15話 課題の答え
あの時出された課題の答えは見つかっていない。
俺が作者の気持ち、つまり相手の気持ちの分かる人間だと証明する。その方法は考えてみれば簡単で、小田切さんの気持ちを当ててやればいい。
極端な話、今俺の横で悔しそうにゲーム画面を見つめる彼女に、「俺に負けて悔しいですよね」と声を掛ければ、理屈上は証明できた事になる。
もちろんそんな事を言えば、いかに小田切さんと言えど、俺に対しただの空気の読めないアホの称号を贈るだろう。
そして何より、彼女と一緒の時間を過ごしたい俺からすれば、最高の口実を貰ったのだ。小田切さんからすれば無自覚なのだろうが、それに対して俺は最高の答えを出す事で報いたいと思う。
それが何かはまだわからないが。
「いず君。もう一戦しますよ、勝ち逃げは許しません」
「今まで全部俺の勝ち逃げなんですけど」
「今日はあと少しでした」
小田切さんがこのゲームを知ってもうじき1ヶ月になるが、そろそろ俺の勝利も盤石ではなくなってきている。元々運の要素もそれなりにあるので、経験と知識の差でカバーして来た分がそろそろ効かなくなってきた。
彼女の方に経験と知識が身に着いた事もあるが、何より俺の行動を予測するのが上手くなった。確率計算とは違う、俺が好むやり方をかなり的確に潰してくるのは、盤上においては鬱陶しい事この上ないが、盤外においては俺の事をわかってくれている気がして嬉しい事この上ない。
「まあ確かに。でも今からもう一戦やったら飯食うのが遅くなりますって」
「別にいいでしょう。明日も休みなんですし。それとも、次は負けるかもって思ってるんですか?」
「乗りましょうか。その見えすいた挑発に」
負けたはずの小田切さんが、何故か勝ち誇った顔でしたわざとらしい挑発に敢えて乗る。結局のところ俺は彼女のお願いを断りたくなどないので、丁度いい口実だ。
「それでこそです。次は私が勝ちます」
「次も俺が勝ちますよ」
不敵に笑う小田切さんに、俺はこの時点で勝ち誇ったような笑みを向けてやる。
そうすると彼女は面白いように挑発に乗ってくれるのだ。
「じゃあ私が勝ったら一つお願いを聞いてもらう事にします。代わりにいず君が勝ったらお願いを聞いてあげます」
「え」
俺としては次の約束を取り付けたかっただけなのだが、ちょっとした挑発が思った以上の効果を発揮してしまった。
「どうしました?」
「いやあの……お願いって……」
「勝つ自信があるなら問題無いですよね?」
勝つ自信があるから問題なんです。とは流石に言えない。お願いとはどこまで許されるのだろうか。
「それじゃ、異論は無いですね。始めましょうか」
「……はい」
この一戦の間に考えよう。そう決意して自信満々に笑う小田切さんと一緒にコントローラーを手に取った。
◇
「途中までは圧勝だったのに……」
コトリと、小田切さんがコントローラーを床に置き、茫然と呟いた。まだ最後まで終わってはいないが、俺の資産と小田切さんの資産の差、盤石と言っていい俺の手持ちカード、この状況からの逆転はもう無い。
「運が俺に味方しましたね」
序盤こそ余計な事に頭を使っていた分、状況把握と判断でミスをしまくった俺だが、今回は運要素で勝った。元々運要素が多少小田切さんに傾いても、まだ俺がギリギリ勝てていたので、そんな俺に運が味方したなら、最早彼女に為す術はなかった。
「悔しいです。まだまだいず君にちゃんと勝つには遠いんですね」
少しだけ背中を丸めた小田切さんが、恨めしげな視線を俺に向ける。「実際のところ、そろそろ危ないと思ってますよ」と返しつつも、俺の頭は例のお願いの事でいっぱいだった。
そんな俺を見て、小田切さんはふっと息を吐き、ニヤリと笑った。
「それでいず君。お願いはどうしますか?」
「ええと……」
一つある。小田切さんから、「いず君」と呼ばれるたびに沸き上がる衝動がある。
「俺の方も、呼び方を変えたいです」
「私の、ですか?」
「はい」
きょとんとした表情を見せる小田切さんに、強く頷いて見せると、「聞かせてください」と彼女は柔らかく微笑んだ。
「心さん」
「……はい。いず君」
決意を込めてそう呼ぶと、小田切さん、いや、心さんは一瞬驚いたように目を開き、そしていつも大学内でしているようなクールな表情になってしまった。
「心さん」
もうちょっと笑いかけてくれるかと思った。それなのに涼しげな表情を見せられ、気分を害したのかと考えた。
だがそれは違う。心さんは、それが嫌な事であればきっちりと言葉に出す。だからきっとこの表情には違う意味がある。
「心さん」
ぴくりとその細い肩が震えた。そしてそれが呼び水となったかのように、心さんのクールな表情が一気に崩れ、赤く染まった。
「心さん」
「それ以上はダメです。いず君」
両手の指を広げて真っ赤な顔を隠す心さんに、「心さんて呼ぶのはダメですか?」と問えば、彼女は小さく横に首を振った。
細く綺麗な指の隙間から見える彼女の顔も、今まで見た事の無い表情も、とても綺麗だった。
「わかりました」
指の奥から向けられた潤んだ瞳で、ようやくわかった。
なるほど、俺が作者の気持ちの分からない奴扱いされる訳だと。
「心さん。俺は泉史人です」
「……知ってますよ。当然じゃないですか」
両手を僅かに下ろし、そこだけ露出させられた瞳が、訝し気に俺を見つめている。
「はい。だから、せっかくいず君とよんでくれてるのは嬉しいんですけど、下の名前で呼んでほしいです」
「それって……」
「はい。これを以て、この間の課題の回答とさせてください。好きです。心さん」
白衣の袖がだらんと下がり、さらけ出された顔は先程より更に赤い。
にも拘らず、心さんは澄ましたクールな――熱がこもってはいるが――表情を作って見せた。
「はい。正解です、史人君」
それだけ言うと、心さんは表情を崩して楽しそうに笑った。
「それじゃあ――」
「はい。それじゃあ、ご飯を食べてもう一戦しましょうか?」
「ええ……」
肩透かしを食らったように崩れ落ちた俺に、心さんは心底愉快だという風に声を掛けた。
「私が勝ったら、史人君の彼女にしてもらいます」
赤い顔で微笑みながら、「ダメですか?」と少し眉が下げられる様が、とてもいじらしく可愛い。
「俺が勝ちますよ。そしたら俺の彼女になってください、心さん」
「望むところです」
何と言う茶番だろうかと、お互いそこで噴き出してしまう。
ただそれでも、俺達は次の一線に臨んだ。
どちらが勝ったかは、言う必要の無い事だと思う。
短い間でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。




