5話 負けず嫌いな先輩の誘い方
目の前のクール美人にあっさり惚れた俺だが、今一つの大きな問題に直面していた。
本日は12月19日木曜日なので、来週は当然26日の木曜日な訳だが、その日は既に冬休みに入っている。つまり小田切さんと昼食をご一緒する事が出来ない。
いや、まあ毎週木曜日に約束をしている訳ではないので、仮に冬休みに入っていなくてもご一緒出来たかはわからないのだが。
「小田切さんはサークルか部活に入ってるんですか?」
「いえ。入ってませんよ」
「じゃあ木曜は帰るだけですか?」
「夜からアルバイトがありますけど、昼だとそうなりますね」
とりあえず今の時点では時間的猶予はまだあるようだが、話す事が無くなれば小田切さんは帰るだろう。
幸いと言うか、俺達はお互いの事を全然知らないので、現段階では話題には困らない。相手が乗って来てくれるかは別になるが。
「ええと、支障が無ければ何のバイトか教えてもらってもいいですか?」
「家庭教師ですよ。中学生の女の子です」
「教えてるのはやっぱり理数系ですか?」
「はい。数学と理科を教えてます」
淡々と勉強を教える小田切さんが目に浮かぶ。そしてそんな想像の中でも、彼女はやはり白衣を着ていた。
「その時も白衣着てるんですか?」
「もちろんです」
尋ねてみると、小田切さんは自慢げに胸を張る。
「小田切さんらしいですね」
「合理的でしょう?」
ニヤリと笑う彼女は、「小田切さんらしい」の前に合理的で、という言葉を付け足して受け取ったようだ。
「そもそも白衣を着ていたから決まったアルバイトですからね」
「どう言う事です?」
「スーパーで買い物をしてる時に、理系の学生だって事がわかったみたいで、スカウトされました」
「ほんとにどう言う事ですか……」
「そのままですよ。娘さんに理系の家庭教師を探していたらしいんですけどね、女性限定で探してたので上手い事見つからなかったそうなんです。そこで白衣を着てる私を見つけて、という訳です」
「なるほど……」
確かに白衣を着ていたら一発で理系とわかるが、そのお母さんも中々豪胆と言うか、決断力の優れた人なのだろう。
「どうかしましたか?」
「え?」
「笑っていましたから」
「すみません。小田切さんはいい先生やってそうだなと、想像したらつい」
俺がそう言うと、小田切さんは「いい先生ですか」と少し考え込むような仕草をした。
「何と言うか、筋道立てて教えてあげてそうだなって思いました。理数系だとそういう方が分かりやすいんじゃないですかね」
「どうでしょうか?ひとまず成績は上がっていますので、その点は安心してますけどね」
「それなら、やっぱりいい先生なんでしょうね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
ホッとしたように微笑む小田切さんに、嬉しいのはこっちだと内心で叫ぶ。
「家庭教師は週何回なんですか?」
「2時間を2回、月木です」
どうにかこのバイトの話から広げて、小田切さんの情報をゲットしていきたい。
「もうじき冬休みですけど、冬休み中も家庭教師はあるんですか?」
「年末年始は流石にありませんよ。来週、26日が最後です」
「小田切さんは年末年始、帰省するんですか?」
「来年は始まりが早いので考え中です。……よく一人暮らしだってわかりましたね?」
俺はちょっと自信ありげな顔を作って、右手の人差し指をピンと立てた。誰かさんに対する所謂リスペクトだ。
「スーパーで買い物してたって言ってましたから。実家暮らしならあまりその必要が無いかなって」
「なるほど……でも答えは正しいですけど、導く過程がちょっと弱いですね」
「そうですか?」
俺が真似をしたからなのか、こういった事が好きなのか、小田切さんは楽しそうに顔を輝かせて身を乗り出した。
「はい。私がたまたまだったり、頼まれて買い物をしたケースもあり得ますよね?」
「確かに、そうですね」
「まだまだ甘いですね、泉君」
いつの間にか立てていた人差し指を、小田切さんはまた手首ごと左右に振っている。
「とは言えスーパーの場合だと、一人暮らしの学生が買い物をする回数と、実家暮らしの学生が買い物をする回数では大きな開きが出るでしょうね。それにウチの大学の自宅生の割合は2割程度と聞いてますから」
そこで一旦言葉を切った小田切さんの顔には、満面の笑み。
「そういったところまで言えてたら、泉君の推察は完璧でしたね」
「次はもっと頑張ります」
「はい。楽しみにしてますよ」
優しく笑う小田切さんに、内心でガッツポーズ。
意図して言った訳ではなかったが、次に繋がる可能性が高まった。この人は社交辞令を言うタイプでは無さそうだし。
「それで、話は戻りますけど、小田切さんは冬休みの帰省は考え中なんですよね?」
「はい」
この人のテンションが高い内に、次へと繋げておきたい。
「それじゃあ冬休みに……冬休みの予定もあまり決まってないんですか?」
冬休みに俺と遊びに行きませんか、とは言えなかった。鈍そうではあるが、下心を見せて引かれてしまって困る。
と言うか、小田切さんをクリスマスパーティーに誘った人の二の舞になる未来しか見えなかった。
「そうですね。結局あの後、学科の友達とクリスマスパーティーする事にはなりましたけど、それ以外は未定ですね」
「クリスっ……あの、女子会とか、ですか?」
「はい。恋人のいない者同士という事で集まるみたいですね」
「そうですか……」
一瞬息が止まる程焦ったが、杞憂に終わった。
そして、男からクリスマスに誘われる以上彼氏はいないはずと思っていたが、その情報が確定できた事は少し嬉しい。
「泉君はクリスマスはどうするんです?」
「俺は何の予定もないですね。このままだと多分、友達とゲームか麻雀でもして過ごすんじゃないですかね」
佐々木は確定で、他にも彼女のいない友人は何人か残っている。
小田切さんと過ごせれば最高ではあるが、男同士で虚しいクリスマスを過ごすのも悪くないのではないだろうか。将来的には笑い話にできると思う。
「ゲームと麻雀ですか」
「はい。小田切さんはゲームとかはしますか?」
「テレビゲームの類はやった事が無いですね」
何となくだが、少しは興味がありそうな反応だと思った。
小田切さんは多分だが、興味が無ければそのまま話題をスルーしそうな気がする。
「よかったら今度ゲームしませんか?麻雀なんかは確率計算と相手の心理を読むことが重要なんで、『作者の気持ちがわかる理系』の人には向いてますよ。テレビゲームでもそういうのが大事なのはありますし、持ってます」
必死にまくしたてたが、途中の言葉にくすぐられたのか、やはり小田切さんの反応はいい。
「面白そうですね。でも麻雀はルールを知りません」
「簡単ですから、教えます、大丈夫です。それにテレビゲームの方ならルールもっと簡単ですし」
「そうですね。楽しそうなので、冬休みにでも……泉君は一人暮らしですか?」
「はい!ちゃんと部屋掃除しとくんで、ぜひ来て下さい」
「負けませんよ?」
ニヤリと笑った負けず嫌いな小田切さんが可愛い。
「望むところです」
俺は内心の狂喜乱舞を必死で隠し、小田切さんと似たような表情を作る事に注力した。もしかしたら頬が弛んで変な顔になったかもしれないが。
こうして俺は、好きになった先輩と遊ぶ約束を取り付け、連絡先も手に入れる事が出来た。
とは言え、一切男としては見られていない現状、ようやくここがスタートラインだ。




