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6話 現状確認とやる気

「いずみん。昨日一食で話してた人誰?」


 1コマ終了後、佐々木と一緒に次の教室へ歩いていると、ニヤケ面の松宮が近付いて来た。


「例の先約の人か?」

「ああ」

「そうか」


 佐々木はそれだけ言って後は踏み込んで来ない。


「え?私は?聞いたの私だよね?」

「だから先約の人だって」

「いやいやいや。そんなの誰だってわかるし。と言うかあの人有名だから誰かもわかるから。聞きたいのは誰か、じゃなくてどんな関係かだから」


 一緒にいた小田切さんは、その美貌に加えて常に白衣を着ているので確かに学内の有名人。顔の広い松宮なら当然知っていておかしくない。

 俺がはぐらかしたので結局松宮はそのまま着いて来て、今日も俺と佐々木の間に収まった。


「で。どう言う関係?」

「それを教える前に松宮」

「んー?」

「麻雀覚えてくれ」

「はあ?」

「いきなりどうした?」


 訳がわからないと言った顔で呆れたような声を上げる松宮と、流石に意味が分からなかったのか佐々木も会話に加わって来た。


「一言うんと言ってくれるだけでいい。ついでに冬休み中に麻雀覚えてくれたらいいから」

「ささきー、助けて」

「説明してくれ、泉。俺にもまるで意味がわからんぞ」


 俺と会話をするのを諦めた松宮越しに、比較的表情を変えない佐々木も変な顔をしている。


「まあ実はだな――」


 小田切さんとは、冬休みに入った次の日にゲームで遊ぶ約束をした。しかし彼女が楽しみにしているのは、どちらかと言うと麻雀の方な気がしている。

 そしてその麻雀だが、基本的には四人いなければ出来ない――いきなり三麻を教えるのも違う気がする――ので、小田切さんと俺の他に二人面子を揃える必要がある。


 一人は佐々木で確定だが、もう一人は女子がいいと思っている。

 小田切さんはあまり気にしなさそうではあるが、()の部屋で男女比3対1というのは流石に気が引ける。


「――そういう訳なんだ」

「何で俺確定してるんだ?」

「え?私じゃなくても良くない?」


 小田切さんに惚れた事は伏せて説明をしたが、反応は良くない。


「まあ、麻雀ならいいけどな。お前が連れて来る人だし、変な人じゃないだろ」


 変な人ではあるぞ。それを補って余りある魅力があるだけだ。


「ささきーはそれでいいかもだけどさあ、私は覚えるトコからだからハードル高くない?」

「お前だけが頼りなんだよ、松宮」


 実際例の噂のせいで、俺とまともに話してくれる女子は激減している。頼りになるのは松宮以外――ほとんど――いない。


「ええー。そう言われてもなぁ~」


 根っからの世話焼きの松宮は、言葉とは裏腹にまんざらでもない様子を見せる。あと一押しだろうか。


「学食でなんか奢るから」

「冬休みまで毎日ね」

「了解。助かるよ」

「貸しだからね」


 ニヤリと笑う松宮だが、冬休みまでは今日含めて3日しか昼食の機会は無い。無茶なお願いを聞いてもらう代価としては安いので、感謝しかない。

 そんな松宮に、早速佐々木が初心者向けのアプリを勧めている。


「とりあえず捨て牌読んで筋引っ掛け躱せるくらいになってくれればいいから」

「よくわかんないけどわかった!」

「無茶言うな……俺だって出来ねえよ」


 アプリのインストールを待ちながらニコニコ笑う松宮と対照的に、佐々木は呆れたように俺を見ていた。



「なんで二食じゃなくて一食なんだよ……」

「だってさぁ?」

「なあ?」


 2コマの後、早速松宮に昼食を奢ろうと思っていたのだが、当の松宮も、一緒に行くと言った佐々木も、何故か近い二食ではなく一食に行こうと言い出した。

 意味ありげに笑う松宮に応じる佐々木も、かすかに笑みを浮かべている。


「だってあの人いつも一食なんでしょ?」

「理学部の二年だしな」

「……誰の事だよ」


 一食への道を歩きながら、俺は無駄な抵抗を試みる。

 二人が一食へ行きたがった理由もここでわかったが、今更二食へ行こうと言っても、もう遅いだろう。


「いずみんの彼女」

「違うから!」

「えー?一緒に麻雀やりたいのもその人なんでしょ?」

「そうだけど彼女じゃないから!」


 不思議そうに首を傾げる松宮に、「違うからな」と再度念を押すと、「わかったよ」とつまらなそうに返された。

 もし小田切さんの耳に入れば、「違います。彼女じゃありません」と弁明の暇も無く斬って捨てられる事請け合いである。

 事実として間違っていないのだが、突き付けられるときっと凹む。と言うか今想像して凹んだ。


「でも好きなんだろ?」

「どうなの?」

「まあ……」


 白状した俺を余所に、ニヤけた松宮と口角の上がった佐々木が顔を見合わせる。


「最初から『好きな人に近付きたい』って言えばもっと素直に協力してあげたのに」

「うるさい。いいか?一切そういうそぶり見せるなよ。絶対だぞ。フリじゃないからな」

「はいはーい」


 軽い調子の松宮だが、佐々木が言う通りバランス感覚のいい奴なので、言う程不安視している訳ではない。こんな会話をしたのは、ノリというか流れだろうか。


「結構混んでるな」

「出遅れてるからねー」


 出遅れたのはわざわざ遠くから歩いて来たからだ。と言えば「細かい事言うとモテないよ」といった感じのカウンターが飛んできそうなので言わない。

 今それを言われたら傷付く。


「白衣白衣~」

「とりあえずここからじゃ見えないな」


 普段感情の起伏が小さい方である佐々木がどことなく楽しそうだ。

 とりあえず学食の外まで続いている列に小田切さんは見当たらないが、見つけたら佐々木はどんな反応をするのだろうか。


「とりあえず並ぶか」

「だね」



「あ。泉君」

「小田切さん。どうも」


 俺達が並んで10分程経った頃、ようやく学食の中まで辿り着いたところで、中から白衣を纏った美人が出てきた。

 その隣には学科の友人だと思われる女子が二人。こちらは当然だが白衣を着ていない。


「ギリちゃんの彼氏?」


 おい。

 からかうように笑いながら、小田切さんの友人Aが質問をした。せっかく俺が松宮に対して言うなと言っておいた事なのに。そして当然――


「違います」

「はい……違います……」


 小田切さんはいつも通り涼やかに、俺は必死で絞り出した感を悟られないように装い、それを否定する。


「だよねー」

「ギリちゃんだもんね」

「どういう事ですか?」


 そう思ってるなら聞かないでほしいですよ。AさんBさん。純粋に不思議がってる小田切さんが可愛いから許すけど。

 しかしそれでも無駄に傷付いた俺の肩にぽん、ぽんと両側から手が乗せられる。ありがとう。


「それじゃあ泉君。また」

「はい。また」


 小田切さんはそう言って微笑み、軽く会釈をして友人ABを連れて一食を出て行った。


「またって?」

「冬休みに遊ぶ約束をしてます」

「えー?ギリちゃんが?」

「だからどういう――」


 白い背中を見送っていたが、段々と小さくなる声はこの辺りで可聴限界を超えた。


「まあ、頑張れよ。泉」

「ああ。ありがとう……」


 現状完全に脈無しなのが友人にもバレた。佐々木も流石に気まずかろう。


「うーん」

「何だよ松宮」


 同情してほしかった訳ではないが、こういった状況ですぐフォローを入れてくれそうな松宮は、もう小田切さんが見えなくなった出口に視線をやりながら、何やら唸っている。


「あの人あんな風に笑うんだなって」

「そりゃ笑うだろ」

「でも見た事無かったし」

「確かにそうだな。いつ見てもクールな感じだと思ってた」

「でしょ?」


 そんな事は無い。

 確かに俺も話すまではそんなイメージだったが、話してみればあの人は魅力的な表情をたくさん見せてくれる。別に俺にだけ見せてくれる訳ではないだろう。


 しかしだとしても、知る者が少ない彼女の笑顔を知っているという事に、大きな優越感を覚えた。

 現状脈無しだとしても、距離は多少近いのだと思えば、少しだけ頑張れる気がしてきた。

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