7話 日本の地理はこれで覚える
「すごろくみたいなゲームですか」
小田切さんは不満げにそうこぼした。
気持ちはわかる。確率計算と心理戦を謳い文句に誘われたのに、すごろくはただの運ゲーではないかと、そう思うのは当然だ。
「ベースにはしてますけど、別物です」
冬休み2日目、俺が部屋に招いた小田切さんに提示したのは、日本の子どもが地理を覚えるのに役立つゲームだ。
因みに、ちょっと高いクッキーを用意して出迎えた小田切さんは、やはり今日も白衣を着ていた。
「ゲーム内の知識もある程度必要ですけど、複雑な操作はありませんし、確率計算や読み合いで勝率を高める事が出来ます」
「そう聞くと私に有利なゲームですね」
不信の目はもう無い。自信ありげに笑った小田切さんは、「早く始めましょう」とクッションの上にちょこんと腰を下ろした。
「最初はチュートリアル的な感じで、短い期間で説明しながらやろうと思います。その後ちゃんと勝負しましょうか」
「はい。でも、チュートリアルでも私が勝ってしまうかもしれませんね?」
「望むところです」
短いターン数かつ、最弱COMとの三つ巴で始めるつもりでいたので、小田切さんに豪運が舞い込めば確かにそれもあり得る。とは言え並の幸運程度ではまず負けないが。
「ではまず基本的な操作なんですけど――」
コントローラーを渡し、極々初歩的な操作と、今からやるゲームの大まかな説明だけ済ませ、まずは俺が名前を入力。
次の小田切さんは、コントローラーと画面を交互に確認しながら「お、だ、ぎ、り」と口に出して、ゆっくりと入力を済ませた。可愛い。
「泉君はぱぱっと入力出来て凄いですね」
「慣れですよ。小田切さんもすぐ出来るようになります」
「頑張ります」
このゲームは基本的には十字キーと決定、キャンセルのボタンのみ。真剣にコントローラーを眺める小田切さんが微笑ましいが、すぐに慣れるだろう。
「それでは始めますね。さっきも言いましたけど、最終的に一番お金持ってた人が勝ちです」
「はい。どんと来いですよ」
期待で前傾姿勢になっている小田切さんを見て、頬が弛んだ。
◇
「まずは私のゴールですよ、泉君!」
「おめでとうございます。でも勝負はまだまだです」
「そんな事言ってられるのも今の内だけですよ」
可愛らしくふふふと笑った小田切さんが、ドヤ顔でピースサインを見せつけてくる。
「あ!変なのが出てきました」
「お邪魔キャラです。あれに取り憑かれるとひどい目に遭うんで、出来るだけ避けるのがお薦めです」
「わかりました!」
「また私のゴールですね」
「まだまだひっくり返せますよ」
「どうでしょうか?」
「三回目も私のゴールです!」
最弱COMを三人目として入れている為、小田切さんは日本を模したマップ上で、ランダムに選択される目的地に連続でゴールし続け、その度にドヤ顔をしつつ指でVの字を作っている。
しかし――
「あれ?」
「はい。俺の勝ちですね」
最後の結果発表で一位にいたのは俺こと「いずみ」だった。
「泉君、一回もゴールしてないのに……」
「これがすごろくベースだけど別物だって言った理由です。ゴールしなくても勝てるんですよ」
「そう言えば……。私、普通にすごろくとして遊んでましたね……」
もちろん小田切さんは、ゲームを有利にするカードを使うなどの、すごろくには無い遊び方もしてはいたが、基本的にはゴールを目指していた。
最初にすごろくと聞いた時に不満に思った事を思い出してか、少しだけシュンとしている。
「それももちろん遊び方の一つですよ。序盤はゴールした時に貰えるお金の重要性が高いんで、短いターンの時は狙っていくのがセオリーですし」
そんな顔をしてほしくなくて、今日は楽しんでいってほしくて、フォローをするが、プレイ中にもっと口を出すべきだっただろうかと、少し後悔した。
最初は自由にと思ったのだが、小田切さんは嫌になってしまっていないだろうか。
「嫌じゃなければもう1戦しませんか?今ので少し慣れたと思いますし、次はもっと説明します」
「むしろ私が嫌とは言わせません。次は勝ちます」
パッと顔を上げた小田切さん。その端正な顔をクール美人と印象付けている、普段涼やかな瞳には、やる気の炎が灯っている。
そんな様子に心底ホッとした俺には気付かず、小田切さんは「早く早く」とコントローラーを握りしめる。
「次は倍くらいのターン数でやりますか?ある程度長い方が運要素は薄まりますし」
「はい。大体コツは掴みましたから、次は確率計算だけじゃない私の強さを見せてあげますよ」
思えば後半からはコントローラーに視線を落とす事はなく、スムーズに操作をしていた。
ゲームの中身の方も、俺が説明していないところも変なミスはしていなかったので、本当にある程度のコツは掴んでいると思う。
「楽しみにしておきますよ」
「あ!次も自分が勝つって思ってますね」
「流石、作者の気持ちがわかる理系ですね」
「当然です。……って事はやっぱり!」
「はい。負けるつもりはありませんよ」
「そのセリフ、忘れないでくださいよ」
「もちろんです」
不敵――に見えるといいなと思う――笑みを見せると、小田切さんもニヤリと笑い返してくれる。
既に惚れてしまっているせいだろうが、どんな表情もこの上なく魅力的に見えるので困る。
「じゃあ次はCOMをちょっと強くしましょうか?」
「はい。でも今回で完璧に覚えるので、次は最強の大王にしましょう」
「了解です」
無意識に出た「次」という単語が、俺をどれだけ喜ばせたか、多分小田切さんは気付いていない。
◇
「泉君はゴールが近くても目指さない時がありますよね?」
「はい。その方が都合がいい場合もあります」
「さっきのゲームでは、悔しいですけどハンデだったのは分かりますけど、敢えてゴールしない事にはどんなメリットがあるんですか?」
「ハンデと言うよりは、小田切さんにゴールする以外の勝ち方を実践して見せたかったんです」
このゲームは、言ってしまえば架空の資産運用をして最終的な財産を競う。そして最初に資産を手に入れるには現金が要る。その現金はゴールする事によって手に入れるのが基本的にはセオリー。
小田切さんとしては、俺がそのセオリーを無視するのでわからなくなっているようだ。
「さっきのゲームだとCOMが弱かったじゃないですか。だからそいつがずっとお邪魔キャラを持ってたんですけど、このゲームの大原則としてお邪魔キャラを避ける事があるんです」
「確かに、チビおには酷い目にばっかり遭ってましたね」
小田切さんは先程の最弱COMを思い出しながら、こくこくと頷いていた。
「そうですね。お邪魔は誰かがゴールした時に一番遠いところにいる人に付くので、ゴールしない事でそれをコントロールするんです。運も絡みますけどね」
「コントロール、ですか?」
「そうです。みんな基本的にはお邪魔付けたくないので、ゴールの近くに集まって来ますよね?俺はそれを見ながら、タイミングを見計らってゴールを狙うんです」
「タイミング?」
「たとえば相手に有力なカードを使わせた後でゴールしたり、逆に妨害して特定の相手にお邪魔を付けたりですね。このゲームの心理戦の一つですよ」
「なるほど。そういう心理戦もあるんですね」
ふふふと笑いながら、「私に塩を送った事を後悔させてあげます」と宣言した小田切さんは、少し後にその心理戦を仕掛けてきた。
「どうしますか、泉君。悠々と資産を買ってる場合じゃなくなりましたよ?」
「そうですね」
勝ち誇った小田切さんは、先程俺が手に入れたばかりのサイコロを増やすカードをここで消費させたいのだと思われる。
対戦相手の手持ちカードにまで意識が及ぶというのは、今日初めてこのゲームをやった人としては破格の上達だと思う。地頭の良さもあるのだろうが、楽しんでくれている事が伝わって嬉しい。
俺はそんな内心の感動を押し殺し、だがまだ惜しいと十字キーと決定キーを操作した。
「なっ!」
「妨害系のカードもありますからね。まだまだゆっくりさせてもらいますよ」
ゲーム内のおだぎりさんはこれでしばらく動けない。
恨めしげな目で俺を見るリアルの小田切さんは、少し頬が膨れていた。
結局、最初のチュートリアルを含めて俺が3勝する頃には、辺りは暗くなっていた。




