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9話 友情は脆くない

 あと数日で大晦日。年内最後のバイトも終わって暇なのか、本日は小田切さんに二度目の訪問をしてもらっている。目的が俺ではなくゲームにある事を除けば嬉しい限りである。


「泉君。前回からの疑問なんですが、どうしてこのお邪魔キャラはパワーアップすると神から王になるんですか?」

「なんででしょうね……」


 俺にも答えはわからないし、小田切さんも多分それを求めてはいない。

 ドヤ顔の小田切さんが言いたい事は別にある。


「5戦目にして初ですね。泉君が王様の被害に遭うのは」


 基本的にお邪魔キャラを避けるプレイングをしてきた俺だが、いくつもの不幸が重なって、一人離れた場所でお邪魔キャラをなすりつけられてしまった。

 その上で、今だけは起こるなと思っていたお邪魔キャラのパワーアップまでもが発生してしまい、それを見た小田切さんは心底楽しそうに笑っている。

 出来れば普通にデートとかできた暁に見せてほしかった顔である。


「……まだそうと決まった訳じゃありませんよ。変身したターンは何もしてきませんからね。次のターンで誰かなすりつけられれば――」

「泉君の手持ちのカードだと、その位置からはどうしようもありませんね。少なくとも一回は被害に遭ってもらいますよ」


 ふふふと悪い笑顔を浮かべる小田切さんだが、実際に言う通り、完全な詰みである。


「完璧な状況把握ですね。5回目のプレイでよくそこまで」

「褒めてもらっても、今回の勝利は譲りませんよ?」

「小田切さん。このゲームが何て呼ばれてるか知ってますか?」


 不敵に笑っていた小田切さんが、突然の訳の分からない質問にきょとんとしている。可愛い。


「友情破壊ゲームです。その意味はこれから教えてあげます」



「友情がこんなに脆いものだとは思いませんでした」


 あの後、お邪魔キャラの王様に最下位まで叩き落された俺は、妨害手段を駆使してトップにいた小田切さんを潰しにかかった。

 基本的に俺のプレイングを見て学んできていた小田切さんは、単純な妨害対策こそしていたものの、今まで見せた事の無かった妨害のコンボに為す術もなくズタボロにされてしまった。

 結果、勝ったのは今回も俺。


「今回は勝ったと思ったのに。でも、こういう手段がある事もわかったので、次はこうはいきませんよ」

「はい。望むところです」


 破壊されたなかった友情に安心している俺に、小田切さんがスッと手を差し出してきた。これは握手しま(手を繋ぎま)しょう、という事でいいのだろうか?いいと判断します。


「泉君、意外と手が大きいんですね」


 差し出された手に恐る恐る触れると、小田切さんはそんな事を言いながら俺の手を握った。

 彼女の白く細い指と小さな手のひらには、無駄な肉など全く無いように見えるのに、どうしてこうも柔らかいのか。


 俺は結局何も言えずに、この幸せな時間が少しでも長く続けばいいとだけ思った。しかし終わりはあっさりやって来る。

 力を弛めた小田切さんの手を、未練がましく掴もうとする自身の手を死ぬ気で制し、俺の方も力を抜くと、幸せな時間は一瞬で消えてしまった。


「さて、それじゃあ今日はこの辺りで帰りますね。暗くなり始めてきましたし」

「あ、はい。それじゃあ送ります」

「いえいえ悪いですよ。あ、買い物のついでですか?」


 前回送らせてもらえたので今日もいけるだろうというのは、この人に対してあまりに甘い想定だったようだ。


「ええと、買い物は、今日は無いんですけど……」

「それじゃあ、やっぱり送ってくれなくてもいいですよ」

「もう薄暗いですし、危ないですから送らせてください」


 惚れた女性を送りたいと思うのは当然の事だ。一緒にいられる時間を延ばせる事もメリットだが、何より送って行かずに万が一何かあっては後悔してもしきれない。

 とは言えそんな本心をそのままぶつける訳にもいかず、「危ないですから」と大分マイルドにして伝えるしかなかった。


「心配し過ぎですよ。この辺りは治安もいいですし、私が危険な目に遭う事も無いですよ」

「確率がゼロだって断言できますか?」

「そんな事を言い出したら、隕石が落ちて来る事や、居眠り運転の車が突っ込んでくる事も想定しなきゃいけませんし、外に出られませんよ。限りなくゼロに近いものはゼロと近似して考えるべきです」


 涼しげな顔の小田切さんが言った事は正しい。それでも――


「小田切さんは自分がどれだけ美人か自覚すべきです。普通の女の人より危ない可能性は高いんですよ」

「……美人、ですか」

「はい。あっ……」


 意外そうに首を傾げる小田切さんの言葉に強く頷いてから、自分が何を言ったか自覚した。

 嘘は言っていないし、本心ではあるが、言ってしまうと何故か気まずい。


「泉君はそう思うんですね」

「俺じゃなくても、そう思うはずです」


 恥ずかしくて顔は見られなかったが、小田切さんの声色は少し嬉しそうに感じた。


「言われてみると、意外と嬉しいものですね」

「今まで言われた事無かったんですか?」

「同性からの褒め言葉は信用するなって書いてありましたし、異性から言われた事は、多分無いですね」

「嘘でしょ!?」


 俺以外の男連中、見る目無さ過ぎでは?


「と言うよりも、異性から話しかけられる事が稀です。実験以外だとほとんど話しません。泉君は美人だって言ってくれましたけど、大学構内でナンパされるなんて経験も無かったです」

「ああ……」


 それ絶対白衣着てるせいだ。見る目の問題ではなかった。


「と、とにかく。そう言う訳なんで、家まで送らせてください」

「そうですね。それじゃあお言葉に甘える事にします。お願いします、泉君」


 同行の許可を出してくれた小田切さんは、上機嫌にふふっと笑い、ぺこりと頭を下げた。

 その様子は大変可愛いのだが、せっかく美人と言ったのだから、少しでもいいから意識してほしかったところだ。



「泉君。何だか落ち着きがありませんね」

「ええと……」


 小田切さんの左側から右側へと場所を移した俺に、彼女は不思議そうに尋ねた。先程は右から左に場所を移したので、その行為だけを見れば確かに落ち着きが無いのかもしれない。


「すみません」


 俺が車道側を歩くようにポジショニングしたいのだが、小田切さんが意識してない事を差し置いてもスマートにいかない。

 かと言ってそれを伝えてしまうのも恩着せがましいので嫌だ。気付いてほしくはあるが、自分からは言えない。めんどくさい野郎である。


「車が来たら危ないですからね。もうちょっとこっちに寄った方がいいですよ」

「いいんですか?」

「決まってるじゃないですか」


 ニコリと微笑む小田切さんに、「失礼します」と言って一歩近付くと、「律儀ですね」と笑われた。


 部屋で握手をした時の事を思い出しながらも、意図せず触れてしまう訳にはいかないと、左手のポジショニングに全力で集中していたら、小田切さんの家には本当にすぐ着いてしまった。


 小田切さんは明日帰省すると言うので、年内に会えるのは今日が最後になる。


「それじゃあ泉君。また来年。今年は泉君に会えて良かったですよ、ありがとう」

「こちらこそ!小田切さんに会えて本当に良かったです。来年もよろしくお願いします」


 90度近く曲げた俺の腰がおかしかったのか、小田切さんはクスリと笑う。


「はい。それではよいお年を」

「よいお年を」


 これで1週間は会えなくなる。

 涼やかに微笑む彼女の顔に覚えた感情は、嬉しさよりも流石に寂しさが勝った。

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