11話 変な動きの正体は……
年末年始を挟んで約2週間ぶりに、小田切さんが俺の部屋に来た。
例によって木曜の昼食をご一緒して、その後彼女の家庭教師までの間に1戦は出来るだろうと、三度俺の部屋でゲームをする事になった。
「そう言えば小田切さん。麻雀の面子が揃いそうなんですけど、ルールなんかはどうですか?」
松宮曰く「正月に親戚のおじさんと打ったら筋がいいって褒められた」そうで、彼女の打ち方をアプリで見せてもらったが、同じく初心者の小田切さんと卓を囲む面子としては申し分ない。というのが俺と佐々木の判断だった。
「アプリでルールは覚えましたし、コンピューター相手ならそこそこ勝てるようになりましたよ。ただ、このゲームもそうですけど、コンピューター相手だと心理戦の駆け引き要素は楽しめませんね」
「そこは難しいところですよね。心理戦はどうしても人間同士じゃないとアレなんで」
「はい。だから泉君と遊べて楽しいですよ」
さらりとそういう事を言うのだから困る。
ゲーム画面から俺の方へと視線を移し、涼やかな表情を優しく崩す小田切さんに、俺の呼吸が一瞬止まりかける。
「ありがとう、ございます。それじゃあ麻雀の方も、一緒にやる連中に声掛けときますので」
「はい、お願いします。ところで、あとの二人はどんな人ですか?」
「佐々木と松宮って言う俺の友達です。二人とも同じ学科で、前に学食で一緒にいた奴らなんですけど……覚えてますか?」
「ええと……」
俺と小田切さんが学食で会うのは基本的に木曜。それ以外で会ったのは――遠くから会釈をしたのを除けば――佐々木と松宮と一緒だったあの日だけ。
「何となく、泉君が誰かと一緒だったのは覚えてるんですが。もっとちゃんと見ておけば良かったですね」
「あの時は話もしませんでしたからね。仕方ないですよ」
実際に仕方ないとは思う。とは言え俺は小田切さんの友人AさんとBさんの顔はきっちり覚えていた。
これはお互いの記憶力の差などではなく、相手への興味の差なのだと思う。なんだか悲しくなってきた。
「ええと、佐々木は男ですけど、松宮は女子なんで安心してください」
二人の事が記憶になかったせいか、微妙な顔をしていた小田切さんに追加情報を伝えると、その細い肩が僅かに震えた。
「そうですか」
クールな表情に平坦な声でそれだけ言った小田切さんは、ゲーム画面へと視線を戻してしまった。
そして、この日の小田切さんのプレイングは殺意に満ち満ちていた。
前回の対戦で、一時下位に沈んだ俺が強烈な妨害を交えたプレイングを見せたからか、早速それを学習してくれたらしい。何とも嬉しい。
結局その攻撃をきっちり躱しきった俺の勝ち。妨害が失敗するたび、向けられる恨めしげな目は可愛かったが、時々ちょっと怖かったのは気のせいだと思いたい。
◇
夕方、彼女の家まで歩いてもまだ日は落ちないであろう時間だったので、送ると言ったものの断られるかもしれないと思っていた。
「はい。送ってください」
意外にも問答の一切も無く、小田切さんはにこやかに頷いた。
俺の方も、余計な事を言いそうになったが、それを抑えて笑いかけ、「行きましょうか」と呼びかけた。
そうしたら何故か目を逸らされた。「はい」と返事は帰って来たが、視線は明後日。近付いた距離に心が躍り出す前に靴が脱げたような気分だ。
そんな何とも言えない気分ではあったが、部屋から出て小田切さんと並んで歩き始めれば、一瞬で吹き飛ぶのだから俺も単純だと思う。
小田切さんを送るのは三回目。最初はぐだぐだだった立ち位置も今は多少マシになったと思う。アパートの階段では彼女の半歩前を歩き、道路に出る前に出来るだけ自然に車道側にいられるように歩幅を調整したつもりだ。
そんな事に必死だった俺だが、ふと小田切さんを見てみると、彼女の方もじっと俺を見ていた。と言うよりも、立ち止まっているし、観察しているといった雰囲気だろうか。
「どうかしましたか?」
「言われた通りだったなあと、思いまして」
「言われた通り?」
どことなくぼーっとした様子の小田切さんの言葉をオウム返しすると、彼女の方は「はい」と頷き、一拍おいてから口を開いた。
「家庭教師をしている子達、双子の女の子なんですけど」
双子というのは初耳だった。給料倍になったりするのだろうか、と下世話な事をつい思ってしまう。
「その子達に、泉君の事を話したんですよ」
「話したんですか!?」
「ダメでしたか?」
ハッとしたように顔を歪める小田切さんに、「いえ全然」と全力で首を振ると、彼女は安心したようにふふっと笑った。
その顔がまた魅力的で、どんな経緯かは知らないが俺の事を話題に出してくれた事と合わせて、胸が暖かくなる。
「ええと、腰を折ってすみません。それで?」
「はい。泉君の事を聞かれたので、泉君が私を送ってくれた時に変な動きをしてた事を話したんです」
変な動きって……。
「泉君は意味もなくふざけるような人では無いと思ったので、せっかくだから意見を聞いてみたんです。そうしたら、『それエスコートしようとしてるよ』って言われまして」
「……まあ、その通りです」
気付いてもらえて嬉しい反面、滑ったギャグの解説をするような気まずさも感じる。
「ありがとう。泉君」
しかし、嬉しそうに頭を下げる小田切さんの笑顔で、その両方が誇らしさに変わる。
「いえ、俺がやりたくてやってる事なんで。むしろ下手で申し訳ないくらいです」
「むしろ私の方こそ気付かなくて申し訳なかったです。でも、嬉しいですよ、泉君」
少し恥ずかしそうに笑いながら、立ち止まっていた小田切さんは小走りで俺の横、車道と反対側にポジショニングした。
「そう言えば、なんでその子達と俺の事なんか話したんです?」
「それは……秘密です」
一瞬視線を左右に彷徨わせた彼女は、人差し指を唇に当てるように立て、なんとも蠱惑的に微笑んだ。




