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10話 二人の距離とタイムリミット

 12月31日午後11時。実家に帰省中の俺は悩んでいた。

 あけおめメッセージを送るタイミングはいつにするか、という大きな問題に直面していたからだ。


 佐々木をはじめとした友人達には、女子である松宮も含めて0時丁度に送るつもりでいるが、果たして小田切さんは同じタイミングでいいのだろうか。

 0時丁度に送っていい距離感なのか、既に寝てはいないか、そもそも俺とそんなやり取りをするつもりが無かったら……。


「よし。朝にしよう」


 心中の天秤は逃げの方向に傾いた。


 明日は地元の友人達と、朝から初詣に行く約束をしている。その出発前くらいであれば、小田切さんにメッセージを送っても迷惑にはならないはずだ。

 そう決めて、0時になって年が変わった瞬間に友人達とのみやり取りをして、初眠りに就いた。



 翌朝、家族に新年の挨拶をして、何通過来ていた年賀状に目を通す。友人達とはメッセージで済ませる為、両親と比べて俺に届く年賀状は格段に少ない。

 世代による差なのか、それとも俺も社会に出て人付き合いが変われば、年賀はがきでのやり取りも増えるのだろうか。


 そんな事を考えながら朝の支度を済ませ、そろそろ小田切さんへのメッセージを送ってもいい頃ではないかという時間になった。

 朝イチであけおめメッセージの確認だけ済ませて放っておいたスマホを手に取ると、一件の新着メッセージが来ていた。


『あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします』


 スタンプ無しで文章にも飾り気は無い。それでも今まで貰ったどんなメッセージよりも嬉しかった。

 俺から送れば返信くらいは貰えるだろうと思っていたが、俺よりも先に小田切さんが送ってくれた、その事実が何よりも心を震わせた。


『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』


 昨晩いくつかの候補の中から選んだ、一番シンプルな文面を送った。残念ながらすぐ既読とはならず、やり取りを続ける事は叶わなかった。


 初詣の最中、「泉なんか嬉しそうだな」などと言われるくらいには、俺のテンションは上がりっぱなしだった。



 冬休みは短い。2週間も無い上に、年末年始という慌ただしい時期を挟む為、余計にそう感じるのかもしれない。つまりあっさりと終わってしまった訳だ。

 とは言え、その短い期間に小田切さんと二度遊んだし、あけおめメッセージも貰った。12月に出会った事を考えれば、短期間で中々距離を縮められたのではないだろうか。


「いずみんがそれでいいなら何も言わないけどね」

「文句言ったも同然の発言だろ、それ」

「まあそうだな」


 土日が絡んだ為、休み明けの授業は丁度月曜から。そのおかげか、自主的に冬休みを延ばしてしまおうという不心得な学生は少ないらしい。

 その為、火曜の今日はほぼ普段通り盛況な二食で、いつも通りの佐々木と、先月からちょくちょくついて来る松宮と三人で昼食をとっていたのだが、冬休み中の事を話すと、二人とも含みがあるような事を言い出した。


「言いたい事があるなら言ってくれ」

「さてここでいずみんに問題です」

「何だよ急に」


 突然クイズ番組風なテンションになった松宮に問いかけてもスルー。その隣の佐々木に視線を向けると、「諦めて付き合え」と目で示された。


「第一問。ででん!」

「効果音要らなくね?」

「ウチの大学の後期試験はいつからでしょう?」

「丁度来月からだな」

「正解だな」


 横からの正解コールに、松宮は少し恨めしげな表情を見せたが、全く意に介した様子の無い佐々木に対して諦めたのか、テンションを元に戻した。


「第二問。ででん!」

「だから効果音」

「試験が終わるとどうなりますか?」

「どうって、春休みだろ」

「正解だな」

「ぴんぽんぴんぽ~ん」


 うぜえ。とは思ったが、こいつなりに何か思うところがあるようなので、黙ってその先を聞く事にした。

 だと言うのに、松宮は満足げに頷くのみで続きを語らない。「仕方ないな」と佐々木が言葉を継いだ。


「つまり、松宮が何を言いたいかと言うとだな。あんまり時間ないぞって事だよ」

「その通り!試験勉強考えたら春休みまであと1ヶ月無いんだよ」

「確かにそうだな」


 言われて初めてそこに意識が回った。

 白衣が男除けになっている事が知れたので、このままゆっくりでも距離を詰めていければと思っていた。だが、そのこれからは予想外に短いのだと思い知らされた。


「春休みはまだわからんけど、あの人が帰省したらお手上げになるぞ」

「理学部の三年は実験とかで忙しくなるだろうしね」


 来年も同じように過ごせる保証など無いし、そもそも長い春休みの間に、俺の遊び相手としての優先順が下がる可能性もある。いや、今だって高いかどうかわからない。


「だからって、ただの友達だと思われてる人にガンガン行っても引かれるかもしれないけどね」

「どうしろってんだよ……」

「そこはまあ、泉が考えるしかないだろ。俺達はあの人の事よく知らないしな。その上での相談なら乗るから」

「そ。結局いずみんが頑張らないとどうしようもないんだしね」


 友人二人は危機感を煽りつつも、俺が後悔しないようにと言ってくれたのだと思う。


「そうだな。とりあえずさんきゅ」


 気恥ずかしくて二人の顔は見られなかった。



 その日の最後の授業、学籍番号の関係で佐々木や松宮とは別になってしまった英語の授業終わり、共通棟から正門へと歩いている途中で、誰よりも目立つ先輩を見つけた。

 後姿だが見間違えるはずもない。たとえ白衣を着ていなくてもだ。


「小田切さん」

「泉君」


 振り返った彼女が優しく笑う。夕日に照らされた横顔がとても綺麗だ。


「あ、ギリちゃんの彼氏くんだ」


 あの時の友人Aがまたもや余計な事を言った。

「違います」という否定の言葉のダメージに備えたが、その言葉は飛んで来なかった。


「泉君は、友達です」


 代わりに飛んで来た言葉は、間接的な否定ではあるが、ダメージは何故か大分少なかったように思う。

 平坦な言葉ではあったが、堂々と友人だと言ってもらえた事は少し嬉しかった。


「友達なんだ?」


 友人Bがいたずらっぽく笑いながら、俺に尋ねる。


「……友達、です」


 今はまだ。言いたかった言葉を飲み込んで視線をやれば、小田切さんはいつも以上にクールな表情で頷いた。


「それじゃあ泉君。少し急ぐのでまた今度」

「え?別に急いでな――」

「それではさようなら」

「あ。はい、さようなら、小田切さん」


 何か言いかけた友人Bの手を引っ張って、小田切さんはそのまま生協の方へと歩いて行ってしまった。


「あのギリちゃんがねえ」


 残された友人Aは、何やら愉快そうに笑って俺を値踏みするように見ている。


「まあ、無粋な事はやめとくね。それじゃあまたね、彼氏くん」

「あの、友達です。失礼します」


 軽く会釈を返すと、彼女は小走りで小田切さんを追いかけて行ってしまった。

 その背中を見送りつつ、僅かな前進に嬉しくなっていた。

 佐々木達に危機感を煽られたばかりだと言うのに。

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