3話 会いたかった先輩と会いたくなかった元先輩
また1週間が経って木曜日。
この1週間の間に、佐々木以外の学科の連中にも、俺がサークルを辞めた経緯――面白おかしく脚色されているのだろう――を知った者がそれなりにいるらしく、一部からは何となく遠巻きにされているように感じていた。
あまり交流は無かったが、あのサークルには同学年同学科のメンバーが二人いたので、いつかこうなるのは覚悟していた。むしろ想定より遅かったと思う。
サークルを辞めた時は、学科で広まるであろう事を考えて憂鬱になりはしたが、いざこの時になってみると意外とそうでもなかった。
先週小田切さんと約束を取り付けた事の影響が大きいのだと、自分では思う。我ながら中々現金なものだと呆れ半分で2コマ目の教室に入ると、奥の方から元気な声で呼ばれた。
「いずみん。こっちこっち」
デカい声出すなよ、目立つだろ。と文句をつけたかったが、余計に目立つので渋々と声の方向に足を向けると、その主は満足げにニコニコと笑って手招きをした。
その隣の佐々木は、悪いなといわんばかりに小さく手を挙げているので、仕方ないという意味を込めて目配せをすると、友人は苦笑で応じた。
「デカい声出すなよ、松宮」
「だってこうしないといずみん無視するだろうし。ねえ、ささきー?」
「まあ、多分」
ありがたくもあるが、反面お節介な奴だと思いながら松宮の隣に腰を下ろす。放っておけばその内ほとぼりも冷めるだろうに。
松宮は、奥に座る佐々木曰く女子グループのバランサーだそうだが、俺は世話焼きなおばちゃんだと思っている。見た目は茶髪のギャルだが。
「いずみん、今日お昼一緒に食べようよ。ささきーも来るから」
「パス」
「なんで!?」
「先約があるんだよ」
それを楽しみに1週間過ごしてきた訳で、松宮が俺に気を遣ってくれているのはわかるが、小田切さんとの昼食をふいにするつもりは一切無い。
「先約?」
「と言うか松宮」
「うん」
「俺の事、クラスに馴染めない子扱いするのはやめろ」
それなりに仲がいいとは言え、普段は松宮と隣り合って授業を受ける事など無い。
男子は男子で女子は女子、という風にある程度固まった配置を崩してまで、松宮がこれ見よがしに俺の隣に陣取ったのは、「私は気にしないよ」というのを周囲に示す為なのだと思う。
松宮の反応からしてもそれは明らかだった。
「そ、そんな事無いよ」
「だから言ったろ。放っとけばいいって」
「だってさあ」
佐々木相手に口を尖らせる松宮だが、ここ1週間で環境に変化のあった俺に対し、世話焼きの血が騒いだのだろう。
それ自体は重ね重ねありがたいが、佐々木をはじめとして俺への態度が変わらない連中もちゃんといる。付き合いは減っているが、孤立する程ではない。
逆に、俺と関わる事で、松宮の評価が落ちてしまわないかの方が心配だ。
「別に俺は気にしてないから気持ちだけ受け取っとく。それに辞めて良かった事もあるしな」
「それって何?」
「さあね」
誤魔化した俺がこれ以上言うつもりの無い事を察したのか、松宮は反対を向いて佐々木に「知ってる?」と尋ねるが、佐々木も「さあ?」と返すだけ。
「先約とか言ってたし彼女でも出来たか?」
「え。彼女?聞かせて聞かせて」
「違うから」
彼女ではないし、恋愛感情も多分無い。
ただあの人がどんな人なのか、もっと知りたいと思うだけだ。
うるさい松宮を尻目に、始まってもいない2コマ目の授業の終わりを待ち遠しく思った。
◇
一緒に授業を受けた二人――主に食い下がった松宮――を振り切って一食へと辿り着くと、お目当ての人は丁度入口に立っていた。もちろんトレードマークの白衣をしっかりと着込んで。
「泉君」
「小田切さん。待っててくれたんですか?」
「はい。じゃあ入りましょうか」
「はい。ありがとうございます」
クールな表情から優しい笑みへと変わるその落差が、少しくすぐったい。
「私は麺にしますけど、泉君はどうしますか?」
「俺はライスと適当なおかずにします」
「それじゃあ、先にお会計済ませた方が席を取るという事でいいですか?」
「はい。それじゃあまた後で」
「では」
ひらひらと手を振って麺・丼列に並ぶ小田切さんを軽く会釈して見送り、俺は通常列へと並ぶ。
学食の列は二列。
俺が並んだ通常列は、出来合いのライスや汁物、おかずがカウンターに並べられており、列を進みながら自分でメニューを選んでトレイに乗せていく。
列の流れに従う為、欲しかったメニューがタイミング次第では手に入らないというデメリットはあるが、昼時に数百人規模の学生を一度に捌く為にはある程度は仕方がないのだろう。
一方小田切さんが並んだ麺・丼列は、カウンターで声をかけてからよそってもらうので、欲しいメニューが手に入らない事は無い。
ただし時間がかかるので、席の確保が通常列よりは並ぶ人数が少ない。
通常列から見る彼女は、やはり普段遠くから見るのと同じ、白衣のせいか近づき難いミステリアスな雰囲気を纏うクールな美人。俺の他にも何人かが小田切さんに視線を向けているように思う。
しかしそんな事を知ってか知らずか、注目を浴びる小田切さんは俺を含む誰にも、その涼やかな視線を向ける事は無かった。
あれがデフォルトの顔なのだろなと思いながら、適当に昼飯を選んで会計まで済ましたが、小田切さんはまだ注文をしているところだった。
学食の中で呼びかけるのも憚られたので、会計を済ませた彼女が見つけやすいであろう席を選んで待っていると、すぐに蕎麦をトレイに乗せた小田切さんがやって来た。
「お待たせしました」
「いえいえ全然」
デフォルトのクールな表情だった小田切さんは、「ありがとう」とそれを僅かに崩す。こんな表情を向けられたのなら、きっと近寄りにくいと思う奴はいないだろう。
席に着いた小田切さんとそのまま食事を始めて少し経った頃、彼女は「そうそう」と楽しそうに口を開いた。
「課題の件ですけど、ちゃんと考えて来ましたよ」
「聞かせてください」
こちらも、あの時思った「不思議な人だなあ」を、誤解を招かないように伝える方法を考えてきている。
「あの時泉君が何を考えていたかは、――」
「あれ、泉クンじゃん」
「あ、ほんとだ。泉だ」
自信満々の小田切さんが、答えを言おうとタメを作った時だった。
横から俺を呼ぶ、聞き覚えのある声が聞こえたのは。
「高島さん、森山さん」
ただでさあまり聞きたくない声に、よりによって小田切さんとの時間を邪魔された事が腹立たしい。
そしてニヤついた顔で近付いて来る彼らが、この後どんな事を言い出すのかは、容易に想像がつく。
これ見よがしにため息でも吐いてやりたい気分だったが、発言をスカされて指を立てたままで、僅かに口を尖らせる小田切さんが可愛かったので、そんな気持ちは霧散した。
ただ、そんな小田切さんと過ごす時間も、彼らの発言によってはこれが最後になるかもしれない。そんな風に考えると、途端に途方もなく憂鬱な気分に襲われた。




