第100話 未だ見られぬ改善の兆し【キールside】
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トリッククロウの群れの襲撃を受けた二刻後、バーナードキャラバンは無事に出発する事ができた。
負傷した馬に関しても、ケイが薬草や法術を使って治療したため問題なしだ。
が、それでもトラブルは尽きる事はない。
「左後方、ゴブリンの群れが接近!
後衛は追撃準備に入れ!」
「中央右からもロックリザードが来るぞ、中衛備えろ!」
「出発できたは良いが、やっぱり魔物の襲撃はあるよな!」
荷馬車の積み荷を狙い襲ってくる魔物は後を絶たず、冒険者達は接近して来た魔物をあしらっていた。
一見ここまで見ればなんら問題ないように見えるが、実際の所そうではなかった。
「ちょっと、邪魔しないでよ!」
「そっちこそぶつかるなよ!」
「おいコラ、眼の前に立つんじゃねぇ!」
「そんなすぐ移動できる訳ねぇだろうが!」
フォルシュトレッカーが仕掛けた二つの仙具の効果により、冒険者同士の雰囲気は険悪で戦闘中でも影響が出始めていた。
封印箱が積まれた荷馬車の幌の上から周囲の様子を確認していたキールは、顔をしかめていた。
(これまで問題にならなかった些細な事でも口喧嘩のきっかけになって来てる。
これはいよいよマズいな、いくらオイラ達が間を取り持っても近い内に内部崩壊する……)
「チミっ子、そっちから見た様子はどうだ?」
「今の所、魔物の討伐は滞ってはないが冒険者同士の諍いが所かしこで起こってる。
この調子だと近い内に突破されちまうよ」
「それは困るな、ただでさえ遅れてるっていうのに……」
現在キールとパーティを組んでいるミザールの専属護衛の一人、カプリースは頭に手を当て天を仰いだ。
キャラバンが予定よりも進んでいないのは勿論の事、冒険者同士の雰囲気が悪化するようならば更に遅れる。
その遅れている間に荷物が奪われる、もしくは駄目になるような事が起きればバーナードキャラバンの存続に大きく関わるのだ。
現に移動に必要な物資なども想定よりも消費しているため、なるべく早く次の休憩地点であるリノア砦に着きたいのが本音だ。
「法術を付与した攻撃、射ます、ので、周囲の人達、離れるか伏せて、下さいっ!
∮ウィンドゥ・ウィンドゥ∮!」
後衛では現在鷹獅子の西風とパーティを組んでいるヨキが大声で周囲に警告し、法術を付与した矢をゴブリンの群れ目掛けて射抜く。
やはり法術を付与した攻撃は有効打となり、矢が一体のゴブリンに直撃すると同時に周囲に射た他のゴブリンを巻き込む形でふっとばした。
「ゴブリンの群れの統率が崩れたのを確認、一気に畳み掛けるよ!」
「美属性の弾幕で固めるか?」
「止めて下さい兄さん、ゴブリンの形をした宝石が目の前に出現したら、周囲の人達がおどろいてしまいます!」
「現場を混乱させるような事はしないでいただきたいですねぇ」
ヨキの攻撃で後方から現れたゴブリンの群れは統率を失ったらしく、その隙に一気に畳み掛けるようだ。
前もって周囲に告知した事もあり、ヨキが一方的に責め立てられる自体は回避できたらしい。
それに対しロックリザードが攻めてくる中央右では、自由行動をしているフィービィーとニヤトが冒険者の仲裁に入りながら、フォローしている状態だった。
「おい自分ら、こんな時に言い争ぉとる暇があるんやったらちゃっちゃと敵を倒すぞ!」
「うるせぇ! コイツが邪魔したのが悪い!」
「ソッチが割り込んできたんだろう!」
「やかましい! そないに白黒はっきりさせたいんやったらタメゴローをモフっとけ!」
ロックリザード討伐最中に言い争う二人の冒険者に対し、ニヤトは連れてきていたタメゴローを二人の冒険者に抱えさせた。
あまりに想定外すぎる展開に二人の冒険者は唖然としていたが、タメゴローの触り心地の良い毛並みのおかげか多少なりとも落ち着いたようだ。
「ちょっとソイツは私の獲物よ! 横取りしないでよ!」
「何言ってんの?! 私が先に仕掛けたから渡しの獲物に決まってるでしょう!」
「よっと! ねぇねぇ、どっちの獲物か決めるよりに一緒に倒しちゃえば?
折角魔法と物理の組み合わせが揃ってるのにもったいないよ。
じゃあねっ!」
眼の前にいるロックリザードが自分の獲物だと主張する女冒険者二人に対しては、攻撃しようとしてくるロックリザードを蹴飛ばしたフィービィーが介入。
二人で協力するよう進言した後他の現場に移動した。
フィービィーとニヤトのお陰でかろうじて押さえられているが、冒険者同士の諍いはやはり起こっているようだ。
他にも魔物の襲撃はないものの、ケイとヒバリの二人と組んでいる翡翠の渡り鳥がいる中央左では、中央右の雰囲気に寒鴉された冒険者達がピリピリしていた。
「右側の連中は何やってんだ?」
「まさかとは思うけど、コッチに魔物が来たりはしないわよね?」
「冗談でも止めろ、本当になったらどうするんだ?!」
未だに魔物の群れから距離を取れないでいる様子から、自分達の元に魔物がなだれ込んでくるのではないかという不安が何人かの冒険者達が抱いていた。
そんな時に活躍するのは、ムードメーカーであるケイだ。
「気分転換したい人は挙手!
薄荷ベースの果物のど飴あるよ〜」
「ケイ〜、葡萄味あったらちょうだーい」
「あいよ!」
「林檎味あったら貰っても良いか?」
「鳳梨味があったらコッチにちょうだーい!」
翡翠の渡り鳥の【土造形】の能力者、シファがケイの提案に乗った事を皮切りに少しでも気分を間際らしたい冒険者数名がのど飴を所望した。
これが良かったのか少しだけ中央左の重い空気が軽くなった。
「中央左は問題なし、広報の方は判断に困るな、次の休憩で中央右の方を調べさせるか……」
《キール、仙具の隠し場所に目星ついた?》
「フィオルンか、今の感じだと中央右にありそうだ。
次の休憩でケイに調べさせるつもりだ」
《そうなのね、それよりクレアから伝言預かってるの。
この調子だとリノア砦に着くのは三刻くらい遅れそうだって》
「やっぱりそうなるよな〜」
カプリースと同じくミザールの専属護衛であるクレアの契約精霊である風の中位精霊フィオルンから、次の休憩地点に到着するのが遅れると聞いたキールは、思わずため息を付いた。
ここ最近は魔物の襲撃が多く、一度ヘルシャフトの襲撃もあってか進捗に影響が出始めていた。
その事に関してはキールも気付いており、ミザール達商人が上手く調整してくれるのではないかと期待していたが、そうもいかないらしい。
「わかった、ひとまず次の休憩の際に翡翠の渡り鳥が中央右で動きやすいよう取り計らってほしい事を伝えてくれ」
《わかった、キールも荷馬車の見張りお願いね》
フィオルンにミザール宛ての伝言を頼むと、キールは再度周囲に意識を向ける。
フィオルンと話し込んでいる内に魔物の数は少なくなり、一気に移動を開始するようだ。
(今回はこれで切り抜けられたが、次の襲撃ではまだ連携できるかどうか怪しいな……。
上手い事ヘルシャフトが来てくれりゃあ、連中でストレス発散させられるんだが……)
周囲の冒険者達の様子を確認していたキールは、何かしらの方法で冒険者達のストレスを発散させる必要があると感じていた。
その証拠に、こないでくれればありがたいのにみずからヘルシャフトから来てくれないかと考えていた。
「ここから数㎞進んだ先で野営に入る!
魔物の残党に注意しながら先に進むぞ!」
(まとめ役のアンガスも、今日この調子で進むのは難しいと判断したか。
確かに無理そうだな……)
まだ日が明るい時間帯にも関わらず、数㎞先で野営の準備に入ると知らせを受けたキールは、自分が登っている荷馬車に積まれた封印箱に意識を向けながら現状に頭を悩ませた。
それから数刻み後、バーナードキャラバン全体が野営の準備に入り始めたのを見計らい、キールは荷馬車に∮ベール・ベール∮を張ってケイとヒバリの二人を探していると、馬車から降ろされたラヴァーズと遭遇した。
「あっ。キールさんだ」
「おう、ラヴァーズか。
今からディモルフォセカ達の所に戻るのか?」
「はい、オーガのジアイのみなさんに送ってもらう所なんです」
「そうか、っていうかそのヒールスライムも連れて行くのか」
そう言いながらキールはラヴァーズが現在抱えているモノに視線を向ける。
そのラヴァーズが抱えているモノというのが、前回ケイが偶然捕獲したヒールスライムだった。
「ミ〜」
「ヒールスライムさん。すっごく良い子でしたよ?」
「当たり前だ、ヒールスライムはめちゃんこ弱ぇからな。
オイラ達が強いとわかって自分からくっついてくる程だ」
そう、このヒールスライムはケイに捕獲されて以降、自分達についてこれば安全だと確信したのか馬の治療が終わってケイが逃がそうとした際、離れるのは嫌だと言わんばかりにケイの胴体に張り付いて逃げなかったのだ。
その後ヒールスライムをどうするか決めかねており、ひとまず移動してる間はラヴァーズに面倒を見させる事にしたのだ。
「強い人といると安心するんですね。
ヒールスライムさんもプニプニしてて気もち良いから、同じノリアイバシャにのってる人たちもテイキテキにプニプニしてました」
「あぁ、そうか……。
オイラはケイとヒバリの二人に用があるから、先にヨキ達と合流してくれ」
「わかりました!」
そう言うとラヴァーズはヒールスライムを抱えたまま鬼神の慈愛に連れられ、前衛にいるディモルフォセカ達の元に向かった。
ラヴァーズを見送ったキールは、その足で左中央にいるケイとヒバリの元に向かう。
(休憩中にもケイ達が仙具を見つけてくれたおかげかアチコチで喧嘩が頻発する事はなくなったが、全体の空気は相変わらずピリピリしたままだな)
「お~いキールー」
「おう、フィービィーか。
お疲れさん、ソッチの調子はどうだ?」
「どうもこうも戦闘中に喧嘩になるから大変だよぉ。
冒険者同士の間に入って止めるのは良いけど、コッチが戦闘に参加できないから困っちゃうよ」
全体を移動していたフィービィーがキールと合流し、これまで見た様子を報告しながらキールに愚痴を言う。
元々何処かが戦力不足になった場合、すぐフォローに回れるようフリーな状態だったのだが、今となっては喧嘩の仲裁役になっていた。
本来の役割とは程遠く、ケイのように上手く立ち回れる訳ではないため、フィービィーとしては自分も戦闘に参加できないためかなり参っているようだ。
「その様子だと、ニヤトの方も似たような感じか?」
「ううん、ニヤトは思いっきりモフモフされてるよ。
原因はわかってるどストレスが溜まった状態でモフモフ見るとモフりたくなるみたいで、周囲のモフモフ好きな冒険者に毎回捕獲されてるわ」
「マジか……。獣人の常識何処いった?
ちなみに他の獣人の冒険者までモフられてないよな?」
「その辺りは大丈夫、モフモフ好きに対する生贄は今のところニヤトだけだら」
「ニヤトには悪いが、そのままモフモフ要因という名の生贄になってもらおう」
フィービィーからニヤトがモフモフ好きに捕獲され、耳と尻尾を撫で回されているようだ。
これもオリソンティエラに辿り着くためとキールはスルーを決め込み、翡翠の渡り鳥がいる場所に向かう。
「この辺りか? おーいケーイ、いるかーっ?」
「おうっ、キールか。どうかしたか?」
「ちょいと野暮用でな、今はお取り込み中だったみたいだな」
「悪いな、今怪我人の手当をしてる所なんだよ」
ケイは現在、後方でゴブリンと退治した際に負傷した冒険者の手当を行っており、手持ちの傷薬をガーゼに塗っている所だったようだ。
ガーゼに傷薬を塗り終えると、冒険者の負傷箇所に当てる。
「いってててっ! 傷口に染みる……」
「そりゃあ怪我してるんだから染みるに決まってるじゃん。
傷自体は全然浅いから、すぐに塞がる筈だよ。
明日の朝にもう一回俺の所に来てくれ、その時の傷の様子を確認するから」
「あぁ、恩に着るよ……」
ケイの手当を受け終えた冒険者は包帯が巻かれた腕を抑えながら、その場を後にした。
治療を終えたケイは鞄から出していた医療用キットの在庫を確認する。
「ギョルシル村でかなり補充したつもりだったけど、予想より減りが早いな。
薬草の方もまた補充しないと……」
「ケイ、少し良いか?」
「お? どうしたんだキール、お前も手当受けに来たのか?」
「ちげぇよ、仙具の隠し所についてだ。
さっきの戦いの間確認した感じだと中央右、外寄り側に仕掛けられてる可能性がある」
「マジか、一昨日も中央右にある奴全部回収したつもりだったけど、まだ残ってたかぁ〜」
どうやら中央右側の方は既に探した後だったらしく、キールの報告を受けたケイは見るからに落ち込んでいた。
いくらアクアシーフの固有スキルがあるとはいえ、やはり限度があるらしい。
「こればっかりは仕方がねぇさ。
これだけの馬車があれば撮り逃しがあっても文句言えねぇよ。
……それよりも薬の在庫は大丈夫そうか?」
「結構心もとないな。
ギョルシル村にいる間ヒバリ達にも手伝ってかなり補充したんだけど、たったの十刻で半分以上消費しちゃってて、時間見つけて残してた薬草を煎じて補充してるけど追いついてないんだ。
それから薬の材料や包帯と医療用の糸もかなり減ってるから、そっちも補充しないと……」
「オイラが頼んでおいて言うのもなんだが、お前とんでもない量の仕事こなしてるな……」
現在の医療用キットの在庫が不安であるため、ルテラ砦についたらすぐにでも補充したいと告げるケイに対して引き気味なキール。
そこにバーナードキャラバン全体の様子を確認し終えたニヤトが訪れた。
「あぁ、キールこないな所におったんか。探したで」
「ニヤトか。キャラバンの様子はどうだ?」
「今の所デカい衝突は起きてへんけど、なんて言うたらええんやろ?
一触即発な事がいつ起こるかわからへん感じか?」
「理解に苦しむ上物騒な説明は止めろ。
だが、いざこざが起きても可笑しくないってのは確かだな」
「広範囲でいざこざが起きたらすぐに対応するのも難しいよ。
何か対策を考えた方が良いって」
「対策は講じとるで?
でも肝心の癒やし要員達も構われすぎてだいぶん参っとるみたいなんや」
仙具の事は伏せながら、探し出す以外で何かしらの対策を練った方が良いとケイが進言するが、ニヤトは作は講じていると宣言。
だが内容からして、最年少のラヴァーズを猫であるタメゴロー頼みな状態であるようだ。
「ヒールスライムはどうした?
さっきラヴァーズにあったが、触り心地が良いっていう理由で人気な筈だぞ」
「それが癒やしを求めとる冒険者連中の圧が凄すぎて、めちゃくちゃ逃げ回っとんねん。
気の毒すぎて慈愛の鬼神のリーダーが接触禁止令出してん。
ただでさえワイも問答無用でモフられとるのに……」
ヒールスライムの現状を伝え終えたニヤトは、獣人である自分も問答無用でモフられている事に対しげんなりとしていた。
様子からしてかなり疲れているようだ。
「それはまぁ、気の毒だが、今の現状が困難だからな。
なるべく早く解決するから、もう少しの間モフモフ要員でいてくれ」
「いつまでもモフられなあかんねん!
頼むからはよ解決してや!
ワイの誇りと精神面が持たなくなる!」
「仕方ねぇだろう、常に移動している状態で何かしらの癒やしを確保するってのは難しすぎる事なんだからよ」
「次の休憩地点でゆっくり休める筈だし、もうちょっとだけ頑張ろうぜ」
「うぅ、なんでこんな、ほんまにいつまでモフられなあかんねん……」
次のリノア砦に着くまでの間、自分の意志を無視しで撫で回され続けなければならないという現状に直面したニヤトは、酷く落ち込んだ様子でその場を後にした。
キールとしても申し訳ないが、現在の状況で癒やし要員が減れば一気にストレスが爆発して冒険者同士の本格的な争いに発展する危険がある以上、ニヤトには我慢してもらう他ないのが現状だ。
「ニヤトには本当に悪いが、本当にモフモフ要員は必須案件案だよな……」
「でも今のニヤトの様子じゃあラヴァーズやタメゴローもかなり参ってると思うぜ?
ここまで来るとモフモフ以外で気を間際ラス方法を考えないと、ニヤト達が持たないぞ?」
「オイラ達以外の攻撃がヘルシャフトにも通じるようになれば、良いサンドバックになるんだけどなぁ〜」
撫で回す以外で気を紛らわす、スピリットシャーマンとウィアグラウツ以外の冒険者の攻撃がヘルシャフトにも通じるようにする。
簡単なようで難しいこのお題を解決できれば、現状を持ち直す事ができる。
もっとも、その解決策が思いつかない以上お手上げなのも事実だ。
それに関してはキールもわかりきっているため、頭を抱えている。
本当に何かあんはないか考えていると、ミザールのもとへ向かったフィオルンが慌てた様子でキールの下に飛んできた。
《キール、大変だよ!
向こうの方で冒険者達が暴れてる!》
「クッソッ! 最悪な展開だ! ケイ、一緒に来てくれ!
向こうの方で冒険者達が暴れてるらしい!
フィオルン、案内してくれ!」
「嘘だろう!? ちょっちょっと待ってくれ!」
フィオルンがもたらした最悪の情報を聞いたキールは、フィオルンの案内のもとケイを連れ急いで現場へ向かう。
フォルシュトレッカーが仕掛けた罠は、緩やかに、けれども確実にキール達を追い詰めていた。
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