13話 特別なんです
「そろそろ解散にしますか」
途中からはハンデを減らしてもらい、最終的な合計点数は中々いい勝負になった。
時間的にも丁度21時で、男だけならともかく、小田切さんと松宮がいる状況では、これ以上遅くまで打つのは気が引けた。
因みに夕食はピザを取った。
「そうだな、そろそろいい時間か」
スマホを確認しながら佐々木が同意してくれる。
「最初狙われたのが響いたなー」
悔しそうに言う松宮だが、その表情はまんざらでもないと言った様子。楽しんでくれたようで何よりだ。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました、松宮さん、佐々木君。ありがとう、泉君」
二人に頭を下げた小田切さんが、俺へと笑みを向けてくれる。最初俺への言葉が無かったことに死ぬかと思ったが、今では特別枠のようで誇らしい。
彼女の言葉一つの有無で、俺の幸福度はジェットコースターのように変わる。
「それじゃあ、小田切さん。送ります」
「ありが……松宮さんを送ってあげてください」
一瞬笑いかけた小田切さんは、クールな表情に戻ってしまう。
俺の幸福度が急降下するが、彼女の言い分は分かる。ここに女性は二人いて、年上の小田切さんが年下の松宮を気遣うのは当然の流れと言える。
麻雀の最中の会話でお互いの家の位置関係が分ってしまったのも良くない。方角的には佐々木が小田切さんを、俺が松宮を送る事が合理的だ。
まさか「好きなので送らせてください」とも言えないし、考えてみれば付き合ってもらった松宮を一人で帰す訳にもいかない。
「松宮は俺が送るんで」
「なんでいずみんに送られちゃってください」
そんな俺の苦境を救ってくれたのは友人達。
佐々木は俺に目配せをし、松宮は小田切さんの背中をそっと押している。
「そういう事なので、送らせてください」
「……はい。お願いします、泉君」
心中で友人達に感謝の念を送り、俺は上着を羽織った。
◇
「松宮さんと佐々木君はお付き合いしてるんですか?」
「いえ、それは無いです」
「そうですか……」
小田切さんを送る途中、涼やかな表情から出された質問に、簡素な否定を返すと、彼女は少しガッカリした様子を見せた。
そのリアクションはかなり意外だったが、女性はやはり恋バナが好きなものなのだろうか。
「付き合ってるように見えました?」
「そうは見えなかったですけど……家が反対なのに送って行くって言ってたので、もしかしたらと思って」
「ああ……」
それは俺に気を遣ってくれたからです、とは言えない。
「そう言えば、課題について話す事があるとか言ってたような言ってなかったような……」
大嘘である。そもそも少なくとも専門科目に関しては課題が出ていない。もしかしたら俺とは別の英語の講義辺りで出ているかもしれないが、共通科目の英語ではそれもまずないだろう。
「そうですか」
涼やかな声でそう言ったのを最後に、小田切さんとの会話は途切れた。
数分歩けば着いてしまう距離、次の約束も明確でない状況では、この路程を無駄にする訳にはいかない。
「今日の麻雀どうでした?」
「楽しかったですよ。泉君達にハンデがあったので、次はそれ無しで勝負できるくらいにはなりたいですね」
「そうですね。あの二人にも声かけますんで、また近い内にやりましょう」
少し笑顔を見せた小田切さんの口から出た「次」の言葉に、俺は少し食い気味で次の話を始めた。しかし、見せられたのは少し困ったような彼女の顔。
「そうですね。でも、やっぱり四人揃うというのは大変じゃありませんか?」
「まあ……何とかなると思います」
「そうですか」
「はい」
また会話が途切れてしまった。
そもそも四人の予定を揃えなければならない麻雀で、次回の予定を合わせようというのが無理な話だった。
それならワンパターンだがまたゲームでも誘うか?
「泉……ん」
「はい」
思考中に呼びかけられたせいか、最後の方が良く聞き取れなかったが、小さな声で呼ばれた。
「いずみ、ん」
思考を中断して視線を向けると、顔を赤くして目を逸らしながら、白衣の美人は多少ぎこちなかったが、確かに「いずみん」と言った。思えば先程のもそうだったのかもしれない。
「いずみん」
反応が出来なかった俺にもう一度。今度はまっすぐ俺を見て、顔はさっきよりも赤い。きっと俺の顔も赤いのではないだろうか。
「いずみん」
「は、い」
お互いに完全に足を止めて向かい合うが、次の言葉が出てこない。
「って、松宮さんは呼んでますよね?」
「あ、え。はい。そう、ですね」
ただの確認だった。小田切さんも恥ずかしそうにするならやめておけばいいのに。その様子は可愛かったのきっちり記憶させてもらったが。
「佐々木君は普通に泉と呼んでましたね」
「佐々木に限らずですね。大体泉か泉君で、松宮がああやって呼ぶだけですね」
本当は他の女子もいずみんと呼んでいたのだが、サークルを辞めてからは松宮からしか呼びかけられていなかったと思う。
「松宮さんだけが特別なんですね」
「全然違います。ほんとに全く違います。女友達があいつしかいないだけです」
涼し気な声を慌てて否定する。変な誤解で薄い確率が更に薄くなるのは困る。
「私は女友達じゃないんですか?」
「いや……それは……そう、ですね」
本音で言うと否定したかった。確かに状況を見ればそうとしか言いようはないのだが、俺はあなたと恋人になりたいのであって、友達になりたい訳ではないのだ。
俺の返答に満足げに頷く小田切さんに、そう言ってしまえたらどれだけ楽だろう。その瞬間にフラれる訳だが。
「それじゃあ私も、いずみん、と呼ぶ権利があるはずです」
「いずみん」の部分だけちょっと声が小さくなる様子が可愛いが、呼ばれては困る。ここでそれを許すと、これ以上の進展が無いような気がしてならない。呼ばせなくても無いような気がしないでもないが、ここは譲るべきではない。と思う。
「ダメです」
「どうしてですか!?」
「ええと……そうだ!」
「そうだ?」
「いえ、あの。松宮と小田切さんは違うんで、ダメです」
目の前のクール美人の顔に、見る見る不満が蓄積されていくのがわかる。
「違うってどう言う事ですか?」
「松宮より小田切さんの方が仲がいいって事です。特別なんです。あいつと二人でゲームとかしませんし、一緒にご飯食べたりもしません」
「……そうですか」
一瞬だけフリーズしたように見えた小田切さんは、涼しげな声でそれだけ言うと、くるりと向きを変えて歩き出した。その足取りは軽い。
「それじゃあ」
またもくるりと向きを変え、追いかけて歩き出した俺へと向き直った小田切さんは、綺麗な満月をバックに柔らかく微笑んだ。
「特別な呼び名を考えておきますね」
それがまたなんとも綺麗な笑顔で、俺は言葉もなく頷く事しか出来なかった。




