第105話 砦内での襲撃【マリside】
ブックマークありがとうございます。
怪我人の手当を終えて一足先にリノア砦内に入ったマリは、砦内の空き部屋を借りてヒエンとレイアに付き添われた状態で手持ちの医療道具の整頓をしていた。
というのも、リノア砦内につくまでの間に幾度となくトラブルが起きた影響で怪我人が続出し、想定していた以上に薬品や道具を消費していたからだ。
「傷薬軟膏が二つ、打撲硬膏が四つ、十薬と千振のチンキ剤が一瓶ずつしか残ってない。
包帯や綿紗も心もとないわね……」
「風邪とかゲネツ用の飲み薬は全然残ってるな」
「思った以上に負傷者が出たからね、包帯と綿紗は自分で購入して補充するとして、薬品はケイに分けてもらわないといけないわ。
そういう訳だから、ヒエンも右腕見せて?」
「今の流れでなんでそうなるんだ」
「何言ってるの? この前の暴動で右腕を殴打してたでしょう」
マリは腰に手を当てながらヒエンの顔を見据える。
マリの読みは当たっていたようで、ヒエンはそっぽを向いて視線を外した。
「顔そらして誤魔化さないの、ほっといて治るもんじゃないんだから。
ほら、右腕見せる」
そう言うとマリはヒエンの右腕を手に取り、服の袖をめくって負傷した箇所を確認する。
負傷した箇所は紫色に変色しており、見るからに痛々しい様子だった。
ヒエンの右腕の状態を確認したレイアはドン引きし、マリはキッとヒエンの顔を睨む。
「うわっ! 見るからに痛そうな色だな、明らかにはれてるし」
「殴打してから一重週も放置するなんて何考えてるのよ。
おまけに切り傷の後とかも残ってるし、前にあげた金盞花油の軟膏、使ってないわね?」
「別に、大した傷じゃねぇから使う必要がなかっただけだ」
「使う、使わないの問題じゃないの。
擦り傷や切り傷を放置しておくと、そこからバイ菌が入って病気になったり化膿して怪我があったする危険があるのよ?
その辺わかってる?」
「ヒエンにセッキョウするのは良いけど、これダイジョウブなのか?
おれたりしてないよな?」
変色したヒエンの右腕を見ながら、レイアは骨折しているのかいないのかとマリに尋ねた。
ここまで変色していると骨折を疑ってしまうの無理はないだろう、むしろレイア個人としては心臓に悪いのでその辺りは白黒はっきりさせたいようだ。
「安心して、一見折れてるんじゃないかって思うけど触診してみた感じは折れてるようには感じないわ。
この感じだと強めの打撲だわ、何かに強くぶつかったか当てられたかしてできたみたいね」
「ダボクだけでここまで変色するのかよ……」
マリから診断結果を聞いたレイアは、打撲しただけで肌の色が激しき変色するのかと少々引いていたが、ヒエンの右腕が骨折していないとわかっただけでも安心した。
一方でマリは綿紗に数少ない打撲用の塗り薬をつけ、ヒエンの右腕の負傷箇所に貼り付け、包帯でしっかりと巻いていく。
その表情は何処か固く、険しいように見えた。
「これで良し。ヒエン、リノア砦にいる間だけでも良いからしばらくの間右腕は酷使しないで」
「え、そんなにひどいのか? 折れてないのに」
「折れてはいないけど、ここまでの打撲はかなり酷いわ。
本当ならしっかりと固定してしばらくの間動かさないほうが良いんだけど、こんな状況じゃあ難しいからね……」
「心配いらねぇよ、この程度、傷の内に入りやしねぇ」
「そう言って放置してると、余計に悪化して取り返しがつかなくなるのよ?
打撲なんかは放置してたら痛みが悪化して、何かしらの後遺症が残ることだってあるんだから。
今度怪我した時はちゃんと申告してちょうだい、ちゃんと手当するから」
大したことはないというヒエンに対し、放置した場合の事を真剣な面持ちで説明するマリ。
それほどヒエンの怪我が酷いのかはわからないが、マリとしては怪我をそのまま放置するというヒエンの行動に不満を持っているようだ。
広げていた医療用道具を片付け、不足した分の薬や道具の補充をするべく部屋を出ると、偶然クレアとオルゴーニョに護衛されながら移動しているミザールと遭遇した。
その隣にはリノア砦の代表と数名の兵士の姿もあり、話し合いが終わった後のようだ。
「おや、マリ君達。奇遇だね、何かあったかい?」
「ミザールさん、今からケイの所に行って薬を分けてもらうと思ってたんです。
ケイが何処にいるかご存知だったりしませんか?」
「ふむ、グラハム殿と話し合いのため中に移動してからは見ていないな」
「儂らもミザールさんの護衛で着いてきたから見かけとらんな、すまんな嬢ちゃん」
「いえ、お気になさらないで下さい。教えていただきありがとうございます」
ミザールとオリゴーニョから謝罪を受けたマリは、慌てた様子で二人に例を言う。
するとクレアの傍らにいたフィオルンがヒエンが右腕を負傷していることに気付き、近付いてきた。
《あれ? クレア見てみて、罪喰らいが右腕怪我してるよ》
「こらフィオルン、負傷箇所突っつかないの!
あ〜、ゴメン。ダイジョウブダッタ?」
「いや、そんなカタコトにならなくても良いぞ?
ヒエンはそんな気にしないし」
「いやだって、罪喰らい相手となったらどうしても警戒しちゃうのよ。
一緒に行動してるってだけでも中々緊張することなのよ?」
《喧嘩売った相手の目ン玉潰したり悪徳代官の心臓食べたって噂があるくらいだもんねぇ》
ヒエンに対するクレアの反応を見たレイアは少々大げさだと思ってはいたが、クレアはヒソヒソ声で緊張せずにはいられないことをレイアに告げた。
フィオルンの言動から以前から流れているヒエンの噂の内容は中々に物騒なようだが、精霊が見えないレイアが知る由もなかった。
「流石に心臓を食べるなんてこと、ヒエンでもしないわよね?
内容的にも普通にアウトだし……」
「今の会話からなんで俺が心臓を食う話になるんだ?」
精霊を認識できないため、会話の内容が何故自分が心臓を食べるになったのか理解できないヒエンは顔をしかめながら困惑する羽目になった。
それに対し、マリがフィオルンの言ったヒエンに関する噂の内容を否定したのを見たクレアは、マリがフィオルンを認識していることに気付き慌てた様子で事実確認をする。
「待って、貴女フィオルンのこと見えてるの!?」
「えぇ、この子のことよね? ヨキやケイの他にも何人か気付いてるわよ?
貴女精霊だったのね、てっきり悪戯好きの妖精だと思ったわ」
「ヨキ達も見えてるのか⁉」
「そういう大事なこと早く知らせろマリ、それから妖精は誰でも見れる連中だ」
思わぬことで精霊を認識できる身内が複数名いるという事実を知ったヒエンは、しかめっ面になっている顔をさらに歪めマリに告げる。
ヒエン個人としてはかなり重要なことのようだ。
「ほぉ〜、それはそれで珍しい。精霊が見える人間ってのは少ない方だからな」
「精霊を認識できるのだったら、マリ君達も精霊と契約できるチャンスがあるかもしれないね。
無論、気に入られればの話になるが」
「精霊ってのは気まぐれな事が多いですからねぇ。
ウチの所のカプリースがフィオルンと契約しようとしたら、問答無用で吹っ飛ばされたもんだ」
「精霊を認識できない側からすれば、突然人が吹っ飛んでいったようにしか見えないからな。
最初は何が起こったんだと思ったよ」
《カプリースあんまり好きじゃな〜い。でもクレアは好き〜》
ミザールとオリゴーニョからクレアがフィオルンと契約する経緯を聞かされたマリ達は、中々の出来事に苦笑いや呆れた表情だった。
その時、マリの体中に悪寒が走った。
突然のことに驚いたマリは、目を見開いて周囲を確認し始めるが、原因と思わしきものは見当たらず困惑した。
「どうしたんだマリ、急にキョロキョロしだして……」
「……“何か”が起こったんだな?」
「自分でもわからないけど、多分そう。全体に寒気がして……。
今すぐここから移動した方が良いかも」
マリの反応を見たヒエンは、アイスアサシン特有の能力が発動したのだと悟り自身も警戒し始めた。
するとそこに、リノア砦に在中している兵士達がマリ達のもとにやって来た。
「おぉ、お前達か。見回りご苦労、砦内の様子はどう…」
「ダメッ! その人達から離れて!」
グラハムの護衛を担っていた兵士の一人が仲間に話しかけながら近寄ろうとした瞬間、マリが兵士の腕を掴んで止めに入る。
その直後、兵士の眼前に一線が繰り出された。
「な、ハァ!? 今、斬られそうになったか?!」
「何を考えているんだお前! 客人の前で仲間に斬りかかるなんて言語道断だぞ⁉」
「なんだぁ、身内で喧嘩か?」
「ちょっと待って、なんだか様子が変よ……」
突然仲間から斬りかかられた兵士は腰を抜かし、マリは顔を蒼白させながら目の前にいる兵士達を見つめる。
リノア砦の代表グラハムの護衛を担う兵士達は仲間の不祥事に腹を立てる中、静観していたクレアが目の前にいる兵士達に違和感を感じていた。
直後、目の前にいる兵士達が次々と抜剣し、剣先を自分達に向けた。
その光景を目の当たりにしたミザールやグラハム達リノア砦の兵士達は動揺する中、四方から次々と兵士達が集まり、抜剣して剣先を向けてきたのだ。
「こりゃあマズいぞ、完全に囲まれちまった」
「グラハム殿、これは一体どういうことです!?」
「私にも何がなんだかさっぱり……。お前達、何を考えている!」
「マリが感じたのは、これだったか……!」
思いもよらない裏切り行為にグラハムが部下である兵士達に声をかけるが返事はなく、ヒエンはマリが感じたものの正体が目の前で起きている現象だと受け止め、洋弓銃を構え警戒態勢に入る。
それと同時に操られた兵士達が攻撃を仕掛けてきた。
「いかん、全員円陣を組め! ミザール殿を守るんだ!」
「こりゃあたまらん! こんな狭い所で襲撃されちゃあ得意の大型戦鎚もまともに振るえんぞ!」
「フィオルン、私の声をカプリースに届けて!」
《ちょっと待って! ……良し、準備できたよ!》
「わかった! “カプリース聞こえる? 緊急事態発生よ! 今リノア砦東館の三階渡り廊下にいるんだけど、様子が可笑しい兵士達の襲撃にあってるの!
場所が場所なだけに私もオリゴーニョも行動を制限されてて、思うように反撃できないわ!
急いでアンガスさんの所に行って小回りが効く冒険者を数人連れてきて!”」
フィオルンの風に伝言を乗せ、別行動中のカプリースに飛ばすとクレアも突き技のみで応戦し始めた。
非戦闘員であるマリはレイアに庇われる形でミザールのもとに移動し、邪魔にならないよう大人しくしながら周囲の様子を観察する。
「この人達、やっぱり変だわ」
「変ってどの辺りが?」
「さっきから声を一言も発してない。
なんて言ったら良いかしら、起きているのに意識が抜け落ちてるように感じるの」
《クレア、周りにいる人間達から糸状の理力を感じる。
多分だけど能力者に操られてるよ!》
「緊急連絡! 周囲の兵士達は能力者によって操られている可能性あり!」
「「「なんだって!?」」」
「そうか、だからマリはイシキが抜け落ちたって感じたんだ!」
攻撃してきた兵士達が操られていると知らされたミザール達が動揺する中、レイアはマリの発言の理由に納得していた。
それはヒエンも同じだったようで、クウォレルの装填を止め、洋弓銃で兵士の攻撃を受け止め左腕で鳩尾を攻撃し気絶させようとするが、鳩尾を攻撃したにも関わらず兵士は問題なく起き上がった。
「コイツらを気絶させるのは無理そうだ。
物理的に動きを止めて拘束しない限り動き続けるぞ」
「マリちゃんレイア君もっと下がって! オリゴーニョは防御に回って!
こんな所で大型戦鎚なんて振り回したら崩落するわよ!」
「すまん、そうさてもらう!」
「相手は操られているだけだ!
むやみに傷つけず、二人がかりで動くを封じて拘束するんだ!」
「操られているせいかかなり力が強いな!」
非戦闘員であるマリ達三人を中心に円陣を組んだ状態で戦うヒエン達だが、叩かれようが吹っ飛ばされようが操られた兵士達は何度も立ち上がり襲いかかってくる。
先ほどヒエンが言ったように、物理的に拘束して動きを止める他ないようだ。
操られている兵士達に悪戦苦闘するヒエン達の様子を見ていたミザールは、マリとレイアに声をかけた。
「マリ君、レイア君、二人が持っているもので役に立ちそうな物はないだろうか?」
「僕が持ってる煙玉なら目くらましにはなるだろうけど、味方まで見えなくなる。
マリの法術はどうだ? それにケイからゴシン用の薬もらってただろう?」
「攻撃以外でなら怯ませる∮テラー・テラー∮と混乱させる∮メナイト・メナイト∮だけど、意識がない相手には通用しない気がするわ。
護身用の薬ってなると眠り薬と痺れ薬がの二種類があるわ。
眠り薬は効き目が悪そうだけど痺れ薬なら使えるかも?」
「多少なりとも動きを制限できそうだな」
そう言いながらマリは医療道具が入った鞄からいくつかの包み紙を取り出した。
先程言っていた痺れ薬は粉状で包み紙に入っているようだ。
痺れ薬が粉状であるため、問題はいかに操られている兵士達に吸わせるかということだ。
「どうやって操られてる奴らにすわせるんだよ?」
「困ったわね、吸わせようにもヒエン達も痺れちゃうわ」
「嬢ちゃん、その薬フィオルンに渡すのはどうだ?
風で敵の鼻辺りに漂わせれば、ワンチャン行けるんじゃねぇか⁉」
「それ良いかも! クレアさん、フィオルンお借りしても良いですか⁉」
「話は聞いてたわ! フィオルン、お願い」
《任せて!》
一方的な攻撃を大型戦鎚の柄で必死に受け流すオリゴーニョの提案を聞いていたクレアは、傍らにいたフィオルンをマリのもとに向かわせる。
敵味方の頭上を通り過ぎ、マリのもとまで来ると痺れ薬の入った包み紙を見やる。
《この中身を吸わせたら良いんだよね?》
「そうよ。一包みで大人三人動く出来なくなるくらいの効き目があるって聞いてるから、動きを鈍らせるだけなら使うのは一包みだけ。
それ以上は体に害があるわ」
《わかった、それじゃあ遠慮なく使わせてもらうね》
マリから痺れ薬を使用する際の注意事項を聞いたフィオルンは、言われた通りに包を一つだけ手に取ると天井近くまで上昇し、風を発生させそこへ痺れ薬の粉を注ぎ込む。
《準備OK! クレア、いつでも行けるよ!》
「皆念のために口元を覆うか息を止めて!」
万が一がないよう、クレアは味方に警告を発する。
それを聞いた味方陣営は首元に巻いているバンダナやポシェットに入れてあるハンカチで口元を覆い、そうでない者は息を止めて痺れ薬を警戒する。
味方全員が口元の防御を固めたことを確認したフィオルンは、痺れ薬を乗せた風を操られた兵士達の顔周りにまとわせる。
「お願い、効いて。効いてくれないと皆困るの……!」
痺れ薬を渡したマリは、操られた兵士達に効果が出ることを切実に祈る。
そんなマリの祈りが届いたのか、操られた兵士達の動きが少し鈍くなった。
「動きが鈍い、効果が出てるぞ!」
「良し、このまま動きを封じて拘束するんだ!」
「誰か、縄を持ってないか⁉」
操られている兵士達相手にも痺れ薬の効果が出たことで、対応するヒエン達の負担も減り動きやすくなったようだ。
痺れ薬の効果が現れたのを目の当たりにしたマリは、ホッと胸をなでおろした。
「良かった、ちゃんと効果が出てる……」
「やったなマリ、あとはこのソウドウを引き起こした犯人を見つければ……」
「うわぁっ⁉」
「おい、何やってるんだテメェ!」
「なんだ、様子が可笑しいぞ?」
ホッとしたのも束の間、突然悲鳴とヒエンの怒鳴り声が聞こえてきたため慌ててそちらに視線を向けると、そこには味方である筈の兵士を取り押さえている兵士と、それに対し警戒心と怒りを顕にしているヒエンの姿があった。
一体何が起きたのかわからず混乱していると、周りからも似たようなやり取りが聞こえてきた。
「おい馬鹿よせ! こっちを攻撃するな!」
「イテテテテテッ! 俺は味方だよ!」
「ちょ、うぉあっ! なんで儂の邪魔をするんだ⁉」
「なんだよこれ、どうなってるんだ⁉」
突然味方同士で戦い始めるという予想外の展開に、他の兵士達やオリゴーニョは気が動転して本来の動きができず防戦一方になっていた。
あまりにも突然すぎる展開にマリもレイアも動揺を隠せない。
「お、おい! なんで味方にコウゲキしてるんだよアイツら⁈」
「違う、そうじゃない。あの人達の意識、抜け落ちてる。
最初に襲いかかってきた人達と同じで、能力者に操られてるのよ!」
「なんだって⁈」
「マリ君の言う通りのようだが、それだけではなさそうだ。
どうやら敵は、好きな人数だけ対象者を操れるらしい……!」
マリの証言を聞き、周りの様子を再確認したミザールは最初に操られた兵士達の動きが止まっていないことを確認し、犯人が無制限で操る対象を増やせることに気づいた。
その仮定を聞かされたマリとレイアは、自分達が最悪の状況に立たされているということを、今になって自覚した。
ご覧いただきありがとうございます。
もしよろしければコメント、いいねお気軽にいただけたら幸いです。




