12話 心の理
「小田切心です」
「佐々木宏樹です」
「松宮奈々子です」
実質初対面の三人が、俺の部屋で卓を囲みながら簡単な自己紹介を済ませる。
佐々木は初対面だからと言って、特に意識することなく普段通り。対して松宮は、意外な事に少し緊張しているように見えた。そして小田切さんは、緊張こそしていないだろうが、そんな松宮が気になるのかチラチラと視線を送っていた。
友人二人には余計な事をするな言うなときつく言ってある。佐々木は逆に俺が頼まない限りは何もしないだろうが、松宮は放っておいたら小田切さんに俺をアピールしかねないので、特に言い含めておいた。
今日の目的はあくまで小田切さんに――ついでに松宮にも――楽しんでもらう事。あわよくば次に繋がるといいなと思うだけだ。あくまであわよくば。
「まあとりあえず、席順も決まったんで、打ちながら色々話していきましょう」
「だな」
小田切さんとやっているゲームもそうだが、一緒に遊べば必然的にお互い交わす言葉も増えてくる。何半荘か打っていれば、なんだかんだで打ち解けると思う。
俺と佐々木がそう提案すると、「はい」「うん」と二人から了承の返事。
松宮は正月に親戚と少し打ったらしいが、基本的にはゲームでしか知らない二人に、実際の麻雀での山の積み方やツモの方法を教えながら、最初の半荘を始めていく。
ちなみに小田切さんは俺の対面なので、俺から見ると上家に座る佐々木が色々教えている。「ありがとうございます」なんて声が聞こえてきて羨ましい。
「いずみん、私に教えるの不満そう」
「別にそんな事ねーよ」
席順決めの時に運悪く1/3を引いただけ、運が悪いのであって松宮が悪い訳ではないので、不満が顔に出ていたのであれば悪かったと思う。
「……いずみん?」
小さく呟かれた声の方向に視線をやれば、涼しげな小田切さんの視線とぶつかる。が、それも一瞬で、彼女の視線は教えてくれる佐々木の方へと戻ってしまう。
もしかして機嫌が悪いのだろうか。何となく、いつも大学内で見かけるクールな表情にそう思ってしまう。
いや、流石にそれは無い。小田切さんだって楽しみにしていたはずだ。
今日の小田切さんは初対面の二人と一緒な訳で、緊張していなさそうに見えて、その実多少の緊張はあるのかもしれない。
思えば、俺の中の小田切さんのイメージは、もうどちらかと言うと笑っている方が多い。だからちょっと笑わないくらいで不機嫌だなどと判断してしまったのだと思う。
勝手なイメージを押し付けてしまった事を少し反省し、俺は松宮への説明を再開した。
◇
「私の勝ちですね」
「おめでとうございます」
「凄いですね小田切さん。あー、悔しい!」
最初の半荘は小田切、佐々木、俺、松宮という着順。初心者相手という事で、俺と佐々木は二翻縛りかつ後付け禁止というドギツイハンデを自ら背負ったのだが、そのおかげで手が進まなかった俺達二人を尻目に、小田切さんは順調にツモ和了を重ねた。
今の半荘の最中にやはり打ち解けたのか、自慢げに笑う小田切さんには、もう緊張も無いのだと思う。
「ささきーもいずみんも私からばっかりロンするから!」
松宮も割と順調に手を伸ばしていたようだが、確率計算の面で小田切さんに完敗したせいか、中々点数が稼げなかった上に、牌の並べ方が素直過ぎたせいで、俺と佐々木に狙い撃ちにされて、結局最下位に沈んだ。
「松宮さん。牌の並べ方を変えてみるといいと思いますよ」
「並べ方?」
俺が入れようと思っていた松宮へのフォローは、小田切さんがしてくれた。
「はい。私もゲームでしかした事がなかったので、最初はわかりませんでしたけど、こうやって左からいつも同じ順番で並べていると、今どんな牌を持っているかバレちゃうんです」
「あ!」
小田切さんが手元で並べた牌を使いながら説明をすると、覗き込んでいた松宮は声をあげて恨めしげに俺を睨んだ。佐々木も狙い撃ちしたのに。
「だから泉君はそれを狙ってたんだと思います」
僅かに微笑みながらではあったが、小田切さんも俺だけのせいにした。
しかし、最初の内は小田切さんも松宮と同じように理牌は素直だった。それなのにたった一半荘の間に自分でそれを修正してくる辺り、やはり頭がいいのだと思う。
「それがわかれば次は勝つから」
「はいはい」
意気込む松宮の発言を適当にいなして、次の半荘に向けて牌を混ぜていると、松宮は混ぜるフリをして何度か俺の手をつついてきた。流石に爪を立てられはしなかったが、こちらの手も勢いが付いているので微妙に痛い。
「何すんだよ」
「何の事?」
「さっきから何度も手ぶつけてるだろ?」
「えー。混ぜてるんだからしょうがなくない?」
「わざとだろ」
「いずみん心狭ーい。小田切さんもそう思いますよね?」
「おまっ!」
何て事言いやがる!
ニヤケ面の松宮の視線の先、小田切さんへと恐る恐る目を向けると、「そうですね」という言葉を平坦に口にした彼女は、クールを通り越して冷たい顔をしていた。
思っていたのとは恐らく違う反応が返ってきたからだろう、松宮はまず佐々木に助けを求めるような視線を向けた。軽く首を左右に振る佐々木から、ギギッと首を動かして俺へと視線を移し、「ごめん」とだけ唇を動かした松宮に、俺は何も返せなかった。
そして何となく重い空気のまま、二半荘目が開始された。
順番決めの為、前回トップの小田切さんがサイコロを手に取って――
投げつけた。
俺の前の山に。
そして出目により、二度振りのサイコロは再び小田切さんの手に渡り、また俺の前の山へと投げつけられた。
中々コントロールがいいな、と現実逃避気味の思考をしながら跳ね上がったサイコロを見ていると、その向うの小田切さんと目が合った。
彼女はサイコロではなく俺を見ていた。恨めしげな目をしているが、ゲームで妨害した時とはどことなく違う、いじけたような雰囲気を感じた。
なぜあんな目で俺を見るのかはわからなかったが、とても心が痛い。先程の松宮とのやり取りで幻滅させただろうか、それともやはり扱いが良くなかっただろうか。
打ち解けたように見えても、やはり元々の知り合いは俺しかいなかったのだから、もっと小田切さんに気を遣うべきだったのだろうか。
「泉、起家だぞ」
「あ、悪い」
途中からサイコロを無視して小田切さんをじっと見つめながら考えていたせいで、出目が俺を示している事に気付くのが遅れた。
サイコロを確認してから小田切さんをチラリと覗き見るが、クールな表情に戻った彼女は、もう俺を見ていなかった。
「松宮」
それぞれが牌をツモリ、親の俺の第一打の前、佐々木が松宮に小さく呼びかけた。
何かと思って二人を見ると、真面目な顔をしてコクリと頷いた松宮に、同じく佐々木が頷き返した。
「どうかしたか?」
「気にするな」
松宮の方を見ても何も言わず首を振るだけ。同じ蚊帳の外に置かれた同士で小田切さんを見ると、首を傾げた彼女と目が合った。
先程とは違い、今回の小田切さんは俺と目が合ったタイミングで少し気恥ずかしそうに笑った。かと思えばハッとした表情で視線を逸らしてしまった。
ちょっとグサっと来はしたが、笑いかけてくれた事で本格的に怒っている訳ではないと知れて良かったと思う。
そして何故か、二半荘目に入った途端に松宮が俺に話しかけて来なくなった。
質問も隣の俺ではなく、わざわざ対面の佐々木にするようになった為、小田切さんからの質問は俺に飛んでくる事が増えた。
今回の半荘では、松宮が自分の弱点に気付いた為、俺と佐々木が毟る相手が不在となり、ハンデの差で二人とも下位に沈められた。
運が良かったおかげか、松宮と小田切さんが中々のいい勝負となり、二人とも楽し気に会話をしながら半荘は進んだ。
そんな様子を見ながら、重苦しい雰囲気が一切無くなった事だけでなく、初心者の二人が、特に小田切さんが楽しそうにしてくれている事が、何より嬉しく思えた。




