドットはどう理解すればいいのか解らず益々混乱するばかりで自分のペースを乱していく。
「止めてみせる! 帰るんだ、三人で一緒に、恵の村に帰るんだ! ゲイル・ゲイル!」
ヨキがゲイル・ゲイルと唱えると、トューランドットの周りに今まで感じた事がない程の強風が巻き起こった。
身の危険を感じたトューランドットは躱そうとしたが上から下まで強風に囲まれているせいで逃げる事ができず、そのまま強風がトューランドットを攻撃した。
その場に砂埃が巻き起こり勝ったと思ったのも束の間、砂煙からヨキに向かって氷の礫が飛んできた。
襲ってきた氷の礫から身を守るために、ヨキはベール・ベールで身を守った。
だが砂煙からトューランドットが姿を現し、近距離でヨキに向かってスマッシュ・スマッシュを唱え、氷の衝撃によりヨキは一気に吹き飛ばされた。
幸いにもバンとヒエンが素早く反応して吹っ飛ばされたヨキを受け止めた。
「どうして⁉ あれだけ強い法術を受けて無事でいられる筈ないのに…」
《バースト・バーストだわ! バースト・バーストの爆風でさっきの法術の威力を相殺させたのよ!》
「ケイに致命傷を負わせたあの法術⁉ そんな事できるの⁉」
《風がトゥーランドットに当たるのとほぼ同時に爆発音も聞こえたわ! 間違いない!》
トューランドットがバースト・バーストの爆風を利用してヨキのゲイル・ゲイルの威力を相殺したのだというカトレアの推測を聞いたディモルフォセカは、信じられないと思うと同時に、トゥーランドットに勝てる気がしなかった。
ヨキは片手で腹を抱えながら杖を支えに立ち上がろうとするが全く力が入らず、危うく倒れそうになりバンがとっさに支えた。
トューランドットはヨキにアーマーリングの先を向け、デット・デットを唱えようとした時、致命傷を負ったケイが声をかけた。
「止めろよ……マリ…」
「!!? 貴様、生きていたのか⁉」
ケイの治療を終えたキールはトューランドットにやられ、ぐったりとしているフィービィーの治療をしていた。
傷が完全に塞がった訳では無いせいで傷口から少しずつ血を流していた。
血まみれのままケイはヒュドール=オルニスを手に立ち上がり、息を切らしながらトューランドットのもとに歩いて行く。
途中で何度も倒れそうになったがなんとか踏ん張って立ち続けた。
そのケイの行動を見たトューランドットは驚きを隠す事ができず、ただただ動揺するばかりだ。
「来るな! 来たら貴様を殺す!」
「だったら、なんで涙を流してるの?」
それを聞いたトューランドットとヨキ達は驚き、戸惑いを隠せなかった。
するとレイアがトューランドットの顔を見て何かに驚いた様子で声を上げた。
ヨキ達も釣られてトューランドットの顔を見ると、そこにはとても信じられない光景があった。
なんとトューランドットの瞳から涙が流れていたのだ。
トューランドット自身も恐る恐る顔に手をやり、流れでる涙に触れた。
それは間違いなく本物の涙で、トューランドットは指についた涙を見つめた。
「なんだ、これ? これは……涙…⁇」
自らが流した涙を見て驚くトューランドットは攻撃する事を忘れ、瞳から流れる涙も全く止まろうとはせず、むしろ涙を流す量が増えるばかりだ。
ヨキ達は何が起こっているのかわからなかったが、ケイだけはわかっていた。
氷の迷宮の牢獄に閉じ込められているマリは目を閉じたまま涙を流しているのだ。
従弟のケイ、幼馴染のヨキを傷つけた事による悲しみ、これ以上誰かを傷つけたり、ヘルシャフトの命を奪いたくはないという苦しみに耐えきれなくなったのだろう、あまりにも酷すぎるトューランドットのやり方にマリは涙を流していた。
すると突然トゥーランドットは頭を抱えて苦しみ始めた。
恐らく本当のマリの意志と、偽りの人格であるトューランドットの意志が拒絶反応を起こしたのだろう。
それを見たカトレアはディモルフォセカにラビューズ・ラビューズを唱えるように言った。
《ディモルフォセカ今よ!ラビューズ・ラビューズを唱えて!》
「わかったわ! 《ラビューズ・ラビューズ!》」
ディモルフォセカとカトレアはチャンスと言わんばかりにトューランドットに向かってラビューズ・ラビューズを唱えた。
ディモルフォセカの霊力は紅の炎となりトューランドットを包み込み、一気に霊力を消費したせいでディモルフォセカはその場に倒れ、カトレアとのリンク・リンクが解かれトーチの中からカトレアが出てきた。
霊力が込められた紅の炎に包まれたトューランドットは、炎を消そうと法術を唱えるが、込められている霊力の量の違いで消す事ができない。
マリとトューランドットの拒絶反応は更に激しくなっていき、トューランドットはもがき苦しむが全くマリに戻ろうとはせず、一向に叫び続けるだけ、ヨキ達は不安で仕方がなかった。
するとヒエンが予想外の行動に出たのだ。
ヒエンは恐れる事なく紅の炎に飛び込んだのだ。
「何やってんだヒエンの奴! アイツあんな馬鹿だったか⁉」
「んなワケないだろ。ヒエンはあとさき考えないバカじゃない」
レイアは冷静にそう言った。ヒエンが紅の炎に飛び込んだのを見たレイアは、ヒエンが何を考えているのかすぐにわかった。
紅の炎の中で苦しむトューランドットは声が潰れるのではないのかという程叫び、バランスを崩し倒れそうになったがためらう事なく飛び込んできたヒエンに支えられた。
トューランドットは涙で視界が歪んで見えているが、それがヒエンだという事にすぐに気付き、問いただした。
「きざ・・・・・ま・・・・・ナ・・・ゼ・・…わだじを・・・・だズ・・・ゲル・・・・」
「何も言うな、体に触るぞ。覚えてるか? お前が俺達にあって間もない時の事を」
*****
それは二人が出会って、一ヵ月が経った頃の他愛もない話だった。
マリは燃え上がる炎のような形をした一つの花を手に取りながら、ヒエンに見せていた。
『なんだこの花?』
『この花の名前は火炎草、貴方と同じ名を持つ花よ。私のお父さんの名前もそうだったわ。
ねぇヒエン、貴方の人生って炎で照らさないと進めないって言ったよね?』
『それがどうした?』
『私思うの、人の人生には必ずその人だけの花が咲くんだって。貴方の人生にもきっと綺麗な花が咲いてくれるわ』
そう言いながら、マリは太陽のような笑顔でヒエンに語り掛けていた。
*****
「いつになるかは分からねぇ、だが、もし俺だけの花が咲くのなら俺の名と同じ花が咲いてくれりゃそれでいい。お前もせっかく咲かせた花を枯らすな」
「ヒエンの言う通りだぜ、マリ」
聞こえた声の方を向くとそこにはヨキとケイの姿があった。
二人もためらう事なく紅の炎に飛び込み、ここまで来たのだ。
ヒエンは少し驚いた様子で二人を見ていた。
てっきりケイが自分を巻き込んででもラビューズ・ラビューズを唱えるだろうと思ったが、自分と同じようにヨキまで飛びこんでくるとは思ってもみなかったのだろう。
すると今度はレイアまでもが飛び込んできて、トューランドットに言い放った。
「いいか! お前の名前は未来マリ! トューランドットじゃなくて、マリだ!
わかったか⁉」
「マリはマリのままでいいんだよ? だから笑って、マリ」
「俺やヨキ、それに二人もそう言ってるんだ。もう強がらなくてもいいんだ」
それを聞いた途端、氷の迷宮にいるマリが目を覚まし、それを確認したケイはヒュドール=オルニスをトューランドットにかざした。
「ヒバリ」
《言われずともわかっておる「ラビューズ・ラビューズ!」》
ケイがラビューズ・ラビューズを唱えた途端、マリの動きを封じていた氷の鎖は粉々に砕け、牢獄も破壊された。
マリは最後の力を振り絞って立ち上がり、勢いよく走り出した。
最初から道を知っているかのようにマリは道に迷う事無く進みそして一つの光を見つけ出し、その光の中に飛び込んだ。
そしてそのまま、マリはヨキとケイの胸に飛び込み泣き叫んだ。
そう、トューランドットは消え、二人が知っているマリが帰ってきたのだ。




